スノードロップ




   ――――【APEX】
 様々な技術に長けた【Apex legends】 によって行われ、定められたアリーナ内にて最後の一部隊のみが獲られる【チャンピオン】という名誉ある称号を決める為の壮絶な殺し合い。
 残虐非道ともいえるこのゲームはアウトランズ中に全て配信され、大衆の娯楽の一つとなっていた。
 要は暇を持て余した人類による古代ローマのコロッセオの復元のようなものだ。
 無論、ただそれだけならば誰もそんな【APEX】なんていうゲームに参加しようとはしないだろう。

 だが、主催会社の【マーシナリーシンジケート】及び【ハモンド・ロボティクス社】の強大なテクノロジーと圧倒的な資金力の影響は大きく、己の目標の達成や名誉・莫大な賞金を得る為に常に危険と隣合わせな【Apex legends】になる者は少なくない。
 そしてそれぞれにその目的は異なるが、俺も自らに課した大いなる目的の為にこの憎らしい【APEX】に参加した一人だった。

 そこまで広いとはいえないドロップシップ内にそれぞれ自分のスペースとして使えるよう振り分けされた小さな部屋の中で、フラットにもなるゲーミングチェアに座りブルーライトを発生させている複数のパソコンモニターに目を向けながら今後の計画を練る。
 ゲームに参加するにはそれなりの覚悟と理由が必要だ。
 俺にとって最大の目的はこの【APEX】という歪んだゲームの抹消と諸悪の根源【マーシナリーシンジケート】及び【ハモンド・ロボティクス】の破壊であった。

 その為に自らの姿形を変え、名を変え、全てを捨てて【クリプト】としてこの場に立っている。それが本当に正しい事なのかは、もはや誰にも分からない。
 けれどあの日偶然にも垣間見てしまったパンドラの箱の中身は余りにも生臭く醜悪なものであった。
 何よりも箱の中身を覗いた代償として、大切な家族であったミラを複雑な理由で失った事実は俺の中にけして消えない傷として残り、その傷口は癒える事は無い。
 だからこそ、その全ての原因【APEX】、ひいてはその元締めである巨悪を破壊するまでは偽りの姿で生きていく事を決めたのだった。

 (キングスキャニオンは破壊する事が出来たが、また違うアリーナをこんなに早く用意するとはな。 ……しかもあの一件で監視の目も厳しくなっている)

 もう既に何度か今度のアリーナとして提供されたワールズエッジの弱点を探ろうと【ハモンド・ロボティクス】の情報システムにハッキングを仕掛けているが、今まで以上に強固なものとなっているセキュリティを崩すのは流石に俺の技術を持ってしても容易ではない。
 何かしらの動きがあれば状況も変わるだろうが、今はまだその時ではないのかもしれなかった。

 ふぅ、と勝手に漏れでるため息もそのままにマウスカーソルを動かしパソコン内の最奥に格納してあるファイルを見つけ出すとキーボードを叩き、 長ったらしいパスワードを入力する。
 モニターには前回の作戦に使ったプログラムと計画表が表示され、改めてそれを見返しつつ思案する。
 【ハモンド・ロボティクス】のセキュリティシステムの目を掻い潜り、キングスキャニオン内に建設されていたタワーを破壊する事でキングスキャニオンというアリーナを使えなくする……その計画は成功を収めた。
 しかしながらその程度ではこの凶悪なゲームを破壊する事にはならないのだと大した期間も空けずに用意された新たな箱庭、ワールズエッジと呼ばれる世界に降り立った瞬間に自覚させられたのは未だに強く覚えている。

 (やはり幾らアリーナを破壊した所で所詮は堂々巡りに過ぎない……だとしたら、後はリングシステムの破壊か……?)

