Killing Me Softly




庵の外で鈴虫が健気に鳴いている声が微かに耳に聞こえてくる。
此処は人里とは異なり、ほぼ自然と溶け込んでいる所為かそういった虫の声も普通よりかは大きく聞こえ、暗くなるのも早い。
だが、小さな閨に設置してある背の高い燭台には明かりが灯っており、周囲をボンヤリと照らし出していた。
そんな空間で自身の汗ばんだ身体と顔面に張り付いてくる髪を煩わしく感じ、布団についていた手の片方を使って髪を除ける。
気候的には涼しくなってきたが、流石に獣じみたまぐわいの後では嫌でも汗は掻く。
そうしてオレの下で快楽の所為か、瞳に甘露のような涙を溜めて荒い吐息を洩らしている七夜はくたりとしており、先ほどまでその唇で嬌声をあげていたのが幻では無い事を明確に表していた。
毎回終わった後に無理をさせるつもりは無かったと、この姿を見ては思うのだが、結局のところ同じ事を繰り返しているオレは未だに精進が足りないのだと常々感じさせられる。


「……平気か?」

「……ん……、……大丈夫だ……」

「一度抜くぞ」


オレと同じく汗の所為で前髪が額に張り付いてしまっている七夜の髪を緩く撫でながら声を掛ける。
僅かに意識がぼんやりとしているようではあったが、存外しっかりとした返答に内心安堵しつつ七夜の唇に軽く口付けてから中に埋めていた核を引き抜いた。
抜かれる感覚に身じろぎをして堪えている様子の七夜を認識して、己の征服欲が再燃しそうになるが、敢えて瞬きをゆったりと行う事で衝動を抑え込む。
初めは魔力供給の意味合いが強かったこの行為も今ではどちらかと言えば、己の存在を相手に刻みつけたいという感情の方が強くなっている。
この事に対してオレも七夜も気が付いてはいるが、議論しようとした事は無かった。
だから行為後の睦言なども其処まで多くは無かったが、其れでも最後には抱き合って共に眠るのが何時しか当然のようになっていた。
オレは跨がっていた七夜の上から退くと、布団の横に乱雑に脱ぎ捨てられた浴衣の間に同じように置かれた手ぬぐいに手を伸ばし、自身の汗や七夜の腹に散った白濁を拭ってやる。
そのまま続けて下腹部付近まで拭こうとすると、不意に此方に細く長い指が伸びてくるのが見えた。


「良い……自分で拭く……」


そう言った七夜に素直に手ぬぐいを手渡し、自身の体を布団の上に横たえた。
直ぐ隣で緩慢な動作で体を拭いているのを横目で見てから、視線を動かし低い庵の天井に映る影を眺める。
ずっと灯されたままの燭台の仄かな明かりが照らし出す部分は少なく、天井の端の方は薄暗い『何か』が潜んでいるかのように見えた。
そのような夢想をするのは自分でも珍しい事で、思わずうっすらと笑ってしまう。


「……何笑ってるんだよ」

「ん?……いや、特に深い意味は無い」

「なら良いけどな」


他者には殆ど理解出来ないであろう口端の笑みを当然のように見つけて指摘してきた七夜に、内心舌を巻きながらもそう言って誤魔化す。
深い森の中で人知れず二人寄り添うように暮らしているオレ達は、何時しか互いの存在を求めるようになっていた。
今までの己の人生の中で他者を求める事など在り得ない筈だった。
しかし、何の因果かオレの命を狙いこの森に登ってきた途中で行き倒れたらしい餓鬼を介抱し、酔狂にも共に暮らし始めたのは随分と昔の事だ。
だからだろう、オレの微かな感情の揺れも隣にいる餓鬼は当たり前のように見透かしてくる。
其れを心地よいと感じていながらも、毎夜黙っていてもオレの腕の中に入り込んできて、猫のように身を丸めて眠る七夜への想いを未だに何と言い表すのが適切なのかも分からずにいた。
けれど欲望にはどうにも忠実で、夜の帳が下りて薄い色素をした瞳が餓えた色を宿してオレを見つめてくる度に、その細い体を壊れないように加減しながら抱く。
其れを七夜も望んでいるのが分かっているからこそ、終わり際に毎回後悔の念を覚えながらもまた繰り返してしまう。
そうして何よりも、オレ自身が他者と触れ合う悦びを知ってしまった。


