※公式正月絵からの初詣妄想
喧騒の中、俺はため息を吐く。
そうして着物の袂落としから取り出した携帯を操作し、見知った名前を見つけると再び電話番号を選択した。
そのまま携帯を耳元に当てるがやはり呼び出し音が鳴るだけで通じることは無い。
俺は携帯の電源ボタンを押し、待機モードに戻してから再び仕舞い込むと隣で黒いコートを纏い紺色のマフラーに顔を埋めた男が此方を見ているのに気がついた。
「……やっぱダメだわ」
「……」
「なぁ、お前は携帯とか……」
其処まで言いかけて、その質問が愚問である事に気がつき口を噤む。
今日は皆で近くの神社に初詣に行こうという話になり、リンネやユズ姉、そうして
隣で佇むセトと共に出掛けたまでは良かった。
しかし一日の夕方にそこそこ有名な神社に来てしまった所為かリンネ達と逸れてしまったという訳だ。
……はっきり言って俺はセトが一体何を考えているのか今一分からない。
だが、リンネやワレンのおっさんは昔からの知り合いであるが故に慣れているらしいが、コイツはどうも完全には俺を信用していないという事は嫌という程に分かる。
暗殺者という仕事柄だろうが、何処か陰気な雰囲気を纏っている為に此方の調子と合わないらしい。
しかし俺としてはリンネを通じてではあるが仲間になったコイツとも仲良くしたいと勿論願っているし、時たま稽古を付けてくれる時に見るコイツの強さに憧れてもいる。
そんな風に考えていると知らず知らずの内にセトを凝視していたのか、視線を逸らした
セトが小さく囁いた。
「……探さなくて良いのか」
「あー……まぁ、多分他の奴らは固まって動いてるだろうし、連絡着くまで下手に動かない方が良いかも……っと」
「!」
俺は僅かに離れた位置から突進してくる物体に気がつき、セトの腕を掴み引き寄せていた。
そうして俺の方に寄ったセトが先ほどまで居た所にまだ小学生らしい集団が楽しげな笑い声を上げながら周りを押しのけ駆け抜けていく。
そのまま走り去っていく集団の背を見ながら、若いな、等と考えていると腕の中に居たセトが此方の胸を押して離れるのに気がつき、掴んでいた腕を見遣る。
「悪い……こんな事しなくてもお前だったら避けられてたよな?」
「……」
「此処で立ち止まってるのも拙いからとりあえずベンチででも休もうぜ」
「…………おい……!」
唇を開いて恐らく此方を批難しようとしているセトの言葉を封じるように更に言葉を重ねてからその腕を引く。
嫌がるように身体を捩ったセトに向かって俺は振り返り、自分でも説得力に欠けると思える説明をしていた。
「近くに穴場があるんだよ」
「……それは別に構わないが、……腕を離せ」
「だってお前携帯持って無いだろ?ユズ姉達は持ってるから良いけどお前と逸れたらマジ洒落になんねぇからさ」
「……」
「其れに皆、他の事に気取られてるから大丈夫だって」
俺の台詞に戸惑っている様子のセトを半ば強制的に捕まえながら俺は人ごみの中を進んでいく。
屋台も出ている所為か人々は皆、参拝の事や漂ってくる美味しそうな匂いに気を取られて他人の事等まるで気にも留めていない。
そんな様子を見ながらも俺はセトと二人きりでこうして会話をする機会は初めてだな、と逸れて困っている筈なのに妙に高揚した気分を感じている己を不思議に思っていた。
□ □ □
「本当に呑まねぇの、甘酒」
「……要らない」
セトと二人、広い神社の中にある小さなベンチに座り込み、此処に来る途中で買った甘酒を啜る。
この場所は木々が茂っている所為かベンチがある事も殆ど知られていないようで余り人は寄り付かない。
何処か遠くに聞こえる先ほどまでの喧騒を聞き流しながら甘酒の入った紙コップで手を温めていると不意にセトが呟くのを聞く。
「……お前は、何時も暢気だな」
「んー?そうか?」
「……そもそも探す気が無いだろう」
「別にそういう訳じゃねぇよ。でもあいつ等確りしてるし、逆に俺達のが心配されてそうでさ」
「……」
「其れにお前と二人きりでちゃんと話したこと無かったなと思って」
く、と笑いながらそう言うと、セトはマフラーに口元を隠したまま顔を逸らす。
もしかしたら呆れているのかもしれない、とその横顔を見ながら俺は手元にあった紙コップを口元に運んだ。
喉元を通り過ぎる甘酒の温度と味を感じていると前を向いたままのセトが聞こえないくらいの声音で囁く。
「……別に話す事も無い」
「そういうなよ。……お前は知らないかもしれないけど、俺はお前の事、憧れてる部分もあるんだから」
「……『憧れ』……?」
「俺よりもお前は強い。……まだ俺は『断裂の免罪符』と自分のEXSに振り回されてる所がある」
「……」
「でも、お前やリンネは俺よりもずっとずっと強い。しかも……こんな事言ったら怒るかもしれないけど、派手なEXSを持っている訳でもない」
「……」