 拘束変形リングシステムの破壊はアリーナの弱点を探るよりも遥かに難題なのは試さずともわかっていた。リングシステムは【APEX】における最大の重要機密であり、必要不可欠な要素だ。
 真の天才と呼ばれている【Apex legends】の一人である【ワットソン】によって構築されたリングシステムはそれ自体が恐ろしい程に緻密で難解だ。
 例えリングシステムのハッキングに成功したとしても、そのシステムに存在さえしないかもしれない僅かな綻びを見つけ出すのは至難の業だろう。
 何よりも、代替えの存在するアリーナの情報よりもさらに深部に隠され、何重にも掛けられた鍵の中にそれは存在している。

 再度漏れ出たため息もそのままに無意識に顎に手を当てると、金属製の装備が掌にひんやりとした冷たさを伝えてきた。
 容姿を変えるために取り付けた装備は最初は違和感しかなかったが、今ではしっくりと馴染んでいる。鏡に映った別人の姿にももう見慣れた。
 もう誰も【クリプト】を指名手配犯のパク・テジュンと呼ぶものは存在しない。無論、俺自身でさえも。

 「やあクリプト、居るかい? 差し入れ持ってきたんだけど開けても良い?」

 陰鬱な気分に陥りそうになる寸前、軽快なノック音と共に妙に陽気な声が部屋のドア越しに聞こえてきて慌ててモニターに広げていたファイルを閉じる。
 そうして見られてもそこまで問題の無いファイルをクリックしてモニター内に表示させてから、 ドアに向かって返答した。

 「居るぞ、鍵なら開いている」

 座っている椅子をドア側に回している間に、こちらの返答にカチャカチャと細かな駆動音をさせつつ、金属製の頑丈な造りをしたドアを開けて入ってきたのはひょろりと背が高い全体的に青く塗られている見慣れたロボットであった。

 「調子はどう? クリプト」

 ウェイターのように何かを載せたトレーを持って現れたそのロボットはそう言ってドアをくぐり抜けてくると、トレーを持っていない方の片手を上げて軽快に挨拶をしてくる。
 人間でいえば顔にあたる部分はひとつ目のように赤いガラスレンズが嵌まっているのみで変化する事は無かったが、その代わりに彼の腹部にはモニターが取り付けられており、そこに表示された顔文字は楽しげに笑っていた。

 「パスファインダーか。 調子は……まぁまぁってところだな」

 ロボット――レジェンド名は【パスファインダー】と呼ばれている彼は俺とはまた異なった理由でこの【APEX】に参加している。
 出会った当初はまるで長年の友人のように気さくに話し掛けてくるパスファインダーに戸惑いを覚える事もあったが、何度かチームを組む事もあり、その機動力やチーム全体への貢献力の高さも相まって密かに評価しているレジェンドの一人であった。

 「さっきライフライン達と一緒にチョコチャンククッキーを作ったから皆にお裾分けしにきたんだ! それから君の好物、ミラージュが入れたコーヒーも持ってきたよ」

 そう言ってこちらに近付いてきたパスファインダーはトレーに置かれていた白い皿とネッシー柄のシンプルなマグカップを俺のデスクに置いた。
 皿に盛り付けられた数枚のチョコチャンククッキーは焼き立てなのかふんわりと甘い匂いを漂わせている。そうしてその横に置かれたマグカップには湯気の立ったコーヒーがなみなみと注がれていた。

 …………俺の好物?
 そんな事を言った覚えはないが、 あの口喧しいウィットにも特技があるものだと感心する程度には奴の淹れたコーヒーは旨かった。
 一度褒めてやったからといって調子に乗っているアイツを締め上げておかないとな、と脳内タスクにそれを追加しつつ、とりあえず素直にそれらを受け取る。
 甘いものはそこまで得意では無いのだが、たまにはこういう物を食べるのも良い。ライフラインもミラージュも完全に信用しきっている訳ではないが、少なくとも毒を盛ったりはしないだろう。
 これがコースティックお手製などと言われたら慎んでお断りするところではあるが。

 「ありがとう、頂くよ」

 「どういたしまして! ……ところで、君のドローンまたさらに強くなるのかい?」

 まずは運んできてくれた礼を言うべきだろうと、そう述べるといつもと同じ調子で答えを返される。
 だがその後の急な話題に一体なんの事だとパスファインダーを見つめると、トレーを胸の前で抱えたパスファインダーが首を傾けて俺のモニターを見つめているのに気がついた。
 それに釣られるように俺もモニターに視線を向けると先ほど適当に開いたファイルは俺が開発したスパイドローンの設計図だったらしい。
 自室に籠りきりでモニターに映っているのがドローンの設計図であれば、改良点を探していると思われても不思議では無かった。
 ここは話を合わせるべきだろうと判断し、再びパスファインダーに視線を向ける。彼の腹部のモニターは何故だかハートの目をした顔文字が浮かんでいた。

