プレリュード・フィズ




  『空に目を放つ』

 己がドローン操作で普段よりも無防備になるというのを伝える為にそう通信機器に向かって宣言をする。
 言葉どおり視界の殆どをドローンに預けている合間は目を空中に飛ばしているのと同義なので、周囲で何か起きても急には対処出来ない。
 だからこそ味方に対してそう宣言を行う事で理解を促す必要がある。
 なので俺は試合中にドローンを使用する場合は、キチンと宣言をしてから操作を行うと決めていた。
 もちろん、すぐに撃たれるような位置で安易にドローンを展開しないという大原則は守らねばならないが、それでも無防備なタイミングというのはどうしても出来てしまうものだ。

 俺はその自分の中に取り決めたルールを今日も忠実に守り、ドックの複数ある建物のうち、屋上に調査ビーコンの設置された二階建ての建物の階段脇で外からは極力見えないようにしゃがみ込むと、ドローンを操作し目の前の扉を開けて遠くに見えるバナーで周囲にいる敵部隊の数を確認する。
 周囲に敵はおらず、続けてビーコンを使用して次のリング位置を確認するとリフト周辺が恐らく本日の試合におけるリング収束の中心位置のようだった。
 この付近も一応はリング内だが、早めに移動してしまう方がいいだろうと脳内で次の行動をシュミレーションする。
 まだ降下したばかりで1度目のリング縮小も行われておらず、ドックからリフトまではそこまで離れていないので移動にも大して時間はかからないだろう。

 『敵部隊はいない。そして次のリングの位置が分かった。ミニマップを確認しろ』

 『了解』

 通信機器に向かってそう声をかけるといつもの調子でミラージュの返答が聞こえてくる。
 俺はそれらを確認すると、視界共有を解除してドローンを回収した。

 今日は久しぶりにミラージュとのデュオ戦で、降りたエリア周辺以外にも敵部隊のダイブ軌道は見えなかった事から、とりあえずまずは物資を互いに集めようとバラバラの建物を漁っていた所だった。
 ちょうど今ミラージュは俺がいる建物の下にある地下道の物資を集めているらしく、特に変わった様子はない。
 そう、本当に何も変わった事が無いのだ。

 だが、絶対的に不利な状況からチャンピオンになって、そのまま酒を飲むためにミラージュの部屋に行った日から何週間か経っているが、あの日からミラージュが俺のドローン操作時に触れてくる事が一切無くなった。
 触れるどころか、周囲を警戒はしていても少し離れた所で俺を守っているらしくあの甘ったるい香水の残り香でさえ最近は嗅いでいない。
 だからと言って避けられているというのでもなく、トリオ戦では普通に今までどおりマヌケな動きのミラージュを助けてやったりもしたし、他のメンバーも含めた飲み会では少しだけ話したりもした。
 相変わらずギャーギャーとうるさいミラージュに俺が皮肉を返して、それにミラージュがアホみたいな返事をしてくる。
 …………まるで、あの夜の出来事など何も無かったかのように。

 初めのうちはどうせ2人とも酔っていたのだから、と俺も思っていたし、あの日だって起きた次の日嫌になるほど頭が痛くなった俺をからかいながらも介抱してくれたアイツから何か言われる事も無かった。
 もう飲み過ぎんなよ、なんて注意されたくらいだったか。ともかく、向こうがそういう態度なら俺もそれで良いと思った。
 ただ互いにチャンピオンを取ったと言う興奮と酒の勢いであの瞬間だけ、可笑しな事になってしまっただけだったのだと。

 けれど露骨に触れてこなくなったミラージュに、俺はアイツが何を考えているのか皆目わからなくなってしまった。
 ずっと俺をバカにしてからかっていただけなのか、それともあの夜から気まずさを感じているのか。
 いつまでもそんな考えが頭の中を占めていて、時折悩み込むことに集中してしまい日常生活でさえ支障が出始めている。
 もうこんな無駄な思考にリソースを割くのは終わりにしようと思ってもなお、あの夜のアイツのアルコールを帯びた分厚い舌先と汗混じりの甘い匂いが忘れられなかった。

 (何を考えてる……試合中だぞ)

