リクニス



「……くそ!一体何なんだよ!」


目の前で振られる青い軌跡を纏う刃物を『断裂の免罪符』で受け止めながら口元を隠した黒い男にそう叫ぶ。
真夜中の誰も居ない街中で行き成り襲い掛かってきたこの男はオレの持っている『断裂の免罪符』を狙っているらしい。
しかしこの剣はオレにとって此れから生きる術であり、リンネから託された大切な物だ。
そんな事を思っていると、再び目の前から消え失せた男が後ろに回った気配がして慌てて振り返った。
そしてまた刃物が飛んでくると思い剣を構えると、其れを読んでいたのか男が素早く手を動かし此方の剣を持った手を刃物の柄尻で叩いてくる。
強い衝撃に思わず顔を顰め、持っていた剣を落としそうになるが歯を食い縛って堪えた。
だが、更に追い立てるように男がしゃがみ込み、足払いを掛けてくる。


「……ッ……!」


流石にそれには堪え切れず、無様に転んでしまった。
そのまま手から『断裂の免罪符』が落ちてしまい、其れを掴もうとするオレより先に両手に持っていた刃物の内、片方を仕舞った男が其れを素早く拾い上げてしまう。


「此れが『断裂の免罪符』……頂いていくぞ」

「っさせるか!」

「!?」


逃げようとする男の足を掴んで引き倒すと、男のツートンカラーの髪がコンクリートの上に広がる。
そして男の上に圧し掛かり剣を取り戻そうと手を伸ばすが、男が刃物を持っている手を此方に振りかざしてくるのが見えた。
それを咄嗟に片手で受け止めながら、もう片方の手も押さえつける。


「あっぶねーだろうが!」

「貴様……離せ……!」

「離すわけねぇだろ、これはオレのだ!」


ジタバタと身体の下で暴れる男を全身で押さえつけていると汗が出てくるのが分かった。
しかし力を抜く訳にはいかず、男の両手を地面に押し付けると強く握りこんだ。
痛むのか眉を顰めた男が両手に持った刃物と剣を落とす。
其処で漸く安心したオレは男の顔をしっかりと観察する。
口元が見えない男は冷たい瞳で此方を睨みつけてくるが思ったよりもその瞳は大きく、少し幼く見えた。
それに内心驚きながらも出来るだけ強気な口調を心がけつつ言葉を紡ぐ。


「一体お前は何なんだ……いきなり襲い掛かってきやがって……」

「……」

「答えろよ!……答えないなら無理矢理にでも聞きだすぞ!」


此方の問いに黙り込んでしまった男に顔を近づけ、そう脅すように言うと遠くから甲高い靴音が響いてくる。
そうして其方に視線を向けると長い髪をたなびかせながら細い剣を掲げ、ロングスカートを穿いた女性の影が見えた。
その女性は此方に足早に近づいてくる。


「貴方達、何をやって……って、城戸君……?」

「……原田、……さん?」


漸く街灯に照らし出された女性の顔がはっきりと見え、声を聞いて初めてクラスメイトである原田さんである事に気がつく。
そして原田さんはその顔を急に赤く染め上げ、視線を背けたものだから意味が分からずにいると慌てたように声を上げた。


「ご、ごめんなさい!私、そういう事に疎くって……」

「……は……」


原田さんの言っている意味が分からず、視線を男に向けると先ほどよりも更に冷えた男の瞳が此方を睨みつけていた。
考えてみれば何も知らない原田さんがこの光景を見たらオレが男を組み敷いているようにしか見えないだろう。
まさかのその展開に思わず男の手を離して必死に原田さんに向かって状況の説明をしようと口を開く。


「違うんだ原田さん、此れは……うわ!」


しかしそれを待っていたとばかりにオレを押しのけた男は手放した刃物と『断裂の免罪符』を掴んだかと思うと路地裏の方へと走っていってしまう。
一瞬、呆気に取られてしまうが即座に体勢を立て直すと男の後を追って走り出した。
慌てながらも途中で原田さんの方に振り向くと唖然としている原田さんと視線が合う。


「とりあえず何でも無いから、原田さんも気にしないでくれよな!」

「え、……あ……」


そう言って走り出すオレに片手を上げた原田さんから視線を外し、男を追いかける。


(……しかし、原田さんの服って確か『光輪』の服じゃ……)


微かにそんな疑問が頭の中を過ぎったが、今はそれ所では無いと薄暗い路地裏に向かった。



□ □ □



男の姿は見当たらないが、其処まで遠くには行っていないだろうと周囲を見回しながら気配を探る。
そして背後から飛んでくる殺気に瞬間的にしゃがみ込み、攻撃を避けた。
ゆらりと影のように現れた男は相変わらず片手に青い刃物と、『断裂の免罪符』を持っている。
オレは怒りを隠さないまま、男に向かって声を掛けていた。


「返せよ。オレの剣だ」

「……嫌だと言ったら?」

「大体お前には扱えないだろ、それは特殊な剣なんだ。そんな事、お前も分かってるんじゃないのか」

「オレの任務は『断裂の免罪符』を手に入れる事……お前が手を引くなら命は取らないでおいてやる」


男は相変わらず淡々とそう呟くだけで、返す気は全く無いようだった。
何より何処までも上から目線なのが気に障る。
確かに『断裂の免罪符』を取られてしまったのは不覚だったが、今から取り戻せばいいだけの話だ。
しかし今、得物が無い状態で、相手はしっかりと武器を握っている。
どうしたものかと思っていると男が小さくため息を吐いたのが聞こえた。


