Hello, My Sweet Home.2



――――2


 クリプトと俺の家で暮らし始めてから早4日目。
 気が付けばもうそんなに経ってしまっていたのかと思うくらいに、二人での生活は楽しかった。
 朝は一緒のベッドで目を覚まし、クリプトが作ってくれた朝食と俺が淹れたコーヒーを飲んでから【ゲーム】に向かうクリプトを見送る。
 昼は中継カメラに映るクリプトの姿をモニター越しに応援しつつ、片手しか使えない自分でも出来る洗濯物の取り込みや掃除機をかける作業をしながら、帰ってくるまでに少しでも居心地のいい空間をつくる。
 夜は疲れて帰ってきたクリプトを出迎えて、クリプトが作ってくれたり買ってきてくれた夕食を食べながら今日の【ゲーム】でのクリプトの活躍を褒める。
 そうしてベッドで互いに身を寄せあって、狭いと文句を言うクリプトの身体を抱き寄せてキスをしてから眠りにつく。
 そんなルーティンが出来つつあり、俺にとってそれは最高に素晴らしい日常だった。

 初めは料理が苦手だと言っていたクリプトも、危うかった包丁さばきだったのが安心して見ていられるようになったし、こちらとは違ってきっちりとした干し方、畳み方の洗濯物に俺も慣れてきている。
 風呂の時にまるで犬を洗うようにこちらを洗ってくるクリプトに襲い掛かりそうになるのは一度あったが、そこは理性でどうにか乗り切った。
 『いい子にしていろ』というクリプトのオーダーは絶対なのだ。特に今の俺は助けて貰っている立場なので、当たり前ではあるのだが。

 しかしそれももうそろそろ終わりそうだと、朝一番で診療所に行き、ギプスを外して貰ったお陰で軽くなった腕を見つめる。
 金属製のギプスの代わりに念のためと巻かれた布製のテーピングの内側にある腕はほぼ痛みも無く、動きも悪くない。
 1週間も固定をしていたので射撃に関しては一度射撃訓練所でトレーニングをする必要があるだろうが、きっとすぐにカンを取り戻す筈だった。

 そうしてそれを今日はオフのクリプトに報告しようと思っていたのだが、仕事の打ち合わせがあるらしいのと納期が近づいてきている仕事があるという事で普段は俺がホログラム技術の研究をする作業部屋を軽く掃除してスペースを作ってやったので、朝からそこに籠りっきりのクリプトにはまだその話が出来ていなかった。
 途中で昼飯としてコーヒーと手早く作ったハムとチーズのサンドイッチを差し入れた時も、通話中のクリプトは顔の動きだけで礼を言ってくれたが、忙しそうなのは一目瞭然だった。
 無理をしていないと言っていたが、もしかしたら無理をさせてしまっていたのかもしれない。
 チクリと痛む胸と共に、俺はこの楽しい生活が終わってしまうのが寂しかった。
 恋人同士なのは絶対に揺るがない事実ではあるし、帰る家が別になるからといって【ゲーム】に俺が戻れば毎日会う事が出来る。
 分かってはいるものの、それでもやはりそれだけクリプトと二人きりの生活が楽しかったのだ。

 そんな事を考えながら牛革張りのソファーに一人座り込み、ロクに見ていないテレビから目を離すとカーテンを開けたままの窓の向こうで強い風が吹いてきている事に気が付いた。
 外に干した洗濯物がバタバタとはためくのを見て慌てて立ち上がると、窓のロックを解除してセットした髪と自分が着ているペイズリー柄のシャツとスキニーパンツが強風に煽られるのを押さえながらどうにか全ての洗濯物を回収する。
 診療所に行く前に干したものだったから、もう乾いているその洗濯物の中にクリプトの着ているシャツが当たり前のようにある事に、あぁ、本当に今一緒に住んでいるのだなという妙な感慨を覚えていた。
 たった4日だとしても、こうして共に居るのが普通になる。
 それほどまでにクリプトの隣に居るのは居心地が良かったのだと改めて感じた。

 (治ったって言ったら、クリプトはどう思うんだろうな。きっと喜んではくれるだろうけど)

 俺は窓を閉めてから回収した洗濯物をソファーに持っていくと、それを畳むために手を動かそうとするが、その前に外から入り込む日射しがポカポカと室内を照らし出すのを体に浴びる。
 風は強いものの、本日のソラスは快晴で気持ちのよい空模様だ。
 …………あぁ、このまま眠ってしまうのもいいかもしれない。
 昼食を取った後の満腹感からフワフワとした眠気に襲われた俺は誘われるように瞼を閉じていた。

