A Queen of the Night


※軋間さん×悪魔七夜のパラレル物です



くそっ、と小さく口の中で呟く。
一体どうしてこんな辺境の地に埋葬機関の代行者がいるのか。
良く分からないままたどり着いた森の中を傷ついた身体を引きずりながら歩く。
しかもあれは普通の代行者ではない。
黒鍵何て言う古臭い武器から始まって、数秘紋、果てにはドラクルアンカーときた。
その為、今まである程度の代行者ならば簡単に捩じ伏せて来た俺が、かなり接戦を強いられてしまった。
しかし結果的にはギリギリで俺が打ち勝ち、あの青髪の相手は暫く動けないだろう。
だがこちらとしては命があるというだけで、最悪の傷を負わされていた。


「……っう……」


背に手を伸ばし、血に塗れたそこに触れると、激しい痛みが襲って来る。
本来夢魔やら悪魔やらと呼ばれる存在の俺が街に出るのは本当に、珍しい事だ。
あるとするならば、それは腹が減っていたり、退屈だったり、人間に呼び出されりだったりと様々だが、今回はただ暇だった。
しかし玩具を探している内に、死徒とやらを探していたあの女に運悪く見つかり、戦闘になってしまったのだ。
……本当に今回は失敗した。
何故なら、今も尚、あの女から逃げようとこの訳も分からぬ森の中を宛も無いまま逃げているからだ。
適当な道を、適当に来てしまった為に此処が何処なのか検討もつかない。
その上、何時もならば安々と飛んで帰れる筈だというのに羽を切り飛ばされては帰れもしない。


「……何処か……餌になる奴……」


息も切れ切れにそう呟くと、まるでその言葉を待っていたかのように強い気配を微かにだが感じた。
それは俺のような奴を巧みに引き付ける誘蛾灯のような、そんな甘い雰囲気を漂わせている。
それが何なのかは分からないが、恐らくこの辺りに強い力を持った奴が居ることは確かだろう。
俺は一度喉を鳴らしてから傷だらけの体を引きずり、ひたすらに森の奥へと進んでいった。



□ □ □



キィ、という本当に小さな音の後、気配を殺してはいるものの、誰かの気配を感じてオレはボンヤリとまどろみ始めていた意識が急速に覚醒するのを感じる。
その侵入者は足音を殺してこちらに近付いてくるが、まだ捕らえるには距離が空きすぎている。
もっと、近寄ってきてからではないと向こうもそれなりの力を持っているだろうから逃げられてしまう。
そう咄嗟に判断し、上手く狸寝入りを決め込む事に決めた。


(……奇襲にしては殺気が無いが……)


布団の中でそう考えるが、何時襲われるかなど、襲う本人にしか分からないのだから考えるのを止めた。
そうしてその気配はオレの眠っているすぐ横で止まり、微かなきぬ擦れの音と共に小さな呟きが聞こえてくる。


「……男かよ……」


その小さな声は恐らく青年の物であるが、その呟きの真意は分からない。
夜ばいでもするような下卑た響きにも聞こえないそれは小さな呻きによって中断される。


「……まぁ……寝てるなら分からないか……悪いな、……ちょっとだけ……」


その呟きを合図にオレは目を開き、半ば覆いかぶさってきていたその人物に逆に覆いかぶさり、暗闇の中その暴れる腕を捕まえる。
闇の中なので良く顔は見えないが、掴んだ腕は所々何かで濡れているようだった。
眠っていたと思っていた人物が起き上がったものだから、目の前の人物は逃れようとその身を動かすが、 オレが少し強めに腕を握ると、小さなうめき声をあげて抵抗を弱めた。


