オドントグロッサム




 ザクザクという音と共に足元に広がる白い雪と、柔らかな草が生えているものの霜のおりた土が混ざり合う地面を履き慣れたエンジニアブーツの靴底で踏みしめながら、ミラージュはほんの少し前を行くクリプトの後ろ姿をぼんやりと眺める。
 同じように所々、雪で覆われた地面を踏みしめて前を行く背中には、いつも通りクリプトが愛用しているドローンと共に4〜8倍スコープの取り付けられたロングボウとプラウラーが背負われており、バックパックの上から取り付けられたホルスターの中でそれらの金属の擦れる音が微かに耳に響く。
 この辺りはワールズエッジでもかなり端に位置している調査キャンプ近くに存在している丘で、歩いているうちに地面は完璧な雪原となり、その雪の影響か音があまり反響しない。
 しかしそれでもこれだけ他に音の無い場所にいれば、そんな微かな物音の1つであっても鮮明に聞こえた。

 そうしてミラージュはミラージュでいつものようにフラットラインとEVA8を背中に装備しているので、二つの銃の重みが背中にのし掛かってくるが、もはや慣れすぎて何とも感じなかった。
 どちらかといえば、足元にある雪の感触の方が余程気になる。
 もちろん、【レジェンド】達の履いている靴はしっかりと防水・耐冷・耐熱加工を施され、見えないくらいに細かい滑り止めのスタッズも靴裏についており、どんなに過酷な場所でも万全の動きが出来るように製作されている戦闘向きの靴ではあるが、もしも、という可能性はいつだってあるのだ。

 ワールズエッジが【APEX】のアリーナとなる以前から存在しているらしいエピセンター周辺にある巨大な氷山から発生している冷気に加えて、ずっと地中深くを採掘していたハーベスターのせいで起きた地震によって巻き起こった地殻変動と環境変化に対応するために新しく建設されたクリマタイザーからは止めどなく雪が降り撒かれ、ワールズエッジの北側に密集しているエリアの殆どをその白い幕が覆っている。
 そんな空間の中で、ふわふわと舞い降る雪に紛れるようなクリプトの着ている白いコートは小走りをしているので風の抵抗によって裾が軽くはためき、それを押さえるようにクリプトはその両手をポケットの中に突っ込んでいた。

 (この雪でおっさんがずっこけたら面白いのにな)

 そうやって走るクリプトの姿を見る度に毎度の如くミラージュは思うのだが、ポケットに手を入れていたら咄嗟に受け身を取る事は難しくなるだろう。
 背中に背負っているジャンプキットだって、ある程度の高低差を感知して働くものだから、滑ってこけたくらいの衝撃では感知されずにしっかり頭を打つ。
 なぜそんな事を知っているかといえば、ミラージュ自身が何度も雪の斜面で足を滑らせては頭をぶつけてタンコブをこさえた事が数多くあったからだった。

 こけた時に誰にも心配されずにアホじゃないのかと冷たい視線を向けられると、いたたま?いた……ともかく、ひどく恥ずかしい気持ちになるものである。
 そんな事をミラージュは考えながらも、先を行っていたクリプトがクリマタイザー方面に行く前に周囲の敵部隊の数を確認したかったのか、今では使用される事の無くなってしまった線路に無残に打ち捨てられた三つの貨物列車が並んでいる場所に向かう。
 そのままその線路脇にこれまた置きっぱなしにされているまだまだ動きそうな車体カラーがホワイトの6輪駆動車の傍で立ったままドローンを展開させた。

 ドローンを操作しているクリプトの隣に手持ちぶさたに立ったミラージュは、どんどんと減る部隊数のアナウンスを聞きながら、次のリングの縮小位置を手元のミニマップで確認する。
 次のリングはクリマタイザーと展望がある方面なので、悪い位置では無かったが、それでもやはり不満が残る。
 敵部隊の減りはとても早く、まだ自分達は他の部隊と接敵すらしていないというのにもう残りの部隊数は半分程になってしまっていた。