 そんな感情をかき消すように、ふ、と吐息を洩らすと階段を降りてそのまま一階の扉を開ける。
 扉を開けた右側にはミラージュが居る地下道へと続く丸く開けられた入口があり、その中にジャンプで飛び降りるとT字路のようになっている道の端でちょうど武器にアタッチメントを取り付けていたらしいミラージュが立っていた。
 光の加減で逆光になっており、顔はよく見えない。
 だがすぐにこちらに歩いて近付いてきたミラージュはいつものようにニヤついた笑みを浮かべ、声をかけてくる。

 「まぁまぁ物資揃ったなー、拡張ヘビーマガジンレベル3もあったし! 初動フリーで漁れるってのはやっぱ最高だなぁ。おっさん、バッテリーはあるか? 俺結構集められたからちょっとやるよ」

 「……いや、何本か持っているから必要ない」

 「オーケー、じゃあ必要になれば言えよ。おっさんは亀みたいに動きが鈍いから弾に当たっちまうかもしれねぇしなぁ、ハハッ」

 いつもならここで俺から辛辣な一言を返していただろう。けれどうまく返事が出来なかった。
 息がつまりそうになるのをどうにか誤魔化し、鼻で笑って見せる。
 そんな俺を怪訝そうに見てきたミラージュはそれでも一歩引いた所からそれ以上近付いては来なかった。

 「次はリフト方面に行くのでいいんだよな?」

 「……ああ」

 「じゃあ行こうぜ。早めにリフトの上を押さえてビーコン取っときたいんだろ?」

 そのまま俺の横をサッと通り過ぎ、金属製の梯子に手をかけたミラージュからフワリといつもの香水の匂いがする。
 あの夜よりも薄く香るそれに、俺は思わず振り返ること無く声をかけていた。

 「ミラージュ」

 「クリプト? どうしたんだよ」

 「……お前は俺をからかってたのか? ただの冗談にしては、たちが悪いぞ」

 途中から少し震える喉をどうにか抑えつつ言葉を発する。
 黙ったままのミラージュの視線が背中に突き刺さっているような気がするが、どうしても後ろは振り向けなかった。
 だが、いきなり背後から腕を掴まれ地下道のさらに薄暗い支柱のある場所に引き込まれる。

 「おい! なにをする!」

 こちらの非難の声を無視して黙っているミラージュは俺の体をその柱に押し付けると、両足の間に片足を挟み込んで動けなくしてくる。
 ガチャリと背中に装備しているジャンプキットが壁にぶつかる音が地下道に響くのを聞きながら、俺は数瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
 だが理解出来たとしても余りにも素早く行われた動作に拒否する暇もなく、ミラージュの体を離そうとした両手は呆気なく手首を握られ壁に押し付けるように拘束されてしまう。
 ギリギリと血管が締め上げられているんじゃないかと思うくらいに手袋越しに強く握られた手首が痛む。
 一体どうしてこんな事になった? 俺は混乱しながら先ほどの自分の発言を思い返す。
 単純に自分がずっと疑問に思っていた事を発しただけで、こんなに乱暴な手付きで男に押さえ付けられる理由などない筈だ。

 とにかく何を考えているのか分からない男をどうにかしなければと顔をあげ、罵倒の一つでも言ってやろうと唇を開きかけるがすぐにそれを止めた。
 俺の目の前に立っている赤い光にほのかに照らしだされたミラージュの瞳は猛禽類のような獰猛さを宿し、今までに見たことのない表情をしていたからだ。
 今までコイツのひょうきんな姿しか見た事が無かったから意識した事など一度もなかったが、体格差と筋肉量を考えれば本気でやろうと思えばコイツが俺を押さえ込む事など比較的簡単に出来るというのを理解させられ、怯んで上手く声が出ない。
 そんな俺に向かって先ほどまで笑っていた筈のミラージュはその笑みを消し、静かに言う。

 「お前、俺がどんだけ我慢してたか分かってて、そんな事言ってんのか?」

 「我慢って……」

 「クリプちゃんさぁ……俺の失敗とかはよーく見てるクセにそういう所は分かんないのな」

 「だから、何を怒っている! 別に俺は……」

 ミラージュの余りの豹変ぶりにどう対応したら正解なのか分からなくなる。だってあの日からそんな雰囲気など微塵も感じなかったのだから。
 それだけコイツが上手く感情を隠していたのだとしたら、俺にそれを察せるわけがない。
 不意にミラージュがこちらに顔を寄せてくるのを慌てて顔を反らして避けながら、必死に声をあげる。
 いくら目立ちにくい地下道の中とはいえ中継カメラは周囲に何台か存在しており、この状況だって下手したら中継されてしまっているかもしれない。
 恐らく戦闘が行われている場所の映像を流しているとは思うが、それでもどうなっているかは分からないのだ。

