アクラシエル




「おらッ……!」


オレは手にした『断裂の免罪符』を黒い虚無に振り上げると、其れは劈くような 悲鳴を上げて消え去った。
その隣で青い双剣を携えたセトが二匹の虚無を見えない速度で切り裂く。
此れでここら辺一体の『虚ろの夜』によって現れた虚無は粗方殲滅出来ただろう。
勝手に洩れ出るため息もそのままにオレは双剣を腰の鞘に戻したセトに向かって声を掛けた。


「もう居ないよな?」

「……嗚呼」

「あー……つっかれたわ……今日は弱い癖に妙に数が多かったな」


そんな風に呟きながらオレは自分の手に持っていた『断裂の免罪符』を異空間に戻す。
そうして身体を解すようにすると隣に居たセトが此方を呆れたように見遣ってくるのが分かった。
しかしそんなセトの視線は何時もの事だとオレはそのまま呟く。


「リンネとワレンのおっさんの方はもう片付いたかな?」

「あの二人の事だ……もしかしたらもう帰還しているかもな」

「あー……かもな……でもあっちの方が数が多かったんだっけ……」

「……」

「……まぁいっか、とりあえずどっかで休憩しようぜ」


そう言って歩みだすオレに何も言わないまま着いてくるセトにオレは笑みを浮かべてしまいそうになるが、きっと其れをすればセトは怒るだろう。
怒らせたくは無いとオレは笑みを堪えながらゆっくりと街灯の点る夜の街を歩む。
こんな夜遅くに出歩いている人物もそうそう居ない為に誰の気配も感じない。


「お、自販あんじゃん」


そうして暫し歩んでいると、最近出来たらしい自販機を見つけたオレはそう言いながらズボンのポケットに手を突っ込み財布を取り出した。
そのまま財布を開け、十分な小銭が入っている事を確認してから自販機により近づき後ろに居るセトに声を掛ける。


「セトは何飲む?」

「……俺は別に……持ち合わせも無いし……」

「それくらい奢るよ。……オレは珈琲にすっけど……どうする?」

「……良いのか?」

「良いに決まってんだろ」

「……じゃあ……お前と同じ物で良い」

「了解」


オレは財布より取り出した小銭を目の前にある自販機に入れると、発光しているボタンを押し微糖の珈琲を買う。
ガタリと音を立てて下から落ちてきた珈琲を取り出してからセトに手渡すと、もう一度小銭を入れ込み同じものを買い、下から取り出した。


「結構熱いな……手大丈夫か?」


大分長い間加熱されていたらしく熱い缶を両手で転がしながら隣を見遣るとセトが袖を伸ばして缶が直接皮膚に当たらないようにしているのに気がついた。
しかしそう問いかけると問題無いといった風に首を縦に振ったセトに納得し、オレは何処か休める場所が無いかと辺りを見回す。
だが傍にベンチのような物も無く、とりあえず近くに見える陸橋の下にでも行こうとオレはセトに分かるように陸橋を指差した。


「……」

「……」


互いに無言のまま陸橋の影になっている所に入り込むとそのまま少し薄汚れた壁に背中を凭れさせた。
そんなオレの隣に同じ様に身体を壁に凭れさせたセトが手に持っている珈琲を音を立てながら開けるのと同じようにオレも缶のプルタブに手を掛ける。
そうして中にある珈琲を飲んでから隣に居るセトに向かって言葉を紡いだ。


「今日からまた暫くは平和だなぁ」

「そうでも無いだろう……また妙な気を起こした『偽誕者』が現れないとも限らない」

「そんな奴が来てもオレが止めてやるよ。……大分オレも強くなってきたし」

「……まぁな」

「え……?」


冗談っぽく言ったその言葉にまさかの返答が返ってきた為に思わず驚いてセトの方を向いてしまう。
すると微かに眉根を寄せたセトが気まずそうに珈琲を啜りながら小さく呟いた。


「……なんだ……お前が言ったんだろう」

「……いや、まさかお前にそう言って貰えるとは思ってなかったからさ……」

「……褒めない方が良かったか?」

「いやいや、お前にそう言って貰えるのは正直スゲー嬉しいってか……」

「……」

「リンネとかもたまに褒めてくれるんだけど……今までで一番嬉しいかも」

「……」


オレは自分の頬が熱くなるのを感じながらもそう言うと、不意に隣で黙り込んでいたセトが此方の方に手を伸ばしてくるのが分かった。
そのまま黙っているとセトがオレの髪をくしゃくしゃと撫でてくる。