「どうやら諦める気は無いようだな……良いだろう、直ぐに冷たい肉塊にしてやる」

「……っく……」


とりあえず素手で構えたオレを馬鹿にするようにそう囁いた男が、此方に見えないくらいの速度で駆けてくる。
長い間戦えば、刃物を持っていない此方の方が圧倒的に不利だ。
ならば、男がオレを侮っている今、一撃で倒すしかない。
敢えて男の姿を追おうとはせず、飛んでくる殺気に応えるようにそれを受け流し、そのまま男の体に攻撃を叩き込んだ。


「……!」


そのまま壁にぶつかった男に距離を詰め、背後から掴み掛かり、其の両手を後ろで拘束する。
そして男の手に握り込まれていた刃物を取り上げ地面に捨てると『断裂の免罪符』を奪い取り其れを掴む。
今の動きに驚いているのか、壁に顔を押し当てた男が此方に視線を向けながら囁くのが聞こえた。


「この俺が……貴様などに捕らえられるだと……」

「オレがただ何も考えずに突っ込むだけの馬鹿だと思ってたら大間違いだっつの……!」

「……っく……」


ぐ、と男の首元に『断裂の免罪符』を押し当てながらそう言ってやると、悔しそうに眉をしかめた男が此方を睨みつけてくる。
しかしこの状況ではオレの方が有利だ。
もう油断はしないと、しっかりと男を見据えながら問いかける。


「さぁ、答えて貰うぞ……お前は一体何者だ」

「……」

「答えろ!そうじゃないと、……どうなっても知らないぞ」


やはり、此方の問いに黙りこくってしまった男に剣を押し当てながらそう言ってみせるが、男はまるで気にもしていないのか横目で此方を見返してくるだけだ。
だが暫しの沈黙の後、不意につまらなそうに呟いた男の声が耳に響く。


「……出来もしない虚勢を張るのは止めろ」

「……は?」

「俺を刺す等という選択肢は初めから無いのだろう」

「……」

「……先に言っておくが俺にそんな虚勢は効かない」


男の言葉の方が虚勢だと笑ってしまえれば良かったが、実際、オレはこの男を傷つけてまで情報を得ようとは思っていなかった。
虚無や敵対する相手に対して戦いの中で剣を振るう事に躊躇いは無くても、今、抵抗出来ないこの男を痛めつける為だけに剣を振るう事は出来ない。
そんな事を考えながらジッと男を見詰めていると、無表情のままオレが首元に押し当てた剣に、男が近づくのが見えて手を引きそうになってしまう。


「……どうした、……『どうなっても知らない』のだろう?」

「何やって……!」


逡巡を見抜いたのかそう囁いた男はそのまま剣に首を押し付け、ゆっくりと動かす。
切り裂かれる服と共に、男の首も切れたのか黒い衣服と『断裂の免罪符』に赤い鮮血が滴った。
咄嗟に男の首元に当てていた剣を離し、その様子を見詰める。


「お前……馬鹿じゃないのか……」

「……愚かなのは貴様の方だ。……人を傷つける覚悟も無い癖に、刃を向けるなど……」

「うるせぇ!」

「……何故お前のような男をリンネが選んだのか理解に苦しむ」

「……リンネを知ってるのか、お前?」


男の口から予想外の言葉が出て驚いていると、男が初めて困ったような表情を見せた。
まさかのその表情に、何故か親近感が湧いてしまう。
今までまるで読み取る事の出来なかった男が、急に近い存在になったような気がしたのだ。
オレは更に男から様々な表情を引き出そうと、言葉を紡ぐ。


「じゃあお前、『夜刀』なんだな?」

「……そんな事まで知っているのか?」


オレの問いに初めて反応を見せた男に可笑しさを感じながら、男が興味を持ちそうな話題を振ってみる。


「そういえば、リンネとワレンのオッサンがお前に似た奴の事言ってたなぁ……なんだったか……」

「……」

「まぁ、それは本人達に聞けば良いか」

「……何をしている!」


男の意識を会話する事で逸らしながら、男の腰から垂れたベルトで男の手を拘束する。
そしてその先をしっかりと掴みながら空中より鞘を取り出し、『断裂の免罪符』を収めると何時もの空間に仕舞いこむ。
序でに男の刃物も掴みあげると、男の腰についた鞘に仕舞ってやる。
そんなオレの行動が理解出来ていないらしい男は戸惑っているようだったが、直ぐに声に棘を含ませながら言葉を紡いだ。


「どういうつもりだ」

「お前には聞きたい事がたくさんあるからな」

「……俺が答えるとでも思っているのか?」

「リンネに聞いてもらうから問題無い」


しれっと言ったその言葉に、微かに体を震わせた男に薄く笑ってやると、苛立った様子の男がどうにか逃れようと手を動かしている。
オレは男を拘束しているベルトを引き寄せると、肩を強く抱き寄せた。
それに幾ら男が自分で傷付けたとしても、『断裂の免罪符』で傷がついたのは事実だ。
何より、この男は何処か放っておけない雰囲気を醸し出している。


「さっさと行くぞ」


血に濡れた男を拘束しているこの状態はまた原田さんに見られたら拙い事になる。
嫌がる素振りを見せる男を半ば引き摺るようにしながらオレは暗い路地裏を二人、家に向かって歩み始めた。



-FIN-






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