「……ただいまー……って……なんだ、セトとワレンのオッサン来てんのか」
重い荷物を片手に持ち直しつつ、ズボンのポケットから鍵を取り出し玄関の扉を開けた。
すると其処には見知った靴と、驚くくらい巨大な靴が置いてあるのが見え、一人呟く。
今日は朝から出掛けていた所為で昼食も作れず、せめて夕飯はしっかり作ろうと何時もよりも急いで買出しを終え帰ってきたのだが、まさか客が来ていたとは思いもよらなかった。
そんな事を思いながら靴を脱いでいる間にもオレは中で皆が会話しているのに気がつき、リビングに向かって廊下を歩む。
そうしてリビングへと続く扉を開くと、其処には思いもよらぬ光景が広がっていた。
「お!漸くハイド様のお帰りだ」
「おかえり、ハイド」
「んん?小僧、随分と遅いでは無いか!!待ち草臥れたぞ!!」
大量に転がっている酒瓶に、それぞれ手に杯を持った奴らがテーブルを囲むように座り込み此方に向かって陽気な声を上げた。
そんな中一人ぐったりとした様子のセトに気がついたオレは手に持っていた荷物を一旦フローリングの上に置き、盛り上がっているらしい奴らの傍に近づく。
「おいおい、お前ら勝手に人の家で酒盛りすんなよ……ってかそこ三人は見た目完全に未成年だろうが!」
「こら、私はもう自分の年もいまいち分からんのだぞ、そういう発言は慎んでもらおう!」
「……もー……何言ってんだよ、リンネ……バティもダメだろう」
「私は『自律神経回路』……眠っていたとは言え、今は齢……」
「分かったっつの!てかセトはどうしたんだよ……そんな呑まされたのか?」
「そんな事はないぞ!!寧ろ小僧は男の癖に呑み慣れていなさすぎるのだ!!!他の二人の方が男気に溢れておるわ!!」
「ワレンのオッサンはうるっせーから黙ってろ!近所迷惑だ!」
そんなオレの言葉に、なにぃ!?と言いながらもリンネとバティに促されたワレン
のオッサンは一番デカイ杯に注がれた酒を一気飲みしている。
そうして其れを拍手で盛り上げるリンネとバティに、完全に酔いどれと化している
メンバーに何を言っても無駄だと悟ったオレはぴくりとも動かないセトの傍らに
座り込み、その肩に手を当て声を掛けた。
「……セト?大丈夫か」
「…………ハイド……?」
漸く顔を上げたセトはその目元を潤ませ、ほんのりと顔を赤く染めている。
まさかのその表情と声に見惚れていると、するりと此方に伸ばされた腕がオレの肩に回されたかと思うとセトが顔を寄せてくるのが分かった。
「セ……」
「……ん……」
「…………」
「……お?セトは珍しく完全に酔ってるなぁ。大丈夫かー、ハイド」
そのまま口付けてきたセトに固まっていると、楽しげな声をあげたリンネが杯の中の酒を飲みながら呟いた。
オレはその声音に慌ててセトの肩を押して顔を離すとぐらぐらと頭を揺らしたセトがぼんやりと此方の胸に倒れこんでくる。
その動きに慌てながらもオレはその身体を抱きとめながら言葉を紡いだ。
「おっと……ってかマジで呑ませすぎだ!……セト、大丈夫か?立てるならオレの部屋連れてってやるけど……」
「……」
「……立てない?」
「……」
既に眠たそうなセトにそう声を掛けると、オレの言葉に首を縦に振ったセトはさらに此方の方に凭れ掛かってくる。
流石に抱きとめる事は出来ても、この状態のセトをベッドまで一人運ぶ事は不可能と判断し、相変わらずわいわいと呑んでいる三人に声を掛けた。
「誰かセトを運ぶの手伝ってくれよ!」
「暫く放っておけば良かろう!」
「んな訳にいかねぇだろうが!つーか、どうせオッサンが呑ませたんだからオッサンが運んでやってくれよ」
「そうだそうだ、運んでやれ、ワレンシュタイン」
「……それが最善の策」
「うぬぅ……姫が言うならば……全く……仕方の無い小僧だ」
やれやれと言った様子でその巨体を揺らしながら立ち上がったオッサンはゆっくりと此方に近づいてきたかと思うと、思ったよりも柔らかな声音でセトに声を掛ける。
「……おい、小僧。起きろ」
「……ワレン……シュタイン……?」
「……全く……手間のかかる小僧だ」
「……」
「持ち上げるぞ、良いな?」
