アンスラックス




男が大きな手で俺の頬を撫でる。
温かく、かさついたその手はまるで俺の心まで撫でていくかのようだ。
その手から逃れようとするがそれを男はけして許してはくれない。
檻のように俺を布団に押さえつける男を見上げると長い髪の隙間から柔らかな光を点したその目と視線が合う。
そんな目で俺を見るのは止めてくれ、と視線で訴えるがその心を読んで貰える訳も無く男はゆっくりとその唇を動かした。


「……七夜」

「……やめろ、……」

「何故だ?」

「…………」


クス、と笑って言った男の問いに俺は答える事が出来ない。
甘くも優しいその声の響きにどうしたって俺はムズ痒さを感じてしまうのだ。
でも男はそれを分かっていてわざとそれを行ってくる。
こんなにも煩わしいのに、心は何処かその言葉を待ちわびている。
情けないと思っても、それすら男は包んでしまう。
男の頬を撫でていた手が今度は髪を撫でるように梳かしていく。
その感覚に背中にぞくぞくとした痺れが走った。


「……細い髪だ」

「……っぅ…………」

「……」


その声に俺は思わず両手を男の胸に当て、抵抗してみせる。
だが男にはそんな抵抗などまるで意味の無い事で、薄く笑った男は俺の髪を撫で梳かしながら俺の額にそっと口付けをしてきた。
そのまま何度も顔の様々な所に口付けを施される。
その行為に俺の抵抗は段々と弱まり、男は逆に髪を梳かすのを止め、口付けに集中しているようだった。
ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てながら男の薄い唇が顔に落とされる度に敏感になった身体が震えてしまう。
俺はそんな状態に耐え切れず、精一杯の強がりを零す。


「おい……、何時までそうしてるつもりだ……!」

「……ん?」

「するならするで……さっさとしろ……!」

「……まぁそう言うな」


そう言った男は首元に口付けてから俺の耳元に顔を近づけた。
その吐息が耳朶に掛かり、思わず爪先がシーツの上を滑る。
そうして男が食むように耳朶を噛んでは舐める感覚に自分の声とは思えぬ声が唇から漏れ出てしまう。


「……っぁ、あ……おい……やめ……」

「……愛らしいな、七夜」

「……―――ッ!」


まさかのその台詞に顔が瞬時に熱を帯びる。
今まで余りそんな直接的な台詞など吐かなかったくせに、何故今日はこうも俺を甘やかすのか。
……もしかしてこのまま俺を殺すつもりなのか、と思うくらいに。
その想像をした瞬間、男に与えられた心臓がさらに鼓動を早めた。
其処まで俺は被虐的思考では無かった筈なのに、と思ったが男は俺の思いを感じ取ったのか耳元でそっと笑う。


「……どうした?」

「……もう、……なんだよ、お前……勘弁してくれ……」

「……たまにはいいだろう」

「!……ひゃ、……よくな、い……!」


ぬるりと舐められ声が出そうになるのを必死で抑える。
しかしその俺の努力を崩すのを楽しむかのようにぴちゃりと濡れた音が腰に響く。
そうして男が唇を離した後、まるで注ぎ込むかのように囁いた。


「……好きだ」

「……、……あ……」

「……ななや」

「……軋間……」

「……可愛いな」


その声に脳内をどろどろに蕩かされ、掻き混ぜられているかのような思いのまま男の着物を掴み、まるで縋るように囁いていた。


「……はやく……軋間、……もう、焦らすな……!」

「……っふ……どうしたものか……」

「……きしま……!」

「……」


俺が雫の滲み始めた目で男を見上げると、男の余裕のあった瞳に確かな炎が点るのを見る。
そうして男が今度こそ俺の唇に口付けた。



-FIN-






戻る