「年季の違いってやつかもしれないけど、其れでもやっぱり俺はお前らの事尊敬してるし、『仲間』だと思ってる」
自然と此方を見遣ってきたセトと確り視線を合わせながら俺は知らず知らずの内に自分の気持ちを吐露していた。
こんな事を言うつもりは毛頭無かった筈なのだが、今で無いと言えないような気がしたから。
しかしセトはその瞳の奥に何処か寂しげな色を映してから俺から視線を逸らす。
そうして首元に巻いたマフラーを指先で整えながら、冷たいとも思える声音で言葉を紡いだ。
「……お前が『強い』という俺もリンネも、心から望んでその力を手に入れた訳ではない」
「……」
「特に俺はこの力で幾人もの人間を排除してきた。……しかし其れは俺の運命、後悔など微塵も無い」
「……ああ」
「お前に今更日の当たる世界に戻れと言っても無意味なのは分かっている、……だが、俺の強さに『憧れ』などという綺麗な言葉を使うな」
「……」
「……況してや、『仲間』などという台詞は、……似合わない」
すぅ、と目を伏せたセトは何処か苦しげにそんな言葉を吐き出し、さらにマフラーにその顔を埋めた。
俺はそんなセトを見ながら、手に持っていた紙コップをベンチに置き、その肩に手を掛ける。
途端にビクリと身体を震わせたセトに俺は今までずっと疑問に思いながらも言えなかった問いを投げ掛けていた。
「……お前がそうやって頑なに顔を隠すのは『暗殺者』だからか?」
「……『暗殺者』が他者に顔を知られて拙いのは当然だろう」
「……じゃあさ、……リンネやワレンのおっさんにも素顔見せた事無いのかよ」
「……それは……奴等とは昔から付き合いもあるし、……」
戸惑うように答えに詰まったセトに何故か僅かな苛立ちを感じてしまい、俺は思わずそのマフラーの一端を掴み、顔を寄せる。
驚いたように顔を引くセトを逃がさないように、もう片方の腕でセトの膝を掴むと流石に此方を睨んでくるセトと視線が絡んだ。
何時もだったらその強い視線に顔を逸らしているだろう。
しかし俺は此処で引くつもりは無かった。
「それってリンネやワレンのおっさんは何処かで『仲間』だって認めてるからじゃねぇの?」
「……!」
「俺に見せないのは、……何時か俺を殺す可能性があるからか?」
「別に、……そのようなつもりでは……」
「……じゃあ、見せろよ。……それとも俺はお前の中で『仲間』に値しないから、さっきみたいな事言うのかよ?」
「…………」
「セト」
自分でも切羽詰まっていると分かっているような声音でセトの名を呼ぶ。
今までセトの名を呼んだ事は無かったかもしれない。
其れは照れ臭さや、セトが俺の名を呼んだことが無いから、どうしても呼べなかったのだ。
俺は何処かセトから認めて貰えない自分が嫌だったのだ、と今まで自分の中に蟠っていた思いに気がついていた。
仲間外れが嫌だなんて子供じみた事を言うつもりも思うつもりも無かったのに、昔からの付き合いがあり、何時も楽しげに談笑している彼らの姿を見ては何処か漠然とした寂しさを感じていたのかもしれない。
(……俺だって、やっぱまだまだ青臭い餓鬼じゃねぇか)
もう十分に大人になったと思っていたが、自分の大人気ない部分に気がついてしまい急に恥ずかしさを感じてしまう。
しかも其れをセトにぶつけてしまうなんて、八つ当たりもいい所だ。
俺はため息を吐いてからセトのマフラーを掴んでいた手を離そうとすると、本当に聞こえないくらいの声音でセトが言葉を紡ぐ。
「……ハイド」
「!?」
「……お前の気分を害したならば謝罪する。……別に、お前を殺す機会を窺っているから顔を隠している訳ではない」
「……」
まさかセトが俺の名を呼ぶとは思わず、呆然とセトを見詰めていると此方を見上げてきたセトの目元が微かに赤らんでいるのが薄暗い中でも分かった。
それに気がついた途端に心臓がドクリと嫌に音を立てて動き出す。
「……ただ、単純に顔を隠すのは長年の癖だ……リンネやワレンシュタインは、……その、……」
「……じゃあ、……見せてくれんの?」
「…………そんなに、見ても面白いものでは無いと思うが」
「……別に面白がってる訳じゃねぇよ。……な、……ダメ?」
「…………」
俺は先ほどの羞恥を感じて離そうとした手で再度セトのマフラーを掴みなおしてしまう。
どうしてこんなにも見たいのか、自分でも分からなくなっていた。
ただ、セトの秘密にしている部分に俺も入り込んでみたい、そんな気持ちが頭を満たしているのは確かだった。
「……どうして其処まで気にする必要がある」
「……自分でも分かんねぇよ。……でも、気になるんだ」
「…………好きにしろ」
「え?」
「……二度は言わない」
そう呟いて伏し目がちにしたセトは、逃げ腰だった身体を此方に向け、黙り込んでしまう。
俺は可笑しな緊張感の中、一端を持っていた手を一度離し、そろりとセトが顔を埋めている部分に指を掛ける。