 「お前ッ……バカ野郎、試合中になに考えてんだ……!!」

 しかし俺がそれを言う前に金属デバイスに覆われた耳元に顔を寄せたミラージュが低く囁いた。

 「お前なら中継を一時的にハックするくらい楽勝で出来るんだろ?」

 「何故……そんなこと……」

 「別にこれからする事をアウトランズ中に見られたいなら俺はそれでも構わないけどな。……お前が決めろよ」

 ぐい、と足の間に挟まれた腿で衣服越しに股ぐらを押される。
 まさかのその直接的な行動に顔が瞬時に赤くなるのを感じなから、掴まれている両手を動かした。
 いつもだったら強く言えばコイツはなんだかんだで引くのだが、今は様子が違う。
 大人しく言う事を聞いた方が良いと目の前のミラージュに向かって小さく声をあげた。

 「!? わ、かった……分かったから……少し待て……ドローンを操作するから手を離してくれ……」

 そう言うと素直に離された手に安心しつつ、背中からドローンを展開させてこの場所を映している一番近い中継機材に死角から近づきハッキングをしかける。
 そうして先ほどまで物資を漁っていた映像を適当にループさせ、パッと見では違和感のない画面を作り出した。
 カメラを一時的にハックする程度ならそこまで難しい技術は必要としない。
 けれどハックしている合間にもコントローラーを握っている両手が自然と震え、鼻から入り込む濃密な甘い匂いに頭が混乱してしまいそうになるが、どうにか完了させると視界共有を解いてコントローラーを上着のポケットにしまった。

 「ミラー……っんぅ!?……っ……」

 とりあえずこれでハックし終わったと伝えるために顔を上げた瞬間、顎を押さえられあの肉厚な舌が無遠慮に唇の中に押し込まれる。
 あの時と違ってアルコールの味はしないが、それ以上に激しいキスに息が苦しい。
 鼻にかかったような自分でも聞いたことのない声をあげながら、ミラージュの胸元に手を当て取り付けられた機材にしがみつくように指をかけた。

 「……ん、……ぅう、ふ……っぁ……」

 顎を抑えられて何度も角度を変えながらめちゃめちゃに口腔内を嬲られて脳内が徐々に白んでいく。
 息が苦しいと訴えるように機材を掴む手に力を入れるが、逆にミラージュのグローブから出ているかさついた指先が逃げようとする俺の腰をシャツ越しに強く掴んでくるのが分かった。
 ――――ひとかけらの呼吸すら全て奪われてしまう。
 そんな風に思って滲む視界の中、やっと顔を離された。

 「はぁ……は……っは……」

 「……はぁ……」

 互いに苦しげな呼吸を繰り返していると、ミラージュが掴んでいる腰を今度は癒すように優しく撫でてくる。
 脚の間に挟まれた太ももが揺すられる感覚とその腰を撫で擦る手付きは確実に煽るような行為で、俺は自分の下腹部がじわりとした熱を帯び始めたのを感じて許しを請うように男の名前を呼ぶ。
 目の前の男の雰囲気が未だに荒々しさを宿しており、このままだとキスだけで済む気がしなかったからだ。

 「……ウィット……」

 「……今回のはお前が悪いぞ。大事にしたいって言ったの忘れたのか? 俺はずっとそのつもりだったし、お前が忘れてるならそれで良かったんだよ、……なぁ? 分かってんのか? クリプト」

 苦しげな顔をしたミラージュが早口でそう言うのを聞きながら、俺はあの夜の事を思い出していた。
 確かにだいぶ酔ってはいたが全てを忘れてしまっているわけではないし、自らキスを許したのも覚えている。
 大事にしたいと言われて、そのセリフが信じられず、しばらく待っていたが結局ベッドに一人きりで寝たのも覚えていた。
 その時にこの男の想いは本当に誠実なのだと、そう思った事も。

