待雪草




「……っあ、……ぅ……!」

「……く、……」


必死に声を堪える様にベッドに敷かれたシーツを握り込み、細過ぎる身体を縮こませている俺の下に居るセトの腰を掴んで入れ込ませた楔を奥へと打ち付ける。
ベッド脇のスタンドライトの仄かな明かりの中、セトのツートンカラーの髪が緩やかな波の様に白いシーツに広がるのを見ながら、ふと俺は昔を少しだけ思い出し笑った。
こうしてセトとこういう行為をする間柄になって其処まで経っていないが、俺もセトも男同士の遣り方に慣れ、快楽だけを追えるようになってきた。
何より、何時もは其処までの熱を持たないように見えるセトの瞳がこうして抱き合う時、雫を蓄えつつも確かな肉欲の焔を燃やして此方に向けられる事に恐ろしい程に喜びを覚える。
初めはこんなにも夢中になる訳が無いと思っていた。
自分以外のモノへ貪欲に執着するというのはどうにも必死さを感じて、さらには裏切られた時の恐怖がチラついてしまって、何処か気恥ずかしく思っていたのだ。
けれど、初めてセトへの想いに気が付き、セトから向けられた俺への視線に混じる既視感を理解し、どうしても捕まえたいと願った。
そうでなければ、セトは現れた時と同じ様に急にその身を闇の中へと潜ませ二度と見つけられなくなってしまいそうだったから。


「……ハ……イド……!」

「ん、……」


そんな事を考えていると縋るような声音で名を呼ばれ 、セトに顔を寄せ口付ける。
するとシーツを掴んでいた手の片方を俺の髪に触れさせたセトが其処を撫でるのを感じた。
今は俺の側にセトが居るというのが変わらない事実で、一々居なくなってしまうというのを考えるよりもどれだけセトを大切にするかの方が重要だろう。
だから浮かんでいた想像を掻き消すようにセトの柔らかい唇を一度食むように求めた。
そして顔を上げ、激しく中を揺さぶる。


「……ん、く、ぁ、……ッ―――!」

「……っ……!」


瞼を強く瞑り、声を堪えながら腹に白濁を散らして達したセトの中で着けていたゴム越しに達する。
互いに荒い吐息を洩らしながら呼吸を整えている間にゆっくりとセトの中から入れ込ませていた楔を引き抜くと其れすらも敏感になったセトには苦しいのか 微かに身体を震わせた。
そのままゴムを外し口を結ぶとベッド脇にある背の低いテーブルに置かれたティッシュを数枚取り其れを包んですぐそばにある円錐状のゴミ箱に捨てる。
更に新しくティッシュを取ると、セトの腹を拭ってやった。
そして自身の寝間着である灰色のスウェットのズボンを直している間に、セトも気だるげにベッドに放り投げられた黒いスウェットの下と一纏めになった下着を寝転んだまま着直す。
普段はこんな怠惰な事をしないセトも、した後には大体横になりながら衣服を直す事が多かった。
セトは瞬発性や俊敏さは凄まじい物があるが、僅かに体力が低いらしく、した後は暫くぐったりとしてしまうからだろう。
其れだけ負担が大きい事をさせてしまっているというのは分かってはいるが、どうしても互いに互いの温度により深く触れていたいと願ってしまうのは仕方の無い事だと勝手に思ってしまっている。
俺はベッドに片手を着き、横たわるセトの頬に伸ばしたもう片手を当て、其処を撫でると小さく囁いた。