 

 ふ、と目を覚ます。思った通りあのまま眠ってしまっていたらしい。
 窓の外の光の入り具合からそこまで長くは眠ってしまっていない筈だと体を起こそうとするが、その前に自分の隣に凭れかかってきている白いワイシャツとデニムを着ているクリプトの姿が目に入って動きを止めた。
 もう仕事は終わったのだろうかと自分とクリプトの上に掛けられた薄手のブランケットを確認しながら、微かな寝息を洩らして眠るクリプトの顔を見つめる。
 いつもの切れ長で鋭い視線を持つ瞳は瞼によって塞がれており、幼い顔がより一層あどけなさを宿していた。
 そんなクリプトが自分の隣で無防備に眠っている姿が窓から差し込む温かな光に照らし出され、まるで一枚の絵画のように目に映った。
 いつも何かに追われていると怯えている男が俺の横でなんの心配も不安も抱えていないような寝顔を晒している。
 それがどれほどの奇跡なのかを俺は知っていた。

 「……綺麗だ」

 思わずそんなセリフが喉から洩れ出る。
 アートなんて大嫌いだというのに、この光景は俺が最も欲しいと願っていた光景で、魂を震わせる程の一瞬をずっと額縁の中に残していたいなんてすら思う。
 初めはこの男の事を無表情で冷たい男なのだと思っていたし、仲良くなんて一生出来ないとさえ考えていた。
 なのに気が付けばこうして隣で眠るクリプトを見ていると、心の奥底から幸せという感情が湧き上がる。
 自分の母以外にこんなにも愛おしいと思う存在が出来るなんて、思ってもみなかった。
 ――――このいつだって自信ありげで気難しいのに、実は何よりも儚くて美しい男を守っていきたい。

 じわりと視界が微かに滲む。
 何故だか分からないが、この光景を見ていると余りにも幸福過ぎて涙が浮かんでしまった。
 当たり前に俺の傍に居てくれて、苦しい時には互いに助け合う。
 そういう存在を、俺は何よりも喉から手が出る程に求めていたのかもしれない。
 もしもこの出会いが無かったなら、と考えるが、きっと出会う事は必然だった。
 だって俺もクリプトも"家族"という存在を大切にしていて、その存在を守る為に【APEX】に参加したのだから。

 本当はクリプトが俺にまだ隠し事をしているのは分かっていた。
 けれど断片的な情報を集めていくと、クリプトが確かに"家族"というモノを大切にしているのは理解出来た。
 この男の全てをいつか知ったなら、その時はきっと二人にとって重要な日になるに違いない。
 そして、俺自身もまだクリプトに自分の過去について話しきれていない事がある。
 もしかしたら優秀なハッカーであるクリプトには全て知られているのかもしれないが、自分の口から詳細を話した事は無かった。
 でも今はまだ、ゆっくりでいい。
 いきなり全てをさらけ出す事が難しいのは俺もよく分かっているし、自分の辛い過去の話をするのが苦しいのだって知っていた。
 だから、俺達はゆっくりと時間をかけて傍に居て、その上で互いに話したくなった時、話せばいい。
 例えクリプトがどんな過去や肩書を持っていたとしても、今、目の前にいる愛しくて堪らない男が俺にとっては全ての答えだった。

 「……ん……」

 ジッと見詰めていると、クリプトの睫毛が震えてその閉じられていた瞼が開かれる。
 そんなクリプトに治ったばかりの右手を伸ばしてさらりとした髪を梳かすように撫でた。
 その感覚に少しずつ意識を取り戻し始めたのか、何度か瞬きをしたクリプトがこちらの掌にすり寄ってくるのを受け入れながら静かに呟く。

 「おつかれさん。もう仕事は終わったのか?」

 「……あぁ、とりあえずな。お前は病院どうだったんだ?」

 チラリと自分の髪を撫でてくる手に視線を向けたクリプトは、その手が右手な事に気が付いたらしい。
 俺はそのまま撫でていた手をヒラヒラと振る。

 「この通り、まだ完璧ってワケじゃないがもう大丈夫だってよ。明日には【ゲーム】にも参加できそうだ。銃の撃ち方を忘れてなければな」

 努めて明るくそう言った俺を見ていたクリプトは、本当に一瞬だけ寂しそうな顔をしたように見えた。
 しかしすぐにその唇にいつもの皮肉げな笑みを浮かべた男は、そのまま俺の右手を取り指先にキスを落とす。

