「ほれ、熱いから気をつけろよ」
「……ん」
俺はそう言ってコンビニの袋から取り出した缶珈琲を七夜に手渡しながら、ベンチに座り込む。
隣に座った七夜はその珈琲で冷えた手を温めるようにしてからプルタブを開けた。
軽い金属音を聞きながら俺も同じようにビニールに入っていた珈琲を取り出しプルタブを引く。
そのまま流し込んだ珈琲は冷えた身体に染み渡るような温かさで、俺は思わず吐息を洩らす。
するとその呼気は白い靄となって空へと昇っていった。
その呼気を自然と目で追うと、公園に設置されている時計が目に入る。
(……こんな夜遅いんだから寒いのも当たり前か)
時刻は疾うに十二時を過ぎており、もう冬も半分を過ぎた今の時期、こんな遅くに野外
に出ているなど阿呆の極みだろう。
しかしながらそれでも俺がこうして外に出るのは隣に居る奴が会わないと寂しがるからだ。
―――本人にはまるで自覚というものが無いらしいが。
俺はそんな風に考えながら缶をベンチに置き、再びビニール袋の中に手を入れ、白い包み紙を一つ取り出す。
「七夜、肉まん食べるか?一個しか無かったから半分だけど」
「……食べる」
そう言った七夜に俺は軽く微笑んでから取り出した肉まんを半分に千切り、七夜に渡した。
少し時間が経ってしまった所為で表面は少しだけ冷めてしまっているがまだ中は熱い。
そんな肉まんを齧りながら隣に居る七夜を見遣ると真っ直ぐ前を向いたままの七夜がその頬を微かに寒さで赤らめながら食べているのが分かった。
そのまま俺が食べ終わり、七夜を見ていると同じように食べ終わった七夜が此方の視線に気がついたのか訝しげな表情で呟いた。
「なんだよ」
「美味かった?」
「まぁな」
「そっか」
俺はそんな七夜の反応に満足を覚え、珈琲を飲む。
砂糖とミルクの入った其れは肉まんを食べた後に飲むものでは無いのかもしれないと俺が思っていると、小さな声で七夜が呟いた。
「お前、……俺と居て良いのか」
「ん?」
「秋葉達にバレたらまずいだろう」
「あー……まぁ、でも、別に大丈夫だろ」
「……」
そう言った俺に答えを返してこない七夜を不審に思い、缶を置いて七夜を見遣る。
敢えて此方を見ないようにしているらしい七夜の横顔は何処か思いつめているかのように思えて、俺は自分でも驚くくらい優しい声音で囁いていた。
「どうかしたのか、七夜?」
「……」
「……何かあるなら言ってみろよ」
「……」
「それとも俺、何か悪いことした?」
「……違う」
冗談じみた口調で笑いながらそう言った俺の言葉に顔を上げた七夜は此方をしっかりと見てから気まずそうに視線を逸らし、囁いた。
「……お前、俺と居て……楽しいのか」
「?」
「……はっきり言ってどういう風にお前と話したら良いのか分からない」
「……」
「今まで、……殺し合いばかりしてきたのに」
「……んー……そうだな」
俺はその七夜の台詞を聞きながら、ベンチの背もたれに身体を凭れさせる。
そうしてそのまま七夜の肩に自身の頭を乗せた。
流石に驚いたらしい七夜が一瞬だけその身体をビクつかせたのを感じながら、呟く。
「確かにそうだけど、……俺は別にお前と楽しくお喋りだけしたい訳じゃないし」
「……」
「こうやって一緒に居るだけで良い」
「……志貴」
「だからお前はそのままで良いよ」
そう言って横に居る七夜の手に手を伸ばし、冷えた其処を握りこむ。
ただ、こうやって俺の傍に七夜が当たり前のように居て、触れたり語る事が出来る。
今まで互いを殺そうとしては、その存在を否定していた。
しかし一度芽生えた感情を受け入れてしまえば後はまるで転がり落ちる石のような速度で近くなり、七夜の傍が居心地の良いものとなっていく。
それはもう、お互いに止める事等出来なくなっていた。
「……まぁでもたまにナイフ振るってくるのは勘弁だけどな」
「……それはお前が悪い」
「ハハ、否定出来ないから困る」
「……」
そう言って笑って見せると、その口端だけで微かに笑った七夜に心臓が跳ねるのを感じて、その頬に手を伸ばす。
そのまま顔を近づけると戸惑うようにしてから、目を伏せた七夜の薄くかさついた唇に口付けた。
「……なんか乾いてんな」
「……そうか?」
「あんまり放っておくと唇ひび割れて痛くなるぞ?」
「別に直ぐ治る」
俺は七夜の唇に指を這わせ、其処を撫で摩る。
其処まで俺も頓着する方では無いが、それでもそのまま放っておくのはどうにも許せなかった。
「……今度なんか買ってやるからつけろよ」
「……そんな女みたいな事……」
「キスする時に痛いだろ」
「……なんだその理由」
呆れたように呟いた七夜は、思いついたように首を傾げてから囁いた。
「なんだよ、『そのままでいい』んだろ?」
「……それとこれとは話が別!」
そうして悪戯っぽい笑みを浮かべた七夜がそういうので、俺は肩を竦めてからその小生意気な唇をもう一度塞いだのだった。
-FIN-
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