02.「会いに行くよ」


※MBAACCのアルクルートやら軋間さんルートやら色々混ぜた妄想ネタ



体が行き成り別の空間に構築されていく違和感に悪酔いした時のような気分の悪さを覚えながら閉じていた目を開く。
目を開けた先には、魑魅魍魎が徘徊しているような薄暗い世界が広がり、何処かざらついた風が此方の体を撫でた。
しこたま酒を呑みすぎたか、はたまた森の狐狸にでも化かされたか。
そのどちらにせよ、オレを呼んだモノは『鬼』の恐ろしさをまるで分かってはいないらしかった。
不可思議な事には慣れていた筈であるが、まさか無想を掴む事になろうとは思っても見ない事で、生きる意味を見出す事も出来ないままに生きてきたが 可笑しな事もあると一人わらう。


「……断りも無く呼び出した代償は高くつくぞ」


―――鬼を必要とするものは、その果てに鬼に食われるのが習わしだ。
そんな事を一人思いつつ、熱された地面を素足で踏みしめながら纏った上着をはためかせ、目的も無く歩み始めた。



□ □ □



暫く当ても無いままに歩んでいると、この蒸し暑い最中に咲き誇っている桜の木々を見つけ思わず立ち止まる。
仄かな街灯に照らし出されたそれらは妖しくも優美な姿を惜し気もなく世界に晒しだしていた。
本当にこの街は何処か歪になっているらしい。
本来ならばこの街には居ない筈の虚像で出来た己、真夏に咲く見事なまでの桜。


「おや?可笑しいな……どうしてアンタが此処に居るんだよ」


そうして其れを見詰めていたオレに掛けられた何処までも退屈そうな餓鬼の声にそっと振り向く。
其処には凡そ夏の装いには似つかわしくない長袖の青い学生服を着た色素の薄い瞳をしている餓鬼が此方を睨みつけてきていた。
オレはそんな餓鬼を上から下までゆっくりと観察すると、餓鬼に向かって声を掛ける。


「さてな……オレも不意にこの舞台に呼び出され、己の役割や立ち位置すらも朧げにしか分かっていないのだ」

「……ふーん」


その瞳を細めた餓鬼はオレと同じように此方の体を観察するようにしてから 両手を衣服の衣嚢に仕舞いこむと、辺りに花弁を撒き散らしながらも相変わらず 美しい桜に視線を移した。
オレはそんな餓鬼の姿を見つめているとため息を吐いた餓鬼が此方を横目で睨みつけてくる。
そのまま衣嚢より黒い何かを取り出した餓鬼は、首を傾げながら小さく囁く。


「俺はさ、本当に『アイツ』と戦いたくて仕方なかったんだ」

「……」

「だから……本来『アンタ』みたいな紛い物と踊るのは趣味じゃないんだけど、暇だし遊んでやるよ」


そう言ってその黒い鞘から白銀の刃を出した餓鬼は其れを手の中でくるりと回し、逆手に持つ。
その刃物を素早く持つ手さばきに見惚れてしまいそうになりながら、答えを返す。


「嗚呼……この自我も意識も定まらぬ夢心地のような不快感をお前が消してくれるのだろう?……『七夜黄理の息子』」

「……良いぜ、……『紅赤朱』」


―――来いよ、と唇を動かした餓鬼が刃を構え、その顔に笑みを浮かべているのを見詰め返す。
餓鬼の此方を見据えてくる視線に鮮烈な殺意を覚え、纏ったコートを脱ぎ捨てると炎を体に纏わせた。
生きている実感をこの餓鬼ならば与えてくれるかもしれない。
オレは口端に浮かぶ笑みもそのままに餓鬼に向かって駆けていた。
そのまま炎を纏わせた右手で餓鬼の腹に向かって拳を繰り出すが、其の前に 地面の花弁を踏みしめながらその場より消え失せた餓鬼に避けられてしまう。


「……遅いんだよ!」


此方の懐に潜り込んだ餓鬼が薙ぐように振った刃物の軌跡を目で追いながら避けると、追いかけるように続けて放たれた蹴りが此方の腕に衝撃を伴ってぶつかってくる。
その脚を掴もうと手を伸ばすが、此方の腕を踏みつけた餓鬼はくるりと 猫の如く宙に舞ったかと思うと上から切り付けてきた。
白銀の光が此方の髪を微かに掠めたのを感じてから、追い払うように 腕を振るうと離れた場所に降り立った餓鬼がその目を細め笑ったのが薄明かり の中でも分かる。


「おいおい、もっと頑張ってくれよ。……愉しめないじゃないか」


そんな軽口を叩いた餓鬼を更に追いかける為に一度宙に飛び上がり近づくと、炎を纏わせた脚で餓鬼に向かって蹴りを放つ。
此方の動きにあわせるように地面から蹴り上げてきた餓鬼の蹴りと オレの蹴りが正面からぶつかり合い、このまま押し切れると感じた 瞬間、背後からの強い衝撃に息が詰まった。


