篝火草




相棒であるリンネがある日突然、紹介したい人物が居るといって家に人を連れて来た。
そうしてそんなリンネの背後に付き従うように現れた男は顔半分を服で隠し、鋭い視線で此方を見遣ってくる。
玄関先で出会うにはキャラが若干濃過ぎるような気もするが、と考えていると男はつまらなそうに囁いた。


『貴様が……『断裂の免罪符』の所持者か』

『リンネ、コイツはなんなんだ?仲間なのか?』

『私の古くからの知り合いでセトと言うんだ。ほら、お互い挨拶』


間に入ったリンネはオレとその男……セトを交互に見上げながらそう言葉を紡いだ。
オレは片手で頭を一度掻いてからセトに向かって手を差し出しつつ、なるべくにこやかな笑みを浮かべ、自身の名を語る。


『あー、オレは城戸灰都って言うんだ。ハイドって呼んでくれ。………リンネに助けて貰ってからは相棒として一緒に戦ってる』

『……』

『……えっと、セトって言うんだよな?お前も『夜刀』なのか』

『……』

『……』


オレよりも僅かに小さく細い体付きをしているらしいセトは、そのツートンカラーの前髪の隙間から此方を黙ったまま睨みつけてくる。
そのままセトはそっとため息を吐いたかと思うと、瞬時にその身体が目の前から消え失せ見えなくなった。
自身の目が可笑しくなったのかと何度か瞬きをして、周囲を見回す。 するとリンネが呆れたように呟いた。


『セト。……きちんと挨拶くらいしろ、ハイドが驚くだろう』

『……この程度の動きも見えないなど……話にならない』

『!?』


不意にすぐ背後から聞こえた声に驚き振り向くと、セトが冷たい視線で此方を見遣ってくる。
オレは伸ばした手が虚しく宙に浮かんでいるのに気が付き、そのまま自然と下ろした。
そうして自身が感じた思いをそのまま唇の上に乗せる。


『……今の……何、……セトお前、そんな動き簡単に出来るのか?』

『……』

『すっげぇな!』

『……』

『どうやってんだ!?ぱねぇ!』

『……リンネ……』

『……っく、ハイドはそういう奴なんだよ。セト』


オレが食いつくようにそうセトに問いかけるとセトは僅かに困ったような表情をしてから、リンネに向かってそう呟いた。
そうして再び此方に視線を戻したセトはじっと見詰めてから、その視線を逸らす。
オレはそんなセトに向かって、思い出した事を呟いていた。


『あ、セト。すごいのは分かったんだけど、とりあえず靴脱いでくれるか』

『…………』

『もうこっちは室内だし』

『……ッ……ふふ、ははは!セト、それはハイドの言う通りだな』

『……笑うな、リンネ』


微かにその目元に朱を滲ませたセトは廊下に居たオレの横をすり抜け、玄関扉前に佇んでいるリンネの隣に戻る。
そのままどうするのかと眺めていると、ドアノブに手を掛けたセトが此方を見ながら呟いた。


『もう俺は帰る。……たまに顔を見に来るからな、リンネ』

『あ、おい……上がっていかないのか?』

『……『断裂の免罪符』……まだ俺はお前を認めた訳ではない』


そう言ったセトはオレやリンネが止める前に扉を開けて出て行ってしまう。
余りの事に呆然としていると、リンネが肩を竦めながら靴を脱いで家に上がる。
そうして横をすり抜け様にオレを見上げながら呆れたような口調で呟いた。


『セトはああいう奴なんだ、気を悪くしないでくれ』

『……あぁ、そうなのか……それにしては随分嫌われてるみたいだけど』

『慣れると意外と可愛い所もあるんだよ。……まぁ、頑張って懐かせると良い』

『……懐かせるって……』


犬か何かかよ、と思ったが言葉には敢えて出さないままリンネを見遣る。
すると視線の意味に気がついたらしく、冗談っぽく笑ったリンネにオレは長年生きてきた相手特有の余裕を感じ、苦笑を浮かべるしか出来なかった。



