杜鵑草




ジワリと狭い部屋に篭もった熱に反応し、体から汗が一筋零れ落ちる。
其れを掬い上げるように舐めた男の舌はそんな部屋の熱よりも一層熱く、此方の体を苛んできた。
疲れ切った体を動かし敷布に波を寄せるが、そんな俺の行動を許さないというように男が此方の腕を掴む。
何度男に穿たれ、達したのかもう其れもよく分からなかった。
ただ、まだまだ男は足りないらしく執拗に此方をその気にさせようと煽り立ててくる。
中に入った男の萎えた核が次第にその熱を取り戻し始めたのを感じながら俺は掠れた声で小さく喘いだ。
着物も何もかも周囲に散乱し、燭台の灯りももう少しで尽き掛けている。
こんなにも男がその中に潜む『鬼』を出すのは久方ぶりの事で、其れを喜ばしいと感じる己と、いっそ此処で殺してしまいたいと願う己とを感じた。
まるでぐちゃぐちゃに絡まった糸のようなその思考は結局上手く纏まる事も無いまま何時も何時も最後には考えるのを放棄してしまう。
其れは俺に考える事をさせないように腰を動かす男が居るからだ。
今度は首筋に舌を這わせた男は其処を吸い上げ、痕を残す。
俺に傷を残す事を普段は極端に恐れる癖に、こういう情痕はまるで勝手を知らない餓鬼のように付けて喜ぶ男はもしかしたら、本当は俺よりも餓鬼なのかもしれなかった。
そんな事を考えていると不意に男が微かに息を詰め、俺の手首を掴む力を強める。
ギリリ、と骨が軋むような感覚を感じながらも上に跨っている男に視線を向けると、その瞳に何処か紅い光を点していた男が慌てたように俺の手首を離す。
そして俺は極々自然にその掴まれていた内の片手を自分の前に翳すと、薄灯りの中でもハッキリ分かるほどに男の手形が付いていた。
短時間しか掴んでいないというのに見事に赤くなった手首に、半ば感心しながら其れを見詰めていると、その手の向こうで自身の頭を抱えている男が視界の中に映る。
まるで世界が終わってしまったかのような表情をしている男は苦しげにその唇をかみ締め、何かを堪えているようだった。
―――この程度で、俺が死んでしまう訳でも無いのに。


「……きしま」

「……すまない……七夜、……傷をつけるつもりは……」

「……」

「違うんだ、……オレは……」

「軋間」


苦しげにそう言う男の言葉を遮るように名を呼んでやると漸く男が此方と視線を合わせる。
黒曜石のようなその瞳が此方を視界に映すのは、やはり心地良い。
俺は上げた手をそのまま男に向かって差し伸べ、その頬を撫で摩る。
皮膚から伝わる温度は俺よりも余程温かく生きている感覚に満ち溢れ、其処から伝わる温度は俺を亡者では無い物へと変えてくれるのだ。
暫く男の頬を撫で摩っていると、不意に男が俺の手をまるで硝子細工でも扱うかのように触れたかと思うと男の口元へと誘う。
そうして先ほど付いた傷に唇を近づけたかと思うと其処を舌で辿る。
傷口の上を男の舌が這う間、感じる鈍い痛みに微かに眉を顰めるとその舌を離した男が 小さく囁いた。


「……すまない……七夜」

「何で謝るんだよ、……アンタは何時も謝ってばかりだな」

「……」

「ほら……もっと続けろよ」


俺の言葉に黙り込んでしまった男にそう言いながら手首を押し当てると、再び男が緩慢な動きで舌を這わせてくる。
ぬるついた其れが此方の手首に這わされる感覚は擽ったくも、男の感情を表しているかのようで面白い。
必死に傷つけてしまったのを癒すように舐めている男にもう片方の手を差し伸べ、その 硬い髪に指を絡ませ撫で梳かすと、舌を離した男が今度はそちら側の傷にも舌を這わせてくる。
きっとこの傷も明日になれば消えてなくなってしまっているだろうに、妙に気にする男に知らず知らずの内に笑みを浮かべてしまう。
どちらかといえば俺はこの傷が無くなってしまうのが惜しかった。
其れはまるで手枷のように付いたこの傷が、男の普段は垣間見る事の出来ない独占欲や 欲望を現しているからだ。
そうしてそんな傷を何時までもちらつかせ、俺は男を支配してみたかった。


「……っふ……」

「……七夜?」

「ごめんごめん、……もう大丈夫だ。……其れよりも続き、しようぜ?」


其処まで考えて随分と俺も人間らしくなったものだと笑ってしまう。
気に掛けて欲しいだとか、愛して欲しいだとか、相手を何処にもやりたくないだとかそんな生臭く醜い感情等とは無縁だと思っていた筈なのに。
この男と共に在るようになってからというもの、良い感情も悪い感情もどちらも確りと学習しているようだ。
其れが本当に良い事なのかはまだ分からないけれど。
俺は顔を上げた男の両頬に手を触れさせ、接吻を強請る。
僅かに悩んだ様子を見せた男は、其れでも此方に顔を近づけ軽く触れ合わせるだけの接吻をしてきた。
優しくも甘いその口付けに物足りなさを感じ、俺が男の髪に手を滑らせ其処を引くと少しだけ激しい口付けに切り替わる。


「……ん、……っぅ……」

「……っは……」

「……お前は本当に可愛い男だよ、軋間」

「……其れはどういう意味だ……?」

「そのままの意味だよ。……可愛過ぎて食べてやりたいね」


顔を離した男にそう呟くと、不思議そうな顔をした男が俺の言葉を皮肉とでも思ったのか苦笑を浮かべた。
そのまま俺の髪に手を挿しいれたかと思うと其処を掻き上げ、額から目、鼻、そして唇に順々に口付けを落としていく。
男のそんな甘えてくる接吻に段々と萎えていた核が熱を取り戻し始めていくのを感じながら、ため息を吐いた。
疲れきっていた筈だというのに男の言動に一々振り回される俺もまた、際限を知らない餓鬼に過ぎない。
俺は再び此方に顔を近づけ接吻を施してくる男の肩に手を回し、その広く筋肉質な背に傷が付けば良いのに、と思いながら何時もより強く爪を立てた。



-FIN-






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