幻影水晶




※キャラ崩壊気味




どうにか狭い自室の床に布団を敷き、背後に居るセトに視線を向ける。
此方が貸した寝巻きを着て扉の前で佇んでいるセトはそんなオレに視線を返してきた。
何時もならば夜になる前に帰るのだが、今日はどうにもリンネ達との話が長引いたらしく、終わった時にはもう真夜中近くなっていた。
流石にそんな中セトを帰らせる訳にもいかず、ほぼ無理矢理に食事やら何やらをさせ、泊まっていく事を勧めたのはオレだ。
幾ら男だとしても、虚無が徘徊している可能性がある暗闇に一人放り出すわけにはいかない。
オレは出来るだけ優しい口調を心がけながらセトに声を掛けた。


「じゃ、お前はこっちで良いか?」

「……嗚呼」


そんなオレの言葉に頷いたセトの普段よりも素直な反応に内心驚きつつも、先に布団に入るよう手で促す。
泊まると決める前はあんなにも嫌そうな顔をしていたのに、食事を確りと取り風呂に入った辺りから大分何時もの険が取れたような気さえした。
セトが普段どのような生活を送っているのか、知り合いになった今でも良く分かっていない。
ただ、オレの黒いスウェットを着ていても分かる程に細い体付きに、キチンと飯を食べているのか心配になったのは事実だ。
そんなオレを気にもしていないのか黙ったまま布団に入り込んだセトを確認してからオレは扉脇の電気のスイッチに近寄り、其れを押して部屋を暗くする。
まるで気配の感じないセトを踏まないように気をつけながら、オレは回り込み布団の横に置いてあるベッドに潜り込んだ。
昔は誰かが家に泊まりにくるというだけでテンションが上がったものだが、もうそんな年でもない。
其れにセトと二人きりで話す内容も上手く見つからなければ、何処か疲れているらしいセトに無駄に話掛ける事も憚られた。
周りは気が付いていなかったようだが、何処かセトがやつれているように見え、其れもあってオレは今日泊まる事を勧めたのだ。
自分でもどうしてセトに此処まで気を遣うのか分からなかったが、何処かコイツは放っておけない。
彼女たちに感じるのと同様な事をセトにも感じてしまうのは自分でも不思議だった。
ただ、何処か影を纏ったセトは時たま苦しげな表情をしてはふらりと其れを気がつかれないように逃げてしまうからどうしても追いかけたくなってしまう。
……流石に其れを本人に伝えるつもりは毛頭無いのだが。


「お休み、セト」


オレは次第に温かな布団に包まっている所為で鈍ってきた頭が可笑しな事を考えている事に気が付き其れを掻き消す。
そして恐らく答えは返ってこないだろうと思いながらもそう囁いた。


「……お休み……ハイド」


だがオレの予想と反して何処か気だるげなセトの声が暗闇の中で確かに此方の耳に響く。
その声に嬉しく思う自分を感じながら、体を動かし目を伏せた。



□ □ □



誰かが発している息苦しそうな声に自然に目が開く。
そして体を起こすとベッドサイドにあるテーブルに置かれた電灯に手を伸ばし、其れを着ける。
僅かに明るくなった室内でその声の主の方に乗り出すようにしてみると相変わらず苦しげにしているセトの姿が目に入った。
どうやら酷い悪夢でも見ているらしい。
オレは慌ててベッドから出ると、魘されているセトの横に回りこみ布団の上から其の肩に手を掛け起こそうと声を掛ける。


「セト……おい、起きろ」

「……っ、……く……ぁ……」

「セト!」


しかし其れを嫌がるように首を振ったセトの頬に一筋雫が伝うのを見たオレは掛け布団を剥いでその肩を無理矢理抱き起こす。
其処までして漸く目が醒めたのか汗だくになったセトが苦しげな声を上げるのを止め、荒い息を洩らした。
そうして片手で顔を押さえたかと思うと、此方に視線を向けてくる。
潤んで上手く焦点の合っていないような瞳が手の隙間から切なげに此方を見詰めてくるのに動揺してしまって直ぐに声を掛けられなかった。
だが何か言わなければ、とオレが唇を開いて言葉を紡ぐ前にセトが顔を押さえていた手を離し、もう片方の手で此方の胸を押した。


「…………すまない……もう、平気だ」


掠れた声でそう言ったセトの顔は、何時もの白い肌を通り越し青くなっていた。
全く持って平気だとは思えないその姿が余りにも痛々しすぎてオレは肩を抱いていた腕に逆に力を込め、セトの顔を覗き込みながら呟く。


「全然平気って顔してねぇじゃん……とりあえず水持ってくるか?」

「……」

「服も着替えないと気持ち悪いだろ?……めちゃくちゃ汗掻いてるし……」

「……良い……」

「……ん?」


何も要らない、と小さく囁いたセトは言葉こそ何時ものように冷たいが、その顔は今にも泣き出しそうだった。
その言葉が暫く放っておいて欲しいという意思表示なのは重々承知していた。
でもオレはセトの肩に触れていた手を動かし、その背を撫でてやる。
そんなオレを拒むように此方の胸元を押すセトの手は何処か弱弱しい。


