08.「一緒にいこう」




冷えた体を震わせながら、寝室へと続く襖を開く。
真冬とも言えるこの時期は特に寒く、幾ら温かい風呂に入っても直ぐに体が冷えてしまう。
だが、此処に住んでいる以上其れはもはや仕方の無い事であり半ば諦めなければならない事柄だ。
そんな事を思いながら襖を閉め、燭台が灯った僅かに薄暗い部屋の中、既に男が敷いておいてくれた布団に近づいた。
そうして布団の中に潜り込むと、冷たい敷布に触れた体がぞわりと総毛立つ。
しかし暫く待っていれば男が来るのが分かっている為に敢えて布団深くに 潜り込み、温まるのを待つのは冬の間の密かな日課となっている。
……こんな事を俺が思っているとは男は考えても居ないだろうが。
そんな事を考えていると不意に閉まっていた襖が開き、深緑色の着物を着た男が のそりと部屋に入ってくる。
男の方に顔を上げた俺と視線が絡み、俺は薄く笑いながら唇を開く。


「ほら、寒いんだから早く入れよ」

「……嗚呼」


俺の言葉にそう答えた男が同じように笑ってから此方に近づき、俺の隣に潜り込んでくる。
その男の体にすぐさま擦り寄るようにすると男が温かな腕で俺の体を抱きしめた。
先ほどまで冷えていた布団と体が男の高い体温でゆっくりと温まっていくのを身に沁みて感じながら男の首元に顔を摺り寄せた。
互いに風呂に入り、同じ石鹸を使っているものだから俺と男の香りは何時でも同じだ。
そんな当たり前の事実を認識しながらも思わず笑んでしまう自分を隠さないままに 此方の髪に手を伸ばしてくる男の指先を感じた。
こうして眠る前の時間にも男とこうして触れ合う事は俺と男の間で暗黙の了解になっている。
共に住んでいるのだから何時だって触れ合う事は可能なのだが、やはりどうにも 眠る前には男に触れたくなってしまうのだ。
もしかしたら俺の存在が朝になって消えてしまっているかもしれない。
そんな有り得なくは無い未来を眠る前には少しだけ考えてしまう。
その薄暗い空想に完全に飲み込まれてしまう事は無くても、奥底に潜んでいる感情を男に気がつかれているのかは分からない。
ただ男に触れている間、確実に安心する事が出来るのは事実で、それ以外にも俺が単純に男に触れるのが好きなのだ。


「軋間」


俺の声に反応して顔を僅かに動かした男に顔を近づけ、その唇に唇を押し当てる。
そして顔を離すと燭台の灯りに照らし出され、影になった男の顔が和らぐのが分かった。
普通の人間には恐らく仏頂面に見え、怒っていなくとも下手をしたら恐れられてしまう 男が実に様々な表情を持っているのを知っている人物は本当に数少ないだろう。
其の上、その違いを認識出来、変えさせる事が出来るのは俺だけだと自惚れている。
そんな思いの中、笑った俺に気がついたらしい男がふと此方の体を抱き締めていた腕を動かし、此方の手を掴んできた。
もぞもぞと布団の中で動く男の手に何も言わないままでいると、男の武骨な指が此方の指の間に入り込み、痛まないように握りこまれる。
微かに伝わる男の脈と、冷えた指先をしっかりと温めるように伝わる熱に心地良さを覚えながら男に視線を向け直した。
もう男と共に住み始めてから長い時間が経っているから、手を繋いだくらいですぐ頬が赤く染まったり等という事はない。
其れでも口元が緩んでしまうのは其れだけ男を俺が好いているからだろう。


「……お前の手は何時も温かいな」


ぽつりとそう呟いた俺にそっと微笑んだ男は、先の俺と同じように此方の唇に口付けてくる。
薄い男の唇が此方に触れる感覚に意識を向けながら繋いだ手を動かし布団から少しだけ出した。
布団から出た所為で一瞬、ひやりとした冷たさを感じたが、男と手を繋いでいる為に其処まで一気に冷えはしない。
そうして顔を離し、至近距離で互いに見詰め合う。
男の瞳の中に映る色を俺が窺っているように、男も俺の瞳の中に映る感情を探っている らしい。


「……七夜」


どうしたものかと考えていると男が俺の名を含みを持たせた声音で呼ぶ。
男が俺を求めるならば、俺は余す事無く俺の全てを男に与えてやりたい。
そうしてそれと同じ分だけ、俺は男を求め、与えて貰いたいと思っている。
だから俺は男と繋いだ手を引き寄せ、男の爪先に口付けた。
そんな俺の行動に男の瞳にジワリと火が灯るのを知る。
そのまま黙って繋いだ手を動かした男が俺に覆い被さってくるのを受け入れた。
男が動いた為に布団が動き、冷たい空気が押し入ってくる。
その所為で体が震えるのが繋いだ手から伝わったのか、男が体を寄せ、首元に口付けてきた。
男の吐息が首元に掛かる事にくすぐったさを感じながらも重ねた手から力を抜く。
そして静かに繋いだ手を外した男が空いた手で俺の髪を撫でながら何度も頬に口付けてくるのを男の髪に手を伸ばし、梳かす事で応える。
このまま、男と抱き合って、最後には何時ものように二人眠りにつくのだろう。
当たり前の事だと思ってしまうが、今日という日を男と共に過ごし、明日へ共に進める事は本来有り得ない事だと思い返す。
頭の中に過ぎったそんな考えに思わず男を凝視してしまう。


「……どうした?」

「んー?……寒いなぁと思ってさ」

「……今日は一段と冷えるからな」

「まだ暫く寒いのが続くのかと思うと気が滅入るよ」

「……毎年そんな事を言っているな、お前は」

「仕方ないだろう?……寒いものは寒いんだから」


そう互いに言い合いながらも男が此方の着物に手を伸ばし、襟元を緩めながら首筋に口付けてくる。
色気も何もあったものではないと思いながらも、今更初々しさを出すのも可笑しい だろうと慣れた手つきで此方を探ってくる男から僅かに視線を逸らせた。
燭台のぼんやりとした灯りに照らし出された俺と男の影が壁に映るのが見える。
そんな中、男が顔を上げたのを理解し、其方に視線を向けると体が離れ冷たい空気が肌を舐めた為にぞくりと背中に痺れが走った。
そんな俺に気がついたのか俺の体を手で摩った男はずり落ちてしまった布団を男すら覆い隠すように引き上げる。
布団が掛かることで次第に暗くなっていく視界の中、遂に堪らなくなった俺は男の肩に両手を伸ばし早く続きを、と強請るように深く口付けていた。



-FIN-






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