ルーベライト




暇だ、と大きく欠伸を一つ。
しかしここはまだ布団の中で、ぬくぬくとした温かみが体を包んでいる。
何時もは隣にいる筈の男も、何か街に用事があるようで、朝から居ない。
だからこそ、こんな時間までこうして寝こけていられるのだが。
部屋の中は夏には無かった涼しい気で満ちており、きっと今日はまさに秋と呼べるくらいには寒いのだろう。
そう夢想して、冬が近づいたことに安堵と、そして不安をうっすらと感じた。
俺はどちらかと言えば、冬の方が好きで、それはまだ寒さのほうが我慢出来るという点と、あの冬の殺伐とした 乾燥感は俺の肌に合うという理由でだ。
だが、この俺が何回も四季をその体で体感できている自体、可笑しな事だと分かりきっている。
昔だったらこんな感傷に浸る事も無かったのに、弱くなった俺にはそんな感傷でさえ、無駄に頭をかき乱していく要因の一つだ。
…………別の事を考えよう。
そう自分に言い聞かせて、頭の中を切り替える。
そういえば一体男は何処に行ったのだろう。
男が此処を出て行ったのは早朝とは呼べぬが、俺にとってはまだ眠っているべき時間帯。
今はまだ布団の中にいるとは言っても、もう昼時くらいだと己の脳内時計がそれを告げている。
酒を買っているとしたなら、もう少しばかりかかるだろうか。
あの何にも執着しなさそうな男が唯一こだわるのが酒で、何時だって俺が焦れるくらいには迷ってから、大量の酒を買う。
その量といったら半端なく、改めて俺は男の笊さ加減を何時も思い知らされるのだ。
きっと今日も両手に酒瓶を抱えて山を登ってくるだろう男を空想してみる。
俺と買い物に行くときは、俺に手荷物の半分を渡すから、今日は何時もより重い荷物になっているだろう。
其処まで考えて、俺は自分の考えに苦笑する。
本当は全くもって重くも無い荷物を俺に渡すのは、空いた半分を繋ぐためだからで、俺の為でもあるという事を忘れていた。
どこまでも俺はアイツに甘くて、アイツは俺に甘い。



(…………もうちょっと眠るか)



そう思い、ずり下がっていた布団を自身で肩にかけ直した後、俺は再び惰眠を貪る為にその目を閉じた。



□ □ □



「…………七夜」



さらり、と髪を撫でていく感覚を寝ぼけながら感じとって、俺は目を開ける。
すると目の前には、俺が目覚めるように優しく名を呼ぶ男が居て、俺はそっとそれに答えるように眠い目を擦った。
二三度目を擦って視界を良好にすれば、外から入ってくる僅かな光の中、男の姿が浮かび上がる。
まだ先ほどよりも其処まで光が入ってくる量が減っていないことから、そんなに時間は経っていない事が分かり、自分でも驚くくらいに一瞬で寝こけて しまったのだと内心で思う。
まぁ、確かに、眠ることは嫌いでは無いし、寧ろ好きなほうだが。
ふ、とそんな事を考えていると、男の何時でも熱く、武骨な手が俺の頬を撫でてきて、そのまま髪を掻き揚げてくる。
俺はそんな男の手を取り、上半身だけ起こすと、すかさず男が俺の額に唇を寄せた。
その軽くもくすぐったい行為に、俺は答えるように、男の掌にキスを落とす。
何時も外に出る際は着けている防具はそこには無く、かさりとしてはいるが、けして荒れてはいない男の肌をそこに感じた。



「…………おかえり」


「…………あぁ」



漸くそう言ってみれば、男はそれに頷きと笑みでもって答えてくる。
何故だろう、心なしか男から甘い匂いがするような気がして、キスを落とした掌の匂いを嗅いで見る。
すると、やっぱり甘い匂いがしてきたので、男の顔を覗いて見ると、何故か優しい顔をした男と目が合って、胸の辺りがドキリと跳ねた。
その事に、畜生、と内心舌打ちをしてみれば、男がそれを宥めるように今度は頬に口付けをしてくる。
その甘い雰囲気に寝起きから流されるのも悪くは無いと思ったのだが、何か男が隠しているように感じられたので俺はわざと少し大きめの 声で男に問いかけてみる。