 「もしもお前が銃の撃ち方を忘れてるなら、俺が射撃訓練場でみっちり特訓してやるよ」

 「クリプト上官のスパルタ式訓練ってか? それはどうも、……悪くはないかもな、むしろ好都合かも」

 「バカ。それならお前が思ってる以上に厳しくしてやるよ。そうだな……とりあえずショットガンの撃ち込み練習100回からだ」

 そんなの俺の腕がまた壊れちまう! と大袈裟に言った俺に声をあげて笑ったクリプトに顔を寄せてキスをする。
 このまま甘い空気に雪崩れ込んでも良かったが、それはまだ夜のお楽しみと触れるだけに留めた。
 正直自分で何度か抜いてはいるものの、やはりクリプトとしたくて堪らない。
 だからこそ、今夜ジックリとそのお預けにされ続けた肉体を味わいたかった。
 そんな俺の意図を理解しているのか、途中で離れていった唇に目を細めたクリプトは楽しげな雰囲気を保ったまま声をあげる。

 「折角だし今日はどこかに食べに行くか? 何か買ってきてもいいが」

 「我が儘言ってもいいか。……俺はクリプちゃんの手料理が食べたい」

 「なんだよ、そんな物で良いのか? パーティーメニューなんて作れないぞ」

 「良いんだよ。俺にとってはそれが一番嬉しいんだから。本当は俺が作ってやるのも良いんだが、こんな機会でも無いともうなかなか作って貰えなさそうだしよ」

 外食に行くよりも、二人でこの家でひっそりと食べる方が良い。
 それに明日はまた【ゲーム】がある日なのもあって、呑むなら家で呑んだ方がそのままベッドに縺れ込めるなんていう下心もあった。

 「分かったよ。確かに家で食べた方が気を遣わなくていいしな。メニューは期待しないでくれ」

 「オーケーオーケー! そんなの気にするわけないだろ」

 ニコニコと自然に浮かぶ笑みをクリプトに向けると、同じようにそっと笑ったクリプトは俺の右手を優しく一度握り込む。
 いつもは装着されている手袋を外したままのこちらの指よりも細く白い指先は少しだけ冷えていて、心地が良い。

 「そうしたら買い物に行こう。お前も付き合えよ、洗濯物は後で畳めばいい」

 早速料理をしたい気分になったらしいクリプトがそう言って立ち上がったので、俺は自分の横に置きっぱなしだった洗濯物の存在をようやく思い出す。
 全く、うたた寝して存在すら忘れてしまうとは我ながら不覚だ。
 しかし今日くらいは許されるだろうとクリプトを追いかけるようにゆっくりと立ち上がって、出かけるための準備を始めた。

 □ □ □

 「ありがとよ。クリプちゃんの星の郷土料理が食べられるとは思わなかったぜ」

 「俺も久しぶりに食べた。たまには良いな」

 クリプトが作ってくれたのは、クリプトの住んでいた土地の郷土料理である"チャプチェ"と"チヂミ"という料理だった。
 何軒かストアを巡って材料を探した俺たちは、次第に薄暗くなり始める中を急いで帰った。
 そうして、帰宅してからすぐに調理を始めたクリプトがレシピを思い出しながら時間をかけて作ってくれたそれらの料理と買ってきた酒に舌鼓を打ったのだった。
 比較的辛さを抑えめにしてくれたとはいえ、まぁまぁ辛さのあるそれらの料理は普段食べた事が無い味でとても美味しく、俺は皿の上の料理をあっという間に平らげていた。
 久々に作るからと不安そうな顔をしていたクリプトも、相変わらず美味いと言いながら食べる俺に安心したらしく楽しいディナーの時間は過ぎていき、俺はいつもどおりクリプトに感謝の言葉を述べる。
 
 明日からは俺が飯を作ってあげようと思った所で、こちらの腕が治ってしまった事を思い出した。
 こんな風に二人で毎日食卓を囲む日々ももう終わってしまうのかと思うと、痛まない筈の腕が痛いような気さえしてきてしまう。
 それを振り払うようにしながら、今日は皿を洗おうとテーブルの上に手を伸ばす。
 しかし、こちらに手を伸ばして俺の手を止めたクリプトが愉しげな笑みを浮かべて囁いた。

 「片付けも俺がやろう」

 「それは悪いだろ。今日は俺がやるよ」

 「それよりもお前はもう一人で風呂に入れるだろう? 先に入ってベッドで待ってろ。……一応言っておくが、寝るなよ」

 まさかのその言葉に、思わず口が開く。こんな直接的なお誘いは始めてだった。
 こちらの動揺が面白かったのか、さらに笑みを深めたクリプトは俺の髪に手を伸ばしてくしゃりとそこを撫でる。

