薄暗い公園、少し離れた場所に現れた男は随分と嬉しそうに笑った。
……そうだ、この男は狂っている。
俺はそんな事を思いながら片手をひらりと動かした男に視線を戻した。
「……よお」
「……」
「……元気か?」
くすくすと笑った男は首を傾げながらそう囁く。
街灯に群がる虫が小さな羽音を立てているのが聞こえた。
この空間は歪で、何処か嫌な空気が纏わりついてくる。
けれど俺はその空間の中で笑っている男が敢えてその役を演じているのだと分かっていた。
俺の歪を引き受けた男はその心に俺とは違う思考を宿している。
意外にもこの男は繊細なのだ。
「……まぁまぁかな、……お前は?」
「……」
「……なんだよ、お前が聞いてきたんだろう」
何時もとは違い、そっと笑いながらそう答えを返してやると、男は目を丸くして驚いた表情を見せた。
まさか俺が素直に返答するとは思っていなかったらしい。
動揺を見せた男はその髪をかきあげてから、表情をまた元の人を食ったような笑みに戻してから囁いた。
「そうか、……それは良かった。……しかしお前が笑うなんて……何のつもりだ?」
「気に召さなかったのか?……たまには良いかと思ったんだが」
「…………何時も思うよ」
「……何が?」
その目に愉しげな光が点るのを見る。
俺はそっとその男の方へと足を進めていった。
足元でざり、と砂が踏みしめられる音が聞こえる。
「……お前は狂ってる」
「……は……」
そっと愉しげに細められた男の色素の薄い瞳に映った俺は男と同じ
ように笑っていた。
そうして俺は手を伸ばし、男の頬に触れる。冷たいその肌はまるで死体のようだ。
そこまで考えて、確かに俺は狂っているかもしれないと思った。
……死者に欲情するなんて、そういうのは世間的には狂っていると呼ぶのだから。
この男に向かってそのような事を言ったならばきっと俺が首を掻き切られて死体と
化すと分かっているので勿論言わないが。
「……そうかもな」
「……」
「……でも、そんな俺が嫌いじゃないんだろ?」
「……さぁ?」
くす、と笑った男に顔を寄せ、その唇に口付ける。
その薄い唇から顔を離して男を見遣ると此方を睨みつけてくる男と視線が合い、俺はその髪に手を絡ませ再び口付けた。
深く絡め取るように舌を入れ込めば、ビクリと腕の中で男が震える。
「……っ、……ぅ……」
「……は……」
「……おい……」
「……なんだよ、……そんなに良かった?」
「……」
そうして唇を離せば、仄かに赤い顔をした男が悔しそうに唇をかみ締めて顔を逸らす。
俺はそんな男の顎を掴み取り、もう一度舌を入れ込む。
「……ん、……っぅ……」
「……っ……」
「……ん、……!」
「!?……いった……いなぁ……」
「……っは……ぁ……自業自得、だ……」
微かに身体を強張らせた男は俺の舌に歯を立ててきたので痛みに
舌を引き抜くと、指先で唇を拭った男が荒い吐息を洩らしながらもそう言う。
俺はそんな男の手を掴み取り、引き寄せてからそっと囁いた。
「……そんな事していいの、……七夜?」
「……ッ……」
「そんなに怯えるなよ、苛めたくなっちゃうだろ」
「……志貴……」
「それとも何時もみたいにして欲しかったの?……それならそう言えば良いのに」
「……っちょ、……っと……」
俺はそのまま掴んだ手に力を込め、男を近くの影になっている木々の傍へと
連れて行く。
この冷たい身体を何処まで捕まえておけるか。
そんな遊びを始めたのは何時からだっただろう。
いつの間にかお互いに引くに引けない所にまできてしまっている。
けれどそれもまた、この遊びの醍醐味なのかもしれないと最近になって
思うようになった。
「……おい、志貴……!」
「……なに?」
振り向くと慌てたような表情をした男が俺の手を離そうとしてくるのでさらにその手に力を込めた。
そうしてそのままその身体を抱き寄せる。
「……何って……」
「……嫌なの、七夜」
そう耳元で寂しげな色を宿しながら囁くと男がため息を吐いたのを聞いた。
この男は何処か繊細であるが故に、こうして頼まれると断れない性質を
持っている。
―――このままもっと深くまで堕ちてしまえばいい。
俺は気がつかれない程度に口端を歪め、笑った。
-FIN-
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