手負いの獣は幸福な夢を見るか?



――――1


 『今夜20時』

 簡素にそう書かれたメッセージが映る通信デバイスの画面を見たミラージュは、ちょうど自宅のダイニングに置かれたソファーに腰掛け、遅めの昼食として作ったばかりのシーフードピラフを掬っていたスプーンを口に含むとその文面にどう返事をしようか悩む。
 しかし結局のところ、こちらのスケジュールを全て把握しているのでは無いのかと思うほどに男がその連絡を寄越す時はたいがい何も予定が無い日ばかりだった。

 『了解』

 これまた自分にしては随分とシンプルな文面だと思いながらもメッセージを打ったミラージュはそれを送信する。
 電波に乗って一瞬で送られたメッセージを相手が読んでいるかは分からないが、恐らく目は通している筈だろう。
 だが、こちらからのその返信にデバイスの先に居るクリプトからメッセージが戻ってくる事はない。
 それはこういうやり取りが行われるようになってから決まりきった流れとなっており、初めは連絡が来ないので本当に家に来るのかと不安になった事もあったが、クリプトは必ずメッセージ通りの時刻にこの家にやってくるのだ。

 はぁ、と珍しくため息を吐いたミラージュは、店で使うつもりで結局使わないまま自宅に持ち運んだ市場から仕入れた新鮮な海鮮を口元にさらに運びながら、ボンヤリと寝室の掃除とベッド脇に置かれたサイドチェスト内にあるローションとスキンの残りを確認しなければと今後の予定を決める。

 久々のオフでパラダイスラウンジも定休日であった今日は、どこかに行こうというつもりもなく家でラフな部屋着のまま、ただただ自堕落に自身のうまく行った試合や撮り溜めていたバラエティ番組を適当に流し見ていたミラージュにとって、クリプトからの連絡はある意味、悦びでもあり苦痛でもあった。
 それは、ここに来るクリプトの目的が余りにも自罰的な要素を含んでおり、ミラージュ自身もそれに加担してしまっているようなそんな歪な状況になっているからだった。

 (……本当にこんな事をいつまで続けるつもりなんだ、アイツは)

 そんな事を考えながら、クリプトがミラージュの家に来るようになったきっかけである忌まわしいあの出来事を思い返す。
 同じ【APEX】の【レジェンド】であるクリプトが使用しているドローンが誤作動を起こしたらしく、同じく【レジェンド】の一人であるワットソンを攻撃したのは約三週間ほど前の話だ。
 ミラージュやクリプトも含めた【レジェンド】達は新しく加入した【レジェンド】であるローバに半ば脅されるような形ではあるが、全員で彼女が探し求めているアーティファクトを集めるという話でまとまっていた。
 それぞれが協力し、アーティファクトのパーツやその情報も十分に集まってきていたのだが、余りにもその情報がローバの仇であるあの恐ろしい殺人ロボット……レヴナントに伝わっている事から誰かがスパイをしているのでは無いのかという話になった。
 そうしてそんな疑惑を互いに抱きながら【レジェンド】達はアーティファクトを探していたのだが、そんなタイミングであの事件が起きた。
 最悪のタイミングだと言えるだろうその事件のせいで、コースティックが『レヴナントのスパイはクリプトだ』と言い出したのだ。
 それからというもの、クリプトは周囲から疑いの眼差しを向けられ、みるみるうちにおかしな言動が目立つようになった。

 例えば、普段はけして冷静さを失うことの無かった男が無闇に敵部隊に突っ込むような真似に走ったり、かと思えば心ここにあらずといった様子で話しかけた言葉にすら反応が鈍くなったりと様々ではあったが、とにかくこれまでのコイツならば絶対にそんな事をしないということをするようになったのだ。
 正直に言うと、ミラージュにしてみれば奴がスパイだなんてちゃんちゃらおかしい……とにかくバカげているという意見は変わることは無かったが、同じ【レジェンド】達の間でも意見は割れているようで、周囲は皆クリプトを遠巻きに見ているだけだった。

 そんな状況を流石に見ていられなくなって、同じ部隊になった日の夜にクリプトを自宅に半ば無理矢理に誘い込み、酒を飲み交わした。
 今思えばそれは間違いだったのかもしれないが、その時のミラージュにしてみたらそれくらいしか様子のおかしいクリプトの話を聞ける方法を思いつかなかったのだ。
 その日、本気でこちらが止めているにも関わらず浴びるように酒を飲んだクリプトはいつもの皮肉げな笑みを封印し、見たことの無いくらいに憔悴していた。