 「『いい子』に出来た小僧には、ご褒美が必要だろう? それともそれはいらないか?」

 「い、いるよ! いるに決まってるだろ? 俺はそりゃあもう本当に『いい子』にしてたからな。こればっかりは揺るぎようのない事実だ」

 「ハハ……じゃあ早く入って来いよ。お前の後に俺もシャワー浴びるから」

 その言葉にまるで『よし』とオーダーをされた犬のように慌ただしくバスルームに向かう。
 今日は絶対にクリプトを抱くつもりだったが、まさか向こうからこんな事を言われるなんて想定外だ。
 俺はいつもより遥かに早く、けれど念入りにシャワーを浴びると髪を乾かし歯磨きを済ませてすぐさまベッドに潜り込んだ。

 それから30分ほど経っただろうか。
 閉めていたベッドルームのドアが開き、俺の貸した向こうには少し大きめなダークグリーンのスウェットを来た風呂上がりのクリプトが中に入ってくる。
 いつもなら着けている筈の顔回りを覆う金属製デバイスを外したままの男は、俺を見るとそっと笑った。
 …………こんなのは、ズルすぎるだろう。
 クリプトがそのデバイスを外すのは本当に稀なのだ。
 どのような意味や機能があるのか詳しくは分からないが、基本的にはシャワーを浴びた後にまたすぐ装着してしまう。
 それが今日はつけられていない、その光景だけでジワリと一気に下腹部が熱を帯びる。
 主張する熱を誤魔化すようにベッドの掛け布団の中から顔だけを出して見ていると、ドア横の部屋全体を照らすライトの電源を落としたクリプトがこちらに近付いてきたので、俺はベッド脇に置かれたサイドチェスト上のテーブルランプの電源を入れた。
 薄ぼんやりとした明かりの中でベッドに乗ってきたクリプトは静かに言葉を紡ぐ。

 「流石に寝なかったか」

 「当たり前だろ! あんな事言われて寝てられるほど、俺はふ、……ふ? ……ともかく、無理だろ」

 掛け布団を捲って潜り込んできたクリプトを抱き止めながら、既に半分ほど勃ちあがったペニスを衣服越しに擦り当てる。
 この4日間一緒のベッドで寝ている間、何度も隣に居るクリプトの匂いや気配にくらつく頭をどうにか抑えつけていたのだ。
 それがやっと触れられる上に、素顔をさらしたクリプトを見られるとなればこうなるのだって仕方がなかった。

 「偉かったな、エリオット。……ちゃんと責任は取ってやるよ」

 そう言ってこちらに顔を寄せたクリプトの唇が唇に触れる。
 啄むようなキスから、伸ばされた舌先を絡めあい、耳に響く甘い水音を聞く。
 軽く触れ合わせるキスだけしか出来なかったこの数日間は、本当につらかった。
 ぴちゃりと濡れた音を響かせながらクリプトのデバイスが外された顎に触れ、そのまま耳にまで指をずらす。
 柔らかな耳殻の縁を撫でつつ上顎の奥を舌先で擦り上げると、俺の上に居るクリプトがピクリとその身を震わせた。
 そのまま身体の位置を入れ替えようとした俺の唇から顔を離したクリプトは、指先で俺の唇を押さえる。

 「おい、まだお前は安静にしていないといけないんだろう」

 「それはそうだけど……でももう大丈夫だって!」

 クリプトの頬は赤く染まっており、同じように耳も赤く染まっている。
 今すぐむき出しになっている耳元に唇を這わせて、その縁になぞるように舌先を滑らせては最奥に愛の言葉を囁きたい。
 お前は俺のモノなのだと、溢れてしまいそうなくらいのこの思いを注ぎ込みたい。
 しかしこちらの言葉を無視して唇から指を離したクリプトは、俺の着ている寝間着として使っているTシャツに手を掛けたかと思うとそれを脱がせてくる。
 そのまま首筋から胸元にキスを落としたクリプトの先ほどまで唇に触れていた指がそっとこちらのペニスをハーフパンツ越しに撫で上げた。

