ハイド誕生日ネタ
「よお、どうした?」
家の呼び鈴が鳴り、玄関に出てみると何時もの格好とは異なり灰色のジャケットの下に薄手の黒いタートルネックと濃紺のズボン、そして口元を隠すようにマフラーを巻いたセトが無言で立っているのが見えた。
こうしてセトが行き成りオレの家に来るのは何時もの事で、今日もリンネ達に用があって来たのだろう。
しかし今日は間が悪い事に、用事があるとリンネ達は朝から出掛けてしまっている。
どうしたものかと思いながらも、微かに覗いているセトの耳と指先が寒さによって赤くなっているのが分かり、慌ててセトを無言のまま中に招き入れた。
微かに会釈をしたセトが緩慢な動きで室中に入るのを確認し、玄関の扉を閉めてから鍵を掛ける。
突っ掛けていたサンダルを手早く脱いでいる間に履いていた靴を脱いで其れを並べたセトにやはり律儀なのだという感想を抱いた。
「今日、皆出掛けてるんだよ……もう少ししたら帰ってくると思うけど。……ごめんな?」
「……別に構わない」
「え?」
「……今日はお前に用事がある」
何処か此方と視線を合わせないようにしながらもそう囁いたセトを思わずマジマジと見てしまう。
セトがオレに用事等という事は今まで一度も無く、もしかしたら頼りない奴だと思われているかもしれないと考えていた位だ。
―――オレとしては、セトの事を色々な意味で好いているから、もっと頼って欲しいと思っているのだが。
妙に気恥ずかしい思いを抱えながら、廊下を進んで二階へと続く階段を上がり、セトを自分の部屋の方へと連れて行く。
何時もならリビングに連れて行くものだからセトがオレの部屋に来るのは初めての事で、ふと昨日掃除をしたばかりで良かったと思った。
そしてセトが部屋の扉の前で不思議そうな顔をしている中、オレは扉を開きながら言葉を紡いだ。
「今日はオレの部屋で良いよな?」
「……お前が構わないなら、それで良い」
「おう」
何故かセトと二人きりという状況に緊張してしまう。
………別に緊張する必要など何処にも無いというのに。
そんな思いに気がつかれないように笑みを浮かべながらセトを中に招き入れ、自分は茶でも入れてこようとセトに声を掛けた。
「適当に座っておいてくれよ。今、茶とか入れてくるから」
「……嗚呼、すまないな」
答えながらも、そわそわと落ち着かなそうにしているセトに面白みを感じつつ、オレは急いでキッチンへと向かった。
□ □ □
キッチンで手早く用意した茶と菓子を載せた盆を手に持ったまま扉を開けて部屋の中に入る。
中には上着とマフラーを脱ぎ、部屋の中心に置かれた背の低いテーブルの横に姿勢良く座っているセトの姿が見えた。
その姿にオレよりも緊張しているのが分かって、手に持った盆をテーブルの上に置きながら思わず笑ってしまう。
「何でそんな緊張してんだよ。普通の部屋じゃん」
「……そうなのか?」
「そうだよ。お前の部屋だってこんな感じだろ?」
セトの隣に座りながらそう囁いたオレの問いに首を傾げたセトに一抹の不安を感じる。
リンネ達同様にセトももしかしたらキチンとした生活を送っていない可能性が出てきた。
「まさか家がないとか、無いよな?」
「……そんな事はどうでも良い事だ」
「いやいや、どうでも良くはないだろ!」
「……」
黙り込みながら湯飲みに手を伸ばしたセトが茶を飲むのを見ながら、その髪に手を伸ばす。
途端に体を固まらせたセトを無視して前髪をかきあげ、その奥にある耳を見遣る。
慌てたように湯飲みをテーブルに置いたセトを確認してから赤くなった耳に触れた。
「今の時期はまだ冷えるのに……だから此処もこんな赤いんだろ?」
「ッ……触るな……!」
そのまま其処を指先で撫でると顔を引いて頬を染めたセトがオレの手を掴んでくる。
胸元に押し付けられた手に視線を向けてから、再びセトに視線を向けると恥ずかしいのか俯いているセトが視界に入った。
まさか普段は寡黙で無表情に近いセトがこんな反応をするとは思ってもおらず、もっと良く見てみたいという好奇心と共に、自らも恥ずかしさを感じてしまう。
握られた手を掴み返しながら微かに笑って敢えてセトの耳元で冗談っぽく言葉を紡いだ。
「そっか、……セトは耳が弱いんだな、知らなかった」
「……煩い……!」
「んな怒るなって。ちゃんと秘密にしとくからさ」
「秘密……?」
オレのその言葉に顔を上げたセトは、まだほんのりと頬が赤い。
思った以上に近くなった距離に胸が騒がしさを増すのを感じながら、じっとセトを見詰めていると、視線を逸らしたセトが触れ合っていない方の手を畳んで置いてある上着に伸ばす。
そうして、引き寄せた上着のポケットから小さな箱を取り出した。
黒い包装紙に包まれ、赤いリボンが掛けられたそれが何なのか分からずセトを見遣ると、その箱をオレに押し当ててきたセトが小さく囁いた。
