ニチニチソウ




「なぁ、この日って暇?」


オレは隣に座って、オレの部屋にある着いたままのテレビを見ていたセトに声をかける。
そして携帯に表示させたカレンダーを見せながら来週の平日である日を指差すと此方に視線を向けたセトが微かに首を傾げながら答えを返してくる。


「その日は何も無かった筈だが……夜に稽古でもしたいのか?」

「稽古なんてほぼ毎日やってんだろ……、そうじゃなくてこの日は学校の創立記念日で休みなんだよ」

「……そうか」

「うん、だから折角の平日休みだしセトとどっか行きたいなー、と思って」


此方の言葉に暫し黙ったセトを見つめていると、困ったような表情でセトが小さく囁いた。


「……出かけるというのは二人きりということか?」

「当然そのつもりだけど……嫌か?オレとデートするの」

「………お前はたまに凄い言い回しをするな」

「別に間違ってねぇんだから構わないだろ。………で、どうする?」


妙な所で照れを見せたセトに可愛らしさを覚えながらも少し急かすような言葉をかける。
ここ最近、漸くセトと所謂『恋人』という関係になってから二人きりで何処かに行く機会が無く、あったとしても虚無との戦闘くらいだ。
セトと共に敵と戦う事に不満があるわけではないが、やはり何の心配もなく安心して二人、遊びに行きたい。
そして余りいい思い出というモノを持っていないらしいセトにほんの少しでもオレとの楽しい思い出を作って欲しかった。


「……分かった。……ただ、その『デート』云々というのはよく分からないからお前に任せるしか出来ないぞ」

「勿論、オレが色々考えておくよ。一応希望とかあるか?行きたいところとか……こういう所は嫌だとか」

「特には……ああ、そうだな……強いて言うなら人混みは出来れば……」

「お前人混み苦手だもんなぁ……それで静かな所が良いよな。……美術館……博物館……映画もありか……、んー……」


セトが元々人混みを苦手としている事は重々承知していた。
だから端からそういう人混みに行こうとは考えていなかったが、出てくる案がどうにも初デートには微妙な気がしてしまう。
オレが思考を巡らせていると、着いたままだったテレビの中で海の生物についての特集がやっているのに気が付き、此方を見ていたセトに視線を返した。


「水族館はどうだ?静かだし……ちょっと地味すぎかな」

「……行った事が無いから分からんがお前が良いと思うなら其処に行こう」

「行った事無いのか……!じゃあ、行こう。地元のやつは結構本格的だから楽しめると思うぜ」


セトが水族館に行った事が無いというのに少し驚くが、今まで『暗殺者』としての生活を送ってきたのを知っていた為に余計に楽しませなければという気持ちが強くなる。
地元の水族館は有名な所よりは小さくショーがあまりやっていない代わりに展示が多く、近い上にチケットが安い。
電車代とその他諸々の経費と事情を考えると近場の方が良いだろう。


「じゃあ、決まりだ。チケット先買っとくから予定いれるなよ」

「………随分と気が早いな」

「それだけ楽しみって事だよ」


そう言うと目元を赤く染めたセトが視線を逸らしたのが見えて、思わず笑ってしまった。
暗殺の事以外はてんでダメで、素直に褒められると直ぐ照れてしまうのか目元を 赤くするのも愛らしい。
オレは一人そんな事を思いながら予定の日が来るまでにしておかなければならない事を頭の中で考えていた。



□ □ □



「おはよ、待ったか?」

「いや……今来た所だ」

「じゃあ行こっか」

「……其れ、つけてきたのか」

「ん?ああ、折角貰ったからな。今日こそ着ける日だろ」


最寄り駅の改札口の傍にある柱にグレーのジャケットに黒いタートルネック、ズボンの私服姿で佇んでいるセトを見つけて 足早に近づくとベタベタなやり取りになり思わず苦笑する。
何を着ようかと悩んで結局赤シャツに黒カーディガン、デニムにブーツ、そして以前セトから貰った アクセサリーをつけてきたオレの姿をみたセトがそう言ったのに迷わず答えていた。
わざわざ駅で待ち合わせしたのは電車に乗る必要があったからで、オレはそのまま改札脇にある切符売り場までセトを誘導し、五駅先の表示に書かれた金額の切符を二枚買う。
そしてそのままその切符を渡すと困ったように此方を見たセトが呟く。