 「まだまだ改良の余地はあると思っているな」

 「そっかー、君のドローンのEMPは強力だしさらに強くなったらもっと心強いね! 僕もEMPが使えるようになれたらなぁ」

 そう言ったパスファインダーにふと脳内で敵に向かってグラップリングしながらEMPを発動させつつ突撃する姿が思い浮かぶ。正直技術的に出来なくは無いが、余りにも凶悪過ぎるだろう。
 それに操作している側もダメージが来るというのを多分理解していないだろうパスファインダーはどこか期待に満ちた目で(勿論、比喩だ)こちらを見ていた。

 「出来なくは無いだろうが、その分あの衝撃に何度も耐えないといけなくなるぞ?」

 「え、う〜ん、それはちょっと……。 それって君のドローンは大丈夫なの?」

 「ドローン本体は対EMP構造にしているからな。 AIも搭載していないし。 その代わり範囲内に居れば俺本体にもダメージが入ってしまうが」

 「……ふむふむ。 そうなんだね……」

 急に饒舌な口を閉ざしたパスファインダーに何事かと思っているとモニターに映った顔文字が今度は何故か悲しそうな表情になっているのに気がつき慌てる。
 この会話のどこにその表情になる可能性があった? 俺が会話の内容を反芻している内に黙っていたパスファインダーが話始める。

 「君のドローンは幸せ者だね。 僕も早く自分のマスターに会いたいなぁ」

 その言葉にようやく彼が何に対して悲しんでいるのかがやっと理解出来た。俺よりも遥か前からこのゲームに参加しているパスファインダーは自分を創造したマスターをずっと探している。
 俺とスパイドローンとの関係性を自らの立場に置き換えた時に、悲しみという気持ちを演算したのだろう。
 誰にも伝えてはいないが、俺も自分の家族の為にこのゲームに参加している。だからこそ、自分の主人を探しているパスファインダーの気持ちは理解出来た。
 だがこういう場合、どのように慰めを言えば良いのか。
 どうにもそういう分野に関しては苦手意識があるが暫しの沈黙の後にどうにか言葉を紡ぐ。

 「きっといつか出会えるさ……少なくともお前は【パスファインダー】として有名になっている。 それは間違いない事実なんだから」

 「そうだよね、僕頑張るよ!」

 そんな戸惑いを含んだ慰めにパッと腹部の顔文字を明るい笑顔に変えてそう言ったパスファインダーに内心ほっとため息を吐く。
 上手い慰めの言葉だとは自分でも思えなかったが、気分を変えさせる事が出来たのならば良かった。

 「あ、そうだ! 僕、他の人にも差し入れ渡しにいかなくちゃいけなかったんだ」

 「それは大変だな。 忙しい所申し訳ないが、皆に礼だけ伝えておいて貰えるか?」

 「オッケー! 邪魔してごめんねクリプト」

 「構わないさ」

 話が脱線してしまっていたが、不意に本来の用件を思い出したのか慌てた様子のパスファインダーがバタバタと機械音を響かせ早々と入ってきたドアから出ていく。
 姉御肌のライフラインに叱られるのは嫌なのだろうな、と嵐のように帰っていったパスファインダーに少し笑ってしまう。彼女とバンガロールは怒らせたら大変な事になるメンバーの一二を争うのは俺も何度か経験済みだ。
 キッチンと各レジェンド達のスペースの移動はそこそこ面倒だろうに、と思いながらもデスクに目を戻すと綺麗な焼き目のついたクッキーとコーヒーが食べられるのを待っているかのように存在していた。  

 (随分とこの生活にも慣れたものだな)