「……っ!?」


吹き飛ばされるまま、背後に視線を向けると目の前に居た餓鬼と全く 同じ姿の残像が此方の背に容赦の無い蹴りを放ってから薄く笑って 消えうせるのが見えた。
吹き飛ばされた体勢をどうにか立て直そうと試みるが、オレより先に地面に 降り立った餓鬼がすぐさま構え直し、空に浮かぶ無防備なオレに向かって飛び掛るようにしながら幾太刀もの斬撃を放つ。
まるで一瞬の内に無数の刃に体を引き裂かれたような痛みの中、地面に落ちる オレとは対照的に軽やかに地面に降り立った餓鬼に向かって半ば無理矢理手を伸ばす。
だが炎を纏わせた腕は餓鬼の衣服の裾を焦がしただけで上手く掴む事も 叶わなかった。
オレはそのまま地面に無様な音を立てて倒れこんでしまう。
本来の力が出せないからといって此処まで簡単にやられてしまうのは不愉快極まりなかった。
それだけ餓鬼が素晴らしい動きをしていたというのもあり、此れでは失礼に値するだろう。
そんな事をボンヤリと考えていたオレに向かって歩んできた餓鬼は無表情のまま此方の首をその刃物で切り裂き、周囲に赤い飛沫を飛び散らせる。
そうしてつまらなそうな瞳で此方を見詰めた餓鬼は冷めた声で囁いた。


「うーん……やっぱり紛い物だな……弱すぎて話にならないよ」


そう言いながらナイフの刃先を仕舞いこんだ餓鬼はそっとため息を吐く。
そして地面を軽く蹴り上げた餓鬼の靴に踏みにじられた桜の花弁を見ているとふ、と餓鬼が黙り込んだ。


「でも、アンタは一応『アイツ』だからこの記憶も向こうに届くのかな?」


暫し考え込んでいた様子から不意にそう囁いた餓鬼は倒れたままのオレの傍らにしゃがみ込むようにしてから首を傾げそう呟く。
確かにこの体はただ本来の自分より離れた傀儡に過ぎず、持ち得ている筈の 能力の半分すら発揮出来ていない。
だからこそ、生きている実感の無い幻と同じだ。
しかしこのまま離れていた意識が目覚めを迎えれば、人里離れた森に住む 『軋間紅摩』にもこの記憶は確りと伝達される。
其れを伝えようにも裂かれた喉では伝えようも無く、オレは此方を覗き 込む餓鬼に口端だけで笑って見せた。
すると微かに驚いた様子の餓鬼が刃物を持っていない方の腕で此方の髪を 除けたかと思うと初めて嬉しそうに笑う。
今まで見た事の無い表情に驚きを感じていると、そっと此方の頬を撫で摩った餓鬼が 心外そうな顔をしてから呟いた。


「そんな驚いた顔するなよ。言っただろ、俺は戦いたかったんだって」


ふん、と鼻を鳴らした餓鬼が更に言葉を続けながらも此方の頬を摩った。


「だからアンタにはかなりサービスしてやったんだぜ?……若干拍子抜けだったけど、其れはアンタの所為じゃないから仕方ない」


其処まで言った餓鬼は其の顔をあげ、まるで化物のようにすら見える夜桜を見詰める。
オレも同じようにその桜を見上げると、一際強い風が吹き、ハラハラと此方に降り掛かるようにして花弁が舞い散った。
その内の一枚が餓鬼の髪に乗ったのを見詰めていると、此方に視線を戻した餓鬼が此方の体に乗った花弁を指先で摘まんだかと思うと其れを地面に落とす。


「伝わるみたいだから先に言っておくよ。……絶対に会いに行ってやるから首洗って待ってろよ」


くすくすと笑いながら言った餓鬼にオレは手を伸ばし、その髪についた 花弁を取ってやる。
流石に驚いたらしい餓鬼に喉奥で笑って見せると不機嫌そうな顔をした 餓鬼が黙ってオレの頬を撫でたかと思うと行き成り立ち上がった。
その姿を微かにぼやけてきた視界の中見詰めると、楽しげに 笑った餓鬼が小さく囁く。


「この桜はきっとより一層美しくなるだろうな……鬼の死体なんて、幻だって滅多に見られるものじゃないし」


餓鬼のその言葉に眉を顰め、態とらしく怒った顔をしてみせると更に その顔に刻む笑みを深くした餓鬼がその手を顎に当て、言葉を紡いだ。


「ふふ……怒ったか?冗談だよ。……もう起きる時間だろ?……さよならだ、『紅赤朱』」


そう言ってオレから背を向け、ひらりと手を一度振ってから歩み始めた餓鬼を見送りながら自分の体が 光と共に消え失せていくのが分かる。
先ほどまで感じていた不快感が薄れていくのを感じながらこの様な悪夢 であればたまに見るのも悪くないと苦笑を浮かべた。



□ □ □



そっと目を開け、何処か気だるい体を起こす。
見慣れた庵と囲炉裏の周りにはかなりの量の酒瓶が落ちており、それらは 全て空だった。
昨日酒を呑んだまま自堕落にも畳の上で眠ってしまっていたようだ。
微かに痛む首を回しながら、先ほどまで見ていた悪夢の中の餓鬼を思い出す。
そうして掌の中にある異物に気がつき手を開くと一枚の花弁がひらりと 畳に舞い落ちた。
其れを見て、まだ夜も明けていないのか静かな空間の中、思わず微かに笑った。
あれが夢だったとしても随分と可笑しな体験をしたものだ。
ただ、餓鬼が余り楽しめなかったように、此方も全力を出し切れなかった事 だけが悔やまれる。


「……待っているぞ、七夜」


オレは落ちた花弁を指先で摘まみ上げ、其れを再び握りこんでから 先ほど言えなかった言葉を小さく囁いた。



-FIN-






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