 『……抱いてくれないか。手酷くて構わないから。それか殴ってくれ……この悪夢から醒ましてくれ……』

 そうして、酒にぐらついた危うい目で真っ直ぐにミラージュを見据えたクリプトは縋るような手付きでこちらの服を掴んでそう呟いた。
 抱いてくれ、という直接的なセリフにミラージュは自身の酔いが急速に覚めるのを感じながら、クリプトが何でも良いから自分に苦痛を与えたがっている事だけは理解できた。
 この酷い悪夢のような現実から逃れるために、痛みと屈辱を与えられたいと願っている。

 もしもこのまま放っておいたなら、この男はそれこそそこら辺の路地裏に居る相手にだって身体を差し出してしまいそうなくらいの切迫した様子に、ミラージュは自分がクリプト相手なら勃つ事をそのタイミングで初めて自覚させられた。
 コイツなら、男だろうがなんだろうがこの手で抱く事は出来るだろう。そう直感で思ってしまった。
 今までいけ好かない奴だと思ってはいたが、けして悪人ではない、傲慢さと気高さを併せ持ったこの男を組み敷くのはおそらく基本的に雄が兼ね備えているサディステックな欲望を満たすであろうと納得してしまうくらいに、目の前で懇願するクリプトはそれを煽る存在になっていたからだ。

 『もう疲れたんだ……』

 そもそも何の非もないクリプトを無慈悲に殴るよりもまだ、そのか細く震える声を発する身体を抱きしめてやる方が良い。
 しかし弱っている上に酔っている相手に手を出すなど、こちらの良心が咎める。

 『……お前、本気で言ってる……』

 しかしミラージュがそういうよりも先にクリプトの唇がこちらの唇に触れ、濃いアルコールの匂いがする舌が擽るようにそこをねぶっていく。
 黒い双眸は性欲とは程遠い複雑な暗い色を宿し、言外に本気だと伝えてきていた。
 その影を落とす目をどうにか救ってやりたい。
 ただそれだけの思いでミラージュはクリプトの唇を同じように塞ぎ返した。

 「……はぁ……なんで、こんな風になっちまったんだ」

 結局あの夜の事までも思い出して、再びため息まじりにそう言ったミラージュはもう一度ローテーブルに置いた通信デバイスに視線を向ける。
 クリプトを抱いたあの日から表面上、二人の関係性は変わることは無かった。
 けれどアイツはおかしな言動がほんの少しだけ収まったように見え、代わりにこうして暗号めいた連絡が頻繁に来るようになった。
 このままでいい筈が無いと分かっているのに、どうしてやれば良いのか考えもつかず結局この家に来るクリプトを抱く。
 ミラージュにとって、何度も男を抱いていくうちにこの行為でしか相手を癒せない自分が嫌になり、そうしてクリプトを不憫に思うようになっていた。
 もっと良い方法を見つけられなかったのかと思えども、暗号めいた連絡の後にやってくる暗い目をしたクリプトを拒むなど出来ない。

 「…………とりあえず食うか」

 ミラージュはまだ食べ始めたばかりで殆ど残っているつやつやと輝くシーフードピラフにまたスプーンを差し入れると、一人呟いて冷め始めてきているそれを口に押し込んだ。

 □ □ □

 きっかり20時に玄関ドアの前に現れたクリプトはいつもの戦闘服とは異なり、白シャツにデニムというラフな服装ながらもどこか【ゲーム】の時と似たような空気を纏っている。
 それは窪みでも出来ているのかと思うくらいに黒くなった隈であったり、普段よりも血色の悪い肌であったりと要因は様々ではあるが、一番はその血走った目であった。
 手負いの獣のようなその瞳をもう見慣れたミラージュは少しだけ開けていたドアをさらに開けてクリプトを中に招き入れた。

 「……なんか飲むか? お前が好きそうな酒とか、色々あるぜ」

 そんなミラージュの言葉を無視してその横をすり抜けるようにドアを通ったクリプトは、ただ真っ直ぐに寝室へと向かう。
 もてなしなどいらないとハッキリと示されるこの行動は、毎回ミラージュの心に小さな棘を刺しては食い込ませた。
 本当にこの場所にクリプトが来る理由はそれしかないのだと、自覚させられる。
 それでもミラージュはまるで自宅のように勝手知ったる様で先を歩むクリプトの後ろを静々とついていくしか出来なかった。