 「ッ……クリプちゃん、……それはダメだって……」

 「何がダメなんだ? こんなに膨らませて……まだキスしかしてないのに、ずっと俺が来るのを待ってたのか?」

 「そんなの、当たり前だろ。クリプちゃんが誘ってくれるなんて珍しいんだ……待ってるだけで、俺はもう……」

 「……ほら、服を脱いで俺に見せてみろ……俺とセックスするのを考えただけで勃たせるなんて……エリオットはとんだ『悪い子』だな」

 クス、と笑ったクリプトはそう言うと下腹部の方に身体を動かして、こちらのボトムスをずらして脱がせてくる。
 下着も一緒に脱がされたそこからは既に先走りを漏らしてクリプトの中を待ち侘びるペニスが現れ、思わず恥ずかしくなってしまう。
 いつもは俺が主導権を握っている筈なのだが、今日は完全にクリプトのペースに乗せられている。
 どこかで取り戻さないとと思うが、それでもこうして翻弄されるのも悪くなかった。
 俺のペニスに顔を寄せたクリプトはそれを見ながら俺を上目遣いで見てきたかと思うと、さらにその唇を開いてチロチロとヘビのように赤い舌でペニスの先端を舐めあげてくる。

 「……は、……」

 「可愛いな、エリオット……俺を抱きたくて仕方なかったのに、ずっと我慢していたんだもんな?」

 「そう、……だよ……あぁ、そうだ。……お前の事をめちゃくちゃに抱きたくて仕方がなかった。一緒に眠っている時だって、風呂で洗われてる時だって……お前に触れたくてしょうがなかったよ、ヒョン」

 「……随分素直じゃないか……ご褒美をさらにあげないとな」

 そう言ったクリプトは舌先で舐めていたペニスを口に含むと、狭い口腔内をたっぷりと使ってしゃぶり尽くすように舌で刺激してくる。
 いきなり与えられた快楽に思わず腰が揺らめき、クリプトの頭に手をそわせて洩れ出そうになる喘ぎを抑え込む。
 じゅぽじゅぽという卑猥な音がクリプトの口から聞こえる度に、俺のペニスがその口に包まれているのを理解して余計に腰に溜まった熱が放出を求めて暴れ出す。
 裏筋やカリの段差を丹念に舐めあげるその動きは俺がどうすれば気持ちいいのかを知り尽くしている動きだ。
 このままではすぐに出てしまう。
 まだクリプトの体に触れてもいないのに、こちらだけ出すのは流石に雄のプライドに関わると必死に声をあげた。

 「ま、ってくれ、……も……出ちまいそうだ……!」

 「ん……」

 「お、い……ヒョン、ダメだって……ぅ……っくそ……!」

 だがしかし、その声に逆にさらに激しさを増した攻めに頭に触れていた手に力を込めて、その口の中に白濁を吐き出してしまう。
 マズイと思ったのも束の間で、ペニスから唇を離したクリプトがその赤い舌に乗ったこちらの精液を見せ付けるようにしたかと思うと、ゴクリと音を立ててそれを飲み込んだ。
 これは何か夢でも見ているのだろうか。余りにも自分に都合が良すぎる光景だった。

 「……随分出たな。途中で何回か抜いてたんじゃないのか?」

 そうして唇を舌で舐めたクリプトはニヤリと笑ってからそう言うと、思わず上体を起こした俺をまた止めるように肩に手を当ててベッドに押し戻してくる。
 今さっき出したのが嘘のようにまた熱を帯び始めたペニスに目を向けたクリプトは確実にその目に欲情の色を宿しながらも、まだ余裕そうな顔をしていた。
 そろそろ俺もクリプトの蕩けた顔を見たい。早く俺の下で気持ちよさに喘いでは泣く姿を見せてほしい。
 だが、俺の焦りに気が付いているクセにサイドチェストの引き出しに悠々と手を伸ばしたクリプトはそこに入っているボトルを取り出したかと思うと、着ていたスウェットのボトムスと下着を脱いでから徐にその中に入っている透明なローションを掌に出す。

 「……っは、……あ……」

 そうして俺の目の前でぬるついた指先を自分のアヌスに埋め込ませていくクリプトが、こちらに覆い被さるようにしてきたので唇に顔を寄せて舌を絡ませる。
 まさかここまで最高のご褒美を貰えるなんて思ってもみなかったと、とっくに元気を取り戻したペニスに内心苦笑する。
 けれどクリプトが俺に抱かれる為に自分の中を探る姿なんて、興奮しない方が無理という話だろう。
 苦味の残るその口腔内をねぶっていく間にもクリプトは自分で自分の中を解しており、俺はキスをしながら自由に動く両手でクリプトの着ているトップスも脱がせていく。
 抵抗も無く裸になったクリプトの耳元に顔を寄せると、今度はこちらの番だと腰に響かせるように低く囁いてやる。

