フランネル


※腹パンあり(いちゃいちゃ)



「なぁ、軋間」


窓の外は暗く、庵の中で灯っている燭台の光だけが周囲を明るくしていた。
そんな中、隣に座り込み此方に凭れ掛かってきていた七夜が急に声を掛けてくる。
其の為に持っていた書籍から顔をあげ、七夜に視線を向けると何処か 楽しそうな顔をした七夜が此方を凝っと見てくるのが分かった。
其の瞳は何かを企んでいるのか不思議な光を映している。
囲炉裏の前に座っていたオレは書籍を畳に置いてから七夜の方に向き直った。
すると七夜がゆっくりと立ち上がり、藍色の着物がはためくのを見ているオレに声を掛けてくる。


「とりあえず立ってくれ」

「……何をするつもりだ?」

「良いから」


ニヤニヤと音でも出そうな笑みを浮かべている七夜を訝しげに思いながら、緩慢な動きで胡坐を組んでいた脚を解き立ち上がる。
そうして手を伸ばしてきた七夜が此方の腹を灰色の着物越しに撫でた。


「知りたい事があるんだよ」

「……おい」

「ちょっと、失礼……!」


そのまま笑みを浮かべた七夜が腕を後ろに引いたかと思うと普通の人間ならば嘔吐する程度の強さでオレの腹に一発入れてくる。
流石に驚いて一瞬、息を詰めるが、この位の力ならば痛みも感じない。
逆にオレの腹にぶつけた拳を振って痛がる七夜に視線を向けた。


「っつー……やっぱりこっちの方がダメージでかいな」

「一体何のつもりだ……?」

「改めてアンタの腹筋がどの位の強度なのか知りたかったんだよ」

「……」


しれっとした顔でそう言いながらもう片方の手で痛めた手を摩っている七夜の言葉に呆れてしまう。
まさかそんな理由で此方の腹を行き成り殴ってくるとは思ってもみなかった。
だが、七夜が時たま可笑しな事をするのは付き合い始めた頃から分かっていた 事なので、ため息を吐きつつも言葉を返す。


「オレが力を込めていたらお前の手が折れている所だったぞ」

「んー?まぁ、そしたら自業自得だから良いんだよ。……それより」


そんな事を言った七夜が此方の方に近づいてくるのを受け止める。
そしてゆるゆると着物の上から腹を撫でられる感覚に応えるように七夜の髪に手を伸ばし其処を撫で梳かした。
其の間も此方の腹を撫でている七夜が此方の首元に口付けてくる。
オレはそんな七夜を抱きしめながら、そっと座ろうとすると顔を上げた七夜が其れに気が付いたのか一緒に其の場に座り込む。
そのまま続けて髪に口付けると嬉しそうに七夜が笑った。
こんな事をされても許してしまうのは七夜だからだ、等という感情が巻き起こる時点でオレはコイツに負けている。


「……アンタの筋肉はどうやったって追い付けないなぁ」

「……追い付きたいのか?」

「いや?……戦い方が違うからね、もしあっても俺には宝の持ち腐れだ」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


そう言ってオレの頬に口付けてくる七夜の背を撫でるとオレの腹に添わせた手を着物の中に忍びこませた七夜が此方を見詰めてくる。
冷たい指先が此方の腹をなぞってくるのを感じながら、顔を近づけると目を伏せた七夜に口付けた。
其の間にもずっと此方の腹を擽るように撫でている七夜の手付きは優しく、先ほど此方を殴った手と同じとは思えない位だ。
その事実に何処か複雑な高揚感を覚えてしまう己に内心苦笑してしまう。
特に酷くしたりされたりするのを好んでいる訳では無いのだが、七夜のこういう行為は何故かオレを煽るのだ。
……もしかしたら初めから此れが狙いだったのかもしれない。
たまに可笑しな誘い方をする七夜の事だ、有り得ないことではない。
だとしたらその誘いに乗ってやるのも良いだろう。
そんな事を考えているオレの腹を撫でながら顔を覗き込んできた七夜が不思議そうな顔をしているのでオレはその耳元に顔を近づけ小さく囁いていた。


「……それで……オレを殺す算段はついたか?七夜」


その声に微かに体を震わせた七夜が顔をあげ、肩を竦める。
此方を見詰めてきた七夜の瞳は何処か挑戦的な光を宿していた。
そうしてオレの腹を撫で上げながら妖しげに笑った七夜が言葉を紡ぐ。


「いや、まだだなぁ……。でも他の事なら分かったぜ」


くす、と笑った七夜が顔を寄せてくるのを受け入れる。
軽く触れ合う唇に心地良さを感じながら、七夜の髪に指を挿し入れると此方の唇に七夜の舌が這う。
だがぬるりとした其の感覚に応えようとする前に顔を離した七夜が自身の唇を舐めた。
そんな扇情的な七夜の姿を見ていると、腹を撫でていない方の手で此方の髪に手を伸ばした七夜が呟く。


「……アンタの新しい煽り方」

「……」

「……ん、……」


そう甘く囁いた七夜が顔を近づけてくるので生意気な口を塞ぐ。
すると嬉しそうに舌を絡めてくる七夜に応えるようにその背に回していた腕を動かし一層引き寄せた。
そうして細い体を膝の上に乗せると、髪を撫でていた手を動かしその腿を摩ってみる。
其の間に此方の肩に手を回してきた七夜と視線が合い、燭台の灯りが揺らめく薄暗い部屋の中、互いに含みを持った笑みを浮かべた。



-FIN-






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