 当たり前のようにミラージュのベッドに座ったクリプトは、そのデニムのポケットから幅広の黒い布を取り出し、自らの目を塞ぐ。
 二度ほど抱いた後からクリプトは自らの目をその布で塞いでしまうようになってしまった。
 本来なら目隠しプレイなど互いに信用しているからこそ出来る行為なのだろうが、ミラージュはクリプトがこちらの情欲をそそる為に行っているのではない事をとうに理解していた。
 どちらかといえば、これは拒絶に近い。
 抱かれる事で自らを痛めつけている男は、その視界を塞ぎ、この世界の全てを遠ざける。
 どうかこの恐ろしい夢が目を開けた時に醒めていて欲しい、そんな願いを込めて行われているだろう行為をミラージュは受け入れるしか出来ない。
 無防備なのに、強い緊張感を持っているようにも見えるその姿は触れようとする度に壊してしまわないか恐ろしくなる。

 しかし、ベッドに腰掛けたままのクリプトはただ何も言わずにそのままミラージュの出方を待っていた。
 これも今までと何も変わらない。
 恐らくではあるが、クリプトはここで俺への確認を取っているのだろうな、とミラージュは黙ったままクリプトに近づき出来る限りそっと金属デバイスの取り付けられた頬に手を当てた。
 ピクリと触れられた感触に身じろぎをしたクリプトは何も言わない。この行為をする間、いつも辛辣な言葉を吐く口は閉じられ殆ど話さなくなる。
 途中で我に返ってこんな事はやはり嫌だと言われればミラージュも手を止める事が出来る筈なのに、クリプトはけしてそういう言葉を口にしなかった。

 「……冷えてるな。部屋、寒くないか?」

 冷たい金属を避けて触れたのにも関わらず、クリプトの体温は冷めきっていて、そこを温めるように撫でるとクリプトが嫌がるように頭を振って自らベッドの上に横たわる。
 少しでも優しい手付きや言葉をかけるとクリプトがそれを嫌がるように無言で拒否をするのもまた、いつもの事だった。
 ミラージュはそんなクリプトの姿に聞こえぬ程度のため息を洩らすと、同じようにベッドに乗り、その体の上に跨る。
 そのまま着ているシャツを皺にならないように脱がしていく合間、目隠しをしてはいるものの顔を背けているクリプトは何も言葉を発さなかった。

 (コイツ、また痩せたんじゃないのか)

 シャツを脱がした奥には金属デバイスの取り付けられた首とネックレスのかけられた輪郭のハッキリした鎖骨、そうして明らかにあばらが浮き出つつある脇腹が見える。
 最初に男を抱いた時よりもさらに線の細さが強調されたその腹部は、ミラージュにとってはただただ痛々しいものとして目に映った。
 その脇腹にそっと掌を沿わせ、緩やかに撫でさすりながらネックレスの下にある鎖骨にキスを落とす。
 だが、不意にこちらの髪に指を絡ませてきたクリプトは掠れた声で囁いた。

 「……いらない。……早く、……」

 その言葉と共に脛部分でミラージュの下腹部を押してくる。
 小刻みにもたらされる刺激に、結局のところどれだけクリプトを哀れに思ったとしても雄としての本能だけは誤魔化しが利かない。

 「……あぁ」

 急かされるような言動にそう答えを返しながら、ミラージュはクリプトのデニムと下着を脱がせていく。
 そうして現れた毛の処理をされた滑らかな皮膚を持つ細い脚の中央にあるペニスを指で撫でてから、そっとその下にあるアヌスに指を掛けた。
 すでに解されてローションの入れ込まれたそこはミラージュの指で縁を撫でるだけでヒクリと蠢き、ぬるついた糸を引く。
 俺に抱かれる為だけにこの男が自分で準備をしてきている、その事実だけでミラージュのペニスはすぐさま熱を帯びてスウェットのボトムスの中で窮屈そうに出せと喚いた。
 なんて本能に抗えない獣なのだ、と思ってもそればかりを求められれば次第に調教されてしまう。