「……七夜」

「風呂はもう少ししたら入る」

「そうか」


ふと隣を見遣ると、七夜が此方を見つめているのに気が付き、名を呼ぶ。
それだけでオレの伝えたい事を察したのか、そう言いつつ体を拭った手ぬぐいを布団脇の畳に置いてからまた此方を見つめ返してくる。
何故か其れは此方を探るような視線で、何か気分を害するような事をしただろうか、と微かに心配になったが気に病みすぎだろう。
大分体力も回復したようで二つあるうちの一つの枕に頭を乗せた七夜の睫がゆるりと動くのを改めて確認した。
抱き合った後は大概七夜の方が先に風呂に入る事になっている。
その間に余程汚れてしまった場合は敷布も新しい物に交換するのだが、今日は其処まで汚れてもいない為に今夜眠る分には許容範囲内だろう。
明日の朝にでも交換して洗濯すればいい。
そんな事を考えている内にふと煙管が吸いたくなり、身体を起こして布団脇に置いてある煙管盆に手を伸ばす。
情事の後は妙に煙管の香りが恋しくなるのは、肉体的に疲弊している事と精神的に満ちている事に関係しているのだろうか。
だが其処まで深く考える必要もないと、使い慣れた煙管を手に取ってから煙管盆の中にしまい込んである葉を取り出し指先で丸めると、僅かに熱を加えてから火皿に詰め込んだ。
最早精神にまで染み付いている行為は考えずとも勝手に身体が動く。
そうして吸い口に唇をつけ、じっくりと煙を味わうように吸い込み、吐き出す。
白い煙が空中へ緩やかに昇っていくのを自然と目で追いながら再度吸い口に唇を当てようとすると、不意に腕を撫でられ、その指先の主を見遣ると伏せったまま笑んでいる七夜が呟いた。


「一吸い寄越せ」

「……珍しいな」

「今日はそういう気分なんだよ」


時折戯れのように一吸いだけ強請る七夜に初めの内は渡すのを躊躇う事もあったが、渡さないと其れは其れで面倒な事になるのを理解してからは黙って渡すようにしていた。
火皿の中の葉を落とさぬように羅宇を持ち直してから手渡すと、体を仰向けの状態からうつ伏せに変えた七夜が枕に腕を乗せて吸い口に唇を触れさせる。
薄明りの中で細く柔らかな髪の隙間から見えるうなじを辿り、なだらかに隆起した肩甲骨と背骨、繋がっている腰と臀部と腿まで無意識に目で輪郭を追っている間に七夜の吐き出した紫煙がオレの体に纏わりつく。
直ぐに脆く消えてしまうその白い煙は、まるで全身を満遍なく包み込んでくる真綿のように見えた。
そんな空想も早々にこのままでは冷えてしまうだろうと傍にあった浴衣を手繰り寄せると七夜の体にそっとかけてやり、肩甲骨辺りを擦ってやる。
すると、顔を此方に向けた七夜が何か含みを持たせた笑みを浮かべた。


「……つくづく良い男だな、アンタは」


そう言いながら此方の唇に持っていた煙管を銜えさせてきた七夜の目はしっとりとした艶と共に揶揄う色を宿している。
敢えて耳に残るような甘く掠れた声で囁いたのも計算の内なのだろう。
――――この餓鬼は本当に何時まで経っても変わらない。
オレの脳や臓腑の奥深くにまで届き得る言葉や行為を熟知している。
唇に銜えさせられた煙管の羅宇を持ち、ほぼ尽きかけている葉を最後に一吸いしてから煙を吐き出しつつ目を伏せた。
口腔に残るほろ苦い味に十分煙管は味わったと煙管盆の中に設置した灰吹きに灰を落とす。
そうして枕に片肘をつきその先の掌に顔を置いて此方を見ている七夜を見つめ返した。
見つめ合っていたのも一瞬で、オレはそのまま七夜の上に覆い被さり、掛けてやった浴衣に手を伸ばした。


「おやおや……、さっきは風呂に入れって言ってなかったか?」

「気が変わった」

「……っふ……それじゃあ仕方がないなぁ」

「嗚呼、……オレもお前に似て随分と気まぐれになったらしい」


クスクスと互いの言葉の応酬に笑いながら、うつ伏せになっていた状態から仰向けに戻った七夜が両手を此方に伸ばし、背中に腕を回してくる。
剥いだ浴衣の下から何度触れても飽きる事の無い肌が現れ、其れを片手で撫でながら顔を寄せてきた七夜とほろ苦い接吻を重ねた。
次第に高まる体温と熱を点した絡まる舌先にほぼ意識を奪われながら、頭の片隅で結局敷布を交換する必要があるな等と妙に悠長な事を考えてしまう。
しかし、離れた直後に切なげに寄せられた眉の下で、蕩けた七夜の瞳が続きを乞うているのを理解して燻っていた欲が一気に燃え上がる。


「……軋間……」


さらに追い打ちをかけるように淡く色づいた唇がオレの名を呼んだ瞬間、そんな他念も一切掻き消え目の前の餓鬼を喰らい尽くす事に集中していた。



-FIN-






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