バラクィエル




※セトストーリー基準(ネタバレあり)・ハイド視点




誰も居ない陸橋の下、リンネとワレンの爺さんを探しながら歩む。
俺を置いていってしまった二人に文句の一つも言ってやりたい所ではあるが、 確かに俺の実力はあの二人には遠く及ばないだろう。
それでも鍛錬と虚無狩りによってある程度は戦えるようになってきている筈だ。


(……まぁ、心配掛けたくないっていう気持ちは分かるし、俺がまだ経験不足だってのも分かってるんだけどな……)


俺は自身の手に携えている『断裂の免罪符』の赤い刀身を見遣る。
この剣が悪しき者に渡ればどうなるか分からない。
そう俺に向かって言ったリンネの目は何処までも真剣だった。
……だから強くなる必要がお前にはある、とも。


(でも俺が守りたいのはこの『断裂の免罪符』だけじゃねーんだ)


リンネやワレンの爺さんの姿を思い返す。
俺を助けてくれたあの二人、そうしてこの町の秩序を守りたい。
そうしてもう一度、何も無い普通の高校生に戻って平和な日常を送る。
それが俺の望んでいる事。


「……!」


そんな事を考えていると、不意に殺気を感じて振り向く。
そうして背後に浮かんでいた青い球体からの追尾弾を避け、どうにか読めた気配に向かって 声を掛けた。


「……ッ!誰だよ!?……いきなり何すんだ、あぶねーだろうが!」


そうして『断裂の免罪符』を構えると、まるで影から溶け出たかのように 現れた青年が低い声音で囁いた。


「『夜刀の姫』、その同行者『不明なる共演者』……そして忌まわしき『断裂の免罪符』を所持するもの……」

「……」

「……間違いはないな?」


その黒い衣服を纏った青年の口元は服で隠されており、言葉を紡いでいる口元は見えないが、その目は確かな鋭さを纏って此方を見据えてくる。
俺は浮かび上がってきた疑問を解消しようとその俺よりも恐らく僅かに小柄な青年に 向かって声を掛けていた。


「姫?リンネのこと……だよな?誰なんだお前……?この剣の事とか、色々知っているみたいだが……」

「……」

「……一体何者だ?」


俺がリンネの名を出した途端、さらにその殺気を強めた青年に俺は構えていた 剣を握る力を強める。
そうして俺より僅かに離れた場所に立っている青年はその両手に持っていた 青い双剣を構え、此方を見遣りながら呟いた。


「……すぐに冷たい肉塊と化す男に名乗る必要も無い」


より一層目を細めた青年に俺は苛立ちを感じ、それを隠す事無く煽る ように言葉を紡ぐ。


「へぇ……、それなら自分から喋りたくなるようにしてやるまでだ」

「……」

「お前の大嫌いそうな『断裂の免罪符』でな!」


苛付いたような様子を見せた青年は微かに苛立ちを込めた声音で答えを 返してくる。


「顕現の力に目覚め、浮かれて跳ね回るだけの雛鳥が囀るな……お前たちのような者が所構わずに暴れる……だから俺のような『掃除屋』が必要になる」


俺はそんな青年の苛立ちに此方も煽られるように、此方の語気が強まって いく。


「そいつはこっちの台詞だ、あちこちで暴れてんのはお前等みたいなのじゃねーか」

「……」

「だから俺は『夜刀』に、リンネ達に代わってお前らを止めるんだよ……!」


そんな俺の宣言に微かに首を傾げた青年は俺に向かって囁いた。


「『夜刀』か……、ここでその名を耳にするとはな……しかしそれこそ此方の台詞というもの」

「……」

「罪深き『夜刀の末裔』たる、この俺のな……」

(『夜刀の末裔』……?)


そんな事を考えていると両手に携えた双剣を構えて此方に走ってくる 青年の姿が見える。
俺はそんな青年の攻撃を見極める為に青年に向かって全神経を集中させた。



□ □ □



「っく……!?」

「……虚影だ……」

「……くそ、……このッ……!!」


先ほどから消えては現れる青年の戦法に翻弄されてばかりだが、どうにか 鍛錬の成果は出ているようだ。
しかしそれでも体中裂かれた傷からは痛みと血が流れ出ている。
俺はそんな痛みを堪えながら、剣先から赤いオーラを出し、円状に形成したそれを飛ばす。
そしてそれを避けるように飛び込んできた青年に向かって剣を振るうが、 それも上手くかわされてしまう。


「……無駄な動きが多すぎる」


そうしてくるりと空中で猫のように身体を回転させ、俺の前に降り立った 青年の振るってくる的確な攻撃を剣で受け止めるとつまらなそうに青年が 呟いた。
俺はそんな青年に対し、微かに笑いながら声を掛ける。


「っは……まぁ、そりゃ否定できねーな」

「……」

「でも、負ける訳にはいかねーんだよ……!!」


俺は腕に力を込め、その双剣を弾き返す。
そのまま一気に踏み込むと剣を振り抜き、剣が防御された隙に無理矢理蹴り攻撃を叩き込んだ。


「……っく……」


そう言って俺から距離を取り、軽く腹を押さえた青年は驚いたようにその顔をあげ、此方を見たかと 思うと小さく呟いた。


「まさか……この俺に……」

「一撃食らわせてやった、……ってな」

「……良いだろう。……戯れは此処までだ」

「!」


そう言って力を蓄える様に身を丸めた青年が一気にその溜め込んだ力を解放する為に 身体を広げた。
そうしてその身体に薄紫色の薄くも強いオーラを纏った青年が此方を見遣ってくる。
先ほどまでとは違う、俺は直感的にそう思い、注意深く青年を観察する。