「金は……」

「今日はオレが誘ったから」

「そういう訳にはいかないだろう」

「じゃあ次の時にお願いするよ」

「……」


不満そうな顔をしながらも渋々といった様子で切符を受け取ったセトを連れて 改札口へと向かう。
平日の午前中で人も疎らな駅構内を歩み、ホームへと続く階段を二人歩む。
電光掲示板にはもう五分もしないで目的地へと行く電車が来ることが書いてあった。
オレは白線の内側で電車が来るのを待ちながらホームの上空に広がる青い空を見上げつつ隣に居るセトに声を掛けた。


「晴れてて良かったなぁ、今日」

「そうだな」

「……なぁ」

「……ん?」


ホームに電車がまもなく来るというアナウンスが流れ、少し遠くに電車の 音が聞こえた。
オレは視線を隣に居るセトに向けると同じように此方を見てきたセトに微笑み ながら声を掛ける。


「別にそんな緊張しなくったって良いよ」

「……緊張など……」

「あ、電車来た」


焦ったような声を出したセトを遮るように電車がホームに滑り込んでくる。
そしてオレ達の前で止まった電車がその扉を開くとセトの背を押して一緒に 電車に乗り込んだ。
電車内も人が少なく椅子も空いていた為に並んで座る。
直ぐに発車した電車の窓から見える景色を眺めながら、何処か浮かれている 自分を宥めるように一度小さく吐息を洩らした。



□ □ □



「いろいろ居るなー……」

「嗚呼……こんなに大きい水槽があるものなんだな」

「最近改装したらしいぜ」

「ふむ」


受付で入場を済ませ、中に入ると薄暗い館内で大きな水槽が並んでおり 其処には様々な魚達が悠々と泳いでいる。
初めての水族館にどのような印象を覚えるのかと少し不安ではあったが、 楽しんでくれているようで一つ一つの水槽の中をじっくりと見ながら進む セトの後姿を見ながらオレは一人満足していた。
そうして一際大きな水槽の前に立ったセトの隣に立つとその前を大きなエイ が横切っていく。
そのエイの傍には色とりどりの魚が泳ぎ、更に銀色の渦のように小さな魚が 列を成す。
そして其れを食い入るように見つめているセトの横顔を見ると此方の視線に 気がついたのか顔を向けたセトが困ったような顔をした。


「……そんなに見つめるな」

「悪い悪い、……なんか楽しんでくれてるのが分かって嬉しかったんだよ」

「確かに楽しんではいるが」

「え」

「なんだ」


まさかのその素直な言葉に一瞬、反応が遅れる。
勝手ににやける顔もそのままにセトに手を伸ばす。
すると微かにビクついたセトの髪に触れると、慌てたようにセトが声を上げた。


「いきなりなんだ、人が居るだろう……」

「髪になんかついてた」

「……」

「……ほら、あっちに透明なトンネルになってる道があるってさ」

「あ……」


そう言ってからセトの背に一度触れ、この水族館の売りの一つである透明な 道へと続く順路を進む。
戸惑うようにしつつもオレの隣に立ったセトを案内するように進んでいくと 眼前に受付で貰ったパンフレットに載っていたままの透明な道があった。
そういう仕様の通路が水族館であるのは現在では当然のようになっていて、オレは 何度か見た事がある。
しかしセトは全く見た事が無いらしく、何時もよりもずっと緩慢な動きでその 通路を歩んだ。
オレは黙って顔を上げ、魚を見ているセトの姿を見る。
―――まるで本当に海の中に入り込んでしまったかのような錯覚。


