26.「お別れだ」


※微グロ・死ネタ



手に持った得物がヌルつくのを感じながら、一度持ち直す。
こんなに血に塗れたのは久々の事で、鉄の臭いが鼻腔に入り込んでくるが其処まで嫌悪感は抱かなかった。
やはり俺は根っからの殺人嗜好者なのだと思い知らされる。
この世に呼び出された時からずっと其れは変わらずに俺の核となり、原動力となっている。
少しは人間に近づいたといっても所詮は形作るモノを変えるなんて出来ない。
其れは、体内の血液を全て抜き取って入れ替えるのにきっと等しいくらいの困難さを孕んでいる。
俺は持ち直した刃をもう一度、振り下ろす。
すると当然のように、ぐちゃりという音が静かな草原に響いた。
今日は恐ろしい程に美しい月が空を支配して、風は丁度良く凪いでいる。
心地良い風に、頬に新たについた血が乾かされていくのを身をもって感じながら突き立てた刃を引き抜く。
ふと、刃についた甘い香りに誘われる様に口付けると鮮血が唇に纏わりつき、糸を引いた。
随分と惨たらしい紅だと思いながらも口端に上る笑みもそのままに頭上にある月を見上げる。
―――本当になんて綺麗な月なのだろう。


「……なぁ、お前もそう思うだろう?」


俺はそのまま静かに呟くが、答えは当然返ってくる訳もなく苛立ちが募った。
だから引き抜いた刃を再び眼下の男に振り下ろす。
なんの意味も無い行為に、こうして耽るのは馬鹿げていると分かっている。
分かっていて、其れでも何度も何度も男の身体に刃を刻んだ。
飛び散る量の減る血液と反比例して大量に穴の開いた男の身体を見て、ふと思い付いたままに言葉を紡ぐ。


「……これって性交みたいだな」


ふふ、と自然に浮かぶ笑いを隠さずに更に刃を突き立て引き抜く。
鬼神とも称された男がこんな餓鬼にいいように弄ばれ、蹂躙される様は反吐が出る程可笑しかった。
だからきっと、この眼に滲む雫は笑い過ぎた所為なのだろう。


「……なんか言えよ」


ぽつりと雨の雫のように唇から呪詛に近い音が落ちる。
雨など降っていないのは散々確認しているというのに、とまた哂う。


「お前、俺にこんな簡単に殺されるなんて可笑しいだろ。なんでだよ……なんか言えって言ってるだろ!!」


馬乗りになったまま男の襟元を掴み、其処を揺さぶるが千切れかけた男の首が動くだけで答えなど返ってくる筈も無かった。
俺は結局その首元に当てた手を離すと男の亡骸が草原にゆっくりと伏せる音が嫌に響いて聞こえる。
月が空を渡り、この世界が再び太陽の明かりを取り戻すとき、俺はきっと嫌でもこの世から消えるだろう。
何も残さぬまま、誰も知らないうちに。


「……此処で俺が死んだら、腹上死になるのかもな」


だったら、俺はこの男と共にこのまま果てたいと心底願った。
だから下らない台詞を吐いてまた独り嗤う。
そのまま突き立てていた刃を今度は自身に向け、首元に添わせる。
鬼神さえ殺した一撃だ、呆気なく終わりは来るだろう。
どうせなら男の手で、殺されたかったというのにこの男は最後の最後で戸惑いを見せた。
あの瞳に映った感情が一体、何だったのかもはや問う事も叶わず、意図を知る事も出来ない。
もしかしたら、地獄の門の入り口で甲斐甲斐しく待っていてくれているかもしれないが。
そうだとしたら今度こそ、男に直接嫌味の一つでも言ってやろう。


「……下らないな、本当に」


俺は一度苦笑してから何処か安らかに見える男の頬に手を這わせ、その髪に隠れた傷に触れる。
そしてそのまま俺が与えた首筋の傷に触れ、黙ったままの男の唇に唇を寄せた。
あんなにも熱を持っていた男の唇は体温の低い俺の身体より冷たくなっていて、当たり前の事なのに胸が軋んだ。
何故、口付けをしたのかは分からない。
けれど何の言葉も発さなくなった男に、確かな愛おしさを覚えていたのは確かだった。


「……馬鹿な奴だよ、俺は。……アンタもそうだったら良いんだけど」


はは、と笑ってから躊躇う事なく首にそわせた刃を引く。
驚く程に吹き出した血液に染まる自身の視界の中、俺は男の上に倒れ伏せ、手に持った刃を手放す。
そうしてやっと空いた其の手を男の胸に触れさせながら静かに暗闇の底に沈んでいった。






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