 今日はミラージュとクリプトのデュオ部隊での試合で、初動で敵部隊の居ない調査キャンプに降り立った二人はエリアの端の方を通り、クリマタイザー方面に向かっていた。
 ミラージュとしては、最初からスカイフックやフラグメントに降り立って派手に撃ち合いをして、暴れ、目立ちたい気分だったのだが、今回のジャンプマスターであるクリプトにその提案をしても当然のように却下されてしまったのだ。

 公式の試合とはいえ、今日のデュオ部隊の試合は来週に予定されているスポンサーの新商品お披露目会を兼ねて開催される大型大会前の練習の意味合いが強いので、気楽に取り組んで貰っていいと運営から事前に通達があった。
 だからこそ常日頃から激戦区と呼ばれるエリアに他の部隊は次々に降りていっており、ミラージュは遠くの方から楽しげに響く激しい銃声が聞こえてくるのを歯がゆい気持ちで聞いていたのだった。
 クリプトという男はどのような試合であっても確実に"勝利"という結果だけを求めているらしい。

 (つまんねーなぁ。漁夫とか計算で勝つより勝つか負けるかギリギリのせめぎあいのが楽しいのに)

 そんな中、呑気にカチャカチャと手元のコントローラーを操作しているクリプトを見ていたミラージュは、本当にちょっとしたイタズラ心が芽生えて、足元にある雪原にしゃがみ込むとその地面に降り積もる柔らかな雪を両手ですくって丸める。
 敵部隊は居ない、と言ったクリプトが視界共有を解除するまであと、3秒といったところだろう。

 「ドローンからせつだ……っぶ……!?」

 視覚共有が解除された瞬間に、ミラージュはクリプトの顔面めがけて作ったばかりの雪玉を放り投げていた。
 見事にクリーンヒットした雪玉はクリプトの顔に白い粉を散らし、冷たそうに頭を振ったクリプトに向かってミラージュは思わずゲラゲラと腹を抱えて笑いだす。
 いつもは生真面目で無表情なクリプトがマヌケな声を出して目を白黒させている様は流石に面白すぎる。
 我慢出来ないとミラージュは笑いながら、自分が何をされたのかやっと理解したらしいクリプトに向かって声をかけた。

 「ッククク……アハハハ! ……クリプちゃん、ミラージュ様お手製の雪玉ヘッドショットのダメージはどうよ! ノックアウトって感じか? 白いリングに沈んでいくお前のために10カウントしてやるぜー?」

 「お、まえ……」

 雪を掃った後のクリプトはその目に苛立ちを滲ませながら、不意に車を避けるようにしながら後ろに跳んで距離を取ったかと思うと地面にしゃがみ込み、先ほどのミラージュと同じように雪玉を作り始める。
 しかしその雪玉には確実に何か……あれはなんだ? 小石か何かか? を包み込んでいるクリプトが見えてミラージュは慌てて応戦するために次の球をつくり始めた。
 だが、そんなミラージュの顔面スレスレ真横をビュン! とその雪玉が通り過ぎていくのを雪玉作りを中断してまでミラージュは必死に避ける。
 なんだ、ビュン! って、俺が投げた雪玉の音はパスッ、くらいの音だったぞ。
 あんなのが頭に当たったらこのミラージュ様の素晴らしい髪型が崩れるどころか、天才的な脳細胞が死滅してしまう。
 これは確実にルール違反だと既に二発目を手にしかけているクリプトに向かってミラージュは叫んだ。

 「お、おいおいおい!! お前、石を中に入れるのは反則だろ! 俺を殺す気かよ!?」

 「お前が先に無防備な俺にぶつけてきたくせに、反則もクソもあるか……!!」

 今度はまだ常識的な音を立てて飛んできた雪玉を間一髪の所で避ける。
 いつも銃撃戦をしているミラージュたちにしてみれば、雪玉程度の大きさと速度なら避けるのは何とかなる。
 かわりにクリプトの手にはもう持ち球が無い事を確認して、今度はミラージュが作ったばかりの雪玉を投げると、ヒラリと躱したクリプトが小馬鹿にしたように笑った。
 笑ってるが、今の所は俺の方が一発多く当ててるからな? と思いながらミラージュの唇にも笑みが浮かぶ。
 不意打ちとはいえ、1ポイント取っているのには変わらないのだ。
 そうしてまた物凄い勢いをつけて飛んできた雪玉を避けながら、クリプトに向かって挑発をしてやる。