 「…………忘れていない」

 ポツリと発した言葉が地面に落ちる。それと同じく俺はミラージュに向けていた視線を下げ、合わせていた瞳を逸らす。
 この一言を言うのでさえ、俺は自分が自分ではなくなってしまうのでは無いかと思うくらいに余裕がなくなっていたからだ。
 するとゴーグルを避けるように頭を掻いたミラージュが深い溜息を吐いたのが聞こえた。

 「……じゃあいいよな? こんな気分じゃ試合になんかとてもじゃないが集中できねぇよ。隣に居るお前の気配だけで……毎回毎回死にそうなくらいムラムラしてんだこっちは」

 「よくそんな事を言えるな……」

 明け透けに放たれた言葉に頬がさらに熱を帯びる。
 男の言葉を素直に受け取ると、この間の飲み会で気さくに話していた時も、先ほどまでのやり取りも何もかも笑顔の下では獰猛な獣が潜んでいたという事になってしまう。
 制御しやすい男だと思っていたのに、そんな事を考えているなんて一つも分からなかった。

 「もう隠すのはやめだ。お前と色恋に関して駆け引きしようと思った俺が間違ってたってのが分かったからな」

 「どういう意味だよ」

 「お前には素直に全部言った方が伝わるだろって事だよ」

 存外に鈍いと言われているのだろうか、と思うが確かにまどろっこしく駆け引きとやらをされるよりもハッキリと言われた方が良い。
 だがまるで俺が恋愛に関して疎い奴だと思われるのも心外だと顔をあげて反論しようとした唇をまた塞がれる。
 そうしてさりげなく伸びてきたミラージュの手がこちらのボトムスについているベルトを外しにかかってくるのが分かり、流石に唇を緩く噛んで離させた。

 「ここでするつもりか?!」

 「もちろん最後まではしないさ。でも、お互い出すもの出さないと苦しいだろ。時間も無いから早くしないと2人しておっ勃てたまま戦うハメになるぞ」

 「……自然と収まるのを待つのは……?」

 「……それは俺が無理だな」

 情欲を帯びたじっとりとした視線がこちらの目を射抜く。
 もう少しでリングが縮小を始めてしまう。やるなら早く行動に移さないと時間が足りなくなるのは明白だった。
 俺はこわばっていた身体の力を抜き、覚悟を決める。
 ミラージュの言うとおり、このまま張りつめた状態で試合に戻るなど無理な話だろう。
 近頃はあの日の事を考えてばかりで自分で全く処理をしていなかったから、正直すぐに達せられるのも分かっていた。

 「俺は……どうしたらいい」

 「嫌なら俺がやるから気にしなくていいが……早く終わらせたいなら自分でベルト外してくれると助かる」

 確かに自分の衣服は自分でくつろげた方が早い。だが羞恥心が邪魔をしてミラージュの胸元に置いていた手を動かしベルトに指をかけるのもいつもより遥かに時間がかかってしまう。
 そんな俺を見ながらそっとこちらの体を押さえつけていた足を退かし、自分の衣服の装備品を取り付けているベルトの金具を外して下腹部のチャックを開いたミラージュは、その隙間から覗く下着から赤黒く育ったペニスを取り出した。

 なんで試合中だというのに俺達はこんな事をしているのだろう。
 倫理的にマズイと思っているのに先走りでヌラついたそれを見た瞬間、男が俺に対して欲情しているというのをまざまざと見せつけられているような気がして頭がクラクラとしてくる。
 その動きに導かれるように同じく自分の衣服をくつろげ下着をずらして中で微かに勃ちあがっているモノを取り出すと、目の前に居る男が顔を近づけ口付けてくるのを受け入れた。
 そのままミラージュの太く長いペニスが俺のペニスに押し付けられ、裏筋をそのカリ部分で擦られる。
 男同士でこのような行為をするのは当然初めてだったが、キスの間に当たる顎ひげの感覚でさえもこちらの快楽を増やす材料になった。
 それともミラージュに触れられているという事実を嫌でも理解させられるからかもしれない。