「……縫縛のセグメント」


そのまま青年はそう小さく呟き、その片手を挙げる。
その手付きに因って生み出された青い球体は先ほどのモノよりも大きく、禍々しい。
そうして先ほどと同じように俺の前から消え失せた青年が上からその剣を振るってくる。


「……っくそ……うわ……!?」


その攻撃を防御していると、青い玉から派生した三発の追尾弾が容赦無く此方を狙い撃ってくる。
それを防御出来ず受けてしまうと、空中に縛り付けられ、身体が動かなくなってしまう。
そうして此方に向かって駆け寄ってくる青年を見詰める事しか出来なかった。


「……永久の闇で眠れ……!」

「うわぁあ!!」


自身の身体が一瞬で無数の影に切り裂かれる感覚に痛みを覚えながら、 声を上げる。


「最期だ……!」

「……っく……」


そのまま打ち上げられた体が硬いコンクリートに叩きつけられ、 思わず息が詰まった。
こんなにも及ばないものなのか、俺は倒れ伏せたまま此方に近づいてくる 青年の姿を霞んだ視界の中、捉える。


「ふん……所詮、この程度で終わりか……」


そして退屈そうな視線で此方を見下ろしてくる青年がその青い双剣を 振りかざしてくる。
―――まだだ、まだ俺は、こんな所で負ける訳にはいかない。


「……まだ……やれる……!」

「!……お前……その身体でまだ、立てるのか……」


どうにか痛む身体を抱えながら、片膝を付き体勢を立て直す。
『断裂の免罪符』を杖のようにしながら立ち上がった俺は、先ほどの 青年と同じように力を込め、見よう見まねではあるが、自身の身体から力を放出した。


「……何!?」

「死ぬんじゃねぇぞ……!!」


そのまま今までに無いくらいに『断裂の免罪符』に自身の力を 込めると赤い閃光が剣先より迸り、青年の身体を貫く。


「『天地斬リ裂ク(レイジング)』」

「……っく……!」

「『荒神ノ咆哮』(ロア)!!!」

「ぐぁあああ……!!!」


そうして周囲の力を取り込むように赤い光の帯を纏った『断裂の 免罪符』を振りかぶると滝のように赤い顕現が周囲を切り裂いた。
ドシャ、と青年が地面に叩きつけられる音を聞きながら、俺もまた同じように 地面に倒れ伏せる。


「っかは……!」


元々青年より受けた傷がかなりのダメージになっているのに今まで に出した事の無いような大技を放った所為か、身体が疲れきり動かない。
しかし動けないのは向こうも同じようで、顔を上げると荒い吐息を洩らしている青年が 近くに落ちた双剣を腰の鞘に仕舞いこみ、立ち上がろうと片膝をついた状態で此方を睨みつけてくる。
青年と視線が合った俺は掠れた声で呟いていた。


「お前、やるじゃん……もう俺動けねーわ……」

「……」

「なぁ、俺はハイドって言うんだけど……お前の名前は?」

「……何……?」

「別に俺が完全に負けた訳じゃねぇんだから……名前くらい教えてくれたって良いだろ?」


青年は微かにその目に今までとは異なった色の光を滲ませる。
俺は少しずつ回復してきた身体をどうにか両手で支え、身体を 起こして地面に胡坐を掻いた。
流石にまだ立ち上がる事は出来ないくらいに消耗している。


「……セト」

「ん?……セトって言うのか?」


そうして少し離れた場所で同じように座り込んでいる青年が戸惑いながらも小さく 呟いた言葉を聞き取り、復唱する。
今までまるで感情の読み取れなかった青年……セトが確かに言葉の 通じる相手なのだととりあえずは理解出来た。
俺はそのまま重ねて言葉を紡ぐ。


「セト、……お前、俺の事とか知ってたみたいだけど一体何が目的なんだ」

「……」

「それに……『夜刀の末裔』って言ってたよな……リンネの知り合いか?」

「……お前が勝った訳じゃない」

「え?」


そう言ったセトは苦しげにその身体を抱えながら片手と片膝を地面に着ける。
そうしてふらふらとした足取りながらも立ち上がったセトはそのまま小さく囁く。
俺は思わずその言葉の意味が理解出来ずに首を傾げた。


「それに……少しくらい、自分で考えろ……一応リンネと行動を共にしているのだろう?」

「……あ、おい……何処行くんだよ!」

「……次は俺が勝つ……『不明なる共演者』……いや……」

「……」

「……ハイド」


そのまま俺に背中を向けたセトは聞こえないくらいの声音でそう呟いた。
そしてその長い衣服の裾をまるで金魚の鰭のようにはためかせながら、 闇の中にその姿を消したセトの姿を見送ってから思わずため息を吐く。


(……セト、か……滅茶苦茶強かったな……)


俺は其処で漸く自分が止めを刺されず、尚且つセトに恐らくだが認められた という事実に気が付き、思わず浮かび上がる笑みを抑える為に片手を口元に当てる。


「……いってぇ!」


しかし腕を挙げた途端、体中に走る痛みに顔を顰めた俺はこの後どうやって 人に見つからないように家に帰るかの道順を頭の中で必死に考え始めた のだった。



-FIN-






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