 「ハッハッハ! そんなんじゃ当たんねぇよ、この、クソエイムが!」

 「お前にだけはそんな事を言われる、筋合いは、無い!」

 ヒュンヒュンと互いの間を飛び交う白い球は、そのうち数を増していく。
 それと同時に吐く息が白くなり、ミラージュの体はぽかぽかと熱くなってくる。
 ミラージュだけでは無く、気がつけば動き回っていたせいで5メートル程先に居るクリプトもまた、その鼻先を赤く染めていた。
 いつしかお互い真剣にこの雪合戦にのめり込んでいる。勝負は互角といったところだろう。
 エイムはクリプトの方が良いが、身体能力的に逃げるのはミラージュの方が上手い。
 ゼェゼェと荒くなり始めた吐息の中でも、それを悟られないように手に持った雪を投げる。
 周辺の雪原は先程までのまっさらな様子とはうってかわって、まるでウサギの巣のように雪を掬い取った時に出来た穴が何個もあいていた。
 こうまで互角だと、こちらの体力の限界が先にきそうだとミラージュは渇いた喉を潤すように唾を飲み込む。

 「っは……俺は、このまま終了でもいいんだぜ、クリプちゃーん?」

 「うるさい! 死ね!!」

 しかしそれは認められず、クリプトはまたもや雪玉を投げてくる。
 すぐ真横に咄嗟に出したデコイを掻き消したその雪玉は相変わらず良いエイムをしている。
 コイツの肩は鋼の強肩なのか? そろそろ疲れてブレてきても良い頃だろうに。

 「はぁーあ、当たらねぇなぁ。そんなんじゃモザンビークよりダメージでねぇよ!」

 「バカめ……そいつは囮だ」

 「うぐっ!!?」

 また挑発の1つでも投げてやろうとしたミラージュの顔面に、クリプトの声と共に真っ白い弾丸のような雪玉がクリーンヒットする。
 その雪玉が目に入る前に、確かに小さくガッツポーズをしているクリプトが視界の端に映り、やられたと思った時にはもう遅かった。
 1個目の雪玉の後にこちらが避けるのを予想して、その動きに合わせるようにすぐさまもう1個投げるという離れ業をやってのけたらしい。
 バシッ! という音が似合い過ぎるくらいに顔面にぶつかった雪玉の威力は充分で、思わずミラージュは顔を両手で押さえてしゃがみこんだ。
 小石こそ入っていないものの、絶対に当てるという確信があったのか、かなり強めに力とぶつけられた恨みを込めて固め作られたらしい雪玉は凶器じみた痛さだった。
 あぁ、めちゃくそいてぇ。このキュートで美しい鼻がぺしゃんこに潰れたらどうするんだ。
 痛みでしゃがみこんでいるミラージュに向かってサクサクと雪を踏みながらクリプトが近付いてくる音が聞こえて顔をあげると、フフンと効果音でも付きそうな笑みをした男がこちらを見下ろしていた。
 やはりコイツは相当な負けず嫌いらしい。

 「いっってぇなぁ! ……お前、めちゃめちゃに固めたやつぶつけやがって」

 そう言いながらゆっくりとミラージュが立ち上がると、少しだけ目線が下にあるクリプトはさらにバカにしたような笑みを浮かべて呟いた。

 「お前は避けた後にいちいち喋りすぎなんだよ。無駄口を叩いているから当たるんだ、ちょっとはその口を閉じられないのか?」

 「別にそこまで喋ってないだろ。俺は普通に話すのは、まぁ、好きっちゃ好きだが。おしゃべりかって言うとまた別だろ? そもそもお前が話さなすぎ……」

 「静かにしろ」

 ズバッとそう切り捨てたクリプトは、ポケットに入れたドローンのコントローラーを使用しようとしていたが、指先が冷えているらしく上手くボタンを動かせないようだった。
 確かにミラージュも真剣に雪玉を作っていた時は気がつかなかったが、グローブから出ている指先が冷えきって赤くなっている。
 クリプトほどでは無さそうだが、これでは銃の引き金を引くのも暫くは難しいだろう。