「……誰だ、貴様は」

「…………」

「……誰だ、と聞いている」

「……っく……」


オレはその細い腕を後ろで一纏めにしてから頭上にある電灯の紐を引く。
夜目は利く方ではあるが、より正確に侵入者の顔を確認しておくことが必要だと判断したからだ。
カチリ、と小さな音がして一気に辺りが明るくなる。
始めに目に飛び込んできたのは、真っ赤な鮮血と、それと対比するかのような漆黒の衣装と片翼だった。
先ほどぬるついていたと思ったのはこの鮮血のせいだったのだろう。
そうして俯いている青年の顔を良く見てやろうと、オレは半ば無理矢理にその手を引き、自分の方に寄せる。
そのまま顎に手を掛け顔をあげさせる。瞬間、息を呑んだ。
白い肌に赤い血が流れてはいるものの、美しい顔容である。
そして長い睫毛に縁取られた瞳は灰色で、弱っているのか力が無い。
瞳と同様に灰色の髪からは黒い角が二本生えていて、この青年が人間で無い事が良く分かった。
そうしてさらに観察を続けると、黒い尻尾が生えていて、所在なさげに揺れている。
先ほど確認した翼は始めから片翼だったわけでは無く、刃で切り飛ばされたようだ。
一目見ただけでも分かるくらいの酷い怪我である。
オレは思わず掴んでいる腕を離してしまった。
するとぐったりとしていた青年がこちらに寄りかかってくる。
本来なら避けるべきなのだろうが、余りにも痛ましいその姿にオレはついその体を支えてしまっていた。


「…………」

「…………」


そうして暫く黙ったまま、その血まみれの体を抱いていてやる。
痛むのか震えているその青年はこちらの寝巻きとして着ている浴衣を握りこみ、必死の思いで立っているように見えた。
オレは青年の体を支えたまま、その場にゆっくりと座り込む。
殺意も見られないようだし、流石にこの状況では逃げる事も出来ないだろう。
何の為にオレの所に来たのかは分からないが、良いのか悪いのかオレは人外の存在には慣れている。
上手くオレの胸に収まっている青年は荒い吐息を洩らしながら、そっとこちらを見遣ってきた。
そして小さな声で囁く。


「……なんで……?」

「……何がだ」

「…………」


敢えてそう答える。オレだってどうして見ず知らずの侵入者を容認しているのか分からないのだから。
そして黙っていた青年は躊躇うような素振りを見せた後、しっかりとオレの瞳を見据えながら呟いた。


「……アンタの力を……少しだけ分けて欲しい」

「…………」

「…………」

「…………それをする為に此処に入ってきたのか?」

「……う……」


気まずそうに青年が僅かに頷く。しかしオレはそれを責める気はもはや跡形も無くなっていた。
とりあえずそれで青年の傷が治るのならばそれをする事が先決だろう。


「……何をすれば良い」

「……良いのか……?」

「早くしないと、……死ぬのだろう」

「…………死ぬ、か」


その言葉に自嘲めいた笑みを浮かべた青年に知らないフリをして、青年の動きを見つめる。
青年はそれに気がついたのか、そっとオレの頬に手を添える。
何をされるのかは分からないが、多少の事ならば問題無いだろう。


「……本当に、良いのか」

「……あぁ、……別に全てを奪われるわけでは無いのだろう」

「…………そう……だけど、さぁ……」

「…………」

「……目、瞑ってくれ」


そう言われ、オレはそっと目を閉じる。
そのまま待っていると何かが唇の上に触れてくるのが分かった。
その感覚に思わず薄目を開くと、目を伏せた青年が目の前に見える。
柔らかな感覚は青年の唇だったようだ。
本来なら男であるオレが恐らく雄である青年と唇を合わせる事に嫌悪感を抱く筈なのだが、別に何の感慨も沸いては来ない。
寧ろこちらに気を使っているのか羽毛のような軽さで触れてくる青年にじれったさを感じるくらいだ。
なのでそろりとその唇を舐めてみる。鉄の味がして、腕の中にいる青年の体がビクリと強張ったのを感じた。
だがそれに答えるように青年の舌がこちらの舌先を突付く。
オレはそれを絡め取るようにして、さらに深く口付けてやる。
恐らくだが深く口付ければ口付けるだけ、オレから流れ込む『何か』の量が増えているような気がするのだ。
さらに言えば、深くすればするほど青年がこちらに追い縋ってくる様は、妙に、欲を煽ってくるような気さえする。


「…………」

「……ん……」

「……ッ」

「……ん、っむ、む……!」

「…………」

「……っは……ぅ……う……」


ちゅぱ、という音とともに唇を離してやる。
目の前には恍惚とした表情の青年が居て、その顔についた赤いものを拭ってやると、青年が恥を忍ぶように伏し目がちになった。
そうして不意に青年がその体を震わせる。
何事かと思ってみていると、青年の背中から蝙蝠のような翼がバサリと音を立てて生えた。
そうして何度か羽ばたいた後、その翼が折りたたまれる。
どうやら傷は治ったようだ。先ほどの辛そうな顔とは違い、青年の顔に血の気が戻ってきているのが良く分かった。