本当に良いのかと問いかけそうになるが、其れをすればきっと今度こそセトは逃げてしまうだろう。
だからこそ何も言わないままにそのマフラーをそっとずらした。
「……もう、良いだろう」
「……まだ」
「……は……」
「暗くって良く見えねぇんだよ」
「……おい……」
現れた素顔が木々の隙間から射し込んでくる月光に照らし出されている。
仄白く、滑らかな肌に微かに色づいた頬と形の良い鼻と唇、そうして戸惑うように長い睫の間から此方を見遣ってくる瞳。
―――全て確りと良く見えていた。
しかし更に近くで見てみたいと顔を近づけると、焦ったように顔を引きかけるセトを
引き止めるようにマフラーを掴む手に力を込める。
そんな俺の手に手を寄せたセトは留めるには弱すぎる力で其処を握ってから呟いた。
「……ハイ……ド……」
「……セト」
そのまま唇が触れるか触れないか、といった所で俺の着物の袂から何かが振動しているかのような音が聞こえ、互いに固まってしまう。
しかし携帯の振動音は止まる気配が無く、俺の手を掴んでいたセトの手は離れていた。
俺は刹那の逡巡を終え、マフラーを掴んでいた手を離し、着物の袂に入れていた携帯を取り出して通話ボタンを押してから耳元に当てた。
「……もしもし」
『あ、ハイドきゅん?ユズ姉だけど、大丈夫ー?』
「あーうん、……大丈夫」
『なんかみょーに落ち込んでるねぇ、なんかあったぁ?』
「別になんでもないよ」
『……なら良いけど、ところでセトきゅんは一緒に居る?』
俺はそう問いかけるユズ姉の声に自然と視線をセトに向ける。
もう既にマフラーを何時ものように直しているセトは俺から必死で顔を背けているようだった。
その動きに微かに傷つきながらも俺は電話越しのユズ姉に答えを返す。
「居るよ、そっちは皆居るの?」
『居るわよー、途中で一人ぼっちで荒くれ者の長髪兄ちゃん捕まえたから皆の分奢らせてるー!』
その語尾にはまるで星のマークがついているかのようだ。
俺はその『長髪兄ちゃん』が一瞬誰だか分からなかったが、直ぐにあの赤い髪の男だと理解した。
あの男も一人で初詣になど来るような人間味があったのか、と笑いそうになってしまう。
「え?リンネとバティスタにはちゃんとお小遣いあげたんだけど」
『そうなんだけどさ、二人とも目移りしちゃって大変みたいで』
「全く……あのマッカチンも可哀想だな」
『あははー、でもマッカチン君もいっぱい食べてるから良いんでないのー?』
ユズ姉の背後で、誰がマッカチンだこの野郎!という罵声が聞こえた気がするが無視する。
「まぁ良いや、今何処に居るの?そっち向かうわ」
『今はねー……綿菓子屋さんの前だよー!皆で待ってるね!』
「はいはい、すぐ行くよ」
軽やかなその声に答えを返してから電源ボタンを押し、通話を切る。
その後の気まずい静寂を押し切るように敢えて明るい声音を心がけながら俺は隣に座っているセトに声を掛けていた。
「ユズ姉達、綿菓子屋の前に居るってさ」
「……そうか」
だがしかし、その後どのように言葉を紡いだら良いのか分からずにお互い黙り込んでしまう。
俺は隣に置いてあった残り僅かになった甘酒を飲み干してから、勢いのまま言葉を紡ぐ。
「あのさ、……別に俺、……悪いと思ってねぇから」
「……」
「お前に八つ当たりしちゃった事とかは、あれだけど……顔見たかった事とかいうのは本心だから」
「……」
「……いや……うん、……なんか上手く言えねぇ……」
勢いつけて言った言葉も結局は不時着してしまい、どうしようも無くなってしまう。
俺はそのまま立ち上がり、セトの顔を見ないようにしながら再び呟いていた。
「だから、……だからさ、……また……お前の気が向いた時で良いから顔見せてくれよ」
「……」
「嫌だったら、良いんだけど」
ぽつりとその言葉だけが宙に漂っている感覚にどうにもむず痒さを感じてしまう。
すると背後でセトが俺と同じように立ち上がった感覚がして、そのまま俺の隣をすり抜けていってしまうのが分かった。
やはり嫌だったのかと思っていると、前を向いたままのセトがそのマフラーの端をはためかせながら呟く。
「……俺は二度は言わないと言った筈だが」
「……え……?」
「皆待っているのだろう?……早く行くぞ、……ハイド」
俺はセトの耳が赤らんでいるのに気がつき、そうしてその後、その言葉の意味に気がついて自分の顔がにやけながらも赤く染まってしまうのが分かった。
「ああ、……そうだな、セト」
何処か遠くに感じていたセトを今は近くに感じて酷く嬉しく思う自分が居た。
しかしそんなにやけ顔をしていればすぐ皆に不審がられてしまうだろう。
俺は自分のにやけ顔をどうにか抑えねばと思いながらもさっさと歩を進めてしまうセトを追いかけるように足を踏み出していた。
-FIN-
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