 「ぁ、う……ん、……ぅ……」

 「っは……酒に酔ってなくてもそんな可愛い顔出来るんだな、クリプちゃん」

 「ッうるせぇよ……!……あッ、お前、それはダメだ……ダメだっ……てぇ……!」

 唇を離したミラージュがニヤニヤとそう言うのに反論しようとするが、片手でペニスを握りこまれ亀頭から根元まで容赦なく扱かれると嫌でも腰が揺れ動く。
 キスの合間に胸元に触れさせていたうちの片手を動かしてミラージュの攻め立ててくる腕を止めようとするが上手く力が入らない。
 人の手で触れられるのはこんなに心地がよかっただろうか? もう随分と前に経験したきりだったから忘れてしまっていた。

 そもそも淡白な人間だと自分では思っていたからそういう欲求も薄い筈だったのに、ミラージュの身体から立ち上る汗の匂いが混じった甘い香りが鼻に入り込む度に体が快楽を求め疼く。
 ドローン操作時にされていた悪戯のせいで、ミラージュが近くに居るのを匂いだけで意識してしまうようになっていた。
 まるでパブロフの犬のように、この匂いを嗅ぐと優しく触れて欲しくて仕方がなくなってしまうのだ。
 いつの間にこんなにも俺は男に飼い慣らされてしまっていたのだろう。

 「本当に、可愛すぎてアホみたいに見ちまう。なんだってんだ。お前っていっつも無表情でそんな顔したりしなかっただろうが」

 「っふ、ぁ……ッあ……ぅ、あぁ……!」

 「お前はいつだって冷静でいる男だったろ。なのになんだよ、そんな物欲しそうな顔して俺のそばにくるなんてよ。……我慢なんか無理に決まってんじゃねぇか、クソッ」

 「うぃっと、……ま、て……俺ばっかり……ッ……」

 ぐちゅぐちゅと先走りをぬりつけるように激しく扱かれ体が跳ねる。このままでは俺1人だけで達してしまう。
 それは嫌だと片手を伸ばし、男の張りつめたペニスに触れる。
 途端に息を止めたミラージュに俺はどうしたら良いのか分からないが、とにかく自分で慰める時のように手を動かした。
 自分のよりも遥かに巨大なそれを扱くのは不思議な感覚だったが、俺の手の動き一つで目を伏せたミラージュが微かに喘ぐのを見れるのは悪い気はしない。
 他人とこんな風になるなんて、下手したら嫌悪すらしていたのに今この時は溶けてしまいそうなくらいに掌の中で熱を発しているモノが愛らしく思えた。

 「クリプちゃん、ッ……それ、気持ちいいぜ……ありがとな……」

 「……そうか……」

 まるで子供を誉める時のような口調で言われたそのセリフも、いつもならイラつくだろうに逆にゾクリと背筋を走る甘い痺れに変わる。
 そうしてまた顔を寄せてきたミラージュの唇を受け入れると、俺のペニスに触れていた手をこちらの手に触れさせてきたのを感覚だけで確認する。
 そのまま導かれるようにまたピトリと重ねられたペニスを握り込まされるが、片手だけでは到底収まらない。
 俺はどうしたものかと悩んで、もう片手も下腹部にずらすと両手で俺とミラージュのモノをくるむ。
 唇を離して俺の動きに満足そうに目を細めたミラージュが言い聞かせるように囁いた。

 「ん、……ちょっとだけそのままでいられるな? もう時間無くなってきたから終わらせよう」

 その言葉に頷くと、両手でシャツ越しにこちらの腰を掴んできたミラージュがピストンを始める。
 互いの先走りが潤滑油となってぐちゃぐちゃと濡れた音を響かせ、先ほど快楽を拾った裏筋を容赦なく攻め立てられる。
 声を抑えたくても両手が塞がっていて出来ない事に気がついた俺は必死に唇を噛んで声を殺した。

 「っ……、ふ、ふっ……うー……!」

 「もう、本当に好きだ、クリプトッ……好きだ……もっとその可愛い顔見せてくれ……」

 鼻先が触れるほどに近づいてきた男の長い睫に縁どられた瞳に見つめられながら真っ直ぐにそう囁かれ、グラグラと脳内が揺れる。
 こんな男を可愛い扱いなんてどうかしている、と思うけれど本当に嬉しそうに見つめてくるヘーゼルカラーの瞳に俺のあられもない姿が映っているのに気が付き、噛んでいた唇を開いて声をあげた。

