ハイドランジア




脈打つ男の心臓に刃を突き立てたなら、きっと男は死ぬのだろう。
そうして男に生かされている俺もまた、その身を焦がして消えていく。
何処までも繋がりは深く、まるで蜜のように甘い。
男を汚すのが俺であれば良いと願うのと同時に、恐らく男も同じように考えているのだろう。
そうでなければ、こうやって俺の身体を奥までしゃぶり尽くす事などすまい。
……求めている、そうして、惹かれあっている。
まるで人間らしいその心のあり方は嫌いではない。
深く、男という存在を身体に刻み付けられる度に、俺の身体と心は歓喜の悲鳴をあげ、そうして果てる。
そんな陶酔の中、まどろむようにしながら柔らかな枕に顔を埋めた。


「……っは、……」


荒くなった息を整えるように呼吸を繰り返す。
そんな俺の髪を後ろから男の大きな手がくしゃりと撫ぜた。
そうやって優しさをこの行為に不断に盛り込む男の心意気はたまに苛立ちすら感じる程に、この心を荒らす。
けれどその行為を待ちわびている自分もまた、其処には存在しているのだ。
俺はそのまま俺の髪を撫で梳かしている男に振り向く事無くその手管に黙って身を委ねる。
どうせ一度では終わらないのは分かりきっているのだ。
そう思っていると男が腰を引いて俺の中に埋めていた楔を引き抜いた。
ずるりと萎えたその楔が引き抜かれる感覚に一瞬身体が固まる。
だがすぐにその固まった身体も力が抜けて、俺は楽な体勢にしようと身体を横に直す。
その間も黙ったまま俺の上に居る男は此方の包帯の巻かれた首筋に落とすだけの接吻を施してきた。
ちゅ、と軽い音を立てて為されるそれに、俺はそっと視線を男に向けながら囁く。


「……なんだ、……まだ足りないのか……?」

「……嗚呼」


すると珍しく素直に此方に答えを返してきた男が俺の肩に手を当て、此方の身体を上向きにする。
この男はきっと怒っているのだろう。
今日、一人で町に下り、そうしてたまたま妹に会ってしまった俺は実に愉しい時間を過ごして、そうしてこの森に戻ってきた。
どうせただのじゃれ合いに過ぎなかったのだが、妹の攻撃にやられた俺の姿を見た男は何も言わずに俺を庵の中へと引っ張り込んだ。
そうして傷の手当てをした後に、まるで飢えた獣のように俺の身体を陵辱して、こうして甘やかす。
どうせ治るのだからと醒めた思考の中、きっと俺も男がその身体を誰かに傷つけられ、帰ってきたなら男と同じ事をするのだろうなと思った。
それに、それを期待していなかったといえば嘘になる。
そんなことを考えていると苛立ったような性急さで男に口付けられた。
まだ完全にはっきりとしていない頭を揺さぶるには十分なその口付けに酔っていると、男が唇を離して低く呟く。


「お前は時に、オレを掻き乱すが……それは狙っているのか……七夜」

「……さぁてね、……どうだろうな。……知りたいのか?……軋間」

「……」


男は不意に上体を上げ、昔男に刺し貫かれた腹部をなぞるように触れる。
その傷は男と契約を交わした時点で疾うに治っていて、今では痕すら無いのだが、男は其処に触れる事が好きらしい。
そうして黙ったまま其れを見ていると男の掌が確かな熱を持ち始め、俺の身体がビクリと震えた。


「……っぁ、……く……」


そのまま俺は布団に爪を立てながら、その痛みに堪える。
ジュウ、と肉の焼ける微かな匂いと共に、男の瞳に形容しがたい光が点った。
この男のこういう倫理すら知らぬ餓鬼のような振る舞いがたまらなく愛しい。
だから俺の腹から手を離した男がその身体に焼き付いた刻印をさも苦しげに舐めるのを見遣りながら、その髪に指を絡める。
言葉で言ったところで俺には伝わらない。だから男は分かりやすく俺を苛む。
そうやって俺の腕の中でもがき、喘ぎ、そして縋る男は酷く可愛らしかった。


「……軋間」

「……」


俺はそのまま髪を撫でていた手を離し、男の顔を上げさせる。
そうして顔をあげた男の頬に触れ、口付けを強請った。
きっと俺もまた、この男に囚われているのだ。
だから、時たまこうして男の気でも惹いてやろうと罠を仕掛ける。
男から与えられるモノならばなんだって、余さず欲しがってしまう。
男が倫理を知らぬ餓鬼ならば、きっと俺は際限を知らぬ餓鬼だ。
―――けれどそれが、何よりも良かった。


「…………」

「……なぁ、……こっちは良いのか?」


至近距離にいる男に俺は声を掛ける。
俺は妹によって傷つけられた首元に巻かれた包帯を指先で緩めながら、呟いた。
男はその台詞に一度ため息を吐いてから囁く。


「……お前の喉を焼き潰すつもりは無い」

「?……なんでだよ、……腹は焼いた癖に。……それにどうせ治るんだから良いだろう」

「……」


枕の上で首を傾げた俺に、男は答えを返さぬまま鎖骨に口付けてくる。
体温の高い身体に触れられているというのはどうしてこうも分かりやすいのだろうか。
そうして男は再び此方の熱を高めようとしているのか、俺の隣に着いていない方の手でわき腹に触れてくる。
その動きに無意識に足が布団の上を滑り、爪先が波紋を描く。
そうして怪我をしていない部位を辿るようにして動いた男の舌先は、先ほど男自身が焼いた俺の腹のところで止まり、其処を再び舐める。
どうせこの傷もあと数時間もすれば跡形も無く消え去るのだろう。
それを酷く勿体無く感じながら、男と視線を合わせる。
すると俺のわき腹を撫でていた男の手が俺の腿を開くように置かれ、舌を離した男は薄く笑いながら言葉を紡いだ。


「……お前の喉を焼いてしまったら、……お前の声が聞けなくなる」

「……あぁ、……そういう事ね。……アンタも結構悪趣味だよな」

「……それをお前に言われるのは心外だがな」

「……っくく、……そう言うなって、……たまにアンタをからかってみたくなるのさ」

「……」


俺がそう言うと、男は傷ついた俺の腹に歯を立てる。
鈍いその痛みに俺が眉を顰めると、男は其処を癒すように舐めてから呟いた。


「……余り意地の悪い餓鬼には躾が必要だな、……オレは望んでいないが」

「……そんな目をしてよく言う」


そう俺が顔を背けながら言うと、身体を上げた男が此方の顎先に手を伸ばしてきて口付けられる。
先ほどよりも深く口付けられ、微かに感じる鉄錆の香りに顔を顰めると顔を離した男が薄明かりの中、分からない程度にその口角を上げたのを見た。



-FIN-






戻る