近頃、気になっている相手が居る。
其れはオレの部屋に今も居るセトという男だ。
初めはオレに襲い掛かってきて『断裂の免罪符』を奪おうとしてきたのだが、
色々あって今はオレの家に入り浸るまでになっていた。
オレは気がつかれないようにベッドの上で寝転がりながら持っていた雑誌から視線を動かし、ベッド脇に座っているセトに意識を向ける。
何時もの服とは違って、ラフな格好のセトはそれでもタートルネックを着ている為に口元は隠れていた。
そして、隙間から見えるセトの瞳はオレの部屋にあるバラエティー番組を映しているテレビに無感情な視線を投げている。
最近はリンネ達が居なくても帰らなくなったセトをオレの部屋にあげるのが当然になっていて、リンネ達が戻ってくるまで適当に何かをする時間になっていた。
オレはリンネ達が居なくともセトとサシで話す回数が増え、今まで知らなかったセトを知る事が出来るようになったから良いとも思う。
そして知れば知るほどにオレはセトという存在に心惹かれるのだ。
「……ハイド」
「どうした?」
「……何か言いたい事があるなら、言ったらどうだ。……見つめられるのは……くすぐったい」
視線をふいに此方に向けたセトがそういうのに、胸がドクリと動くのを感じた。
気になっている、というよりももうオレはセトに好意を抱いている。
そうして其れはセトも同じだというのはセトの仕草や言葉で何と無く分かっていた。
オレは黙ったまま上体を起こしてから雑誌をベッドの上に放り投げ、セトの髪に手を伸ばしてくしゃりと其処を撫でた。
だからこうやってセトに触れる事がオレの中での日常になっていた。
触れる事を許されて いる時点で、オレはセトの中で特別な存在なのだと改めて認識出来るから。
「……!」
柔らかな毛が指に絡むのを感じつつ普段同様に黙ったまま髪を撫でていると、暫し撫でられたままだったセトが此方に振り向いたかと思うとオレの手を握りこんでくる。
冷たい指先が此方の手を握ってくるのに驚きを覚えながら、其れでも何も言わずにいるとセトがいきなりベッドの上に乗り上げオレの上に跨ってきた。
あっという間の出来事だったが、二人分の重みを受けて、ベッドが軋んだ音を立てる。
前髪と口元まで隠れる衣服の隙間から覗くセトの瞳は何処か苦しそうで、其れさえも可愛らしい。
「ずっと前から聞きたかったのだが……お前はわざとやっているのか」
「……わざとって何がだよ」
「だから……、……っもう……良い」
ふ、と笑ったオレに息を詰めたセトがオレの両手をベッドに押し付けるように掴んだかと思うと、指を絡ませてくる。
けれどその繋がれた指先は微かに震えていて、セトがこういう事に慣れていない事が伺えた。
だがオレの上に居るセトは表情を崩さないまま何時もの声音で囁く。
「……お前が悪いんだからな、ハイド」
そう言ったセトが此方の額に口付けてくる。
まさかの行動に一瞬、驚きを覚えるが、好きなようにさせてやろうと黙ったままでいると探るように此方の瞳を見つめてきたセトが小さく吐息を零す。
そのまま再び額に口付けをしてきたセトは更に顔を動かし、戸惑うようにしながら唇に顔を寄せてくる。
しかし、触れ合う直前に静かにセトが囁く声が聞こえた。
「何故……抵抗しない……。俺は本気だぞ」
「……知ってるよ。だから抵抗してない」
「!……本当に良いのか?」
「良いぜ。……ほら、やってみ?」
セトの声に困惑した色が混じっているのを理解しながらも、顎をしゃくってみせると覚悟を決めたらしいセトが顔を寄せてくる。
薄くも微かに乾いた唇が此方の唇の上に触れるのを感じながら目を瞑ると、たどたどしくも何度も口付けられるのが分かった。
オレの手を押さえているのと同様にその唇は震えていて、セトの緊張が見えなくても伝わってくる。
暫し触れるだけのキスをされていると、セトが顔を離した気配を感じ取り、瞼を開いた。
そして目元を赤くしたセトが恥ずかしそうに視線を逸らしているのが見えて、我慢出来ないと体を動かす。
反転するようにオレを押し倒していたセトの体をベッドの上に押し倒し返すと慌てたような声をあげたセトが此方を見つめてくる。
「……ハイド……?!」
「……お前がしたって事はオレもして良いって事だよな、セト」
逆に絡め取った指先に力を込め、セトが先程したように髪越しに額へと口付けを落とす。
そのまま絡めていた手の片方を離して衣服を退けると、その奥にある薄い唇を塞いだ。
乾いていても柔らかな唇を湿らせるように舌を這わせると、オレの下にあるセトの体が跳ねた。
けれど止めずに更にその奥深くに舌を入れ込ませ、狭く熱い口腔を舐る。
「!……ん、ん………」
「………、……ふ……」
「……、……っむぐ……ふ……」
「…… っは」
「……ぷは……っ………ハイ、……んー……!」
苦しいのか足で此方を押してきたセトの唇から一度顔を離すが、また深く口付ける。
濡れた音が部屋に響き渡るのを聞きながら逃げようとするセトを押さえ付けつつ、舌を食むようにすると段々と抵抗が収まるのが分かって流石にやりすぎたかと慌てて顔を離した。
唇の合間に掛かった透明な糸が切れるのを見てから、ぐったりとしたセトの目元に雫が溜まっているのが分かり、声を掛ける。
「わりぃ……ちょっとやりすぎたな。……大丈夫か?」
「……は……っぁ……」
「って……聞こえてるか?」
「……お前、……なんで……こんなに、……上手いんだ……」
「……別にそんな上手くはねぇと思うけど… …お前よりかは慣れてるかもな」