「……綺麗だな」

「……ああ」


その中で佇むセトが静かに囁いた言葉に同意する。
ただし、オレが『綺麗』だと感じたモノとセトが『綺麗』だと思ったものが 同じだとは思わないが。
暫し黙ったまま立ち止まったセトを見守っていたが、立ち止まっていたのに 気がついたのか顔を此方に向けたセトが小さく囁いた。


「すまない、見惚れていた」

「いいぜ気にすんな」

「……行こう」


そして足を進めたセトに寄り添うように透明な筒の中を進んでいく。
そのまま明るい道を抜けると、また薄暗い館内へと戻り、今度は白く柔らかそうな 海月が泳いでいる水槽があった。
更にその先にはより一層の薄暗さを宿した館内が広がっている。
どうやら此処からは深海の生物のコーナーらしい。
先程の美しい光景とはまた打って変わった光景の中で、隣にいるセトが 小さく呟くのが聞こえた。


「ハイド」

「ん……?」

「有難う」

「どうしたんだよ急に」


いきなりの感謝の言葉に驚き、セトの方を向くと暗い館内の所為で 表情がよく見えない。
もしかしてこの暗闇の効果を狙ってわざわざ今、感謝の言葉を伝えたのだろうか。
だとしたら、きっと今、セトの顔は赤くなっているに違いなかった。
オレは堪らなくなって手を伸ばし今度こそセトの片手に指先を絡める。


「!……おい……」

「見えないよ」

「でも……」

「見えない。……其れに、今だけだから」


半ば懇願するようにそう囁くと黙り込んだセトが此方の触れていた指先に指先を 絡めた。
男同士、外で手を繋ぐ事は出来ない。そんな事は互いに分かっていた。
普通のカップルのような事をする事は出来ず、まるで友人と遊びにきた かのように振舞わなければならない。
けれど此処でだけなら、きっと許されるだろう。
誰にも見えない暗闇の中でならばオレ達はまるで恋人のように振舞う事が 許される。
とくとくと響く脈拍と、伝わる温度に意識を走らせながらオレとセトは 他の展示場よりも歩幅を狭めてその暗闇の中を進んでいった。
だがどれだけゆっくりと進んでも終わりは見える。
段々と明るくなっていく空間の中、オレ達の指先はそっと離れていった。
その事に寂しさと、二人だけの秘密を持ちえた事に心地よさを覚えながら、セトと 共に先に進む。
深海コーナーを抜けるともう終わりが近いのか広く高い空間が見える。
そうして水族館らしく海の生物を模した土産物を売るコーナーがあり、 オレ達は吸い寄せられるようにその場所に近づく。
色とりどりの魚や海洋生物のデフォルメされたグッツは中々普段見ることが 無く、中には洒落を利かせたものもあった。
近くにあった梱包された菓子を手に取ると同じように此方を覗き込んできていた セトに言葉を投げかける。


「リンネ達になんか買ってくか」

「嗚呼」

「クッキーとチョコどっちが良いかな……」

「此れはどうだ?」

「ん、それ良いな。両方の要素が入ってるもんな」


水族館のモチーフキャラクターであるペンギンの絵柄が書かれたクッキー箱と その隣にあるチョコレート箱を持っていたオレに、更にその奥にあった星の 形をした缶を渡してくる。
其れの中身はどうやらチョコレートコーティングされた星型クッキーらしかった。
此れをリンネ達に買っていってやろう。
オレが其れを持ち直している間に、隣に居たセトが僅かに離れた場所で何かを 見ているのに気がつき近づく。
そしてセトの隣に立ち、何を見ているのかと視線を辿ると其処には二つで一組 になっている金色の金属の枠組みの中が赤色のガラスになっている物と同じデザインで銀色の枠組みで青色のイルカのストラップが あった。
そのストラップを見ているらしいセトはオレが傍で見ているのに気がついていないの か此方を見ない。
オレは敢えてそのストラップが入った袋に手を伸ばしながら囁いた。