 「……お前だって、本当は俺に挿れて欲しくて堪らなかったんだろ? ……こんな風に俺に挿れて貰うために自分でほぐすなんて、……いやらしい子だなぁ、ヒョンは」

 「っあ、……その、声……やめろって……」

 「その声ってどんな声だよ。……お前が好きでたまらないって声の事か? ……それとも、……」

 「んぁ! ……っは、あ……」

 トップスの中に隠されていた、ぷくりとしたニップルを爪先で弾く。
 余裕そうに見せているクセにこんな所まで敏感になっているのを隠しきれていないのが可愛らしい。
 途端にビクビクと体を震わせたクリプトに含み笑いをしながらさらに囁きを続ける。

 「……お前のいっちばん気持ちいい所を俺のでいっぱいにして、そのままぐちゃぐちゃに犯して、朝まで意識が飛びそうなセックスがしたいって声の方か」

 「っ、ふぁ……あ、……くっそ、それ……ダメだ……って……う、ぅ……」

 「ハハ、……可愛いな、クリプちゃん。……もう目がトロトロになってきてるじゃねぇか」

 「……うる、さいぞ……小僧……」

 クリプトが自分で中をほぐしている指の本数が増えているのを確認しながら、こちらはこちらで両方のニップルをつまんだり擦ったりと刺激を加えていく。
 それでもまだ強気さを保っているクリプトが指を引き抜いたのが見えて、その中にやっと入れるのだと自然と出てくる唾をのみ込んだ。
 俺はサイドチェストにあるスキンを取り出さないといけない事に気が付き、手を伸ばしかけるがその前にその手をクリプトの手に制止される。

 「は……、クリプちゃん、ここでお預けとかは無しだよな?」

 「誰がそんな事を言った? ……さっき伝えただろう、今日はお前にご褒美をやるって」

 「……あ、……っちょ、っま……!!」

 ようやくクリプトの意図を理解するが、その前に俺の腹を支えにしながら跨る様にしたクリプトがその背をしならせつつ、こちらのペニスを中に銜え込んでいく。
 スキン越しではない、直に熱さが伝わる肉壁に一気に包まれたペニスがその心地よさに歓喜の声をあげるように脈動する。
 生でヤるのはクリプトに負担をかけるからと今までした事が無かった。
 外に出せばいいと言われた事もあったが、そんなのは無理な話だとよくわかっていたからだ。
 しかし内心、自分の澱のように溜まる熱をクリプトの腹の中にぶちまけたら一体どれほどの快楽なのだろうと想像していなかったわけでは無い。
 これは流石に俺に対してのご褒美が過ぎるのではないのかと思いながら、苦しそうな呼吸を重ねているクリプトが俺のペニスを全てのみ込むのを見つめていた。

 「あ、あ゛……んっあ、……ふ……」

 「マジか、よ……クリプト……お前、明日……どうなっても知らねぇ……ぞ……!」

 「はー、……ッは……その為に一回、出させてやったんだろうが……」

 俺の上でしゃがむような姿になりつつ、クリプトは両手を腹についてこちらを見ながら苦しげな吐息を洩らす。
 フェラをして一回消費した分、量は減っている筈だろうという意味なら、今日は端から生で俺とヤるつもりだったという事だ。

 「あ゛! ……お前、……何また、デカくしてるんだ……!」

 「そんなの聞いたら無理に決まってんだろ! ……なぁ、クリプト、……ヒョン……もう動いていいか? お願いだよ、……おかしくなっちまう……」

 「んっ……まだ、『よし』と言ってないだろ……」

 細くも引き締まった腰を掴んで、自然に身体が揺れるのを擦り付ける。
 そんな俺の懇願に、含み笑いをしたクリプトはその両手に力を込めて自ら腰を動かしていく。
 自分でするのよりも遥かに遅いピストンなのに、クリプトのアヌスがヌラヌラと濡れる俺のペニスを吐き出しては呑み込むのを繰り返すのを見ていると、それだけでまた出そうになる。
 ぱちゅぱちゅと肉がぶつかる音とそこから洩れる粘着質な水音の混ざった響きと共に、上で動くクリプトの身体から出た汗が流れ落ちてはこちらの腹に散る。
 それと同時にクリプトの勃ち上がったペニスが揺れ動いては、その先端から透明な先走りをトロリと蜜のように溢れさせていた。
 眉を寄せながらも快楽を求めるように唇を半分開いたクリプトの煽情的な表情がテーブルランプの明かりに照らし出され、それら全てが俺の視界に入り込んでくる。
 もう限界だ、これ以上は無理だと俺は治ったばかりの右手に籠る力を押さえながらもその腰を掴んでいた両手でクリプトが入り口付近まで引き抜いたタイミングで一気にそこを穿った。