 取り残された俺はまだ温かな湯気を上らせているマグカップを手に取ると、相変わらず皮肉な程旨いコーヒーに口をつけた。

□ □ □ 

 『ここに敵が居……』

 銃声と共に通信機から流れてきていたジブラルタルの声が聞こえなくなる。これで部隊で生き残ったのは俺ただ1人となってしまった。
 もうこの場で戦うのは無意味だ。何よりも撤退を優先しなければならないと脳内で作戦を組み立て始める。
 ワールズエッジの中でも特に降下する部隊が多い激戦区、キャピトルシティのほぼ中央に存在しているビルの2階の隅で隠れるようにしゃがみ込みながら最後に通信が途切れた位置を思い返す。
 もう1人の仲間であるオクタンは俺の隠れているビルの隣に建っている駅の1階入口、ジブラルタルはその駅から伸びているレール脇に建っているビルの2階。
 歩いてバナーを取りに行くにはあまりにもリスクが大きすぎるが、幸運にも俺にはドローンがある。どうにか2人分のバナーを回収する事は可能だろう。

 (本当は物資を漁りたいが……これでは見つかった瞬間にゲームオーバーだ)

 必死に敵の位置を伝えてくれていたジブラルタルを助けに行きたいとは思っていたが、シールドも無くあるのはウィングマン一丁。おまけに弾は2発のみ。
 このビルの中で物資を漁ろうにも降り立った部隊が多かったからか、何一つ有益なものは残っていなかった。
 何よりも周りには足音で聞くだけでも複数部隊が存在している。かなり絶望的な状況だ。
 こうなる事はあの死に急ぎのオクタンがジャンプマスターになった時点である程度予測出来ていたとはいえ、切れた口腔内に溜まった血液を床に吐き出しつつ舌打ちが出るのを抑える事は出来なかった。

 しかし、オクタンだけを責めるわけでは無い。基本的な俺の行動方針とは異なっているが、それは性格の差だろう。
 アイツはなんだかんだで一番キルを稼いではいたし、そのキルを重ねてもなお、漁夫の利を得ようとする部隊が多かっただけの話だ。
 とりあえずもたもたしている訳にはいかないと背中からドローンを取り出し、コントロールリモコン広げると視界共有用のアイバイザーを展開する。
 ふわりと動き出したドローン視点で周囲に意識を張り巡らせつつ、手元で忙しなく操作を行う。
 駅の奥にあるビル群で別々の部隊がまだ争っているのか、銃撃音はしているが俺のドローンに反応して撃ち落とそうとしてくる奴らは居ない。
 これ幸いと先にジブラルタルのバナーを回収し、オクタンのバナーを回収する為にドローンを低空飛行させ駅へと向かった。

 「っ……!」

 回収可能時間残り3秒という所で何とかバナーを回収した瞬間、背後から飛んできたブラッドハウンドのソナーで検知されたのを理解する。
 駅奥で戦っている奴らの音を聞きつけた別部隊がこちらに向かってきているのだろう。このままでは背後の奴らに通りがかりで倒されてしまう。
 咄嗟に銃撃音がまだ響いているビル群の方にギリギリまでドローンを寄せると、ドローンとの視界共有を解除する。
 もう隣のビルまで来ているのか足音が微かに聞こえてくるのを認識しながら、脱兎の如く金属製のドアを開けエピセンターの方角へと走り出した。
 そうして左腕についている操作盤を素早く弾いてEMPプロトコルを実行する。

 バリバリという音と共にドローンから発せられる電力が高まり、球体状の広範囲にダメージを与えるこの技は効果は抜群だが別部隊の意識を引きやすくもある。
 背後を振り返る事無く一気にコンクリート塀をよじ登って、姿を隠すと息を殺してこっちに来る足音を聞き洩らさないように意識を耳に集中させた。
 このタイミングでEMPを使うのは勿体ないような気もするが、俺の予測した通り、こちらの背後に迫っていた部隊は俺の存在に気が付く事なく駅の方角へと走って行ったようだった。