「……治ったのか」

「……うん……というか……」

「なんだ」

「あんな……激しくする必要、無かったのに……」


僅かに顔を赤らめ、目を潤ませている青年がそう呟く。
確かにそれはそうだが、それに乗ってきたのはそちらだろうに。
オレの言いたい事がわかったのか、青年は不満げな顔をして先の尖った尻尾を揺らした。
さて、この青年の命を救ってやるのは終わったのだし、そろそろ先ほどの答えを聞いても良いだろう。
そう考え、オレは腕の中に居る青年を見つめる。
青年は自分の血で汚れてしまったオレの浴衣を気にしているのか、申し訳無さそうにしていたが、オレが 見つめているのに気がついたのかそっと此方を上目遣いで見返してくる。


「……お前は何者だ?」

「…………一応、悪魔、かな」

「そうか」

「驚かないんだな。……まぁ、アンタも完全な人間じゃないみたいだし」

「……分かるか」

「だって、まず気配からして違うし」


先ほどよりも幾分か饒舌になった青年は未だその顔を僅かに赤らめながらそう愉しげに言う。
気配についていうという事は此処にはオレの気配を感知してやってきたのだろう。
怪我の原因について聞こうかとも思ったが、それよりも聞くべき事を思い出した。


「それで……名前はなんという?」

「…………」


そう呟くと途端に青年の顔に動揺が走る。
何か不味い事を聞いただろうか、と思って今の言葉を取り消そうと思ったが、何時までも名を呼べないのは困ってしまう。
それに逡巡しているらしき青年に余計な事を言って、考えを中断させたくは無いのだ。
……そんな綺麗事を考えていても、要はこの青年の名を知りたいだけな自分に苦笑してしまう。


「なぁ」

「ん?」

「…………名前、言うのは良いけど……アンタの名前先に聞きたい」

「あぁ……オレは、軋間紅摩だ」

「きしまこうま?」

「……あぁ」


首を傾げながら問うてくる青年にそう答えると嬉しそうに青年は口の中で何度かその響きを確認するように呟く。
互いに血に汚れているというのに、どうにも甘い雰囲気というものが漂っているように感じられて、自分でも驚いてしまう。
そうしてオレがそっと答えを促すように頬を撫でてやると、気がついたのか青年がそっと囁いた。


「……シキ」

「…………」

「他の奴に教えたらダメだからな」

「……何故だ?」

「だって、」


ふわりと閉じられていた翼が開かれ、その存在を主張してくる。
なんとなくだが言いたい事が理解出来たような気がした。
だがその口からきちんと説明を受けるべきだろうと黙ったまま続きを待つ。


「……」

「……悪魔は自分の名を知られる事が一番不味いんだ」

「……」

「だけどアンタは俺を助けてくれたし……」

「ではそれが真名なのか」

「…………うん」


嘘をつけば良いだろうに、敢えて本当の名を告げた青年に好感を抱く。
だから自分でも驚くくらい優しい声音で青年の名を呼んでみる。


「……シキ」

「……なんだよ」

「……」


暫し黙ったまま見詰め合っていたが、不意にシキが外を見遣る。
何時の間に時間が経ったのか外が僅かに明るさを取り戻し始めていた。
そうしてシキがそっとオレの腕より立ち上がり、此方を見下ろす。
その目は酷く寂しそうに見えた。


「シキ?」

「もう行かないと……この恩は必ず返す」

「……帰り道にまた怪我をするなよ」


そう囁くとシキが薄く笑って、その姿を一瞬で無数の蝙蝠に変えてしまう。
そのまま僅かに開いた窓から外へと出て行ってしまった。
まるで一瞬の夢のようにも感じられたが、服や体に残った赤い物を見て夢ではない事を理解する。
とりあえず血で汚れた体を清める為に風呂に入ろうとオレも立ち上がった。



□ □ □



あれから起きている間、ずっとシキの姿を思い返していた。
まるで今朝の事が夢のようにしか感じられなかったからだ。
だが名を覚えているという事は夢ではなかったという事だろう。
そうして何時ものように日々を終え、シキが来るかもしれないという僅かな希望を抱きつつも何時もより遅い時間帯に布団に入り眠りについていたのだが。