目が蕩けている状態のままのセトの言葉にそう返すと、悔しそうに唇を噛み締めたセトにぞくぞくとした痺れを背中に感じた。
男のプライドを傷つけてしまったかもしれないと思ったが、其れでも普段は感情を滅多に表に出さないセトの、オレ以外見たことが無いであろう表情を見せつけられて興奮しない程に出来た人間ではなかった。
けれど其れを表に出すほど愚かでは無いから、オレはセトの上から退き、隣に寝転がる。
すると同じように此方に寝転がったまま振り向いたセトと視線が絡んだ。
「……セト」
「……なんだ?」
「お前、……オレの事好きなんだよな」
「……お前はどうなんだ」
「……んー?」
オレの問いに逆に問いを投げてきたセ トに曖昧に笑ってみせると、少しだけ傷ついた表情を見せたセトに慌てて手を伸ばしその体を抱き寄せる。
「馬鹿、そんな顔すんなよ……好きじゃない奴とキスなんてする訳ねぇだろ。……ましてやこっちから煽ったし」
「……俺は……、最初に触れられた時からずっとお前にからかわれているのかと思っていた」
「……からかう?」
「……最近、良く髪を撫でてくるだろう」
「あー……そういやそうかな」
「……触れられている内に、段々……妙な気分になって……」
「……我慢出来なくなっちゃったのか」
「……うるさい……」
此方としてはそんなつもりは無かったのだが、顔を赤く染めたセトに意地悪くそういうと此方の胸に顔を埋めたセトが囁くのが聞こえて、自分でも驚くくらい胸が高鳴った。
そして其れはセトにも聞こえているのか、胸に顔を埋めたままのセトは何も言わずに吐息を洩らした。
此れでオレが嘘を言っていない事が良く分かっただろう。
初めは良く分からない人間だと思っていたのに、男であるというのも気にならないくらいにセトが好きで仕方なかった。
「……なぁ、またキスしてもいいか」
「……さっきと同じのをするのか……?」
「いや、軽いやつ。……したかったらするけど……どうする?」
「……どちらでも……構わない」
「……セト」
「……なんだ……」
「顔見せて」
滑らかな頬に手を当て、セトの顔をあげさせる。
真っ赤になったセトの顔を間近で見つめてから、唇を軽く触れ合わせた。
自然と微笑んだオレに答えるようにセトも柔らかく笑う。
その笑み一つでさえ、独占欲が湧き上がってくるのだから相当な重症かもしれなかった。
「他の奴にその顔、見せんなよ」
「……どういう事だ?」
「……安心しきった猫みたいな顔って事」
「……訳がわからん」
「………分からないなら、分からないままで良いよ」
―――その顔を知るのはオレだけでいい。
セトすらしらない顔をオレだけが知っているなんて、此れほど幸せな事があるだろうか。
オレはセトの髪に手を這わせ、柔らかな髪をゆっくりと梳く。
「……何をニヤついている」
「ニヤニヤしてたか……、嬉しくて顔に出ちまったみたいだ」
「……お前は……いきなり凄い言葉を発するから困る……」
「……全部本当の事だから仕方ねぇだろ」
「……ん」
そう囁いてから顔を寄せ、もう何度目か分からないキスをする。
すると髪を触っていたオレの手を取ったセトが確かめるようにオレの手を握った。
少し冷えた触り心地の良い手を握り返すと、そのまま指先を絡めあう。
トクトクと互いの血脈が混ざり合う感覚は今までに無いような安心感を覚えた。
「………リンネ達は何時頃、戻ってくる」
暫く手を繋いだままでいると、不意にセトが問いかけてくるので、顔を上げて壁に掛かった時計を確認する。
今日は学校も休みで、朝からリンネ達は出かけてしまっていた。
セトが来たのは午後だったからもう夕方近い。
余り遅くならないように、と伝えてあるから一時間もしないで帰ってくるだろう。
「……もうちょっとで帰ってくる、かも」
「……そうか」
其処で寂しそうな表情を見せたセトに、オレも殆ど無意識で言葉を掛けていた。
「……今日……泊まっていくか?」
「…………どう、したら良い……?」
「……そりゃあ、……泊まっていってくれたらオレは嬉しいよ」
「………お前がそういうなら……そうする」
「……分かった」
まさかの返答にオレも言葉を選びながら答えを返すと、恥ずかしそうにしながらそう言ったセトに内心ガッツポーズをする。
あわよくば、というのを考えないわけではないが、セトとやっと想いが通じ合ったのだ。
出来るだけ一緒に居たかった。
其処まで考えて、誤魔化すようにオレはセトに問いかけてみる。
「セト」
「なんだ」
「夜は何食べたい?」
「……お前が作るものは何でも美味いからなんでも良い」
「……」
「……おい、ハイド……!」
「……リンネ達が帰ってくるまでこのままな」
今まで何度かセトに料理を食べさせた事があったが、感想を聞いたことが無かった。
其れは残さず食べてくれるセトにわざわざ聞く必要も無いと思っていたからだ。
だが、こんな素直にセトに褒められるとは思ってもいなかった為に、思わずセトを抱きしめていた。
コイツは慣れた相手には素を見せる奴だと聞いてもいたし、実際知ってもいたが、こうも真っ直ぐな視線を向けられると堪らなくなる。
出来るだけセトの前ではカッコつけていたいのに、其れすら出来なくなりそうだった。
胸元でセトが笑っている気配を感じながら、オレはセトの背中を摩って、リンネ達が余りすぐ戻ってこない事を祈っていた。
-FIN-
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