□ □ □



「……はいはーい、って、セトか」


チャイムが鳴らされた為に玄関に向かい、微かに扉を開けると、何時ものようにセトが立っているので中に招き入れる。
初めてリンネに紹介されてから、もう何度かセトはこの家に現れておりリンネと何か難しそうな話をしたり談笑したりしては帰っていくというのが何時もの流れだった。
しかし今日はリンネはワレンの爺さんと一緒に出掛けてしまっている。
どうしたものかと悩んでいると、玄関先に立っているセトがその逡巡を見抜いたらしく、囁いた。


「リンネは留守なのか」


その声が微かに掠れているような気がしたが、そのままセトの疑問に答えてやる。


「ワレンの爺さんと出掛けるって言ってたな……多分すぐ戻ってくるとは思うけど」

「……そうか」

「とりあえず上がれよ」


オレがそう言うと、暫し迷いを見せていたセトは何時もよりも緩慢な動きで靴を脱ぎ、部屋に上がってくる。
そんなセトを確認してから先ほどまで居たリビングに戻り、セトが座るための座布団を用意してやってから茶を出す為に備え付けのキッチンに向かい合う。
先ほどまで茶を飲みながらテレビを見ていたから自分の分は必要無いと判断し、棚から湯のみを一つ取り出す。
こうして自炊するのにも大分慣れた為に、手早く茶を入れていると、後ろでセトが小さく咳き込んだように聞こえて思わず振り向いていた。
しかしセトは何時ものように表情の読めないまま退屈そうにテレビを見ている。
自身の勘違いかと思い、再び手元に視線を戻し、入れ終わった茶と適当に用意した菓子をセトの前にあるテーブルの上に置いてやった。


「……すまない」

「ああ」


そう呟いたセトはその湯飲みを手に取り、そっとその中に入っている緑茶を啜った。
そのままセトの向かい側に座り、何となしにセトを観察してみる。
何時もは余りジロジロと見ているとすぐに察知され、冷たい視線を向けられるのだが今日は珍しく何も感づかれていないようだ。


(しかし……相変わらずほっそいよなぁ……)


湯飲みを持っている手を見ながらそう思う。
身長は其処まで変わらないのに、オレよりも細いセトはきちんと食事を取っているのか甚だ疑問だ。
以前、そんな話をした際に、必要分は摂取していると言っていたセトは本当に『必要分』しか取っていないだろう事が容易に予想できた。
セトと話をしていて特に思うのは、余り自身の身体を顧みない性格であるという事だ。
リンネや自らの使命に関しては何よりも大切に思っている節がある癖に、自身の身体にはまるで興味を示さない。
それはリンネにも言われているようであるが、本人は改める気はまるで無いようで、そんな姿に何故か冷や冷やする自分を感じる。


「……ッけほ……」


そんな事を考えていると、今度こそはっきりとセトが咳き込んだ声が聞こえた。
そうして漸くオレが見ている事に気が付いたのか、気まずそうな顔をしたセトが言い訳のように囁いた。


「……なんでもない」

「なんでもないって……そんな訳無いだろ」


足早に立ち上がり近づいてから、セトの隣に座り込む。
やはり心無しか顔色も悪いように見える。
服によって隠されている為に発見が遅れたが、熱もありそうだ。
しかしセトは何も無いかのような表情をしながら此方を見遣ってくる。
オレはそんなセトに微かな苛立ちを感じて、思わず手を伸ばしていた。


「何を……」

「逃げんな」


顔を引いたセトにそう低く呟いて、前髪を除けるようにしながらその額に手を当てる。
驚くほどに熱さを持ったその額に驚き、何時もよりもずっと傍に居るセトを思わず見据えていた。
そして額から手を離し、何故か逃げようとしているセトの手首を掴んで引き止める。


「何時から熱出てたんだ」

「……」

「体調悪いってのは分かってたんだろ?」

「……此処一週間くらいだな……しかし別に仕事に支障が出ない範囲だった」

「……そういう問題じゃねぇだろ……!」

「!……そんなに怒る事か……?……別にお前には関係が無いだろう」


急に語気を強めたオレに訝しげにそう言ったセトに例えようもない苛立ちを感じ、半ば怒鳴るようにしながら言葉を紡ぐ。


「お前、自分の事を考えなさ過ぎだ!……見てるこっちがハラハラすんだよ……!!」

「……」

「オレも一応お前の仲間なんだろ?……心配くらいさせろよ」

「……『仲間』、……か……」


ふ、と微かに笑いながらも寂しげな目をしたセトが視線を逸らす。
そんなセトの手首を掴んでいた手を引き、抱きこめる。
流石にそれは予測していなかったのか、ビクリと胸元で体を震わせたセトを逃がさないように耳元で囁いた。