 「お前のせいで手が冷えて仕方がない」

 チッと舌打ちしたクリプトはコントローラーをまたポケットの中にしまいこんで、そのままそこで手が温まるのを待つ算段らしい。
 …………そのポケット、めちゃくちゃ良さそうだな。
 ミラージュは思わず冷えた両手を掲げると、じりじりと近づきクリプトのポケットに向かって手を差し入れようと試みる。
 しかし、それを察知したクリプトはサッとそれを避けてミラージュを睨み付けた。

 「……なんだ」

 「いや、そのポケット温かそうだから」

 「残念だが、これは一人用なんでな。他を当たってくれ」

 「ケチケチすんなよ! 他に何入ってるかわかんねぇけどもう一人分くらい入るだろ!」

 「入るか! お前の手はデカイんだから、俺のポケットが破れる」

 そう言って逃げるようにクルリとミラージュに背を向けて線路沿いをクリマタイザー方面にゆっくりとした足取りで歩きだしたクリプトを追いかける。
 そんだけ広そうなポケットなら全然入るだろうが、とミラージュは思ったがクリプト的にそれは許されないらしい。
 しかしダメだと言われると余計に冷えた指先が寒くなってくる。

 「なー、良いだろ。おっさん、ケチケチすんなってー」

 「嫌だ。お前みたいな、ヤンチャな小僧は寒いくらいがちょうど良いだろ」

 「これで俺が風邪を引いたら、お前にうつしてやるからな。れんたい……なんだったか? それですごーく具合が悪くなっても、看病してやらないからな」

 「別にお前に風邪をうつされる程にヤワじゃないし、看病を頼むにしてもお前には頼まない」

 「……そう言ってこの間、腹減ったって【ゲーム】の後に家に押し掛けてきた癖によく言うぜ」

 ミラージュのその言葉に身体ごとミラージュの方に視線を向けたクリプトは、その目に確実に不機嫌そうな色を宿しながら言葉を紡ぐ。
 その際に吐かれる呼気が白い煙となってのぼっていくのを見ながらミラージュは、あ、怒っている、と察した。
 クリプトが怒っている時は比較的、他の表情よりも分かりやすいのだ。

 「あの日、2回もダウンしたお前を起こしてやって、その上、リスポーンまでしてやったのは一体誰だ?」

 「……えー、と……アハハ……そうだったかな」

 「俺は散々、別の部隊も狙ってきているから引けと言ったのに、『あと一発で倒せるから!』……とか言って突っ込んで死んだのは? 誰だった? なぁ、ミラージュ」

 ポケットに手を入れたまま、その顔を寄せてきたクリプトの威圧感に思わずミラージュの背中がしなる。
 これに関しては完全にヤブから細長い……棒、みたいな……なんだったか、ともかく言わなくてもいい一言を発したらしい。
 あの日の試合に関しては確かにクリプトとその日同じ部隊だったライフラインにかなり迷惑をかけてしまっただろうなと一応、反省はしているのだ。
 だから【ゲーム】終了後、疲労の余りクリプトが腹が減ったと言ってきた時、それはもう自宅にご招待して豪勢な食事をお作りして差し上げたのだった。
 もちろん、クリプトの好物である辛い物を中心とした料理をぺろりと平らげたコイツは、あれで許してくれたと思っていたのだが、それを思い返させてしまったらしい。