 「お前、……今日自分で慣らしてきたのか」

 自然と鳴る喉と指先の感触に、ずくりと重い靄が世界にかかったような気がした。
 クリプトはミラージュのそんな興奮を脚で感じ取ったのか、その身を自ら反転させてベッドの上で四つん這いになるといつもの手袋を外している手で熟れたそこに指をかける。
 人差し指と中指で見せつけるように広げたそこに、さらに中指の第二関節付近まで入れたクリプトはぐちゅりと濡れた音をさせてそれを引き抜きミラージュを誘う。
 その光景は酷く艶めかしく、本当にコイツが共に戦っている時に無表情を崩さない男なのだろうかと、くらつく頭でミラージュはボトムスと下着を下げてその奥に潜む欲に膨らんだモノを取り出した。
 そうしてベッドサイドに置かれたサイドチェストの引き出しに手を伸ばしてスキンを取り出すと、その端を破いてゴム臭いそれを手早く取り付ける。
 愛の囁きもない上に、すぐさま挿入、こんな性急な動きに文句の一つも言われないなどミラージュにとってクリプトとセックスをしてから経験した事ばかりだった。

 「……挿れるからな」

 一応クリプトに確認を取ってからミラージュはその窄まりに怒張したペニスを押し当てると、ゆっくりと腰を進めていく。
 愛撫もキスもない、ただただ道具のように抱くこの行為はセックスというよりもただのマスターベーションのような感覚になるが、クリプトの内壁はミラージュの欲を喜んで受け入れているかのように奥へ奥へと誘う。
 快楽と罪悪感の狭間でクリプトの細い腰を掴みながら、全てを埋め込ませたミラージュは深い吐息を洩らした。

 「っ……平気か……?」

 本来なら雄を受け入れるような器官ではないその場所が自身のペニスで広げられている様を見ながら、背後からクリプトの凹凸を強調している肩甲骨に手を伸ばしたミラージュはそう囁く。
 しかし、肩で息をしているクリプトは枕に顔を押し付け、衝撃からくる声を全てそこに吸収させているので何を言っているのかは聞き取れない。
 目を塞ぐのと同じように声を上げないようにするのも、クリプトがミラージュに抱かれるようになってから変わらずに続けられている習慣の一つとなっていた。
 殻に閉じこもっているようなその背中を見つつ、ミラージュは返事が来ない事を寂しく思いながらも緩やかにピストンを始める。

 「ぅ……っ……ッん……」

 ギシギシとベッドの軋む音とくぐもったクリプトの嬌声、そうして跳ねる体を押さえながらライトに照らし出されたクリプトの皮膚がほんのりと赤く染まっていくのを視界に映す。
 何度か抱いていく内にクリプトの悦いと感じる部分を何となくではあるが分かるようにはなってきていた。
 敢えてそこを強めにノックすると、クリプトの肉体がひと際ビクリと跳ね、その背中を丸く縮こまらせる。

 「ッ、……んん……っぅぐ……」

 それでも枕に顔を埋めたままのクリプトは声を殺したまま、その快楽に堪えているようであった。
 自らの肉欲が男の中を蹂躙し、それをただただ必死に表に出さないように努めている姿。
 こんなもの、どれだけ理性が止めろと言われても拒否できる筈がない。

 「……なぁ、ここ、いいんだよな? 別に我慢しないで声出してもいいんだぞ……他の誰にも聞こえないんだから」

 腰を掴んでいた手を片方離し、白く引き締まった臀部を撫で擦るとその声に反応するようにクリプトのアヌスが締め付けを強める。
 もっと無理矢理で良いと言われた事もあったが、どうせ抱くのなら少しは気持ちよさを感じて貰いたい。
 いつか心を通わせたセックスを出来る日が来る事を俺は望んでいる、その為に今は拒否をされない程度にクリプトの悦い所を探し当てては少しずつ少しずつ開発してやりたい。
 俺に抱かれる事が苦痛だと思われすぎないように、そんな思いもあった。
 しかし首を横に振ったクリプトはその声を出すことを嫌がりさらに枕に顔を埋める。
 そんなに顔を押し付けていたら呼吸も厳しいだろうと、金属デバイスに覆われ、ネックレスの金具が纏わりつくうなじを見つめたミラージュはその細い首を見ながら臀部に触れた手を動かして首筋に手を伸ばす。
 指先の感触に顔を上げたクリプトが恐らく目隠し越しに視線を向けたのを理解して、ミラージュはゾッと背中に興奮とも恐れともつかない痺れを覚えた。

 ――――男の急所を惜しげも無く晒されている。
 もしもこのまま俺がこの首を絞めたなら、呆気なくこの男は死んでしまうのだろう。
 きっと声もあげないままにその体はベッドの上に沈むに違いない。

