12.「置いていかないで」




杯の中に入った酒を隣に居る男が飲み干すのを横目で見遣る。
その横顔は余り変わりが無いが、それでもその手元は何処か荒っぽい。
今日俺が持ってきた酒瓶だけではなく、庵に貯蔵していた酒もほぼ飲み干した男の体内に入った酒量は尋常では無い筈だ。
そんな事を考えながらも俺は自分の杯に唇に寄せ、其処に残った酒を呑む。
男よりかは呑んでいないが其れでも十分に呑んでいる所為か頭がくらくらとし始めている。
ふと窓の外を見遣ると綺麗な円を描いた月が雲間より覗いているのが分かった。
……もうそろそろ帰らないと白猫辺りに文句を言われてしまうだろう。


「……さて、随分長居しすぎちまったしそろそろ帰るよ」

「……」


俺は自分が持っていた杯を畳に置くと、隣に居る男を見遣りながらそう呟く。
すると男はぼんやりとした瞳で此方を見返しながらもその手に持っていた杯を俺と同じように畳に置きなおした。
何処か男の目が据わっているように感じて俺はなるべく刺激をしないように畳に片手を着きながら立ち上がろうとする。


「うわ……!?」

「……」


しかしそんな俺の服を男が掴んだかと思うと、立ち上がるのを拒否するように引っ張った。
その為に立ち上がりかけた俺の身体は容赦なく畳に戻され、そのまま男の腕に抱き寄せられてしまう。
まさかそんな事をされるとは予想もしておらず男の着物を纏った胸板を押して拒否すると此方に顔を寄せてきた男の隻眼がじっとりと此方を見遣ってきた。


「……おい、……なんだよ……少し酔い過ぎたか?」

「……七夜」

「……ちょっと……きし、ま……」


男は俺を抱きしめたまま俺の名を呼び、衣服の首元に指を掛けてきたかと思うと其処に唇を寄せてきた。
そんな男を押し留めようとその長髪に指をさし入れ、くしゃりと撫でながら顔を上げさせる。
すると何処か寂しげな瞳をした男がただ黙って此方を見詰めてくるのが分かった。
どうしてそんな瞳をするのか、俺は自分の作られた心臓がドクリと音を立てたような気がして其れを誤魔化す為に男から視線を逸らす。


「悪ふざけが過ぎるぞ……もう帰らないといけないんだから……離せ」

「……悪ふざけ?……悪ふざけ、……か」

「……ッ……ぁ……」


そう囁いた男は辛そうな顔をしたかと思うと、再び此方の首筋に顔を寄せ此方の首筋に吸い付いてくる。
俺は慌てて男の肩に爪を立てると其処に力を込めて引き剥がした。


「……ダメだって、言ってんだろ……!」

「……」

「お前、本当に酔いすぎだ……ちょっと冷静になれよ」

「オレは冷静だが」

「……そんなわけ……っ……」


喚きたてる俺を黙らせるように此方の顔に顔を寄せてきた男はその薄い唇で触れるだけの接吻をしてくる。
まさかのその行動に俺は抵抗も出来ないまま男の口付けを受け入れると、顔を離した男が凝っと此方を見ながら低く掠れた声音で囁く。


「……本当に帰るのか」

「そう……だよ……。……帰らないと拙いから帰らせてくれよ」

「…………三千世界の烏を焼き殺したとしても、……ダメか」

「……は……?」

「……七夜……」


男の懇願するかのようなその言葉に身体が熱くなるのを感じる。
その言葉を分かって言っているのかすら危うい男を見詰めていると、男がするりと此方の腰を撫でるように触れてからその瞳を細め、さも愛しげなモノを見るような視線で此方を見据えた。


「…………後で後悔しても知らないからな……」

「……」

「……ん……」


その視線に根負けした俺がため息を吐きながらそう囁くと男は嬉しそうにその顔を寄せ、此方の顔に何度も口付けてくる。
まるで小鳥の啄みのようなその口付けに焦らされているような気分に陥って、俺の腰を抱いている男の腕に手を重ね其処に爪を立てた。
このような事を今まで男とした事は無く、普通ならば拒否すべき事だと分かっている。
分かっていながらも心地よさを感じるのはきっと酔っているからだろう。


「……は……」

「……ななや」

「……ッ、……ん、……ぅ……」


そんな言い訳を頭の中でしていると、そのまま唇に触れてきた男が俺の名を呼んでからぎこちなく舌を入れ込ませてくる。
酒の味のするその舌は酷く熱く、脳内すら掻き混ぜられているかのようだ。
其処まで技巧がある訳でもないのにこんなにも俺ばかりが翻弄されているのは拙いと途中で主導権を奪い取り、逆に男の舌を絡め取る。
くち、という水音を聞きながら中を嬲っていると男の腕が此方の頭を押さえ込んでくる のが分かった。


「……っは……ふ……」

「……」

「……ん、……!?」


ゆるりと顔を離すと透明な糸が間に掛かり、月明かりに照らし出されている。
其れが切れるのを見遣っていると濡れた唇を舌先で舐めた男が不意に俺を抱いたまま立ち上がった。


「おい!軋間……!」

「……続きは布団の上でだ」

「……なッ……其処までするとは聞いてないぞ!」

「……」

「本当に……朝起きた時に後悔しても俺は知らないからな……!」


抵抗を見せてみるものの男の力から逃げられる訳はないと諦め、男の腕に抱かれたままそう呟いてみせる。
すると男が此方を覗き込みながら、不思議そうな顔をして言葉を紡ぐ。


「……何故だ?……後悔などする筈も無いだろう」

「もう……良いからさっさと運べよ……!!」


ふ、と笑いながらそう言った男の顔を見ていられなくなって、俺は男の着物を掴みながら半ば叫ぶようにそう言っていたのだった。



-FIN-






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