「お前が何に追い詰められてるとかそういうのは知らねぇけどさ、……あんまり無理するなよ」

「……」

「もしオレに出来る事あるなら手伝うから。……な?」

「……」


黙り込んでいるセトが微かに吐息を洩らす。
そのまま子供をあやすかのようにその髪を撫でてやると、胸元を押してきたセトが顔を上げ、此方を見遣ってきた。
その目元は熱の所為だけでは無い赤さを帯びているように見える。
―――確かに、此れは懐くと可愛いかもしれない。
あの時のリンネの言葉の意味を改めて理解しながら、セトを抱きこめていた手を離し、立ち上がる。


「……とりあえず今日泊まってけ」

「……何故だ」

「一人じゃまた無理するだろ?……治るまで居ろよ」

「……」

「とりあえず着替え持ってくるから、服脱いどけ」


有無を言わさぬ口調で一気にそう捲くし立て、自分の寝室へと向かう。
そうして適当に見繕った部屋着を持ってセトのいる部屋へと戻る。
先ほどよりも悪化し始めたのかぐったりとしながらも服を脱ごうとしているセトの手付きに危うさを感じ、オレは再びセトの隣に座り込むとその服を脱ぐ手伝いをしてやった。


「ほれ、万歳してみ」

「……」

「おっし……じゃあ此れ着ろ」


全部のボタンを外すのが面倒になったため、セトにそう声を掛け、素直にそれに従ったセトの服を脱がせてやる。
服を脱いだセトの身体は想像していたよりも綺麗に筋肉がついてはいたが、それ以上に細かった。
そうして渡した灰色のジャージをセトが被っている間にその服を畳み、ズボンのベルトを外してやる。
しかしズボンに手を掛けると、上を着終わったセトの両手がその手を拒んだ。


「……それくらい、自分で出来る」

「ん、そうか?じゃあ下は此れ着ておけよ。……お前、腹は減ってんのか?」

「…………食欲が無い……」

「そっか。……でも薬飲む為にはなんか口に入れないと……朝は何か食べたのかよ」


気だるそうに首を横に振ったセトに内心ため息を吐きながら、髪を一度撫でてから再び立ち上がる。


「……それ着替えたらオレのベッド使って良いから寝てろよ。軽くなんか作ってやるから……そしたら薬も飲めるだろ」


今度は大人しくコクリと頷いたセトに安心し、先ほど茶を入れたキッチンへと戻る。
食欲が無いのなら、簡単な粥で良いだろう。
そう思いながら冷蔵庫を開け、中を探る。


「……おい……」

「ん?着替えられたか?」


背後に気配を感じ、振り向くと僅かに大きかったのか少し手が隠れてしまっているジャージを着たセトがふらふらとしながらも此方を見詰めていた。
オレはそんなセトを誘導するように肩を抱き、寝室へと向かう。
普段は人を入れない為に完璧に綺麗な部屋とは言えないが、今はそんな事を言っている場合では無いだろう。
そのまま誘導したセトをベッドの上に寝かせ、布団を掛けてやる。


「……っけほ、……ごほッ……」

「大丈夫か?……すぐ作るから待ってろよ」


そう言ってセトの髪を撫でるとボンヤリとした表情のセトがその目を伏せ、咳をする。
オレは急いで粥を作ろうと、ベッドから離れ扉を閉めてからキッチンへと戻った。



□ □ □



くつくつと良い匂いをさせながら煮立てた粥に溶いた卵を流しいれ、卵粥にする。
そうして其れを盆の上に乗せた皿に盛ってから細切りにした葱を軽く上に乗せ、完成させた。
そうしてその盆に新しく入れなおした茶を入れた湯飲みと、薬も置き、其れをもってセトの居る部屋へと戻る。