 「いや、だ……っあ、あッ……や、……ウィット……見る、なぁ……!」

 「可愛い、……可愛いなぁ……ここ好きか? それともこっちか? これからお前が気持ちいい所ちゃんと全部見つけてやるからな。俺は教えてくれないと分からないから、良いなら良いって言えよ」

 俺の喘ぎ混じりの制止など聞かずに腰の動きを変えたミラージュのペニスがこちらの敏感な部分を擦り上げ、掌の中で動き回る。
 気持ちいいかなんて言わなくても分かるだろう、と自分の腰が揺らめくのが伝わってくるのにまた煽られるのが無性に恥ずかしくなり瞼を伏せて顔を横に振った。
 しかし腰を掴んでいた手の片方を俺の顎に触れさせた男が俺の顔を前に向けさせてくる。
 こんな風に好き勝手にいじられ暴かれて本当は怒り狂っても可笑しくない筈なのに、目を開けた先にいる男の慈愛に満ちた表情に全てを許してしまう。
 お前の存在すべてが愛しいのだと、男の全身を使って刷り込まれているような感覚に快楽だけでは無い感情で体が震えた。

 「んッあ、見るなって……言ってる、のに……ッ……!」

 「あー……っ俺ももうやべぇ……ごめんな、もう終わらせるから……っく……!」

 「っ……ウィット、……うぃっと……!!」

 そう言いながら顎から手を離し、両方の手で腰を掴みなおしたミラージュが一層強く擦り上げてくる。
 俺は咄嗟に包んでいた手の片方を先端に押し当て、ほぼ同時に吐き出した2人分の精液を掌で受け止めた。
 だが、俺が溜まっていたのと同じようにミラージュも溜まっていたのかドロリと青臭いそれらは全て受け止めきる事が出来ずに俺の着ているシャツに僅かに飛び散る。
 吐精した直後のだるさに身を委ねていると、目の前の男の額に浮かんだ汗が頬に伝っていくのが見えて、萎えたペニスから手を離す。
 手に装着している薬指と小指を覆う手袋にもねっとりと染み込んだその白濁にぼんやりと視線を向けるとミラージュが衣服のポケットからハンカチを取り出しそれを拭った。

 「やばいな……べちゃべちゃになっちまったか。とりあえず気持ち悪いかもしれないがこれで我慢してくれ」

 「……だから、ここでやるのかって聞いたのに……」

 「悪かったって!さぁ早く支度しないとリングに巻き込まれて2人してお……おだ?……なんだったか。とにかくまずいからな。……ほら、ズボン直してやるから手拭けって」

 「いい……自分でやる」

 こちらの手を拭ってきていたハンカチを受け取ると、掌をふき取りながらベルトに伸びてきていた手を軽くはたく。
 子ども扱いされるのは癪に障るからな、と囁きながらボトムスを整えベルトをつけ直していると、もう身支度を整え終わったらしい男の手が不意に伸びてきて唇を軽く触れあわされる。
 チュ、と軽いリップ音を響かせ離れた唇の先には満足そうな笑みをした男が立っており、思わずその足を思い切り踏みつけていた。

 「いってぇ!!!何すんだよ、クリプちゃん!!」

 「……ふん、いきなり襲い掛かってきたんだからそれくらい我慢しろ」

 「そりゃ……その、……悪かったけどよぉ……お前だって……」

 そんな言い合いをしているうちに二回目のリング縮小位置の放送がかかる。知らない内にリング縮小が進んでしまっていたらしい。
 流石にこれ以上は無駄口を叩いている場合ではないと互いに目で合図しあうと、急いで試合へと戻ることにした。

 □ □ □

 ぬるい温度のシャワーを浴びながら、体についた汗と血と、それから拭ききれずこびり付いた精液を流す。
 ずっと途中からシャワーを浴びたくて仕方が無かったのでドロップシップで簡単な応急処置をされた後、すぐに施設に設置されたシャワールームに向かう事にしたのだった。
 だからやっと汚れを落とせるという事実だけで随分と気持ちが楽になる。
 結局あの後試合に戻ったものの、妙な気だるさを抱えた体はいつもよりも動きが鈍くなった上に、掌の気持ち悪さで集中できなかった。
 しかし5位という結果だったので、まぁあれだけの事をした割には好成績と言えるだろう。
 そんな事を思い返しながら頭から湯をかけつつ髪と顔に泡を纏わせ一気に洗う。