 「かはッ……あ゛、ぁ……!?」

 「……ごめん、お前のご褒美は本当に……最高なんだが……もう俺は『待て』出来ないみたいだ……」

 「んっあ、あ゛、ぁっ!! エリ、……は、……げし……」

 「はぁー……可愛い、……かわいい、……クリプトッ、……ヒョン……俺のだ。……全部、……全部俺のだよな……?」

 うわ言のようにそう囁きながら、バチュバチュと立てる音さえも激しくなったピストンをする。
 しかし途中でキスがしたくなって、身体を起こしながら膝を曲げてベッドに座り直すとその上にクリプトを乗せる。

 「クリプちゃん……足、伸ばせるか?」

 「ん、……んぅ……」

 その言葉に足を伸ばしてこちらの膝に乗ったクリプトが縋るようにこちらの背に手を回した。
 やっと目の前に来たクリプトの顔に顔を寄せてキスをしながら、今度はその適度に固さのある尻に掌を沿わせて揺らす。
 黒い瞳が涙によって濡れ、その目尻に雫を溢す。それが勿体なくて、キスの合間に塩辛いその涙を吸い取った。
 この男は俺のモノだ。他の誰にも渡したりなどしない。
 今までに付き合った恋人達には感じたことの無いくらいの深い独占欲をクリプトにだけは抱いてしまう。
 それくらいに俺はクリプトの事を愛していた。

 「んぁ、っあ、あ゛! エリオット……エリ……、好き、だ……すきだ……」

 「ふ、……俺も、俺もだよ……大好きだ……愛してるよ、……ヒョン……」

 とろけた目をしたクリプトが背中に爪を立てるのを感じながら、その露になっている首もとに吸い付いて赤い跡を何個も残す。
 お互いにしか分からない場所に所有の証を残しては愛の言葉を囁いて、押し寄せてくる快楽の波に漂う。

 「っは、は……ヒョン、もう、……出していい……? ……お前の中、出したい……」

 本当にこのまま楽園にでもいけそうな気すらしている中で、俺はその耳に顔を寄せて許可を得る。

 「して……、いい……欲しい……から、いい、……えりおっと……」

 「ありがとな……一番奥に、出してやるから……ちゃんと全部呑み込めよ? ヒョン……」

 欲しい、と言うセリフに背筋がゾワゾワとした熱に侵される。
 けして実らぬ事の無い種を、この男が求めている。
 とろけきった瞳とこちらを搾り取るように蠢く腹が俺の熱を中に欲しいと、そう言っている。
 たまらなく愛おしい、そうして一部の隙もなく奥に叩きつけては征服したい。

 「か、はっ! ぁっあ、アッ、あ゛!!」

 「……クリプト、くりぷと……!」

 「えり、っあ、あ……は、ぁあ゛ぁ、ん、ぐ……!」

 「ヒョン、もう出すぞ、出す……!」

 「ん、んぅ! ……アッ、あ……む……!!」

 クリプト、ヒョン、そうやってどちらの名前も呼びながらクリプトの唇を深く塞いで腰を打ち付け宣言どおりに一番奥に差し込んだ状態のまま中に思い切り吐き出す。
 どちらの名前も俺には大切で、そのどちらであってもなくてもこの男は俺にとって一番の愛する人だった。
 こちらが達したと同時に前に触れずとも中だけでイけたのか、ビュクビュクと互いの腹の間にあるペニスから押し出されるように精液を吐き出したクリプトはぐったりとしていて、その涙で濡れた頬に手を当てる。
 小刻みに震えているのは絶頂の余韻なのか、ぼんやりとした目をしたクリプトの焦点が合う前にその唇に軽く口付けを落とした。
 本当に朝までこの最高に相性の良い肉体を貪りたいが、明日は【ゲーム】がある。
 このまま一緒にシャワーを浴びて、少しダラダラしてから眠るのが良いだろう。
 そんな事を考えていた俺を焦点の戻ってきた目で見返してきたクリプトを見ていると、不意に自分でも言うつもりの無かった言葉が飛び出した。

