03.「貴方だけを思う」




「軋間」

「ん?」


俺は布団の中、隣に居る男に声を掛ける。
そのまま男の方に身体を摺り寄せると温かな腕が此方の身体を包んだ。
この山奥にある庵は酷く冷え、特に夜と朝は足先まで冷たくなる。
しかしそんな俺を気遣ってか柔らかく男に抱きしめられるのは、この季節ならではだ。
俺は男の胸元に顔を寄せながら、其処に触れる。


「キスしようぜ」

「……なんだ、いきなり」

「良いだろう?別に。……軋間は、したくないのか?」

「……」

「……ッ……」


そうわざと寂しげに呟いた俺の口を塞いだ男の薄い唇に熱さを 感じ、そのまま応えるようにその唇を軽く食む。
そうして顔を離した男はそっと呟いた。


「……全く、お前は性質が悪い」

「……そうか?」

「……」


至近距離で目を細め、微笑んでやると男が俺の身体を抱いていた 腕の片方を俺の髪に伸ばし撫でてくる。
俺はそんな男の腕を受け入れながら、再び男の唇に顔を寄せ口付けた。
敢えて深くは口付けず、ひたすらに男の唇を堪能する。
ちゅ、ちゅ、と軽い音が薄暗い室内に響くのを聞きながら髪を梳かす 男の指先を感じてボンヤリとした熱を覚えた。


「……七夜」

「……は……」


俺の冷えた足先が男の足先と触れ合う。
そうして掛けられた言葉に口付けを止め、男を見遣ると微かに 吐息を洩らした男は俺の髪を梳いていた手を下ろし、俺の首元を撫でた。
俺はそんな男の頬に手を伸ばし、顔に掛かった髪を除けるように耳に 掛けてやる。


「……随分と冷えているな」

「……アンタが熱すぎるんじゃないのか」

「そうかもな」


首元を撫でていた男の手が今度は労わるように頬に触れていた俺の手を掴んで揉みこむようにするのを笑いながら受け入れる。
男の体温が高いのはもはや分かりきっている事だ。
そうして俺の温度が低い分、男が慈しむように俺を暖め蕩かす。
互いに無いものを埋めあうこの関係性が何よりも幸福で、愛おしい。


「……くっく……」

「……なんだ?」

「んん?」

「……随分と、嬉しそうだな」


そう囁いた男に俺は再び顔を寄せ、口付けた。
そうして離れてから俺の手を握ったままの男の手を引き寄せ、 その掌に唇を押し当てる。
筋張ったその手に伝わる脈動を感じ取りながら、小さく囁いた。


「こうしていられる、それだけで嬉しいんだよ」

「……」

「……なーんて、……少し気障だったか」

「……」


自身の台詞に気恥ずかしさを感じ、照れ隠しに苦笑してみせた。
すると黙ったままの男が俺が口付けていた手を動かして、頬にその 指先を這わせてくる。
そうしてそっと微笑んだ男がその低く甘い声で囁いた。


「……オレもお前と共に居られる……」

「……」

「それが何よりも嬉しく思う」

「…………」


その台詞に自身の頬に熱が集まるのを感じ、男と合わせていた 視線を逸らす。
男がそのような台詞を吐く等、今まで想像も出来ない事で 何時まで経っても慣れない。
そんな風に考えていると男が顔を寄せてくるのでそれを受け入れる。


「……は……」

「……軋間……」

「……ん?」

「……きしま」


自身の感情を込めながら男の名を呼ぶと、男がもう一度顔を寄せ口付けてくる。
その唇に舌を這わせてみると男が其れに応えるように深く口付けてくるのが 分かった。


「……っは……あ……」

「……」

「……軋間、……」

「……本当にお前はオレを煽るのが上手いな」


口付けの間に男が俺の上に覆い被さり、俺の髪を撫でてくるのを心地良く 感じながら男の言葉に薄く笑う。


「そんな事言ったらアンタだってそうだろう?」

「……」

「……そもそもアンタとじゃなきゃ、絶対にこんな事しないけどな」

「……」

「!?……ん、……んッ……!」


熱くぬるついた舌先が此方の口元を舐ってくる。
そのまま男の着物を掴むと男が顔を上げ、透明な糸が合間に掛かるのを 見た。
そのまま男が俺の手を掴んだかと思うと冷えた指先に唇を当ててくる。


「……七夜……もう、……少し黙っていろ」

「……あッ……う……」


そう言った男が俺の指先を愛撫するように何度も口付けながらそう 囁く。
そうして俺の顔を覗き込んできた男の瞳に点る獣の色を見ながら、 首筋に吸い付かれる感覚にただひたすら声を上げるしか出来なかった。



-FIN-






戻る