「……セト」


ベッドで眠っているセトの横に座り、膝に盆を乗せながら声を掛ける。
するとセトが苦しそうな吐息を洩らしながらも此方を見遣ってくるので、手を伸ばしその額に手を当てる。
これ以上熱が上がるようならば病院に連れて行った方が良いのかもしれないが、恐らく其れはセトが拒否するだろう。
暫く様子を見たほうが良いと、考えながらもう一度声を掛ける。


「粥作ったんだけど……身体起こせるか?」

「……」


そう問うと、セトは緩慢な動きで身体を起こした。
身体を支えてやりながら、セトに粥の入った皿を手渡してやる。


「ちょっと熱いかもしれないから気をつけろよ」


そう言ったオレに一度視線を向けたセトは、蓮華を取り粥を掬って口元に粥を運んだ。


「…………美味い……」

「……そうか?普通の粥なんだけどな」


黙ったまま粥をゆっくりと口元に運ぶセトを見詰めている合間にも粥は確実に無くなっていく。
食欲が無いと言っていたから余り食べられないかと思っていたが、大丈夫なようだ。
そうして完食したセトが両手を合わせるのを確認し、皿と蓮華を受け取ってから茶と薬を差し出す。
それを受け取ったセトがしっかりと薬を飲んだのを見てから声を掛けた。


「よし、ちゃんと寝てろよ。……あ、そうそう一応林檎もあるから食べたくなったら言えよな」

「……お前……」

「ん?」

「……本当に……可笑しな奴だな……」

「……は……」


今までの自虐的な笑みではなく、自然に微笑んだセトに思わず見惚れてしまう。
そんな自分の感情をどうにか打ち消しながら盆を持って立ち上がり呟いた。


「……っじゃあ、オレはリビングに居るから、何かあればすぐ呼べよ」

「……嗚呼」


そう言ってベッドに潜り込んだセトを見てから、俺は皿を片付ける為に部屋から出た。



□ □ □



テレビを見ながら茶を啜っていると、玄関の方から音がしたのに気が付く。
そうして洗面台付近からから水音がした後、軽い足音を響かせながらリンネが疲れた様子で戻ってきた。
しかしリビングを一巡するように見遣ってから不思議そうな顔をしてから囁く。


「セトの靴があったんだが……来ているのか?」

「ああ。今、オレの部屋で寝てるよ」

「!?……何があったんだ?」

「……アイツ、めちゃくちゃ具合悪いのに我慢してたんだよ」

「そうだったのか……セトは何があっても我慢するタイプだからなぁ……」


そう言いながらリンネが着ていた黄色のパーカーをハンガーにかけてからコート掛けに其れを吊るす。
セトの様子を見に行ったのか、再び部屋の扉を開けて出ていったリンネの後ろ姿を見てから、立ち上がり、リンネの為にキッチンで茶を入れてやる。
茶を入れた湯飲みをテーブルの上に置くと、丁度戻ってきたリンネがそっと扉を閉めた。
そうして、先ほどまでセトが座っていた所に座り込んだリンネが小さな声で呟いた。


「熱がまだ少し高いみたいだけど、ぐっすり眠っているよ」

「そうか……あんまり悪くなるようなら病院に連れて行こうかと思ってたんだけど、大丈夫かな」

「元々体力はあるからゆっくり休めば大丈夫だとは思うが…」


そう言いながら湯飲みを手に取ったリンネは美味そうにその茶を啜ってからセトが食べずに置いたままの菓子を手に取り、愉しげに呟く。


「しかし、あのセトをどうやって自分の布団で寝かせたんだ?」

「……」

「しかもあんなにぐっすりと熟睡しているセトは久々に見る。……薬でも盛ったのか」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよな。アイツは特に拒否もしなかったぞ?……具合悪かったからかもしれないけど」

「……ふーん」


くすりと笑ったリンネは手に持った菓子の包装を開け、其れに噛り付く。
リンネの反応にどうにも複雑な気持ちになってしまって、同じように菓子を手に取りその包装を破って口をつけた。
醤油味のその煎餅は前にセトが来たときに出して一番食いつきが良かったものだ。
無意識にそんな事を思い出してしまって、オレは菓子を一気に口の中に放り込む。
そんなオレを見ていたリンネが噴き出すものだから、何故か赤くなった頬を隠すために視線を逸らすしか出来なかった。



-FIN-






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