「……要らない……と言っているだろう……」

「……うん……そうだよな、お前は強い奴だもんな」

「……ッ……」

「でも別に今はオレしかいねぇんだからさ、……あんまし気ぃ張らなくて良いんじゃねぇの」


そう言ってその体を抱き寄せてやると、息を詰めたセトの体が微かに震えているのが分かった。
一体何の夢を見て苦しんでいたのかまでは理解出来ないが、セトが昔から仕事で様々な事をやってきたというのは何となくリンネ達から聞いていた。
そして普段はそんな仕事も割り切って行っているらしいセトから今まで一度たりとも 弱音を聞いたことが無い。
ただ、過去の仕事に疑問を持っているらしいセトが其れを苦にしているのは何となく勘付いていた。
知っていても其れに突っ込んで聞ける程の勇気がオレには無かっただけだ。
だからこうして縋るようにオレの腕の中に収まっているセトの髪に空いた方の手を伸ばし其処を撫で摩る。
そしてその髪に口付けると胸元に収まるセトがくぐもった声で泣いているのが分かった。
声を殺して泣くセトにただ黙ったまま宥めるように背を撫で、髪を梳いてやる。


「……っ……は……」


随分と長い間泣いていたセトがゆっくりとその顔を上げ、此方を見詰めてくる。 その目元は赤く腫れており、痛々しい。
オレはそんなセトの目元に親指を這わせると、恥ずかしそうにセトが顔を逸らした。
しかし若干その目は眠たそうにしている。
もしかしたら泣いた所為で余計に疲れたのかもしれない。


「…………すまなかった……」

「……もう平気そうだな」

「……」

「大丈夫だよ、誰にも言わねぇから」


オレの言葉に顔を向けたセトを安心させるようにそう言ってやる。
すると少しだけ安心したのか瞬きをしたセトが此方をジッと見詰めてくるので笑いかけてみた。
そうしてセトの体を摩っていた手を動かし、更に声を掛ける。


「とりあえず着替えたいだろ?……其れとも風呂入る?」

「……いや……着替えだけで良い……」

「分かった、ちょっと待ってろ」


オレはセトに触れていた手を離し、立ち上がると狭い部屋の中のクローゼットに近寄り其処を開ける。
中から着替えとして寝巻き用のジャージとTシャツを取り出すと其処を閉め、セトの隣に再び座り込みジャージをセトに渡す。
そしてオレは上だけを徐に脱ぐと、先ほど持ってきたTシャツに頭を入れ着替える。
同じようにオレの前で手早く上下を着替えたセトが、脱いだ服を律儀に畳んでいるのを見て声を掛けた。


「畳まなくて良いよ、どうせ明日洗濯するから」

「そうはいかない……其れより……」

「……ん?」


結局キチンと服を畳んだセトが、言いにくそうにしているので助け舟を出すように声を掛ける。
すると視線を服に向けたままのセトが言葉を紡ぐ。


「悪かったな、……服を汚してしまった」

「え?……ああ、気にすんなって」


汗を掻いた事に対してなのかと思ったが、オレが着替えた事を気にしているのだと理解し、そう答えを返す。
涙で濡れた服を何時までも着ているとセトが気にするだろうと思ったのだ。
オレはそんなセトの膝に置かれた服を取り上げると、オレが着替えた分も一緒に絨毯を敷いた床に置く。


「明日も早いのだろう?」

「そうだなぁ」

「……じゃあ、もう寝た方が良い。起こしてすまなかった」

「……お前は?」

「……」


黙り込んだセトにオレは眠るつもりが無いという事に気がつく。
確かにあんなに魘されるような悪夢を見て、すぐに一人で眠るなんて無理だろう。
オレは自分でもどうかしていると思いながらも声を掛ける。


「……一緒に寝るか」

「……は……」

「一人で寝るの、……嫌だろ?」

「!?……っちょ……」


戸惑うようなセトの腕を捕まえ、どうにか体を伸ばしベッド脇にある電気を消す。
薄暗くなった空間の中、僅かに抵抗を見せるセトを抱きしめ掛け布団を掛けた。
もぞもぞと狭い布団の中で逃げようとするセトの細い体を抱きしめ、逃げられないようにしながら顔を引き寄せると目の前でセトが小さく囁く。


「此れでは眠れないだろう……!」

「今度悪夢見たら直ぐに起こしてやるよ」

「……そういう問題では……」

「……お休み、セト」


オレは文句を言おうとしているセトの髪に手を這わせ、撫でた。
さらりと手の中で踊る髪を心地よく感じているとため息を吐いたセトが抵抗を止め、大人しくなる。
その事に不思議と満足感を覚えながらオレは目を伏せ、眠る為に意識を闇の中に沈めていった。



-FIN-






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