「……大丈夫か?」

「……嗚呼……」

「先、風呂入っていいぞ」

「……ん」


耳元で囁いてからセトの額に口付け、体を起こす。
そして、空気の悪くなった部屋の換気をする為にワインレッドのカーテンがかけられた僅かに広く取られた窓に近寄りカーテンを開くとクレセント錠を外し、窓を網戸ごと開く。
丁度俺の家の周りには隣接した家は無い為に夜は空がよく見えた。
部屋に入り込んでくる冷たくも爽やかな風に熱った身体と空気が清められる気がする。
そのまま顔を上げると今日は空気が本当に澄んでいるのか、遠くの空に丸く浮ぶ月とその周囲に点在する幾つもの星々がまるで宝石のように輝いていた。
それらの光景を見ると、普段自分が考えてしまう様々な悩み事がちっぽけな事に気が付かされ、そしてこのちっぽけで広い世界の中でセトと出逢い、こうして色々な障害を越え、触れ合い愛し合える事がどれだけの奇跡なのかを改めて理解出来る。
そんな感傷的な気分に浸っていると背中にセトの視線を感じ振り返った。
仄暗い部屋の中で、セトの瞳は月の光を吸い込んだように淡く光って見える。
其れが俺の幻覚だと理解しつつ、開けた窓から離れ、セトが横たわっているベッドの端に腰掛けた。
微かに軋んだ音を立てたベッドの上で言葉を発さず俺を見つめるセトに手を伸ばし、髪を撫で擦る。
サラリとした感覚を指先に伝えてくるその髪を撫でながら沈黙したままのセトに声を掛けた。


「疲れちゃったよな」

「平気だ………この程度………」

「………ごめんな、何時も。………ありがとう」

「何故、謝る」

「………んー………、無理させてるって分かってるからさ」

「………俺も望んだ事だ、………お前が気に病む事など何も無い」


セトの細い指先がベッドに着いた俺の手に這わされたかと思うと手の甲にある筋を辿るように撫でる。
労る色を湛えたその手に、優しさを改めて感じた。
俺は手の甲を撫でているセトの手を取ると指先を絡める。
窓から入り込んでくる風が微かに髪を揺らすのを感じながら、静かに横たわるセトに声を掛けた。


「………セト」

「………ん?」

「好きだよ」

「………」

「黙るなよ、………もう分かってるから良いけど」


俺の言葉に繋いだ手を動かしたセトが黙るのを見ながら、思わず苦笑してしまう。
こういう行為をするのはもう慣れてきているが、言葉にして示すのは苦手らしいセトは何時も黙り込んでしまう。
けれど『好きだ』と言うと直ぐに目元を赤らめるセトに愛おしさを覚えるのはもはや日課のようになっていた。
俺は繋いでいた手を離してから体を動かし、セトの方に体を向けると衣服越しにでも分かる細い腹に手を添わせ先ほどまで入り込んでいた所を思い返すように撫で擦る。
そのまま暫く撫でているとセトが怪訝そうな顔をして此方を見つめてくるので冗談めかして囁く。


「………この中には何が詰まってるんだろうな」

「臓器だろう………?」


俺の質問に真面目な表情でそういったセトに再び苦笑しつつ、セトの 腹を撫でながら更に言葉を紡いだ。


「俺への愛もちゃんと詰まってるだろ………?」

「………は………」


ポカンとした様子のセトを黙って見つめていると、言葉の意味を理解したのか一気に頬を朱色に染めたセトに唇が弧を描いた。
―――その反応が何よりも俺の言葉を肯定している。
そして俺が腹を撫でていた手を掴んだセトが何かを言おうとしたのか唇を開くが、結局何も言えなかったのか一つ息を吐き出しただけだった。
その反応一つでこんなにも俺は嬉しくなってしまう。


「………何で照れてるんだよ」

「当たり前だろう………!」

「………可愛いな、セト」

「止めろ………そんな、事………」

「………思ってるんだから仕方ないじゃん」


囁いてからベッドに乗り上げるようにしつつ、セトの唇に口付ける。
そうして何度か触れるだけのキスをするとふわりと笑いかけた。
自分も余り真っ直ぐにこういう言葉を吐くのは得意ではなかったのだが、セトには自然と言葉を紡げた。
其れは心の奥底からそう思っているからだろう。


「………よくそのような歯の浮く台詞を………」

「………其れをお前が言うのかよ」

「………何か言ったか………?」

「いや、なんにも?」


俺の言葉に睨みつつ鼻を鳴らしたセトに肩を竦めながら笑いかけると、此方を見たセトの瞳が微笑んでいる事に気が付く。
此れを幸せと呼ばずになんと呼ぶのだろう。
再び部屋に入り込んできた風に髪が揺らされるのを感じながら、セトと絡ませた視線はそのままにその唇に顔を寄せた。



-FIN-








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