街から森へと戻る道すがら、隣で寄り添うように歩んでいた男が不意に小さく言葉を呟いた。
「……今日」
「……ん?」
俺は片手に持った荷物を抱えなおしながら男の方を見遣った。
もう街から大分離れ、庵までもう少しという所まで来ているものだから街の喧騒も今や遠いものとなり、当然此処には俺と男しか居ない。
その長く白いコートをたなびかせながらも前を見たままの男は俺の問いに答えるように更に言葉を紡ぐ。
「リーズに『本当に付き合っているのか?』と聞かれた」
その言葉に先ほどまで会っていた人物を思い出す。
久方ぶりに街に下りる時は何時も彼女達に会うのが常となっていた。
そうして彼女達の居住地にて互いの近状を報告しあったりするのだが、彼女達の前で俺達は余り言葉を交わしたりしない。
其れは別に意図している訳ではないのだが、俺は白レンと語りあう事が必然的に多くなり、男もまた、他の人物と語る事になる。
勿論、無視などという事は無いのだが傍から見れば今まで殺しあっていた人物二人が共に暮らしているという方が信じられないのだろう。
……だからといって彼女達の前でベタベタとするつもりは毛頭無いのだが。
「ふーん……それで、アンタは何て答えたんだ?」
「……『そうでなければ共に暮らさない』と答えた」
「まぁ当然だな」
「……しかし」
俺はふ、と笑ってその言葉に頷くと続けて含みを持たせた言葉を男が囁くものだから眉を顰め再び其方を見遣る。
すると今度こそ此方を向いた男がその手をそっと此方の空いた腕に伸ばし、その温かい指先が此方の手を絡め取った。
「『余り触れ合いはしない』と答えた」
「……っく……くく……」
「……」
「なんだそれ、とんだ嘘吐きじゃないか」
男の口元に浮かんだ楽しげな笑みに思わず喉から笑いが洩れ出てしまう。
確かに彼女達の前でベタベタと触れ合う事は無い。
だが、二人きりの時は互いに恐ろしいくらいに求め合うのだからその言葉は嘘偽りに満ちている。
「……だが本当の事を言うわけにもいかないだろう?」
「まぁな」
「……」
「……軋間?」
歩んでいた足を止め、そっと此方の手を引いた男が顔を寄せてくる。
俺は男の名を呼びながらその寄せてくる顔を受け入れると乾いた男の唇が此方の唇に重なった。
「…………」
「…………」
「……っふ……」
「……なんで笑うんだよ。……こっちも笑っちまうだろ」
互いに唇を離し、黙ったまま見詰めあうと男が微かに笑うものだから思わずそう呟いてみせる。
すると男はすまない、とその顔に笑みを浮かべたまま囁く。
どうしたものかと思いながら俺は男の顔に今度は自分から顔を寄せ、口付けた。
そんな俺達を囲むように風が吹き、俺は寒さから男より顔を離す。
「……さっむ……」
「……大丈夫か」
「早く帰ろうぜ、こんな所で何時までも突っ立ってる訳にもいかないだろ」
俺は男の掴んでいた手を引き寄せ、身体を寄せる。
冬に差し掛かったばかりなので其処まで寒くは無いかと思っていたのだが、やはり風が吹くとそれなりには寒さを感じてしまう。
だから隣に居る男にしがみ付くようにして触れた部分から衣服越しにでも分かる温度に身体を摺り寄せた。
「そうだな、……早く帰ろう」
「……」
そう言いながら男は俺を先導するように歩を進める。
そんな男の手と俺の手に持たれた荷物がガサリと音を立てるのを聞きながら俺も男と同じように歩みだす。
先ほどよりも近くなったその距離を妙に気恥ずかしく思いつつも、周りに誰も居ないのだから問題ないと、男の温度を感じてにやける顔を抑える事もしないまま、
より一層男の手を握る指先に力を込めた。
-FIN-
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