 「あー、うん。……まぁ、あの日はちょーっと、調子が悪かったからな。でも本当にあと一発までは当ててたんだ」

 「一人がそこまでダメージを受けていれば他のメンバーがすぐにフォローに入るのは当たり前だろうが。そもそもアークスターなんか刺さりやがって」

 クリプトの言う通り、フラグメントイーストとウエストを繋ぐように倒壊したビルの上で敵部隊のブラッドハウンドをもうあと一発でダウンさせられるという状況まで持っていったのだが、フォローに入ってきた敵部隊のヒューズに見事にアークスターをぶっ刺されダウン。
 そこからさらにフラグメントウエストに建てられた一番背の高い何層にも重なっているように見える建物から無慈悲に撃たれる別部隊のチャージライフルのビームに、必死にノックダウンシールドを張るも抵抗虚しくあえなくデスボックスと化してしまった。
 あれはでもフラグメントイーストの崩壊しかけているビルの屋上、というかなり離れた距離から的確にアークスターを刺してきたヒューズのグレネードのコントロールがうますぎたのだと思う。

 「あれはヒューズが上手かったんだって! それに反省もしてるさ……一応、な」

 ミラージュの顔を見て、さらに眉を顰めたクリプトが何か追加で小言をいう為に口を開いたが、その前に周囲にバンガロールのアルティメットであるローリングサンダーが大量に降り注ぎ、互いに見合わせていた顔を横に向ける。
 辺りは何もない雪原で、隠れる場所もなければ、まだかじかんでいる手は上手く動かない。
 そのまま轟音と共に発生した爆発に巻き込まれ、ミラージュとクリプトの部隊は0キル0ダメ……雪合戦では互いに1ポイントずつという素晴らしく悲惨な結果を残してあっという間にデスボックスと化した。

 □ □ □

 「アンタたち、見事にアニータの爆撃で二人纏めてやられたらしいね」

 シャワーを浴びて身支度を整えたミラージュが帰宅する前に、【APEX】の【レジェンド】達をサポートするための施設内に作られたかなり広さのある豪勢な談話室に行くと、シンプルながらもしっかりとした作りの調度品が揃っている談話室の中でもひときわ目立つブルーの色味をした布製の柔らかい巨大なソファーに腰掛けているライフラインに声をかけられる。
 今回のデュオ部隊大会はライフラインとオクタンの幼馴染コンビがチャンピオンで終わった。
 激戦区に降りたものの、そんな中でも一人でも敵を倒すために暴れまくったオクタンと彼を何度でも蘇生させ、ひたすらフォローに回っていた二人のコンビネーションは素晴らしいものだったらしい。
 そんな激闘の中、こちらはこちらで別の激闘を繰り広げていたので、それを見る機会は無かったのだが。
 ライフラインの笑みは馬鹿にしているというよりは面白がっているような笑みであり、その横にダラリと座っているオクタンもまた、ニヤニヤとマスク越しに笑みを浮かべているのが気配で伝わってくる。
 確かになかなか0キル0ダメージというのは珍しい。ミラージュ自身、自分でも久しぶりにこんな記録を見た。

 「まぁーな。ちょっと別の戦いがあったからよ。そっちに集中してたら気が付くのが遅れちまったんだよ」

 「なぁに、別の闘いって」

 「男と男の譲れない戦いって所だな。そういうのってあるだろ? もちろん試合も大切だが……負けられない戦いってのが男にはあるんだよ。うんうん」

 「ねぇ、オー。アンタ、ミラージュが何言ってるか分かる?」

 「脚の速さ勝負とかじゃねぇの? 俺だったら絶対負けねぇけどな!」

 全く持ってワケが分からないと肩を竦めたライフラインは、すでに隣で足をばたつかせているオクタンにそう問いかけるが見当違いの答えが返ってきてさらに肩を竦めた。
 チャンピオンを獲ったライフラインとオクタンに30も越えた大人がまさか本気で雪合戦勝負をしていた上に、手がかじかんでいて負けましたなど、流石に言えない。
 ミラージュがそんな事を考えていると、丁度談話室のソファーの近くにクリプトが通りかかり、ライフラインはクリプトにも声をかけた。

