01.「さぁ、ゲームを始めよう」




隣に座っている男が新聞を捲くる音を聞きながら、ぼんやりと点いているテレビを見遣る。
まだ外に出るには早すぎる為にこうして男と共にだらだらとした時間を過ごしているのだが、不意に隣に居る男がその新聞を畳んだ。
それに何も反応を返さずに居ると、不意に黒い革張りのソファーに凭れさせていた俺の肩に男が手をかけてきたので其方を見遣った。


「……なんだ?」

「……」

「……ん……!?」


すると不意に男が唇を寄せ、口付けてくる。
そのまま捻じ込まれる舌に翻弄されそうになる前に両手で男の胸を押した。


「っは、……」

「……ふ」

「なんなんだよ。……いきなり……!」

「……何、ちょっとした遊戯だ」

「?……っ、……ん、……ぅ……」


どうにか離れた間にそう男に問いかけるが、大した答えも返ってこないまま再び口付けられ、口腔を嬲られる。
身体は冷たい癖にこうして此方を嬲ってくる舌先は妙に熱さを秘めているのが良く分かった。
俺はそんな感覚に耐える為、男のシャツを縋るように握りこむ。
漸く離れた男はニヤリと笑いながら囁いた。


「……いい反応だ」

「……貴様……」

「しかし……もう少し楽しませろ」


男の言う『遊戯』の意味を理解して、思わず舌打ちをしそうになる。
たまに男はこうやって意地の悪い事をしては俺から言葉を引き出そうとするのがどうにも楽しいらしい。


「……本当にアンタはいきなり過ぎるんだよ」

「そうか?」

「……そうだよ、それに俺に不利な事ばかり仕掛けやがって」


そう囁いた俺に男は薄く笑いながら此方の髪に手を乗せ、撫で梳かしてくる。
何百年という長い月日を研究に費やしてきた男ではあるが、その何百年という時間はけして男の研究に関する事のみを洗練している訳ではない。
こういう所作一つ一つや、其れこそ接吻の技術など男の方が遥かに上だ。
だからこそ俺はこういう駆け引きで男に勝てた例がない。
それに何よりも思うのは、そういう行為をしたいのなら回りくどい真似などせずに言えば良いのだ。
そんな俺の思考を読んでいるのか相変わらずニヤついている男に一泡吹かせたくなって、男の頬に手を寄せ顔を近づける。


「……なんだ、もう降参か?」

「馬鹿言うなよ。……それに遊戯ってのは互いの了承が必要なんだぜ、吸血鬼」

「……ほう、それもそうだな」

「それとルールも必要だ、……触れるのは無し、それで良いだろう?」


そう言った俺に頷いた男の冷たい唇に口付ける。
そのまま舌を中に押し込み自分の持つ技巧を全て費やすように男の口腔を舐った。
互いが望んでいる事が同じなのは分かっていても、どちらも素直では無い故にこうして遊戯と称した煽りあいをするのはまどろっこしいが嫌いでは無い。
勝てた例が無いからこそ、余り自分から仕掛けたくは無いというだけの話だ。


「……っは……あ……」

「……ふ、……」

「……どうだ?」


つ、と透明な糸が間に引きトロリとした意識の中、そっと笑いながら囁く。
男に仕込まれたと言っても過言ではない技巧で男を翻弄出来るとは思っていないが其れでも悪くは無かった筈だ。
すると男が一瞬その吐息を詰めてから、此方に顔を寄せ口付けてくる。
そうしてそのままソファーに押し倒され、俺よりも数段上に感じる技巧で攻められるのを感じながら男の胸元に縋りつく。


「ん、……ん、っむ……ぁ……」

「……っは……」

「……んあ、……っは……っ、……!」


そのまま男の指先が此方の身体を触ってくる感覚に、思わず顔を離し、睨み付けた。


「おい、触れるのはルール違反だろう!」

「……掠っただけだ」

「……そんな答えで良いと思ってんのか?」

「……何、そう細かい事を気にするのは良くないぞ七夜」


俺の上に覆いかぶさってきた男はぬるついた舌先で此方の唇を一舐めしてくる。
そんな獣のような男の行動に俺はその肩に手を回し、引き寄せた。
そのままその背中に爪を立て、口付ける。
どちらが勝ちでどちらが負けなのか、そんなモノを考えるよりも先に焦がれたこの心をぶつける方が先だ。
……それに言葉にしない限りはまだ矜持を保っていられる。
男はそんな俺の思いを読んだのか、軽く口付けてから至近距離で囁いた。


「いい加減……負けを認めたらどうだ。素直さも時に必要だと思うがな」

「……そんなのお互い様だろ」

「……」


途端に黙り込んだ男に思わず苦笑する。
男の眉が微かに動いたのを見てから、俺はそんな男を宥めるように今度こそ、その唇に深く口付け直したのだった。



-FIN-






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