04.「それを君が望むなら」




微かに温かさを宿した畳に横たわりながら薄く目を開き、書籍を読み込んでいる男の後ろ姿を見遣る。
凛としたその佇まいは何時見ても此方の心を酷く揺さぶってくるのだ。
しかしそのような事を安直に表に出せばすぐさま男は其れを察知してしまう。
だからこうして眠っている振りをしながらその姿を堪能するのが何時からか俺の日課になっていた。
静かなこの世界で男が定期的に頁を捲くる音と、庵の外で高らかに鳴いている鳥の声音だけが部屋の中に響いている。
そうしてその姿を見ていると、不意に男が頁を巻くっていない方の手でその長い前髪を煩わしそうに耳に掛けたのが分かった。


(……ッ)


その無防備な背中にぞくりとした痺れを背中に感じ、ゆるりと身体を起こす。
相変わらず男は前を向いたままで此方が目を覚ました事に気がついていないのか定期的に頁を捲くっているのが分かった。
そのまま獲物を狙う獣のようにゆっくりと男に這い寄った俺は男の背中に抱きつくようにして覆い被さる。
しかし男はそんな俺の突拍子も無い行動に慣れている所為か変わらずに前を向いたままそっと囁いた。


「……起きたのか」

「……アンタそうやって余裕こいてると……」


俺は覆い被さったまま後ろから手を伸ばし男の首筋に指先を這わせ、その喉元に浮き出た喉仏を撫でる。
そのまま頚動脈を辿り、着物の中に手を忍ばせ其処にある鎖骨を撫でながら男の耳元に顔を寄せつつ囁いた。


「此処、掻っ切られても知らないぞ?」

「……起き抜けから随分と物騒だな」

「……ふん」


何処か楽しげな声でそう答えた男は俺の指先を捕まえたかと思うと、自身の口元に触れさせる。
そのままその指先を引き寄せてくるものだから俺は更に男の背中に密着してしまった。
俺は男の首筋に顔を押し付けるような格好になり、男の匂いに包まれたまま男の言葉を聞く。


「……しかし、其れをお前が本当に望むなら……構わんぞ?」

「……」


ちゅ、と軽い音を立てながら男が引き寄せた手に唇を寄せてくるものだから何も言えなくなってしまう。
……この男は本当に俺をコントロールする術を心得ている。
そんな風に考えていると此方の腕の中にいた男がその身体を動かし、後ろに居た俺を抱きとめてきた。


「……うお……!」

「……」

「……急に引っ張るなよ」

「人の事を言えるのか?」


俺を抱きしめ、そっと笑った男はその目を細めながら囁く。
その柔らかな笑みと的を射た言葉に俺が黙り込んでいると男が手を伸ばして髪を撫で梳かしてくる。
優しいその手付きに心地よさを感じ、男の胸元に顔を埋めながら受け入れていると男が囁いた。


「七夜」

「ん?」

「顔を上げろ」


そう言われ顔を上げた俺に手を伸ばしてきた男が指先で前髪を掻き分け、其処に顔を寄せてくる。
軽い音を立てながら額、瞼、頬に順々に口付けてきた男は口元に触れるか触れないかの所でその動きを止め、低く甘い独特の声音で小さく囁いた。


「……何を緊張している」

「……してない」

「……」


笑いの混じったその声音にそう返すが、こんなにも至近距離で男の強い瞳に射抜かれ戸惑わない筈は無かった。
こうして男と暮らし始めて其処まで経っていない事もあるが、普段は大して此方に構ってこない男が不意に見せるこのような行動に未だに慣れないのは事実だ。
自然と視線を逸らしていた俺の視線を戻すかのように頬に触れてきた男はそのままゆっくりと口付けてくる。


「……」

「……は……」


けして激しい接吻では無く、ただ粘膜を触れ合わせているだけだというのにどうしてこんなにも堪らない気持ちになるのだろう。
そんな事をボンヤリと考えていると知らず知らずの内に男の着物を掴んでいた 俺の手に触れてきた男が此方の手を握りこんでくる。


「……今ならば、この首を刈る事も実に容易いだろうな」


そのまま薄く笑った男は捕まえた手の片方を男の首元に添わせてそう言葉を紡ぐ。
窓から射し込む光に照らし出された男の言葉が上手く理解出来ず首を傾げると男は此方の髪に指をさし入れてきた。


「……なぁ」


男の言葉の意味を問おうと唇を開くが、その前に顔を寄せてきた男が其処を塞いでくる。
そうして直ぐに離された唇を追うように視線を走らせると再び口付けられた。


「……」

「……」


もう一度唇を離した男は今度は此方の身体を抱きこめてくる。
何か誤魔化されている気がしてならないが、安穏な雰囲気を醸し出している男に今更其れを聞くのも野暮な気がしてしまう。
結局俺は此方を抱きしめている男に返すように腕を伸ばし、男の首に腕を掛け、強く抱きしめ返していた。



-FIN-






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