 ふぅ、と一つ息を吐くと、どうするべきかを思案する。
 これで三つ巴の争いになるだろうから、恐らく今ならば2人を蘇生させてもすぐには敵が来ないだろう。すぐ蘇生させるリスクは勿論あるにはあったが、俺1人ではドローンを操作している間に完全に無防備になってしまう。
 ならば一番近いリスポーンビーコンにて2人を蘇生し、展望方向へと抜けて物資を集め、そうして再びキャピトルシティに戻るのが妥当だろう。そう判断して再びエピセンターの方向へと走り出した。
 ここから一番近いリスポーンビーコンはエピセンターの傍にある雪に覆われた小高い丘の上に1つあった筈だ。

 小さい吐息を洩らしながら駆けて行くと地面から無数の氷の棘が生えているのが見えてきた。
 ワールズエッジと呼ばれるこのアリーナ内でもひと際異彩を放っているこのエピセンターという場所は見上げる事さえも叶わない巨大な氷壁が周囲を囲い、地面は白く冷たい雪に覆われている。
 だからか近づくに伴って少し白く濁る吐息と、ダメージを受けて痛む肉体に染み入るような温度の低下を感じる。
 この場所に降り立ったのは何度目かもう数えるのも止めてしまったが、何度見てもこの光景は不思議な感情を呼び起こさせた。

 背後からは相変わらず先ほどの部隊が戦っているのか銃撃音が遠くから聞こえており、マップ中に放送される現在のキルリーダーと倒された部隊数を聞く限りさらに戦闘は激化しているようだ。
 それと同時に次のリングの通知が入ってくる。走りながらデバイスでマップを確認するとどうやら列車庫の方向まで行かねばならないようだった。
 やはりもう少し離れた場所で2人を蘇生させるべきか一瞬悩むが、次のリングは遠い。
 先ほど確認したマップではエピセンターにもう1つ存在している筈のリスポーンビーコンはもう別の部隊に使用されてしまったようで、使用不可になっていた。

 (さっさと蘇生して恐らく少しは残っている物資を集めて列車庫方面に向かおう)

 展望周りで装備を整えてキャピトルシティに抜ける算段だったが、それをしている間にリングに呑まれる可能性の方が高い。
 ならばロクな物資が残っているとは思えないものの、蘇生後すぐにキャピトルシティに向かう方がいいだろう。あれだけの部隊数が争った後ならば少しくらいはおこぼれが残っている筈だ。
 その場に勝ち残った部隊がまだ居るかもしれないが、少なくとも1人で戦うよりかは勝率は僅かに上がる。

 そのままリスポーンビーコンがある丘の下に存在する八角形の部屋が2つ連結した形の建物に近づき、鉄製の扉を開いた。
 ガランとした白いその空間もやはり別の部隊が物資を取った後なのか注射器一つ残っていない。あるのは黄色の椅子の上に置かれた空き瓶やら、テーブルの上に粗雑に並べられたガラクタばかりだ。
 この建物が本来は何を目的として建てられたのかは分からないが、今は身を隠すにはちょうどいい。

 しかし全くもってツイていないな、と何度目か分からないため息を吐きながら丘に一番近い部屋の扉の傍に座り込み、再びドローンを起動させた。
 あの蘇生ポイントは高い所に建っている所為かドロップシップが降りてきた際に目立ちやすい。
 リング位置を加味すればわざわざ殺しに追ってくる奴らも居ないだろうが、万が一を考えて先にドローンで周囲を確認しておくのが良いだろう。
 ドローンで扉をハッキングして開閉させると上昇したドローンの視界で丘の上を確認する。
 緑色の光線を放っているリスポーンビーコンと廃棄された列車の一車両、それからまだ開けられていないサプライボックスが3つ映し出された。
 人の姿も見えない上に、サプライボックスを開けられていないなら安心だとドローンをその場に待機させ、通信を切断する。

 「やぁ! おかえり、クリプト」

 アイバイザーを解いてコントロール用のリモコンを握る自分の手元が視界に入り込んだ瞬間、何かの影が自身の上に掛かっているのを理解した。
 それと同時にシュウシュウという耳に残る音が聞こえ、一気に背中をゾッと寒気が駆けのぼる。何よりも恐ろしいのは俺の前に立っている相手が余りにも楽しげにこちらに声をかけてきたからだ。
 まるで昨日、扉をノックして顔を覗かせた時と同じようなテンションのその声に俺はゆっくりと顔を上げた。

