冬の一幕




目の前に寝転がり、惰眠を貧っている青年の傍らに静かに近寄ってみる。
本人は幸せな午睡だと言い張っていたが、それはあながち間違いでは無いのだろう。
向こう側を向いていて顔は覗き見る事が叶わないがほぼ一定の間隔で微かな寝息が聞こえてくるのが分かった。
しかし今は冬真っ只中。
此処にいつまでも寝かせて置くわけにもいくまい。
いや、七夜が寝ようとその場に寝転がった時に一度忠告してみたのだが眠気には勝てなかったらしくこちらの声に答える言葉がどんどんしどろもどろになって遂には聞こえなくなったのだ。
特に最後は『あぁ』やら『うん』くらいしか言っていなかった気がする。
オレは一度溜息をついて七夜の体の下にそっと手を差し入れた。
寝てしまう前なら未だしも、寝てしまった後にわざわざ起こすのは酷い気がしたからだ。
それに七夜は軽いので運ぶのは苦にならない。
……七夜にしてみたらそれが面白くないらしいのだが。
そうして七夜を横抱きにして立ち上がると力の抜けた腕がだらりと垂れた。
昔は寝ていても何かしら警戒する癖がついていたのか、一緒に寝ていても僅かな身動きで起こして仕舞っていたのに、今ではこんな風にしても心を許しているのかちょっとやそっとでは起きなくなった。
それが良いのか悪いのかは分からないが。



「………ん……」



オレがお世辞にも広いとは言えぬ庵の中のこれまた絶妙な広さの寝室に未だ敷いたままの布団に七夜をなるべくゆっくりと寝かせた時に、七夜が起きてしまったのか小さい声を上げた。
七夜の顔に掛かった髪をかき揚げ、まだ腰辺りまでしか掛け終えていなかった掛け布団を胸辺りまで引き上げてやる。
折角風邪を引かぬように布団に寝かせても、布団を被らなければ意味が無いだろう。



「…寝てた……か……?」

「あぁ。随分と心地良さそうだったが流石にあのまま寝かせておくわけにもいかないのでな……」

「………む………そうか……すまない……」



七夜はまだ寝ぼけているのか心此処に有らずと言うのを体現している。
なのでオレは完全に覚醒してしまうよりこのまま眠った方が楽だろう、とそっと撫でていた手を離して布団から離れようとした。
だが途端に七夜の手が肩辺りに伸びて来て、思いがけず眠っている七夜の上に上半身だけ覆いかぶさる形になってしまう。
しかもそのまま七夜が首に手を回して、こちらに近付いて来たのでそれを受け入れた。
ふわり、と一瞬、柔らかな感覚が唇に触れる。



「…………」

「………寝ぼけているな、七夜」

「……そんな事、ない……」



しかし何時もなら余りしないくすくすと悪戯をして喜ぶ子供のような笑い方をしているのが最もそれを裏付けている。
なので今度は此方から仕掛けると一際楽しそうに笑い声が起こった。



「やめろよ……ばーか……くすぐったいじゃないか………」

「先に仕掛けたのはお前だろう?」

「まぁ……それもそうだな」



そのどうしようもないやり取りに遂には互いに笑い出してしまった。
こういう時、この生活と青年が堪らなく愛おしく想える。
ただ何の理屈もなく、幸福だと思えた。
だからなるべく七夜を手放したくはない。
………なるべくなどとは言わずに、絶対に、とも言い換えられるが。



「………なぁ……」

「………なんだ?」

「……眠い……」

「眠るか?ならばまずお前がオレを離さないと……」

「そして寒い」

「…………」

「………此処にもう一人でかい奴が入れば……きっと温かいと思うんだが……どう思う……?」

「………一緒に寝ろ、と言っているのか?それは」

「分かってるのに……聞くなよな全く。……ほら……早く……」



そうして七夜が首から手を外し、ぱふぱふと布団を叩いた。
湯たんぽ代わりにされている気がしないでもないが黙って布団に入り込んで七夜を抱きしめる。
眠気など殆ど無かったのに、腕の中でものの五分で眠った七夜を見ているうちに、いつの間にかオレも温かな眠りへと誘われていたのだった。



-FIN-






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