ストレリチア




最近、気がついた事がある。
元々リンネ達の知り合いだったセトと話すようになって暫く経つが、セトは余り他人と距離が近いのを好ましく思わないらしい。
しかも、それは慣れていない女子相手だと更に顕著だ。
何故かオレのせいで『偽誕者』になってしまったと言い張る、近頃良く絡まれるナナセという女子はどうも話す際に距離が近くなるのが癖なのかオレ以外の人間と話す時は相手が危険でない限りは、近くで話し掛けているようだ。
この間もどうしてその二人が絡んでいたのか分からないが、夜中、話している姿を見かけた。
そして、セトが逃げるように顔を背けているのに気がついていないのか小首を傾げていたナナセ達のやり取りを観察しながら苦笑しつつも、セトが目元を赤くしているのが分かり、思わずモヤモヤとした物を感じて止めに入ってしまった。
その後は何時もと同じ様にナナセに絡まれている間にセトは忽然と姿を消してしまっていたのだが。
何に対してそういう気持ちを感じたのか自分でも判らぬまま、その日はナナセをいつも通りやり過ごし家に戻った。
そうして今日、久方ぶりに来たセトを家に迎え入れるとリビングにて茶を出す。
まだリンネ達は出掛けており帰ってくるのはもう少し後だ。
黙ったまま茶を飲んでいるセトをこの間のように向かい側の椅子に座りながらさり気なく観察する。
今はほぼ無表情で座っているセトは、良く見なくとも綺麗な顔立ちをしていた。
ただ、口元まである服のせいで半分は隠れてしまっている。
そんな衣服と髪の隙間から覗く黒い瞳を囲うように長く伸びた睫毛が伏せ目がちになり、影を落としているのを見つめているとオレの視線に気がついたのか顔を上げたセトが小さく囁くのが聞こえた。


「……なんだ」

「え?……いや……」

「余りそうやってジロジロ見られると、落ち着かない」

「そっか……ごめんな」


嫌がらせてしまったかと謝罪の言葉を口にすると、セトが再び顔を逸らし黙り込んでしまう。
けれどその瞳は嫌悪というよりも照れたような色を宿しているのに気がつき、セトは意外と照れ屋なのかもしれないと考える。
いや、照れ屋というよりも人に関わるのが苦手なのかもしれないが。
黙り込みながらまた茶を飲み始めたセトを見ながらそんな事を思う。
だとしたら、やはりオレの仮説があっている気がしてならない。
オレはずっと前から考えていた言葉を思わず口走っていた。


「なあ、いきなり聞くけど……セトって女の子とシた事あんのか」

「!?……っげほ、……!」

「おい、大丈夫かよ!?」

「いきなり、……何言って……」


途端に噎せたセトに慌ててそう声を掛ける。
そしてその直後、真っ赤になっているセトを見てしまい、体に電流が走ったかのように痺れた。
そのまま釣られるようにオレも自分の顔に熱が点るのを覚える。
普段は余裕ぶって、何物にも動揺を殆ど見せないセトがオレの一言で此処まで慌てる様が可愛すぎて予想外だった。
オレは片手で口元を押さえると、一度瞬きをしてからセトに声を掛ける。


「…………まさかそんな反応するなんて思ってなかった」

「う、五月蝿い!……そもそも『暗殺者』にそのような事、不要なだけだ……!」

「……じゃあ、キスも無いのか」

「なんで……そんな事を聞く……、お前には関係無いだろう……」

「別に良いじゃん。二人しか居ないんだし。……教えてよ」


次第に冷静さを取り戻し始めたオレとは反対に、どんどん声を上ずらせて目元に赤みを宿したままのセトに少し意地悪い質問をする。
こんな尋問じみた事をしたくなるのは、セトが愛らしい反応をするのが悪いと自分の中で言動を正当化しながら目の前のセトを敢えてジックリと見つめた。
既に手に持っていた茶を机の上に置いたセトは必死にオレから視線を逸らしているが席から立とうとはしない。
本当に嫌ならば逃げるだろうに、逃げない所を見るとあながち興味が無い話題ではないのだろう。
大して年が変わるわけではないが、此処は年上としてアドバイスしてやっても良いだろうと思っていると逸らしていた視線をおずおずと戻したセトが聞こえない位の声音で呟く。


「……そんな事を聞くお前は、どうなんだ」

「んー……オレはボチボチかなぁ」

「…………お前は人に慕われそうだからな」

「……え。……そんな風にオレの事、思ってたんだ」

「……そんなの周りの女達を見ていれば俺でも分かる。……この間だって……あの女がお前の事を尋ねてきた」

「この間……?……ああ、ナナセか」

「俺は知らないと言ったのに、しつこく聞いてくるから参った。どうにかしておけ」

「オレもアイツの事は良く知らないんだけどなぁ……、なぁ、其れより話戻すけど」


さり気無く話題を逸らそうとするセトの考えを見抜き、先手を打って無理矢理話題を戻す。
すると怯えたようにセトが体をビクつかせたのを見逃さない為に目を細めた。
気分は無防備な小動物を狩る前の獣の気持ちだ。
こんな気分になるなんて、今まで殆ど無かった上に男に対してなんて一度も無い。
けれどオレは更に核心を突くようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「じゃあ、誰とも何の経験もないんだよな?」

「だから……そんな事を聞いてどうする……笑いたいなら笑えば良い」

「笑いはしねぇよ。……ただ、確認しておきたくて」

「確認……?」

「ん、そう。……確認」


くす、と含みを持たせた笑みを向けると小首を傾げたセトが此方を見てくる。
その顔を見て、心の中で確信した。
―――コイツの初めてをオレが全部奪ってやりたい。
まさかの心から湧き上がってきた感情に戸惑いと共にやっと今までセトに抱いていた思いを理解する。
あの夜、オレが抱いたモヤモヤとした感情は嫉妬心だったのだ。
改めて理解した突拍子も無い考えで覚えた躊躇いも一瞬で霧散し、一体どうやってセトを捕まえようかと脳内で考える。
男同士だとか、そういう事を疑問に思わないわけではないが、もはや一度死にかけた身だ。
何よりそんな事を忘れさせる位に、セトの事が好きだという気持ちが高まっていた。
一度認識してしまえば認識する以前よりも意識してしまうとは良く言うが、まさか此処までとはと内心驚いていると何も言わないオレを訝しげにセトが見てくる。
オレは慌てて目の前のセトを安心させるように出来るだけ柔らかな笑みを浮かべた。


「色々聞いて悪かったな。……気分悪くしないでくれよ」

「……」

「セト?」

「……いや、……大丈夫だ」


固まって黙り込んでしまったセトの名を呼ぶと、瞬きをしたセトが吐息を吐き出してから囁く。
そのまま、自然と向けられた視線が絡まり互いに見詰め合ってしまう。
不思議な空気に呑まれそうになるのを受け入れても良いと思っていると、玄関の方からチャイムの音が聞こえてきた。
その音に絡まっていた視線がパッと解ける。


「リンネ達帰ってきたみたいだな」

「……そのようだな……」

「……鍵、開けてくるわ」

「……ん……」


変わってしまった空気を戻すように声を上げると、何時もの雰囲気に戸惑いながらも戻っていく。
けれど今の空気を忘れる事はきっと無いだろう。
嫌になるくらい体の奥底で鳴り響く心臓の音を聞きながらオレは玄関へと向かう為に座っていた椅子から立ち上がった。



-FIN-






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