添い寝



 柔い月光が閉めたカーテンの隙間から微かに覗く夜。
 今夜もまた、周囲を砂漠に覆われたソラスの街は寒いのだろう。
 そんな外界から遮断されたこの部屋を心地よい室温に保つために動く空調の駆動音を耳に入れながら、ベッドルームのドアを閉めたミラージュは、既に一人分の膨らみを有しているベッドへと近付いた。

 クシャリとした皺の入っているシーツごと掛け布団を捲れば、そこには暗闇の中、通信デバイスを指先で操っているクリプトが居て、黒い双眸と視線が合う。
 画面の光量を落としているのか、ぼんやりとしたライトに照らされたクリプトの顔には印象的だった金属デバイスは取り付けられておらず、ミラージュにしてみれば未だに見慣れない姿のクリプトは、ミラージュを見ながら静かに囁いた。
 「……順調に進んでいるようだ。今のところ、何も問題ない」
 喜びを隠すことなくそう言ったクリプトの隣に布団をもぞもぞと掻き分けて身を寄せたミラージュは、クリプトが持っているデバイスの画面を目の前に近付けられたので、そこに流れる幾つかの情報を視界に入れる。
 クリプトの言う通り、その画面の中に映るニュースサイトでは次々とクリプトを罪人として追いやっていた人物達が逮捕されているという記事が載せられていた。
 APEXゲームを主催するマーシナリー・シンジケートのこれまで行ってきた様々な不正や悪事が【レジェンド】達の尽力で世間に明らかになったのは約1ヶ月前の出来事。
勿論、APEX自体もしばらくは開催中止になり、そこに参加していた【レジェンド】達も実は不正に荷担していたのではないのか? などと不愉快な質問を投げ掛けてくる記者を振り払って進む日々が続いている。

 そんな中で、クリプト……つまりはパク・テジュンの身にかけられていた殺人の容疑に関しても再調査が入り、これまでクリプトが秘密裏に集めていた冤罪であるという証拠が認められ、殺人犯としての指名手配は撤回された。
 まだ問題は山積みではあったし、それこそ初めの1週間はクリプトだけではなく共に暮らしているミラージュも不安な日々を過ごしていたものだ。
 けれど1ヶ月も経てば、連日ニュースではマーシナリー・シンジケート関連の話題が流れるのと同時に、悲劇の【レジェンド・クリプト】の話題は大々的に報道され、認知されていった。

 クリプトはようやく、全てではなくともその身にかかる重しの大多数から解放されたのだ。
 大手を振って外を気にする事なく歩ける、そうして夜眠る時も、以前よりは安心して眠る事が出来る。
 それがどれほどクリプトにとっては喜ばしく、そうしてずっと願っていた事なのをミラージュはよくよく知っていた。
 「良かったじゃねぇか。明日はまた朝から捜査機関の取り調べだろ? レイスも一緒にだっけか?」
 「あぁ。彼女も情報を手に入れる際に手伝ってくれたからな。それに、一人よりは二人の方が取り調べ時の不正も起きにくい」
  通信デバイスをスリープモードに変えたクリプトがベッドの隣にあるサイドチェストに置かれたスタンドにデバイスを乗せる。
 その隣にはクリプトの相棒として使われているハックも同じように黒い金属製スタンドに立て掛けるように置かれており、ほんのりと緑色に発光している中央に取り付けられたカメラ周りのライトがハックが充電中である事を示していた。
 「じゃあ終わったら久々に飯にでも行こうぜ。お前とずっと一緒に行きたかった美味い店、いっぱいあるしよ」
 「そうだな。……ちなみに辛い物はあるのか?」
 「お前、いっつもそういうのばっかり食ってると、そのうち唇が腫れ上がって戻らなくなるぞ」
 ハハ、とからかうように笑ったミラージュの前で片眉をあげたクリプトがそっと顔を近付けたかと思うと、その唇に唇を合わせてから緩く笑った。
 「安心しろ、その時はお前も道連れだ」
 「二人して唇オバケってか? 勘弁してくれよ! お前のカッコいいイケメンダーリンの唇がタラコになったらお前も嫌だろ」
 「お前は元々分厚めだろうが。今さらだろ」
 自然とクリプトの身体をくるむように抱き締めたミラージュの胸元に寄り添ったクリプトは、むにむにと親指と人差し指の腹でミラージュの唇を摘まむ。
 それを逆に唇で挟もうとしたミラージュの行動を読んでいたのか、さっと指を離したクリプトの前でミラージュの唇が何もない空間を食んだ。
 むぅと不満げな顔をしたミラージュに含み笑いをしたクリプトは、軽くその額にキスを落とす。
 「エリオット」
 そして穏やかな声でミラージュの名を呼んだクリプトは、背後のハックから出ている光に照らされて、まるでクリプト自身が淡く発光しているようにミラージュには見えてしまう。
 緑の燐光が灯る、ある種の神聖さすら感じさせる白い肌。それから、なだらかな肩がその輪郭をミラージュに伝える時、クリプトは優しく囁いた。
 「……ありがとう」
 【ゲーム】の時とはまた違う響きを持った感謝の言葉。
 ミラージュは腕の中の存在を一つも取り零さないように、強く抱き締める。
 「随分と素直じゃないか。なぁ? ……こっちこそどういたしまして、だ。さぁ、明日早いんだろ、もう寝よう。……おやすみ、テジュン」
 「……あぁ、おやすみ……エリオット……」
 そうして、あっという間に安らかな寝息が胸元から響くのを聴きながら、ミラージュもまた、その腕の中の温度に誘われるように静かな闇へと滑り落ちていった。






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