庵へと戻る山道を男と二人ゆったりと歩む。
秋も深まり森の中でも段々と寒さを感じるようになってきた。
しかしその分、木々はその葉を美しく色を変えていく。
そんな風に考えながら俺は手に持った紙袋を再び抱えなおす。
ガサリと鳴った袋の中には町でしか買えない食料やら日常品やらが入っている。
「……なぁ」
「……ん?」
俺は少し前を歩く男を見ながら声を掛ける。
するとその場で留まった男は振り向きながら落ち着いた声音で答えを返してきた。
なので俺はその男の隣に近寄り、秘密めいた様子で囁く。
「……ちょっと寄り道していかないか?」
「寄り道?」
「ほら、……紅葉が綺麗だから」
そう言って顔を上げた俺に釣られるように上を向いた男は俺の言葉に納得したのか再び此方を見遣ってからそっと微笑む。
「……そうだな」
そう言った男は俺と同じように手に持っていた荷物をガサリと鳴らしながら、帰る道とは少し反れ、小川へと向かう道へと向かった。
□ □ □
「もう秋か……この景色を見るたびに思うよ」
「そうだな」
「……アンタとこうやって過ごすのも、結構長いよな」
「……嗚呼」
小川の見える木の根元で二人座りながらそんな話をする。
さらさらと流れる川にはその上に茂っている木々の葉が落ちては流されていく。
そうしてそんな景色を見ていると微かに吹く風に前髪がふわりと散らされるのでゆるく頭を振って其れを元に戻す。
男はどちらかと言えば寡黙で、最初は俺も男の反応の薄さに苛立ちを感じた事もあった。
けれど今では顔を見ればその寡黙さの奥に何よりも強い思いを秘めた男の感情を大体読む事が出来る。
逆に今ではそれが分かりすぎて恥ずかしさすら感じてしまうくらいだ。
「……もしかしてアンタ、俺が来てからの日数とか覚えてないよな」
「さてな」
「……なんだそれ」
俺はそのまま隣に居る男を見遣ると、愉しげな顔をしているので冗談っぽくそう聞いてみる。
すると、くす、と笑った男に俺はもしかしたら覚えているのかもしれないと内心思いながら男の指先に手を伸ばす。
「……」
「……指先が冷えている」
「……そうか?……じゃあ、温めてくれよ」
男はそのまま黙って俺の手を握りこむと、そう呟いた。
俺の手を包んだ男の手は俺よりもずっと温かく、生きている感覚に満ちている。
……昔はそんな事にも悩んでいた時もあった。
けれどそんな俺を全て包んで、そうしてその温度すら俺に分け与えると言った男の言葉が何よりも嬉しかった。
だから俺は男を信じるのと同時に、ぐだぐだと悩むのを止めた。
「……其方の手も出せ」
俺がそんな事を考えている間にも男は微かに悩んだような顔をしていたが不意にもう片方の手を出し、囁く。
なので俺は首を傾げて男を見遣ってから握られていない方の手も差し出した。
すると男は俺の両手を柔らかくその大きな手で包んでゆるゆると摩る。
そんな男の行動は流石に読めず、一瞬虚を衝かれてしまう。
だが労わるように俺の手を温めるように揉んでは摩る男に俺はつい噴出してしまった。
「……っく、……」
「……なんだ?」
「……いや、本当に温めてくれるとは思ってなかったんだよ」
「……」
黙り込んだ男は微かに不満げではあるが、それでも俺の手を摩る手を止める事は無い。
俺はそんな男に向かってそっと微笑みながら囁く。
「まぁ、でも、……ありがとな、軋間」
「……七夜……」
ざぁッ、と不意に強い風が吹く。
その風に煽られるように赤く色づいた葉が一層舞い散った。
そうしてその隙にそっと此方に顔を寄せた男に軽く口付けを施される。
そうして離れた男は至近距離で甘く囁いた。
「……そろそろ帰るか、七夜」
「……本ッ当にアンタはたまに性質悪いよな」
「……それをお前が言うのか?」
大して表情を変えないまま男はそう言った。
しかしその瞳の奥に悪戯に成功した時のような光を宿している事に俺はしっかりと気がついている。
だがそれよりも俺は自分の頬が僅かに熱を持っているのに気がついてしまって、気がつかれない程度に視線を逸らした。
だがそれを男は読んだのか、軽く俺の両手を握ると再び軽く口付けてくる。
「……おい、……」
「なんだ……此処にも紅葉があるな」
「……馬鹿か」
くすりと笑った男に俺は今度こそ視線を逸らし、その手を離す。
そうして足元にある草を踏みしめながら立ち上がり、隣にあった荷物を手に取る。
そんな俺を見ていた男は俺と同じように立ち上がり、もう一つの荷物をその手に取った。
俺はそんな男に向かって空いた方の手を差し出しながら呟く。
「……軋間」
「……」
そんな俺の手を見た男は目を細めるようにして笑いながらその温かな手を俺の手に絡ませる。
絡んだ指先から男の脈が伝わってくるのが分かった。
そうして男の温度は心地よく俺の身体に取り込まれる。
そしてそのまま何時もよりゆったりとした足取りで二人、小屋へと戻る為に歩みだした。
-FIN-
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