「……可愛いな」

「っ……もう買い物は終わったのか?」

「まだ買ってないけどもう決めたから」

「そうか……」

「……これ、買おうか」

「……え」


オレの言葉に此方に視線を向けたセトに笑いかける。
初デートで色違いのお揃いを買うなんてという気恥ずかしさもあったが、 寧ろ初めてだからこそ、何よりも大事に出来るだろう。
そのままセトの言葉を聞かずにオレはその袋を取り、レジへと向かう。
そしてレジに居る館員に其れを手渡すと隣に来たセトが何か言いかけてから 唇を閉じたのが見えた。


「セトも何か買いたかったら買った方が良いぜ」

「……いや……俺は大丈夫だ」

「おう。……あ、ありがとうございます」


そのままオレは金を手渡し、袋に入れてくれた土産を受け取る。
そのついでに手に着けた時計を確認すると結構ゆっくりと見回った為に そろそろ昼飯の時間になっていた。
オレは自然と土産物コーナーから離れながら、セトに声を掛けた。


「腹減ってないか?まだ時間あるし飯食いに行こう」

「……」

「近くに美味しいカフェがあるんだってさ」


そう言ったオレの言葉に黙って頷いてからセトが小さく囁いた。
オレとセトは二人、水族館の出口を目指しながら同じ歩幅で歩み始める。


「昼飯代は俺が出すからな」

「今日は良いってのに……」

「良いから」

「分かったよ。……お前結構頑固だもんなぁ」


わざとらしくそう言ったオレにムッとした顔をしたセトに笑いかける。
すると肩を竦めたセトが、そんな事分かっている、と言った為に思わず 声をあげて笑ってしまった。



□ □ □



「わざわざ有難うな、居候の身分の私達に土産など……」

「ありがとうハイド」

「良いよ別に。今日はちゃんと昼飯食べたのか?」


あの後セトと飯を食いに行き、暫し知らない町をぶらついて帰ってくると リンネとバティは二人でテレビを見ていた。
セトに良かったらこのまま家に寄っていけと言ったのだが、今日一緒に出かけた相手が セトであると二人には伝えて居ない為に気がつかれるのが嫌だと駅で別れてしまった。
別にオレはセトと出かけていた事が二人に知られても構わないのだが、セトは 嫌らしい。
単純に何時の間にそんなに仲が良くなったのか、などと詮索されて悟られて しまう可能性を危惧しているのだろうが。
暗殺時や戦闘時は滅多に表情を変えない癖に、それ以外の事では割と直ぐに 顔に出てしまう上にリンネやバティには筒抜けなのを本人も分かっているのだろう。


「準備しておいてくれたからな」

「とても美味しかった」

「それなら良かった。じゃあまだ夕飯作らなくても平気か」

「それならば、出かけて疲れただろう?今日は私達が作るからハイドはゆっくりしててくれ」

「今日のメニューはカレー」

「……良いのか?」


頷いた二人に微かに笑う。
疲れてはいなかったが、二人がそう言ってくれるのならば有難くその提案を 受けいれるとしよう。
そんな事を考えていると尻ポケットに入れた携帯が振動したのに気がつき、 赤い色のスマホを取り出す。
携帯に表示されたメッセージは明日の提出物についてクラスメイトからの質問 だった。
オレは手早く其れに返信をしようと文字を打つと、テレビから此方に視線を 向けたリンネが首を傾げてから声を掛けてくる。


「あれ、そんなストラップつけていたか?」

「んー?今日買ったんだよ」

「珍しいな。何時も赤色の物ばかり選ぶだろう」

「はは。そういう気分の時もあるんだよ。其れにこの携帯にはこっちのが映えるだろ」

「そうだな。……とても綺麗な青色だ」


返信を終え、携帯の電源ボタンを押してから携帯についたストラップを掲げて 見せると薄く笑ったリンネがそう言った。
何処か含みのある笑みに内心焦りを覚えつつも、気にする事は無いかと携帯を ポケットに入れなおす。
とりあえず手でも洗うかとオレはぶら下がったストラップが当たる感覚を覚えながら ゆっくりと洗面所へと向かった。



-FIN






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