春宵の嬉戯




囲炉裏の傍に座りながら気だるげに煙管を燻らせている男を見遣る。
随分前に男に負けた俺をこの庵に連れてきた癖に、何もしないまま飼い殺しにしている男の意図は分からない。
俺が幾ら理由をきいても男は答えようとしないし、脅すように刃を向けるのでさえ、ただ此方をその真っ直ぐな視線で見遣ってくるだけ。
何時しか俺はそんな男に猜疑心を持ちながらも、何も言えなくなってしまった。
其れほどまでにこの庵は住み心地が良いのだ。
しかしふと、久々にまた理由を男に問いかけてみたくなった。


「……なぁ」

「……なんだ」


ふ、と紫煙をゆるりと吐き出しながら俺の声に答えた男はその視線を上げて此方を見遣ってくる。
この男の考えは未だに理解出来ない事の方が多い。
俺はそんなことを思いつつ、言葉を選びながら紡いだ。


「アンタがさ、……俺を此処に置く理由をいい加減教えてくれよ」

「……」

「……なぁってば」

「……知りたいのか」


もう一度ゆるりとその煙管に口をつけ紫煙を吐いた男は空いている方の手をあげ、俺に向かって指先で此方に来るように指示してくる。
俺は仕方なくその手の通り囲炉裏の反対側にいる男の方へと近づく為に立ち上がり、向かった。
畳張りの床は素足に心地よい。そんな風に思いながら男の隣に座り、男を見遣る。
男はそれに満足げに笑ってから近くにあった煙管盆を引き寄せ、その中に灰を落とし、再びその煙管に葉を詰めなおした。
そんなにもったいぶる事なのかと思いながらも見ていると男がその煙管に火を点してから此方に手を伸ばしてくる。
そうしてくしゃりと此方の髪を撫でながら男が囁いた。


「……どうにも懐きにくい手負いの獣を飼っている感覚に近い、……この答えで満足か?」

「……は……?」

「なんだ?」

「……き、……さま」


俺は男の囁きの意味を一瞬理解出来ずに固まってしまうが、理解した瞬間に男の手を払おうと手を伸ばす。
しかしそれすら男には読まれていたらしく、その前に男の手が俺の髪から離れた。
切り付けようにも刃は今手元に無い。
ふ、と笑いながら俺を横目で見た男は火をつけたばかりの煙管を蒸かし始める。
そして男の唇からふわりと煙が吐き出された瞬間、俺は男に飛び掛るようにして掴みかかっていた。
だが男はそんな俺に対し微塵の動揺も見せずに身体を動かして、俺を抱きとめるようにしながら呟く。


「……そう怒るな、……冗談だ」

「……貴様、……何処まで俺を虚仮にすれば気が済む!」


俺は怒りが沸々とこみ上げてきて、男の首に手をかけ其処に指先を纏わりつかせる。
どうせ男には大して効かないだろうがそれでも苛つくものは苛つくのだから仕方が無い。
筋張ったその首元を両手で出来る限りの力で締め上げるが、男はいとも容易く其れを片手で外し、もう片方の手に持った煙管を口元に運ぶ。
そうして顔を逸らした男はふ、と煙を吐く。
そんな男を睨みつけていると男はそっと笑ってから呟いた。


「……では本当の事を言ってもいいのか?」

「?……どういう事だよ」

「……」


その言葉に首を傾げると煙管の灰を落とし、今度こそ盆に置いた男が掴んでいた俺の手を離してからそのまま此方の髪に触れてくる。
……こうやって男が触れてくるのにも大分慣れた。
それが良いのか悪いのかは分からないが、それでもその手は心地よい。
黙ってその手を受け入れていると男が今度は頬を摩っていく。
かさついているが荒れてはいないその武骨な手は熱い。
男の考えている事は理解出来ないが、それはふとした瞬間にこうやって戯れのように此方に触れてくるというのもあるからだ。
そんな事を考えていると、男の顔が近づいてくるので固まってしまう。
男はそのまま俺の耳元まで顔を寄せてから囁いた。


「……そろそろ気がついてもいいとは思うのだがな」

「?……!?」


男のその言葉の意味がよく分からず黙っていると、不意に男が俺の首筋に唇を寄せ、そこに口付ける。


「おい!……やッ、……め……」


その感覚にぞわりと身体が震えるが、完全に抵抗する前に頚動脈を辿るように舐められた所為で自分の物ではないような声が出た。
そうして男はそのまま其処に歯を立ててくる。
微かな痛みを感じていると今度は其処をまた宥めるように舐められた。
そうやって自分の急所を惜しげもなく弄くられていると、段々と甘い痺れが背中を這い上がり、俺は男の着物を握りこみその肩に顔を埋める。
すると男は片手を俺の背中に手を回し、もう片方の手で髪を梳かすように撫ぜた。
俺は流されてはなるまいとその着物を握りこんだ手の片方を一度離し、男の胸元を叩きながら半ば叫ぶように声をあげる。


「……ッ、お前、……いい加減にしろ……!!」

「……ふ……」

「……本当に……どこまで、……俺を馬鹿にすれば気が済むんだ……」


俺は男に舐められた首元に手を当てながらそう呟く。
赤くなった頬が何かの間違いだと思いたかった。
どうして此処まで男に虚仮にされなければならないのだろうと羞恥によってじわりと目に雫が滲むのを瞬きで誤魔化す。
しかし男は僅かに離れた距離を埋めるように再び俺の身体を抱きしめ、その低く柔らかな声で囁いた。


「……別に馬鹿にしているわけではない」

「……じゃあなんだよ……」

「……オレがお前を此処に置くのは、お前に興味があるからだ」

「……興味?」

「……端的に言うなら、お前を傍に置いておきたくなった」

「……」

「……どうした」

「…………それってどういう意味だよ、……訳がわからん」


俺は男の肩から顔を上げる事が出来ずに、そのまま男と会話を続けて いたのだが、最後はそっと顔を上げながら男に向かって声を掛ける。
すると男が抱きしめていた手の片方を離し、俺の前髪を掻き揚げ、額に口付けてきた。
いきなりの事で驚いてしまうが、労わるように口付けられたその感覚に不思議と嫌悪感は沸かなかった。


「……」

「……」


暫し黙ったままお互い見つめあう。
俺はその沈黙に耐えられず小さく呟いた。


「……いきなりなんなんだよ」

「……嫌だったか?」

「そういう事じゃなくて……もう良い、……なんかこういうノリの時のアンタに真剣に付き合っていると疲れる」

「……そうか」


俺はもはや考える事を放棄し、そのまま男の肩に額を乗せ、ため息を吐く。
握りこんだ衣服に皺が寄るのを理解しながらも敢えてそのままにするのはこのどうしようもない想いをぶつける先が他に無いからだ。
すると男は笑いながらそういうものだから結局俺は先に感じた怒りもまるで泡のように消えてしまっていたのだった。



-FIN-






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