「…………アンタ、甘い匂いがするんだが」


「……そうか?」


「あぁ。…………何してきたんだ?」


「ただの買い物だが」


「…………ふーん」


「それにそれらはお前の為に買ってきたものばかりだ……だからそろそろ起きろ」


「え?……ちょ、っと……」



俺が何を、と言う前に男の手で俺は布団から出され、ふわりと抱き上げるように立たされる。
緩やかに着地した畳は微かに冷たく、布団というものの偉大さを改めて感じた。
しかしそんな思いに浸る間もなく、俺は男に顔を洗うように命じられて、渋々寝室と連なっている居間に入り、そのまま風呂場へと向かう。
居間に入ってすぐに、俺は男が買ってきた物が入っているビニール袋の量に驚いたが、とりあえずは洗顔が先だと其処を通り抜けた。
風呂場は朝、男が入ったのか微かな湿り気が空中を漂っている。
その中に足を踏み入れると其処に置かれた桶に入ったまま使用されていない水を両手で掬い上げ顔を洗う。
冷たさに我慢しながら何度か水をかけると、先ほどより意識がハッキリとしてきて心地がいい。
そうして風呂場から出ると、濡れた手でタオルを探して雫をふき取り、そのまま顔もふき取った。



「…………ふう」



そして其処まで大きくは無いが置いてある鏡越しに乱れた衣服を直してから再び居間に戻ると、美味そうな匂いが漂っている。
朝も昼も食べていなかったせいか、腹の虫は素直にその匂いにつられて小さく鳴いた。
そして俺自身もまるでつられるように男がいる筈の炊事場に足を進めてみる。




「…………」


「顔は洗ったのか?」


「……ん。……ってか、何でそんな豪華なんだ?」


「…………忘れているのか?」


「……何かあったっけ?」



覗いていた所を男に手招かれて土間造りの炊事場に下りる為、下駄をつっかけてから近寄ってみると、何時もよりも豪華な食事が作られていて驚く。
しかし理由を聞いてみると、まるで俺の方が可笑しいかのような反応をされて戸惑ってしまう。
本当に何かあっただろうか……と思考を張り巡らせていると、不意に男に手を伸ばされて抱きしめられる。
何時もなら気恥ずかしくて抵抗しているのだが、抵抗する暇すら与えられずに耳元に言葉を囁かれた。



「……本当に覚えていないのか」


「…………?」


「今日はお前の誕生日だろう」


「!……だって、それは俺の誕生日じゃない、し……」


「……しかしお前が生まれたというのは今日だろう」


「……そりゃ、『志貴』として生まれたと定義したらそうなるかもしれないけど」


「…………」


「……けど、…………嬉しいな、こうやって祝われるのも」



素直な気持ちを伝えてみる。
例え俺に誕生日などというものが無いとしても、こうやって男に祝われる事が何より胸に響いた。
そして俺自身が忘れていた事を覚えていてくれた男に、また愛しさが増す。
……その事は、まだ素直に言えないのだけれど。
男が俺を愛おしげに見つめてくるので、俺は火照る顔を必死にばれないようにしながら男の胸に顔を押し当て感謝の意を述べてみる。



「…………だから、その……ありがとな」


「……あぁ」


「…………笑うなよ、ばか」



男が含み笑いをしているのが分かって、思わず照れ隠しにそんな事を言ってしまう。
すると、男は俺の隠している顔を勝手に掬い上げて、そのまま唇にキスを落としてくる。
そうしてそのまま離れると、男は少しだけ済まなそうな、それでいて何かを含んでいる顔で言葉を紡いだ。



「……贈り物についてだが」


「?」


「お前は余り何かを欲しがらないから何を買っていいのか分からなくてな……」


「……欲しいものはあるか?」


「……これ以上欲しいものなんて無いよ。……分かっている癖に」


「……そうか」



笑いながらこういう問いかけをする所は、男の悪い癖でもあり、また好ましい所でもある。
だから今度は俺から男にキスをすれば答えるように強く抱きしめられた。
幸福とはこのような事だと改めて感じてしまう俺は変わったのだろうか。
それならば俺はそのままで居たいと思う。
そう、男の腕に抱かれながら思った。



-FIN-






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