 「……パス、ファインダー……」

 見上げた先にはプレシジョンチョークのついたピースキーパーを極限までチャージして、その銃口を躊躇いなく俺の頭に向けて立っているパスファインダーが居た。
 赤いガラス製のレンズは電気の無い建物内では反射する光が一切無く、仄暗さを感じさせる。彼の腹に映ったモニターは何故か笑顔の顔文字が浮かんでおり、こちらを狙う手元は寸分も狂う事は無い。
 自分の動揺を極力悟られないようにしようとするものの、口の中が乾くのを止める事は出来なかった。
 何か言葉を発するべきか迷っている俺を見つめたままだったパスファインダーは相変わらず嬉しそうな声音で話しかけてくる。

 「君、やっぱり1人なんだね。 さっき君のEMPが遠くで見えたから、こっちに向かって来たら一人で走っている君が見えたから探しにきたんだぁ」

 「……」

 「やっぱり君のEMPは凄いよね! 僕、遠くからでも君のだってすぐわかったよ!」

 「……そうか、そりゃよかった」

 こっちにしてみれば最悪の事態だ、と内心思っていると不意にリングの収束開始を告げるアナウンスが入る。じりじりとした空気を感じているのはきっと俺だけなのだろう。
 何故なら俺はこの場で圧倒的な弱者で、彼は絶対的な強者だ。

 「だから君を見つけた時嬉しくなっちゃった! EMP凄かったよって伝えたくて。 でももう僕行かなくちゃ……仲間が早く来いって言ってる」

 それをわざわざ伝える為に俺の後を追ってきて、ドローンの操作を終了するまで撃ちもせず待っていたという事だろう。
 とんだ悪趣味だと言ってやりたい気持ちはあるが、それを言った所で理解はされないだろうというのも分かっていた。
 褒める為に待っていて、それを伝え終わったならもう終わり。彼にとっては別に何の疑問も無い行動なのだから。
 それは未だに下げられる事の無い右手とモニターに表示された顔文字が悲しそうな顔になった事で示している。

 けれど俺もこのまま黙って死ぬだけの能無しではない。一気に腰に下げたウィングマンに手をかけ、即座に立ち上がると引き金を引く。
 ガァン! と巨大な銃撃音が建物内に反響し、耳奥に到達すると同時に吹き飛ばされた俺は背中を壁に強か打ちつけた。
 ズルズルと崩れ落ちる身体を支える力も残っていない。視界が赤く染まり、もはや笑いすら込みあがってくる程の腹の痛み。
 中央に集弾したピースキーパーの一撃を腹にまともに受けた所為で見なくても、そこに丸く穴が開いているのは分かった。
 水の入った袋を爆発させた時のように白い壁に広がった赤い血痕とそれを浴びたパスファインダーはジッと黙って俺を見ていたかと思うと、そのまま仲間と通信しているのか微かに声が聞こえた。

 「部隊はこれで全滅だ。……うん、今すぐ向かうよ」

 パスファインダーの頭部を狙った俺の銃撃は僅かに外れ、彼の真横を通り1発の弾痕を壁に残していた。
 代わりに立ち上がった俺の腹部を1発で貫いた彼はそのまま小さな機械音を響かせ歩いていく。意識が遠のく中で彼が不意にこちらを振り返ったのが分かり、閉じかけた瞳でそちらを見遣った。

 「殺しちゃってごめん。今度は君も一緒にクッキーを焼こうね」

 そう言って、もう振り返る事さえない彼の足音が遠のいていくのを聞きながら、ずるりと頭から横倒しで地面に倒れ込む。
 分かっていた筈だったが、やはり俺はこの【APEX】が大嫌いだ。俺の構築した友情や想いを全て浚っては塗り替えていく。
 全てが終わるまでけして逃げられないと分かっているのに、ときおり逃げたくて堪らなくなる。
 ざらついた心の動きが収まる事のないまま、横にあった空き瓶が倒れた衝撃で転がっていくのを認識しながら残り僅かに残っていた意識も手放した。


-FIN-






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