 「あ……!」

 その光景を想像した瞬間、内部を穿っていた欲がさらに質量を増す。
 驚いたように抑え切れない声を上げたクリプトはまたその顔を枕の方に戻してしまった。
 けして俺はそんなサドな男では無かった筈だ。紳士さを売りにしているくらいなんだぞ、と思いながらも片手を首に沿わせながらミラージュは止めていたピストンを再開する。
 支配欲と征服欲、そのどちらもジリジリと炙られ焦げていく。
 いけ好かない仮面を被った男の肉体の全支配権は、今はこの手に握られている。
 それがどうしようも無く嬉しくもあり、そうして苦しい。
 どれだけ肉体を差し出されても、その奥にある傷ついている柔らかな心はまだ手が届かない場所にあるからだ。

 「……っは、……あー……クリプト、……ッ……俺もう、……」

 鼻に入り込む汗と青臭い匂いが脳内を乱す感覚は何度経験しても、こちらの興奮を誘う。
 もはや打ち据えるように腰を動かし、先ほどまで触れていたクリプトの臀部がその衝撃で揺れ動く様を見ながらミラージュは首に添えていた手を動かして、今度はクリプトの先走りで濡れそぼったペニスに触れると絶頂を迎える為の準備をする。
 前に触れられた途端にひと際体を震えさせたクリプトに含み笑いをしつつそこを扱くと、一番敏感に反応する場所を突き上げた。

 「んっぐ、……ん、……っ……!!!」

 「……っく……」

 ペニスを根元から引き絞られる感覚に抗う事なくそのままスキン越しにクリプトの中に白濁を吐き出す。
 脈打つモノを敢えて中に擦り付けながら腰を僅かに動かすと、立てている膝を震わせたクリプトが同じように白濁をこちらの掌に吐き出したのを確認して安堵の吐息を洩らした。
 最初に抱いた時はこちらだけが達してしまい、クリプトには辛い思いをさせてしまっているような気がしていたのだが今はきちんと快感を得られているようだ。
 とりあえずこのままで居るのは苦しいだろうとゆっくりと萎えたペニスを取り出すと、纏わせていたスキンを外して処理をする。
 そうしてポッカリと口を開きヒクついたクリプトのアヌスがべっとりとローションで濡れている目に毒な光景から上手く視線を逸らしながら、サイドチェストに置いておいたティッシュでそこを拭ってやる。
 しかしそれはすぐに制止され、目隠しを外したクリプトは黙ったままそのティッシュで自らそこを拭う。
 達した後の妙に冷静になる思考で何かを言うべきだと毎回思うものの、いつものように声が上手く出ない。
 どうでもいい事ならいくらだって唇が動くのに、大切な場面ではうまく言葉が紡げないのはもどかしさばかりが募る。
 ミラージュの苦悩を知ってか知らずかクリプトはさっさと自分の身支度を整えると、まるで先ほどの情交など無かったかのようにベッドから立ち上がった。

 「……助かった。……また頼む」

 【ゲーム】の時に足りない物資を渡された程度の礼をしたクリプトは風のように寝室から出ていく。
 そんなクリプトの疲れたような後ろ姿を見送るしか出来ない自分は一体、どういう存在として認識されているのだろう。
 俺は少なくとも何の好意も感情も抱いていない同性と性行出来るような人間ではない。
 つまり、エリオット・ウィットにとってはとっくにクリプトという男は特別な人間になっているのだ。
 だがクリプトはどう思っているのだろう。
 自身の苦しさや隙間を埋める為だけに手当たり次第に伸ばした先にたまたまミラージュという男が居た、ただそれだけなのだろうか。

 「……頼むって、……なんだよ……馬鹿野郎が……」

 苦しいなら一人で抱え込まずにもっと俺を頼って欲しいと願っていたが、こんな頼られ方は考えてもいなかった。
 好きな相手を大切に出来ないのなら止めてしまえばいいのに、きっと断ればクリプトはこちらに何も言わずに新しく自らを痛めつけてくれる相手を探すのだろう。
 それだけは、……それだけはミラージュの中で絶対に許せなかった。
 それこそ、クリプトが他人に抱かれるような事があれば奴が望むようにめちゃくちゃに手荒く抱き潰してしまうのを選ぶだろう。
 ベッドの上で一人頭を抱えたミラージュの言葉はクリプトには届かず、ただシーツの波にさらわれていった。







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