紅玉髄




何時ものようにオレの家に遊びに来たセトはオレの部屋に来てからずっと、再放送の時代劇が気になっているらしくその視線はテレビに釘付けだ。
仕方が無いのでオレは自身のベッドに横になり昨日買った雑誌を手慰みに読む。
そうしてふと小さなテーブルの置いてある絨毯に座り込み、オレが寝ているベッドにその背を凭れさせているセトを見遣るが相変わらず黙ったままテレビを見ているので再び視線を雑誌に戻した。
そろそろ新しい服も欲しいのだが、住人が増えた事もあり仕送りもバイト代も基本は食費等に消えてしまう。
これ以上親に仕送りを頼むのも悪いし、それ以前に知らない人間をこんなに連れ込んでいる事自体バレたら拙い。


「……はぁ……」


不意に今の経済状況を思い出しため息を吐くと、オレの声が聞こえたらしいセトが此方に振り返った。
そんなセトに気にするな、という視線を送るとそっと立ち上がったセトがベッドの上に乗ったかと思うとオレの横に寝転んだ。
そうしてジッと此方を見てくるセトにオレは思わず声を掛ける。


「テレビまだ終わってないだろ?」

「……もう終わる」

「そっか」


そう言いながらオレの隣で寝そべったセトは体を動かしテレビの方に向いてしまう。
しかし髪から覗く耳が微かに赤らんでいるのに気がついて、此れがセトなりの気の遣い方なのだと理解し、そっと笑った。
別にセトが構ってくれなかった事にため息を吐いた訳では無いのだが、其れでも口元が緩んでしまうのは仕方が無いだろう。
オレは手に持っていた雑誌を閉じ、邪魔にならないように背中側に置く。
そのままベッドの上でセトに近づくと、その腰を引き寄せるようにして首筋に顔を埋めた。
特に何か匂いがする訳では無いのだがこうしてオレよりか細いセトの体を抱きしめていると落ち着くのだ。
初めはオレが近づくだけでも全身から拒否を醸し出していたのに今ではこうして気まぐれででも自分から触れさせてくれるようになった事が何よりも嬉しい。
そんな事を考えながらセトの邪魔をしないように黙ったままで居ると、漸くテレビが終わったのか妙に懐かしい響きの音楽が流れてくる。


「終わった?」

「……ああ、初めて見たが面白いな」

「明日も続き見に来れば良い。また再放送するだろ」

「……そうだな」


セトの顔を見れないままそう言葉を続けていると、腕の中のセトが身動ぎし此方に向き直ってくる。
そうして至近距離で絡む視線に心地よさを感じていると恥ずかしそうに目を逸らしたセトの目元に隈が出来ているのに気がついた。
オレはそっとセトを抱きしめていた手を動かし顔に当てると、親指でその目元を拭うようにする。
そのオレの行動の意図が分からなかったらしいセトは不思議そうな顔をして此方を見遣ってきた。


「……なんだ」

「なんか……隈出来てねぇか」

「まぁ、近頃眠れていないからな」

「え?!……また仕事とかか……?」

「……其れもあるが……最近一段と寝付きが悪い」

「……」


其れは困るべき事だろうに、何時か治るだろうくらいにしか考えていないらしいセトに不安を覚えてしまう。
余り自分の身を案じる事が少ないセトだからこそ、オレはこんなにも過保護になってしまうのだろう。
いや、オレの周辺の奴らは総じて自己意識の低い奴らばかりだからオレが気にしてやらざるおえないというのもあるのだが。
しかしその中でも特にセトは心配になるのはやはりオレがセトの事を好いているからだろう。
とりあえずオレは思いつくままに解決案を呟いてみる。


「うーん……夜、身体温めてるか?寒いと眠りにくいから寝る前に温めた牛乳とか飲むと良いらしいぞ」

「……」

「あ、でもお茶とかはダメだからな。余計に眠気飛ぶ」

「そうなのか」

「そうだよ。……ってかそれ以前にお前ちゃんとした寝床で寝てんの?其処が本当に心配なんだけど」

「……それは……」


途端に言葉を濁したセトに頭を抱えたくなるのをどうにか抑えた。
セトとこのような関係になる前から此処に来いと誘っているのだが、セトはオレ達の迷惑になる、と一向に此処には住まず、今でも何処で寝泊りをしているのか良く分かっていない。
確かに生活が厳しいのは本当の事だが、好いた人間が下手をしたら雨曝しの中眠っているかもしれないという事実は余りにも心が痛む。


「……もうお前此処に来いって、マジで」

「其れは出来ない……お前達に迷惑が掛かる上に、何があるか分からない」

「……だからッ……その何かがあった時に、お前に何もしてやれないって事が一番辛いんだよ……!!」

「!……ハイド……?」


オレはセトをより抱き寄せ、そう半ば叫ぶように言葉を紡ぐ。
そのまま赤くなっている頬を見られたくなくてセトの顔を胸元に寄せながら更に囁いた。


「此処に住んでればこうやってお前が眠れない時、一緒に居てやれる」

「……」

「正直、あんま良い部屋も良い飯も出せねぇけど、其れでも外よりはずっとマシな筈だ」

「……」

「ってか……カッコつけたけど、オレがお前と一緒に居たいんだよ。セト」

「……ッ……」


そう囁いた瞬間、セトが吐息を詰めるのを聞く。
そうして顔をあげセトの衣服で隠れた口元を指先で押し下げるとその薄い唇に顔を寄せる。
見た目よりも柔らかなその唇に軽く口付け顔を離すと間近でセトと目が合った。
そのままゆっくりと一度瞬きをしたセトは僅かに恥ずかしそうにしながら言葉を紡ぐ。


「…………考えておく」

「……おう」


セトのその言葉に頷きながら答えると、自然と互いに黙り込み見詰め合う。
このまま続きをしても良いのだろうか等と考えてから、セトが寝不足な事を思い出した。
幾ら互いに若さが有り余っているとは言っても、無理はさせたくない。
オレは自分の頭の中に思い描きそうになった妄想をその思いで留め、目の前のセトを抱きしめる力を強めた。


「なんか眠くなってきた……どうせなら一緒に昼寝しようぜ」

「……この格好でか?……眠りにくいだろう」

「でもこうしてれば温かいだろ」


抱きしめたままのオレにそう微かに笑いながら言ったセトを温めるように背に回した腕を動かす。
そのまま黙ってその背を摩っていると初めは訝しげな顔をしていたセトも次第に目を伏せ寝息を立て始める。
余り元々寝付きが良くないと言っていたセトがあっという間に眠ってしまった事に驚きと共に本当に眠れていなかったのだと理解した。
そしてこんなセトの行動を見せられてしまうと、オレの腕の中でだけなら眠れるのかもしれない、なんて変な自惚れをしてしまいそうになる。


(…………いや、この場合はしても許される……よな)


一人そう思いながら、必死で口元に浮かぶ笑みを抑えた。
そうしてまだテレビが着いている事を思い出し、セトを起こさないようにそっと体を 上げると、どうにか手を伸ばしテーブルの上に置かれたリモコンを取りテレビの電源 を落とす。
そして静かになった空間に満足したオレは先ほどと同じようにセトの隣に横たわると目を伏せる。
隣で聞こえる規則正しい寝息に心地よさを感じながら、温かな闇へとあっという間に滑り落ちていった。



-FIN-






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