 「ねぇ、アンタたち本当に何の戦いをしてたのよ。喧嘩でもしたの? ミラージュに聞いても全然わかんなくってさ」

 「……別に、そんな大した話じゃないさ。このバカがいつもどおり俺に突っかかってきたんだよ。お陰で酷い目にあった」

 「おっさんだって途中から本気だっただろ!? 俺だけが悪いみたいな言い方するんじゃねぇ」

 「小僧に負けるのは癪だからな、まぁ、不意打ちでしか戦えない奴に負けるも何もないが」

 ニヤリと笑ったクリプトに、ぐぅと声が洩れる。確かにこちらの1ポイントは不意打ちで当てただけのものだ。
 あのまま続けていれば、それはもうバッチリ顔面に当てられる可能性はあったが、それを今言った所でまた鼻で笑われるのがオチだろう。
 そんな二人のやり取りを見ていたライフラインは、さらにワケが分からないといった様子で首を傾げながらも呟いた。

 「喧嘩っていう感じでもないのね。……でも、本当に最初の頃から比べるとアンタたち凄い仲良くなったわよね」

 しかしその一言にミラージュとクリプトは同時にライフラインに顔を向けると全く同じタイミングで言葉を発した。

 「「仲良くなんか、なっていない」」

 それを聞いていたライフラインはポカンとした表情を浮かべ、オクタンはもう興味が無いのかどこかに走り去ってしまった。
 本当に仲が良くないというなら、こんなバッチリ息のあった回答が出来るものだろうか、とライフラインが内心思っていると、そんな事より、とミラージュが声を発する。

 「クリプちゃんが前に言ってたあの酒、手に入ったぞ」

 「! ソジュか?」

 「あぁ、多分そうだ。チャミスルってやつだろ? 見つけるのめちゃめちゃ大変だったんだからな。さっき連絡がきてて、店の酒を仕入れてる業者に無理言って探して貰ったんだ」

 「おい、それどこにある」

 「どうせお前、今日家来ると思ったから俺の家に速達ドローンで送っておいて貰った。あー、あと、なんだっけ、サム……サム……ギョプサル? それも材料揃えておいたから作ってやるよ」

 先ほどの発言がなんだったのかと思うくらいにライフラインを無視して行われる会話に、ライフラインの頭にひたすらクエスチョンマークが浮かぶ。
 この二人の仲が良くないという線引きの意味が分からない。
 ミラージュの言葉に途端にそわそわしだしたクリプトは、ミラージュとライフラインを交互に見ていたかと思うとミラージュに向かって声をかけた。

 「俺は腹が減った。……じゃあな、ライフライン。今日のチャンピオンおめでとう」

 「はいはい。全く、もっとちゃんと礼くらい言えよな。……じゃあ、お先に帰るわ。また明日な!」

 「え、あぁ……うん。バイバイ、二人とも」

 それぞれに挨拶をしたクリプトとミラージュはまた言い争いをしているのか、ドタバタと騒ぎながらも談話室の扉から出て行った。
 まるでいきなり嵐に巻き込まれたかのような感覚にライフラインが陥っていると、その全てのやり取りをソファーに近い談話室の窓の傍でずっと黙って見ていたランパートが呆れたように呟く。

 「あれで付き合ってないってんだから、マージで意味わっかんねぇよなぁ」

 「……そうなの?」

 「らしいぜ。アイツら二人ともバカなのか、鈍いのかしらねーけど。店でもずーっとああだから、本当にまいっちまうよ」

 ランパートにとってみれば、もはや当たり前の光景となっているらしいあの二人のやり取りは、傍から見ていれば完全に親友か付き合いたての恋人のそれだった。
 あれで仲が良くないと本気で二人とも思っているとしたら、周りは心底理解不能だろう。
 ガリガリと頭を掻いて、はー、おっさん達めんどくさ、とため息交じりに呟いたランパートにライフラインは初めて心から同情の気持ちを覚えていた。


 -FIN-






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