「……では、此れも秘密にしておけ」
「何だこれ、貰っても良いのか?」
オレの手を掴んでいた手を離したセトに問うが、無視をされてしまう。
暫く考え、漸くこれはセトからの誕生日プレゼントなのだという事に気がついた。
まさかセトからそんな祝いをされるとは思ってもおらず、貰ったその箱を両手で持ちながら改めて問いかけていた。
「これって、もしかしなくても誕生日プレゼントだよな?」
「……」
「……なぁって」
「分かっている事を一々聞くな」
拗ねたような表情を見せたセトがそう言うのを心地良く思いながら、その箱を撫でつつ笑ってみせると視線を背けたセトが気まずそうに言葉を紡ぐ。
「……開けないのか」
「開けて良いのか?」
「もう渡したのだからお前の物だ」
「じゃあ開けるぞ」
そう言って出来るだけ丁寧にリボンを解き、包装紙を外すオレを何処かソワソワした様子で見てくるセトを可愛らしく思いながら箱を開けると、其処には青の皮紐に金色の飾りがついたネックレスが入っていた。
金色の飾りの部分には精巧な模様が刻まれており、部屋の明かりに照らし出された其れは美しく輝いている。
きっと安くは無いだろう其れに驚きながらも、キチンと礼を言わなければと顔を上げるとジッと此方を見詰めているセトと視線が絡んだ。
その目は何処か不安げで、何時もよりも表情豊かなセトに脳内がクラクラとしてくる。
何時もは澄ましている癖に、どうしてこんなタイミングでそんな顔をするのだろう。
オレは出来る限り優しい声と笑みを浮かべながらセトに声を掛けていた。
「ありがとな、セト……すげー嬉しいよ」
「……そうか」
「其れに色も青だし」
そう言ったオレを不思議そうに見てきたセトは分かっていないようだったが、青色はどうしたってセトを連想させる。
これをプレゼントとして選んでくれた時にそんな事を思いながら買ったとは思えないが、それでも嬉しかったのだ。
流石にそれを言えば元々素直では無いセトの事だ、また何時ものように無表情になってしまうか、下手をすれば怒らせてしまうだろう。
「なぁ、今着けても良いか?」
「……ダメだ」
「え?何でだよ」
ふと思いついた事を言うと、暫しセトが考えこんだかと思うと断られてしまう。
どうしてダメなのか分からず、問いかけると、瞬きをしたセトが微かに笑った。
「これからお前の誕生日会とやらを行うのだろう?……その時にしていたらきっと気がつかれてしまう」
まさかの発言に驚いていると仕舞ったという顔を見せたセトが口を噤んだ。
恐らく其れを聞いていたからわざわざ今日、オレにプレゼントを渡しに来てくれたのだろう。
やはり律儀な奴だな、と思っていると、不意にセトが立ち上がりながら言葉を紡ぐ。
そんなセトを見ながら箱ごとテーブルの上にプレゼントを置いた。
「では俺は此れで失礼する……、其れと、先ほどの件は聞かなかった事にしておいてくれ。リンネ達が楽しみにしていたからな」
「セトは何か用事でもあるのか?」
「……俺が居ても場の空気を乱すだけだ」
「待てって!」
セトの腕を掴み、引き寄せるようにするとバランスを崩したセトが胸元に凭れ掛かってくる。
そのまま抱きしめると微かに抵抗を見せたセトの耳元で柔らかく囁く。
「……オレはお前にも一緒に祝って欲しい」
「……っ……」
「な、……今日はオレの『お願い』聞いてくれよ、セト」
「……わかった……分かったから、……耳は止めろ……」
逆にオレの洋服を掴んだセトが体を震わせたのを感じながら、その髪に手を這わせると、驚いたのか顔を上げたセトと視線が絡む。
少しやりすぎたかと思ってセトの髪を撫でていた手をそっと外すと、凭れ掛かっていたセトが体を上げる。
照れた表情を見せたセトにゾクリとした感覚が背筋に走っていく。
今ならば、少しばかり気持ちを出しても平気なのでは無いか。
「セト」
「……ハイド」
互いに見詰めあい、セトの名を呼ぶとセトが困惑しながらもオレの名を掠れた声で呼ぶ。
そして近づいていく距離にセトが目を伏せるのを確認した瞬間、家の呼び鈴が鳴らされた音がして二人して体が固まってしまった。
出掛ける時にリンネ達は鍵を持っていかなかったらしい。
それが良いのか悪いのかは分からないが、出ない訳にもいかず、互いに固まった状態からゆるゆると動き出す。
「皆、帰ってきたみたいだな……鍵、開けてやらねぇと……」
「……」
「……セト」
もう一度セトの名を呼び、その耳元に口付ける。
焦ったように手を上げて耳を押さえたセトが此方を見てくる視線を受けながら素早く立ち上がり扉に向かって歩み出す。
そして扉を開けながらも自然と浮かぶ笑みを皆には悟られないように気をつけねば、と一人口元を手で押さえた。
-FIN-
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