 「……一緒に住まないか」

 「……え……?」

 「えっ、あ、……俺、今なんつった?」

 自分で自分の言葉に驚いている俺に同じように目を丸くしたクリプトが、そのままゆっくりと腰を上げて中に埋めているペニスを抜く。
 ズルリと萎えたそれが外気に触れて、寒さを感じるのと同時に黙ったままのクリプトがサイドチェストに置かれたティッシュを手にすると腹や中から零れ落ちる白濁を自分で拭っていく。
 そんな姿を見ながら、もう俺は自分で言った言葉は取り消せないと、覚悟を決めて目の前のクリプトに向かってベッドの上に改めて座り直して目を合わせた。

 「クリプト」

 「……なんだよ」

 「俺の腕はもう治ったけど、……」

 「そうだな」

 言いにくそうにしている俺に視線を合わせること無く拭き終わったのかティッシュをゴミ箱に投げ捨てたクリプトの肩を掴んで、目を合わさせる。
 ここで逃がしたらきっとクリプトは何かと理由をつけて、一緒に住むのを拒否するかもしれない。
 ならば動かなければいけないのは今この時だった。

 「この先も、俺と一緒に住んで欲しい。住んで欲しいってのも変だな……ともかく、俺と同棲しないかって、そういう話なんだけど」

 「……お前、セックス後のこのタイミングで言うのはどうかと思うぞ?」

 「ちがっ、まぁ、そういう風に取られるのは分からなくもないけどさぁ! 別に勢いとか、そういうんじゃなくて……前から考えてたんだ。本当に。お前と住めたらいつもお前と一緒に居られるだろ? それってすごく良いなと思ったんだ」

 思わず肩に触れていた手を離して必死に言葉を重ねる俺を見ていたクリプトは、ベッド脇に落ちていたこちらの着ていたハーフパンツと下着を拾い上げて、ティッシュの箱と共にそれらをこちらに渡してくる。
 そのままベッド脇に座ったクリプトが自分の着ていたスウェットのボトムスと下着を床から拾い上げて履き直しているのを見ながら、その間にも考え込んでいる様子だったので、ここは何かを言うべきでは無いとぐっと我慢をして言葉を呑み込んだ。
 そうしてクリプトはそっと顔を上げたかと思うと、一言ひとことを悩むようにしながら話し出す。

 「俺と住むことになったら、セキュリティだって面倒なくらいに気にするし、仕事が忙しくてお前を放置する事もある」

 「……うん」

 「それに……"奴ら"の事だってある」

 最後の言葉はとても言いにくそうにそう呟いたクリプトは、またその顔を俯かせてしまった。
 たまにクリプトが言う"奴ら"という単語は俺には正直分からない。
 それに関して話して欲しいと思っているが、ここまで言わないという事は俺には分からないがとても難しい事情があるのだろう。

 「俺はさ、お前の言う"奴ら"ってのがなんなのか全然わからねぇ。でも、それは俺たち二人で戦えば良いんじゃないか? もしも勝てないと思えば……そんときはそんときで逃げりゃいい。二人ならきっとどこでだってやっていける。お前が隣に居てくれるなら、俺はどんな日だって楽しいぜ。……きっとな」

 だからいつもより小さく見えるクリプトの背中から腕を回し、抱き締めながらそう耳元で囁く。
 そんなに不安な顔をしなくてもいい。俺がお前を守ってやるから、そう伝えるように。
 俺の言葉にクリプトの横顔が泣き出しそうに歪むが、すぐにその表情は掻き消えてしまう。
 そうしてクリプトは、背後から回る俺の手に指を触れさせて小さく笑った。

 「…………分かった。一緒に住もうか、ミラージュ」

 「! あぁ、そうだな、そうしよう! それが一番だ! 俺は今、最高にパーティーしたい気分だぜ!」

 「うわっ!? おい、何するんだ!」

 そのままベッドから飛び上がるように立ち上がった俺は正面からクリプトを横抱きにして持ち上げる。
 そして暴れるクリプトを抱えたまま肩で押すようにしながらベッドルームのドアを開けた。

 「このまま風呂入るだろ? 一緒に入ろうぜ、クリプちゃん。背中流してやるよ」

 「お前、せめて声をかけろ! そして下くらい履け!」

 「いいじゃん、どうせすぐ隣の部屋なんだし、脱ぐのは変わらないだろ?」

 ベッドルームのすぐ横にあるバスルームのドアを開けながらそう言った俺に、深いため息を吐いたクリプトの頬にキスをしてからクリプトを下ろす。
 昨日まで洗って貰った分、今日はこちらがしっかり中まで洗ってやろう。
 そんなやましい気持ちを隠すように、素早くバスルームのドアを閉めたのだった。






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