 (?……何か痛むな)

 手首辺りに試合中や応急処置をして貰った際には気が付かなかった微かな痛みを覚えて泡を流しながらその痛む場所を探る。
 別に反動の強い銃を使ったりしたわけでは無かった筈だが、と目を凝らして見つめてみると手首に指の痕がついているのに気が付いた。
 …………一瞬強く握られただけだというのに、こんなにもハッキリと痕が残るなんて。
 その痕をつけられた時の事を思い出して瞬時に体温があがったのを認識する。
 いつもは見たことの無かった男の表情と、刺すような瞳、荒々しく求められ塞がれた唇に呼吸すら奪われたあの瞬間。

 「クリプちゃーん」

 「っ……!なんだ」

 もう数時間は経っているのに信じられないくらいハッキリと脳裏に浮かび上がるその光景を反芻しながら手首の痣を指先で擦っていると、隣のシャワーブースからミラージュが声をかけてくる。
 まさかこんな事を思い出しているだなんて知られたくない。
 俺はドキリと跳ねた心臓を抑えつつ、すぐに平静を装いいつもどおりの返答を行う。
 水音に混じって聞こえてくる声はまぁまぁ大きく、どれだけデカい声を出しているのだろうかといつも疑問に思うくらいだ。
 俺はさっさと上がってしまおうと今度はそのまま身体を洗っていく。

 「あのさぁ、……その……今日、これから空いてるか」

 「お前が嫌じゃなかったら、……家に来ないかって……ちょっと思ったりして……ハハハ……」

 最後の方は水音にかき消されて聞き取りにくいその言葉を聞きながら、全身を包んだ泡をしっかりと流していく。
 家に来ないか、なんてよくある陳腐な誘い文句にどう返してやろうかと黙ったまま考えつつシャワーを止めると、扉を開けて支給されたフェイスタオルで髪と体を拭きながら隣のシャワーブースで珍しく黙り込んだままのミラージュに向かって声をかけた。

 「……また酒を呑ませて襲うつもりか?」

 半笑いで言ったその言葉を聞き取ったらしいミラージュがいきなりブースの扉を開けたかと思うと顔だけを出してこちらを見てくる。
 一瞬だがこちらの水気の取り切れていない全身を上から下まで見回したミラージュはその頬を赤く染めながら、必死さを前面に押し出して声を発してきた。

 「そんなわけねぇだろ! 今日はもう、そういう……エッチな事はしねぇ。絶対だ、約束する。ミラージュ様のトロフィーを賭けてもいい」

 「……ふーん? まぁ、トロフィーとかいう意味不明な物は全くもっていらないがな」

 情けない顔で男がそう言うのに内心、愉悦を感じながら肩を竦める。
 今日は散々俺を動揺させたのだから、今くらいはこちらが有利に事を進めても許されるだろう。

 「クリプちゃーん……なんでもご馳走してやるから許してくれよ。な? な?」

 「……最高級フィレステーキ。シャトーブリアンだとなお良い」

 「分かった!! それくらいいくらでも調達して作ってやる。俺様特製の林檎パイだってつけちゃうぜ」

 けれど、耳を下げた犬を彷彿とさせる顔に結局深い溜息を吐いてからそう答えると、途端に元気を取り戻した様子のミラージュが嬉しそうにそう叫んだ。
 コイツは黙っていれば正直良いツラをしているのに、話始めるといきなりその良いツラをぶち壊すくらいのテンションなのが理解出来ない。
 しかしいつも真剣な表情をされてもそれはそれでどう接したらいいのか分からなくなるだろうから、バランスが取れているのかもしれないが。

 「じゃあさっさとしろ。今度は30分しか待たないぞ」

 俺は身体の水分を全てふきあげると、肩にタオルを引っ掛けて男に背を向けながら男子更衣室に続く扉へと向かう。

 「30分!? それはちょっと短くねぇか? なぁ、おい、クリプちゃ……」

 背後でそう言う男を完全に無視して更衣室へと続く扉を開けると、話すより行動に移した方が良い事を理解したらしい男がドタドタとシャワーブース内で暴れている音を聞きながら俺は唇にのぼる笑みを隠さないままシャワールームを後にした。


 -FIN-






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