その言葉に黙って手を差し伸べたセトの脇に手を入れたオッサンはそのままふわりと持ち上げ片手にセトを抱いたかと思うと、不意に囁く。
「……相変わらず軽い体だ……よく此れであの夜を生き抜いてきたものだな」
「……」
「おい、小僧、それでコイツを何処に運べば良いのだ」
セトが安心しきった様子で抱かれているのを見詰めていると、此方を見遣ってきた
オッサンに呆れたように言われ慌ててオレは自分の部屋へと誘導する。
そうして扉を開け、オレが電気のスイッチを着けている間に狭そうに扉を潜ったオッサンはオレのベッドの上にセトを横たわらせた。
「此れで良いだろう」
「え?ああ」
そのまま黙って見詰めていると、さっさと扉を閉めて部屋から出て行ってしまったオッサンの後ろ姿を見遣ってからオレはため息を吐く。
別に何処も可笑しな所は無い筈なのだが、どうにも心がざわついてしまう。
自分のそんな湧き出てきた感情を無視しながらもオレはベッドに横たわっているセトに
視線を向けた。
「……セト」
ゆるりとベッドの上に居るセトに近寄ると、ベッド脇に座り込む。
そうして手を伸ばしてそのツートンカラーの髪を撫で梳かすと心地よさそうにセトがその目を細めた。
まるで甘える小猫のように頭を摺り寄せてきたセトに堪らず顔を寄せ口付ける。
「……ん、ん……」
「……っは……」
「……はいど……?」
「……」
「……っ、……は、……ん……んー……」
唇の中に舌を押し込むと何時もより熱いその口腔を舐る。
そのまま覆い被さるようにしながら片手を伸ばして押さえるようにセトの手首を掴み、ベッドに押し付けた。
キシ、とベッドのスプリングが軋む音を聞きながら唇を離すと細く透明な糸が掛かったのが見える。
「……は……」
「……ばかセト」
「……」
「あんま、……ああいう顔すんなよ。……しかも皆の前でキスするとか……」
「…………すまない……?」
「なんだよ、その『分かってないけど謝っとけ』的なやつは……」
首を傾げながらそう囁いたセトにため息を吐いてから押さえつけていた身体を離し、再びベッド脇に座り込む。
そのまま続けられるものならばしてしまいたいという気持ちを髪を掻きあげる事で留めているとそっとオレの服が引っ張られる感覚に気がつき、セトの方に顔を向けた。
とろりとした瞳を向けてきたセトに視線を合わせると小さな声で囁くのが聞こえる。
「……何時もみたいに……しないのか……」
「!……んな酒の匂いさせてる奴相手に出来る訳ねぇだろ。……あいつ等も居るし」
「……そうか」
「そうだよ、……ったく……」
「……んッ、……っう……」
「……は……」
もう一度顔を近づけ深く口付けてから顔を離す。
そしてセトの髪に手を伸ばし、其処を撫でるようにしながら幼子に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「大人しく寝てな。……本当はかなり眠いんだろ?」
「……」
そう言ってみるともう一度此方の服を掴んだセトに思わず笑みが洩れ出る。
オレはそのままセトの髪の一筋を掬うようにする更に囁いた。
「……寝るまでちゃんと居てやるから」
その言葉にそっと目を伏せたセトはあっという間に寝息を立て始めた。
やはり酷く眠かったのを我慢していたのだろう。
その姿を見て、そういえば着替えさせる事が出来なかったが、其れは後でやってやれば良いと判断してベッド脇から立ち上がる。
それよりもオレは放置してしまっている買出しの荷物と、恐らくまだ呑んでいる奴らを
どうしたものかと考えながら、扉へと向かい扉の前でため息を吐く。
「おやすみ、セト」
しかし考えてもどうにもならないと理解したオレは一度振り返り、寝息を立てているセトにそう言ってから再び扉の方へと向き直る。
そうして扉脇にある電気のスイッチを切って部屋を暗くしてからまだ騒がしさで満ち溢れているであろうリビングへと戻る為、ドアノブに手を掛け、扉を開いたのだった。
-FIN-
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