Good bye, My Little Heart.4




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 4月2日
 今日もあのクソ野郎たちに裏でごちゃごちゃと言われていた。
 私が気が付いていないとでも思っているのだろうか? 本当にうっとうしい。
 ゴーストだなんてあだ名で呼んで人をバカにする奴らなんていつか地獄に堕ちて死ねばいい。

 そんな事より今日も彼は素敵だった。
 特にあのデコイを出してからフラットラインで敵をやっつけた時の目!
 彼が居ればこんな退屈な人生だって、なんとかやっていける。
 今日も手紙を出さないといけない。
 返事は来ないけれど、彼には絶対届いている筈だから。
 メッセージよりも手紙は一文字ずつ想いを込めて書けるのがいい。
 まるでロミオとジュリエットだと彼に伝えたなら、彼は笑って抱き締めてくれるのだろう。

 4月3日
 今日も彼は最高だった。
 本当なら直接会って話したいとお互いに思っているのに、運営が邪魔をする。
 手紙だって読んでいるからこそ、私が6日前に褒めた動きをまた、やってくれたんだろう。
 どんな障害も乗り越えてこそ本当の愛だというのなら、私達の間にはこの世の中で最も高い壁がそびえたっているにちがいない。

 私を影でぼろくそに言ってくる研究員の奴らだって、彼が来ればあっという間に倒してくれるのに。
 チェブレックス社の奴らは本当に陰湿で、金さえあればなんでも作るというのは本当らしい。
 少なくとも私はアイツらのサンドバッグじゃない。
 作業員がいなければ書類の整理やコーヒーのひとつだってマトモに出来ないくせに。
 出来ることならボタンを押したらアンタたちが全員死ぬ装置を私に作って渡して欲しいくらいだ。

 4月6日
 どうしよう、どうしよう、本当に彼が私を迎えに来てくれた!!!!
 喜びで胸が張り裂けそう。
 でも私はすぐに彼に気が付いたのに彼は急いでいたのか私に気が付かず走っていってしまった。
 いくらサングラスをかけて変装していたって私には分かる。
 ミラージュ、私の愛する人。
 やっと、やっと、私に会いにきてくれたんだ。
 彼が出てきたコーヒーショップの店主はよく分かっていなかったようだけれど、絶対に彼の筈だ。
 雨の中でも私を探して走っていた。
 未来の奥さんになる私を、あんなに素敵な人が、必死になって探してくれていた。
 ずっと待っていた、この日が来ることは分かっていたけれど、それでも嬉しくて涙が止まらない。

 でも、あの後ろで一緒に走っていた男は誰?

 4月7日
 あのコーヒーショップの近くで仕事を休んで彼が来るのを待っていたのに、彼は来ない。
 どうして? そう思ったけれど、この場所は私の家から少し離れている。
 彼は私がここに居るのに気が付いていないのかもしれない。
 だったら私から彼を探しに行ってあげなくちゃいけない。
 手紙を出し始めたのだって私からなんだから、告白だって私から……そんなちょっと変わったラブロマンスだって将来笑える話になる筈。
 それにどうせならとっておきのサプライズをしてあげたい。

 だから、アイツに頭を下げてデバイスを作って貰うことを依頼した。
 こちらの頭を踏みつけたアイツに、この私が頭を下げたのだ。
 はじめは嫌だと言っていたけれど、こちらの貯金を全てはたいた金額を提示すれば目の色が変わった。
 本当に金に目が眩んだ人間というのはおぞましい生き物だ。
 すぐに取りかかると言っていたからそこまで時間はかからないだろう。
 その間に彼の居場所を見つけなければ。
 待っていてね、ミラージュ。すぐに会いに行くから。

 4月12日
 彼の家を見つけた。
 なのに、何故かあの日に居た男と一緒だったせいでサプライズがうまくいかなかった。
 見たことがある気がするんだけれど、思い出せない。

 それよりも作らせたデバイスは少しでも素早く動くと透明化が解除されてしまう。
 あのクソ野郎に問い詰めたら私の渡した金ではこれが限界だと嗤われた。
 本当にいつかアイツは殺してやる。
 でも、とりあえず鏡の前で見ればパッと見は誰も居ないように見えるのでサプライズには使えるだろう。
 未来の奥さんが自分と同じクロークで突然現れたらきっと、彼は感激するだろう。
 その日が楽しみで仕方がない。

 4月15日
 なぜ、あの男はずっとミラージュの家にいる?
 朝はほぼ毎日同じ時間に玄関ロビーから現れる。
 そうしてようやくあの男が誰なのか分かった。私はまるで興味が無かったから忘れていた。
 私のミラージュに馴れ馴れしく話しかけるからあまり好きじゃなかったのだ。
 クリプト、なんて名前も秘密めいている上にあの黒い瞳が何を考えているか分かりにくい。
 しかし二人が友人なら、私にも関係のない話ではないから仲良くしなければいけないだろう。
 顔に表情が出やすいと言われがちだから気を付けないと。

 4月20日
 なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?
 あの二人が手を繋いで歩く姿が目に残って、書かないと正気でいられない
 ただの友人なんじゃないの?
 でも、あの距離の近さはどう考えたっておかしい

 彼はアイツに洗脳されている?
 ハッカーだかなんだか知らないが、いかにもそういう事をやりそうな顔をしている
 じゃあ、私が助けてあげなくちゃ
 大丈夫 大丈夫、うまくやれる
 彼を救えるのは私しかいないんだ やるしかない