「……もしも尻尾があったら振っているのが見えそうだな」


その手付きにセトの方を向くと、皮肉のような言葉を言いながらも優しく笑っている セトと目が合う。
オレはそんなセトに堪え切れず、その細い身体を抱き寄せていた。


「おい……!」

「……セト」

「……誰か来るかもしれないだろう……離せ……」

「大丈夫だって……」


珈琲を持っていない方の手でセトの口元を隠している衣服を押し下げ、其処にある唇に口付けた。
互いに珈琲を飲んでいる所為か仄かな苦味を感じて、その事実に薄く笑ってしまう。
するとオレの胸元をセトの手が押してきた。


「……なんだ急に……」

「……いや……そっちこそ急に笑ったりするから……」

「……俺が笑ったらいけないのか」

「そうじゃねぇよ!……そうは言ってない」

「……」

「オレ達、付き合ってんのにあんま笑顔見せてくれねぇだろ?……だからビックリしたんだよ」

「……付き合う……?」

「……は……?」


オレの言葉に首を傾げたセトに思わず身体が固まってしまう。
セトと身体を触れ合わせ、あれだけ深い所まで探ったのだからてっきり付き合って いると思っていたのだ。
しかしセトはそうは思っていなかったらしい。
いや、もしかしたら『付き合う』という言葉の意味すら分かっていないのかもしれない。
……寧ろそうであって欲しい。


「いや……オレ達付き合ってんだよな?」

「その前に……『付き合う』とは何だ」

「……そっか!……そうだよな……」


そのセトの言葉に安堵しながらもオレはセトを抱く手を緩めないまま、必死に 説明を試みる。


「あー……そうだな、…………こないだのような事する仲みたいな……?」

「……」

「でも、それだけじゃなくて……まぁ……お互い『好き』同士みたいな……」

「……ああ、……そういう事か」


案外あっさりと納得した様子のセトにオレが驚いていると、セトがオレの反応に如何にも心外だというような顔をしてみせた。
そうして手に持っていた珈琲を口に寄せたかと思うとオレの目の前でゆるりと飲んでから囁く。


「……幾ら俺があのような事に疎くとも何とも思っていない奴に触らせる訳が無いだろう」

「……」

「まぁ、……あの時もしも酷い扱いをしていたらお前の首は今頃身体と離れていただろうがな」

「……マジか」

「……」

「マジかぁ……」


その呟きに訝しげな顔をしたセトを前にオレは自分を落ち着かせる為、手に持った珈琲を飲む。
その間にオレの方に手を伸ばし、此方の前髪を除けたセトはさらに畳み掛けるように言葉を紡ぐ。


「寧ろお前は俺以外にもあのような事をしているのかと思っていたぞ」

「はぁ!?んな訳ねーじゃん!」

「……それにしては随分と手馴れていたようだが?」

「誤解だって!……てか……なんか楽しんでるだろ、お前」


オレの台詞に一瞬虚を突かれたような顔を見せたセトはすぐにその目を細めながらくす、と笑う。


「なんだ……分かるか」

「……ったく……まぁ、とりあえず『付き合って』んだよな、オレ達」

「……」

「オレ的に其処は自信持っておきてぇんだけど……?」


途端に黙り込んでしまったセトに対し、オレは此方の髪に触れてくるセトの手を掴み、その顔を覗き込んでみる。
先ほどまで此方をからかっていた癖にこういう不意な攻めに弱いらしいセトはそっとその視線を逸らした。
しかし其れを許さないようにその掴んでいた手に指を絡ませると、微かにその身体を固まらせたセトが逸らした視線を此方に戻してから小さく囁く。


「……今の関係がそうなら、……そうなのだろう」

「……」

「……おい……苦しい……」

「……何時も素直じゃねぇなー……と思ってたけど、今日みたいに素直になられすぎても困るから丁度良いわ」

「……何の話だ」

「こっちの話」


オレは指を絡ませた手を引いて強くセトを抱きしめてからその耳元でそう呟くと不満げな声が返ってくるのが分かった。
そんなセトにオレは今度こそ笑いを堪える事が出来ず、笑ってしまう。
しかしその事にセトが何かを言う前に身体を離し、その手を引いた。


「さてと……そろそろ帰るか。皆待っているかもしんねぇしな」

「……手、……」

「ちょっとだけなら大丈夫だって」

「……誰かに見られたら……どうなるか分かるな……?」

「……分かってます」


一度は手を離させようとしたセトも諦めたらしくため息を吐きながらそう囁くのでオレはその言葉に僅かな恐怖を感じながらも答えを返す。 そうして片手には珈琲の温かさ、そうしてもう片方の手には握り返してくるセトの温度を感じていた。



-FIN-




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