(……)


ふわりと何かの気配を感じて目を開ける。
そうして上体をあげると、その侵入者は僅かに驚いたのかその身を強張らせるがすぐに緊張を解いたのが分かった。


「……なんでアンタそんな直ぐに起きるんだよ」

「寝ていないと不味かったか?」

「……別に良いけどさ……いや、良くはないか」

「?」


そう言いながらシキはその翼を折りたたみ、オレの布団の横に座り込む。
窓から差し込む月明かりがその姿を一層、引き立てているように感じてしまうのは、オレが可笑しくなってしまった からだろうか。
それにしても今日は昨日と違ってお互いに落ち着いて会話が出来るだろう。
だがシキは些か不満げなようで、オレは思わず問うていた。


「…………」

「どうした」

「え……」

「何か不満げなようだが」

「……今日は礼に来たんだよ」

「あぁ」


しかしその先は言いにくいのか、シキが言葉を言い澱む。
そうして静かにシキの声がオレの耳に入ってくる。


「俺は本来夢を見させてそこから精気を奪うんだよ」

「……」

「昨日は余りにも性能が落ちてたから直接力を貰うしかなかったんだけどさ」

「……それで」

「皆その夢を悦ぶんだよ。だからアンタにも見せてやろうと思って」

「…………」


パシ、とシキの尻尾が畳を一度打つ音が辺りに響く。
思わず絶句してしまったが、シキにとってはなんの変哲もない何時ものことなのだろう。
ただ今回は偶然にオレと知り合い、そうして今日もオレが起きていたからこそ、こうして説明をしてくれているのだ。
しかしシキは慌てたように再び言葉を紡ぐ。


「あ、でもアンタから昨日いっぱい力を貰ったから、取ったりはしないぞ?」

「…………」

「本当にただ夢を見させてやろうと思っただけで……」

「その、夢というのは一体……?」


恐る恐るという具合にそう聞いてみる。
一度シキは首を傾げた後、さも当然の事を言うかのように言い放った。


「そりゃあ、自分の好いている人間と愛し合う夢に決まっているじゃないか」

「…………」

「……なんだよ其の顔」

「……いや……」


色々と言いたい事はあったが、とりあえず一度ため息を洩らす。
そんなオレを見つめているシキに気がつき、そっとその角が生えている髪を撫でる。
さらさらと煙色の髪が手の中で泳ぐ様は美しく、思わず見惚れてしまう。
もうオレはこの悪魔に心を奪われてしまったのかもしれない。そう思えるほどに。
たった一夜、傷だらけで此処に押し入ってきた本来なら唾棄すべき存在だというのに受け入れ、そうして今宵もこの存在を待ち焦がれていた。
自分でも驚くほどのこの心の在り様は一体どうしたものだろう。
そんな考えを潜ませている俺に気がついていないのか、シキは心地良さそうに伏せていた目をそろりと開けてその灰色の瞳で見遣ってくる。
電灯をつける方が良いのだろうが、もう暫しこの薄暗く濃密な空間の中に居るシキの姿を見ていたい。
そんな邪な思いを抱きながらシキを見つめているとシキがそっと笑って此方を見る。


「…………」

「それにしても、何時になったらアンタに礼が出来るのやら」

「…………」

「アンタ、俺の気配を一瞬で察知してすぐ目を覚ましちまうからなぁ」

「別に礼などいらん」

「でもそれじゃあ俺の気が済まないんだよ。昨日の服だって、血、落ちなかっただろ?」


その呟きに俺は洗濯をしたのだが結局血痕が落ちずに捨ててしまった浴衣を思い出す。
畳にも数箇所血が落ちていたのだが、急いでふき取った結果其処まで残らなかった。
だがやはり浴衣に着いた血の量は畳のそれよりも多かったからだろう。
しかしその程度の事で礼などと言われてそのような夢を見させられても此方としては困ってしまう。
何よりもシキがオレに礼をしたが最後、二度と此処には現れないような気がして、それも嫌なのだ。