 4月24日
 何日かアイツを監視していて何かボロを出さないかと思っていたが特に変わったことはない
 でも、やっぱり二人は一緒に暮らしているんだとガラス越しに朝と夕方に同じ部屋のポストを開けたのを確認した瞬間、具合が悪くなった
 頭がいたい
 ここまで来たらまずはアイツを引き離さないと洗脳を解くことは出来ないだろう

 用意してきた手紙をポストに入れてきた
 アイツは彼を洗脳しているから、それがバラされたらきっと困る筈だ
 これであの男が彼から離れてくれるといいんだけど

 4月29日
 アイツが家に帰ってきて、彼が帰ってこない
 でもAPEXには参加しているから、もしかしたら私の手紙のお陰で彼の洗脳が解けたのかもしれなかった
 それなら良い
 私の傍に彼が戻ってきてくれるのならなんだって良い
 近頃はアイツを監視するのも疲れてきた
 元々は興味も無い相手なのだから見張っているのも面倒だ

 早く彼に会いたい

 4月30日
 アイツはゴーストというあだ名以外に私の事をストーカーなんて呼んでいるらしい
 くだらない何もかも目障りだ きえてほしい
 将来、レジェンドの奥さんになる私にそんな事を言ってただで済むと思うなよ

 クリプトとかいう奴もアイツも何もかも目障りだ なんで、なんで私じゃないの
 彼の隣にいるべきなのは本当は私のほうなのに
 こんな事なら全部、殺してしまえばいい そうすれば私の事をバカにする奴らもいなくなる
 全員が私を監視して裏でわらっている
 うるさい なにもかも 私が何をしたっていうの?
 今までの人生だってみんなそうだ なんで私がばかにされ続けなければいけない?
 でもきっと彼だけはちがうってそう信じている

 彼はどんな時も明るくって、チャーミングで 優しいのに強くて派手な素敵な人
 私みたいにずっとうつむいて生きてきた人間とは違う筈なのに、どんな相手にだってあたたかい
 くるしいくるしい 会いたいよ、会いたくて頭が痛い

 やめろ 誰も私を見るんじゃない!!!

 □ □ □

 朝と夜だけはこの常に暑いソラスも涼しいが、背負ったリュックの重さと緊張からくる掌の汗が煩わしい。
 今日は午前から【APEX】がある筈だから、もう少しすればアイツは出てくるだろう。
 そう思っていつものように建物の端、エントランスが見える位置に立っていたけれど何故か普段の時間よりも早く出てきたのはミラージュとアイツの二人だった。
 昨日はミラージュの優勝インタビューを見てから、録画した彼の素晴らしいクレーバーでのショットを繰り返し見ていたせいでこの場所には来ていなかった。
 帰ってきていたのならそれはそれでいい。
 アイツの洗脳を解くのならその方がいい筈だ。

 けれど二人はいつものように駐車場には行かずに、普段はあまり行かない方向に向かっていく。
 一体どこに行くつもりなのだろう? 見失わないように注意を払いながら慎重に二人の後を追っていく。
 何を話しているかは分からないけれど、ミラージュはアイツに笑顔を浮かべながら話しかけていて、それが辛い。
 けれどそれももう今日で終わる。
 私の元に彼が帰ってくる、そんなハッピーエンドで終了するんだ。

 付かず離れずの位置でついていくと、彼らは何故か小さな公園の中に入っていくのが見えた。
 ここは子供が遊ぶような簡単な遊具と時計台があるばかりのただの公園で、こんな所に何かあるとは思えない。
 朝の散歩かとも思ったけれど、私が見ている間に二人が朝一緒に出掛けたのを見かけたのは殆ど無かった。
 不意に時計台の前で二人が立ち止まったかと思うと、アイツが振り向かないまま声を上げた。

 「そこに居るんだろ? いつまでも隠れてないでいい加減出てきたらどうだ」

 その声に頭がカッと熱くなる。いつからバレていた?
 分からない。黒スキニーのポケットに入れていた折り畳み式ナイフを取り出してその刃先をくり出す。
 まだ透明化は解除されていないから、アイツにはどこに私が居るかなんてわからない筈だ。
 大丈夫、いくら【レジェンド】だからって見えない位置からいきなり刺されたら対応なんてできない。
 ずきずきと痛む頭を抑え付けながら、奴の言動を見守る。

 「どうしたんだ、クリプト? 急にそんなこと言ってさ」

 ミラージュの言葉に、目を見開く。
 コイツは私の話をまだ彼には言っていないんだ。それもそうだろう、奴は彼をだまし続けている。
 けれど、そうだとしたらこのまま私の送った手紙の内容を彼に言われてしまう。
 いくら貴方を助けるためなのだと言っても、きっと信じて貰うのは難しくなってしまうかもしれない。

 「『ゴースト』なんて、随分と言い得て妙なあだ名じゃないか? なぁ、アンタもそう思うだろう」

 全身が震える。何故その呼び名を知っている?
 止めろ、その呼び方をするのは、私は『ゴースト』なんかじゃない。
 カチリと頭の中が澄み渡って、前に居る男を殺す為に手元に取り付けたクロークの切り替えスイッチを押す。
 私は『ゴースト』なんて無様な名前で呼ばれていい人間じゃない。
 もっと周囲から尊敬されて、愛されるべき人間なんだ。誰も私を止めるなんて出来ない。
 赤い髪が目の前で揺れて暗い視界の中でアイツの姿だけを見つめる。
 両手で構えたナイフを持って走る、走る、走る。
 大丈夫、まだアイツは私がどこに居るのか分かっていない。
 ほら、後ろを向いたままの奴の背中がもう目前で、そこにナイフを突き刺した。






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