イカリソウ




「……」

「……」


オレは隣に居るセトにそっと視線を向ける。
こうやって共に居る事が多くなった俺達は今日も今日とてオレの家でまったりとしようとしていた。
しかし何処か不機嫌そうなセトにオレはどのように声を掛けたら良いのか分からない。
今日も何時も通り学校に行ったオレは義理だかなんだか分からないが、幾つかチョコレート を貰う事が出来た。
別に其れは勿論嬉しいと思っているし、その数でどうこうというのも余り考えてはいない。
ただどちらかと言えばお返しが大変だと思う気持ちの方が強かった。
しかもこの家ではオレが家事を一手に引き受けている所為かバレンタインといってもリンネやバティにあげるのはオレの役目になってしまっている。
しかし、オレの部屋に上がったセトが机の上に置きっぱなしになっていたチョコレートの入った紙袋を見た途端に黙り込んでしまったのはきっと気のせいでは無いだろう。
そのような行事など『下らない』と切って捨てそうなセトのその反応を新鮮に思いながらも 、とりあえず言葉を紡いでみる事にした。


「まぁ、とりあえず座れよ。今、茶持ってくるから」

「……」

「……セト?」


そう言って離脱しようとしたオレを引き止めるように服の裾を引いたセトを不思議に思いながらも 視線を向けるとセトは黙ったまま俯いている。
其れは何かを言いたがっているサインだと知っているオレはその裾を掴む手を取ってから、セトと一緒にベッド脇に置いてあるテーブルの横に入り込み、絨毯の敷いてある床に座り込んだ。
そのまま冷たいその手を温めるように握りこみながらセトの顔を覗き込んでやると此方を 睨んでくるセトと視線が絡む。


「なんだよ、言いたい事あるなら言えって。……な?」

「……」

「……」

「……お前は、……此れだけ沢山の人間から好意を伝えられたのか」

「……は……」

「……しかも其れを全て受け取ったのか……?」


此方を見てくる視線とその言葉に何か勘違いが発生している事に気がついたオレは慌てて セトに答えた。


「いや、これは全部義理っつーか、……皆、世話になった奴にあげたりすんだよ」

「……」

「だからこれ全部受け取ったからって、相手が全員オレを好きとか、付き合うとかじゃないからな?」

「そう、なのか」

「そうだよ!……全く、そんな偏った知識誰に教わったんだ?」

「……ユズリハがそう言っていた」


ユズ姉なら確かに世間知らずなセトにそのような知識を教えて混乱させるのも楽しみの 一つにしてしまうだろう。
オレがため息を吐いて満面の笑みを浮かべているユズ姉を思い浮かべていると、オレの手を 握る力を強めたセトが微かな吐息を洩らしたのが分かった。
ふと、オレは勘違いしていたらしいセトが怒っていた理由に気がついて、思わず笑みを浮かべてしまう。
本当はこんな事でからかうのはダメなのかもしれないが普段素直ではなく、余り感情を 表に出さないセトを少しばかりいじめて見たかった。


「なぁ、セト」

「……ん?」

「もしかしてオレが別の奴らと付き合うとか思ってヤキモチやいた?」

「!?……そのような事は考えていない……」

「……ホントに?」


オレはセトの手を掴んでいた手を離して、両手でその細い身体を抱きしめ逃げられないように する。
まるで嫌々をする子供のように頭を振り、逃げようとするセトの口元を隠す衣服を指先 で押し下げると細い首筋にそっと吸い付いた。
其れだけでビクリと体を震わせるセトを愛しく思いながらも更にその耳元に顔を寄せ、 小さく囁く。


「……ホントに思ってないのか?セト」

「……ッ、……ハイド……」

「……ちゃんと教えてくれないと分からないんだけど」

「ん、……っ……」


更にその耳元に舌を這わせ、幾度も首筋に吸い付き痕を残す。
互いに触れ合ったのは少し前の事だからあれだけ赤く色づいていた痕も薄くなって しまっていた。
其れが嫌でオレは前につけた部分にも重ねて痕を残していく。
その度にふるりと身体を震わせては吐息を詰めるセトに可愛らしさを感じながらも、 その動きを止めないままにしていると、聞こえないくらいの声音でセトが囁いた。


「ハイド……」

「……なんだ、セト」

「……も、やめて……くれ……」

「セトが素直になったら止めるけど」

「……っぁ……あ……!」


セトの首筋の血管をなぞるように舌先で撫で上げると、一際大きく声を上げたセトが焦った ように口元を押さえた。
『暗殺者』という仕事柄なのかは分からないが人の弱点である部分を優しく触れられると セトは特に感じるらしく、声を上げやすい。
もう一度舐めてやろうと顔を近づけると、止めるように弱弱しい力で此方に伸ばされた セトの手が此方の髪を撫でた。


「……した……」

「……ん?」

「……嫉妬、した……お前が……取られるかと思って……」


くしゃりと撫でられるその感覚と、此方を見詰めてくるセトの僅かに蕩けた瞳にドクリと 心臓が激しく脈打つ。
そのまま顔を近づけセトの唇に唇を合わせ、舌を這わせる。


「……ん、ん……っぅ……」

「……は……」

「……っぁ……」

「……セト、ちょっと待っててな」

「……?」


オレは進んでしまいそうな気持ちを抑えながら、セトより唇を離し、抱きしめていた 状態から立ち上がり近くにあった戸棚に近寄る。
そうして、もし今日セトが家に来なければ渡しに行こうかと思っていた事もあり、置いておいた 薄い水色の包装紙に濃い青色をしたリボンが結ばれた包みを取り出す。
先ほどと同じようにセトの隣に座り込むと、其れをセトに手渡した。


「……此れは……?」

「リンネとかが作ってくれっていうからさ……男で手作りってのも、あれかもだけど」

「……」

「……一応言っておくけど、お前のは他の奴らのとは違って特別なんだからな」

「『特別』……」


オレの言葉に嬉しそうに目を細めたセトに堪らなくなってその身体を抱きしめた。
細い身体を捕まえるようにするとセトがその包みを膝に置きながら腕の中で 此方を見返してくる。


「まぁ、……特別って事は、好きな奴にあげるって意味なんだけど」

「……」

「……セトもオレにくれる?」

「しかし……俺には渡せる物等……っんむ、……」


困ったような表情をしたセトに顔を近づけ、再び口付けた。
柔らかくも薄いその唇は触れ合うだけで心地よい。
そのままゆっくりとその唇を舌で舐め上げてから離れる。


「じゃあ、これで貰った事にしとくわ」

「なッ……」

「……さて、茶でも入れてくるかな」


流石に自分でも少し気障過ぎたかとオレは微かに頬が熱くなるのを感じながら、今度こそ 茶を入れようと立ち上がり部屋の扉の前まで歩む。
そのままチラリと後ろを振り返ると、膝の上に乗せた包みを両手で大切そうに持っている セトを見てしまってオレはなるべく急いで戻ってこようと扉のドアノブに手を掛けたのだった。



-FIN-






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