「……別に気にすることはない。それにそのような夢に興味も無いしな」

「そうはいかないさ……悪魔はそういう所、結構キッチリしてるんだよ。……それにしても興味が無いって本当か?」


すらすらとオレの言葉に返答するシキが、最後の言葉に驚きを滲ませながら聞いてくる。
オレはそんなシキがどうにも小動物か何かのように思えて、分からないくらいの含み笑いをした。
そんなオレをしり目に、シキがオレの上に跨ってくる。
あまりに唐突で、上手く理解する前に思ったよりも軽い其の体がオレの上に乗ってきた。
何を考えているのかと思っていたらシキの目が愉しげに光っている事に気がつく。


「……」

「本当に興味ないのか?」

「……それを知ってどうする」

「だって今までの人間は皆、気持ち良い事が好きだって言っていたぞ」

「…………」

「始めは戸惑っているくせにさ、こちらがちょいと誘う素振りをしてやるとすぐ獣みたいに飛びつくんだ」

「それは夢でか」

「そうだよ。それで俺、最後に絶対に聞くんだ『気持ちよかった?』って」

「…………」

「みんな、夢なのにまるで本当になったみたいに悦んで、『うん』って言うんだよ」


くすくすと愉しげに笑うシキを見て始めて悪魔らしい部分を見たな、と随分と冷静な頭でそう考える。
だが愉しげにしているシキの表情の中に、確かな寂しさを見たのは間違いでは無いのだろう。
だからオレはわざと意地の悪い質問をしてみる事にした。


「……お前はどうなんだ」

「え?」

「そういう人間達を見てきて、ただ嫌悪と憐れみだけを感じたのか?」

「…………別に、ただそれだけしか……」

「……それならば何故、そんな風に言う」

「…………」

「何も感じないほど、お前は愚かではないと思うが」


そう言って、シキの頬を擦ってみる。
すべらかなその頬は、ゆるやかな吐息と共に微かに動き、そうして躊躇うようにシキが言葉を紡ぐ。
ふわりと後ろで動く翼と揺れ動く尻尾はまさにシキの心情を表しているようだ。


「……そりゃあ、まぁ……他にも色々思った事はあるけど……」

「……」

「所詮悪魔である俺に人間の思考なんて分からないよ。俺は自分の機能を保つために人間に夢を見せてるんだから」

「それでも思う事があったのだろう」

「……俺はさ、どちらかというと人の想いに呼び出されるんだ」

「……あぁ」

「自分から余り餌を探す事も少なくてさ」

「……」

「だから今まで大体、その人間の想いの強さに引寄せられる事が多かったんだよ」


そこまで言うと、一旦シキが吐息を洩らす。
静かに続きを待っていると、シキが再び話し始めた。


「……それでさ、……それくらい強い想いってどんなのかなって」

「……」

「これでも一応、何百年も生きてるんだよ。……でも、何時まで考えてもその答えは出ないんだ」

「……」

「……って、どうでも良いな、こんな話。俺と話を出来る奴に逢うの始めてだからかな……すまない」


そう言って肩を竦めたシキに対してオレは触れていた手をそっと動かし頬を撫でる。
シキはその動きに一瞬瞳を細めた後、軽やかに笑う。
そのあどけなさの残る表情にオレはずっと考えていた事を話そうと口を開いた。


「シキ」

「……なんだ?」

「礼の件だが……」

「ん?何かして欲しい事でも出来たのか?」

「あぁ」


そう言うとシキは嬉しそうにこちらの肩に手を置き、近づいてくる。
オレは一度薄く笑った後、ゆっくりとシキに教え込むように囁く。


「毎夜でなくてもいい、たまに来てオレの話し相手になってくれ」

「…………え……?」

「嫌か」

「嫌、では無いけど……そんな事で良いのか?」


ゆらゆらとシキの尻尾が愉しそうに揺れている。
口ではどうでも良いかのように言っているが、その実、案外嬉しいのだろう。
だからそれに頷いてやるとシキが胸元に擦り寄ってくる。
まるで懐いた子猫のようだと思いつつ、髪を撫でてやった。


「オレには知り合いも余り居ないからな。……『そんな事』では無いぞ」

「……そっか」

「……シキ」

「……っぅ……」


思いつきでシキの耳元でその名を呼んでみる。
するとふるりと腕の中のシキが震えた。
そうして恨めしそうにこちらを見上げてくる。
しかしそんなシキの髪を一撫ですると、シキは再びオレの胸に顔を寄せてくる。
まだ朝になるまで時間はたっぷりある、今日も中々眠りにつく事が出来なさそうだと小さな苦笑を洩らした。



-FIN-




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