賽の河原


※七夜ストモ改変・死ネタ



手に持った刃物を振りぬき、目の前に居る人物の首を刎ねる。
ばしゃりと言う音と共に飛び散った鮮血はすぐさま幻となって消えうせた。
過去に存在した何処か知り合いの気配を纏った電撃を扱う吸血鬼。
互いに何処までも殺し合いを望み、そうして戦った俺達はどうやら俺の勝利 で終わったようだった。
ただ、男が何者かによって生み出された存在である以上、再び合間見える 事があるかもしれない。
しかし今日、遂に俺はあの鬼の元へと向かおうとしている。
だから恐らく俺は死ぬことになるだろう。


「感謝するよ、此れから鬼退治に向かう所でね」


だが其れが何よりも楽しみで楽しみで仕方が無い俺は、もはや誰も居ない 夜の街に向かって声を掛ける。


「……手始めに吸血鬼をバラせたのはゲンが良いと思わないか?」


そう言って口端に笑みを浮かべた俺は手に持っていた刃物を音も立てずに 鞘に仕舞いこみ、ズボンのポケットに仕舞いこむ。
此れからあの男の場所へ向かう途中、更に沢山の石を積み上げていく事になるだろう。
赤く染まったそれらの石は俺の足元へと醜い音を立てて積みあがり、其の香りに よって誘い出された男によって崩される。
本来積み上げた石を崩されるのは苦しみに悶えるだけだが、俺にとってはそんな 瑣末な事等興味が無かった。
俺は救済など初めから求めていない。
死んだモノが救われるのは、其のモノが全て罪を贖った時だけだ。
ならば俺は罪を贖う事等不可能だと分かっている。
どれだけ人間に近いモノになったとしても、俺の本能に刻まれた殺戮衝動に終わりは 無いのだから。
そんな考えをしている俺を諌めるように吹いた風に嬲られた前髪を押さえながら、 ゆっくりと歩みだす。
あの男の居場所はもう分かっている。あとは向かうだけだ。
俺は懐かしい奴が死んだ場所に向けていた視線を逸らし、そっとその場を後にした。



□ □ □



白く美しい少女を赤く染め、その姿を目に刻んだ俺は道なき道を進んでいく。
不相応に楽しませて貰ったというのも、あの少女に感謝を覚えていたのも確かな 事実で、本当ならば時期が早すぎたとも思っていた。
しかし何時かは崩壊すると分かっていたこの関係性を俺の手で断ち切れた事は 良かったのかもしれない。
互いに実体の無い幻同士が馴れ合った先に何かが生まれるのかもしれないと いう不思議な感情を持った事は俺にとって本当に有り得ないと思いながらも、 其れでも楽しさを覚えていた。
だからこそ、その感情を覚えさせてくれた彼女を自分の手で消し去れた事は 自らの未練を断ち切った事になる。
……そしてあの男に対峙する為には、彼女もまた、積み上げなければならない石の一つだった。
怖いくらいに大きな月が宿る空、足元に茂る草原を踏みしめ、男の領域へと進む。
既に俺の気配は感じていたらしく、遠くの方に白い上着を着た男の後姿が見えた。
これは俺を待っていてくれたと思っていいのだろうか。
気高くも誰も近づけない孤高の雰囲気を纏った男の背中にぞくぞくとした痺れを覚える。
この男と一戦を交えられるなら、俺の全てを賭けても良いと思えた。
其れほどまでに男は俺の中に深く根付いている。


「……よう、待たせたな。其方の準備は済んで―――いるよな」


ゆっくりと息を吸った俺は男の背中に向かって声を掛ける。
その声に振り向いた男は険しい顔をしているのが分かった。
俺はそんな男を気にせず、続けて声を掛ける。


「何時までも余計な荷物を持っている顔じゃない」

「そうでもないがな、生きている間はしがらみだらけだ。……その証拠に、こうして お前のような餓鬼に付きまとわれている」


俺の言葉にそう答えを返してきた男は、呆れたように答えてくる。
そんな男に可笑しさを感じた俺は肩を竦めて答えを返した。


「はは、其れは失礼。でもまぁ、それも今夜で終わりだ」

「……」

「結果はどうなるにせよ、多少は身軽になるんじゃないのか」


微かに笑いながら言った俺に暫し、黙り込んで考え込んでいた男が低い声で 言葉を紡ぐ。
そうして男の険しい雰囲気が僅かに和らいだ気がした。


「……そういうお前は何か変わったな。以前は獣と話しているようにしか感じられなかったが。今は、まるで人のようだ」

「……ああ。色々と未練とか義理を精算した所でね……」


そう言いながらも頭の中に積み上げてきた様々な石が蘇る。
すべて、俺が壊してきて、積み上げてきたモノ達だ。
父のため、母のため、なんて文句はただの言い訳に過ぎない。
俺は俺の為に、そうして失ったものの為に、自身の中に燻る己の誇りの為に。


「有り体に言えばいつ死んでも良いって状態さ。まぁ、其の前に……」

「―――フ。人になろうがその執着は捨て去れないとみえる。未練は捨てた、義理は果たした」

「……」

「後は、己であった証を残すのみ」


そう言った男が緩やかに笑いながら、その周囲に熱っぽい空気を纏わせていくのを 身体で感じながら俺も自然と笑い返していた。
そうしてポケットに忍ばせていた刃物に手を伸ばし、月の光を映した白銀の 刃を取り出した。


「そういうコト。七夜としての誇りを精算しておかなくちゃ、恥ずかしくてあの世にもいけやしない」


そのままその刃物を自身の前に翳し、草叢を踏みしめながら構える。
そんな俺に対して男はその白い上着に手を伸ばし、其れを脱ぎ捨てた。
恐ろしい程に強靭なその体から発される殺気に心地良さを覚えながら、しっかりと 男と視線を絡ませる。


「―――人生最後の鬼退治だ……お互い遠慮なしで燃え尽きようぜ……!」


そう言った俺は後ろに引いた足に力を込め、男に向かって一直線に駆けていた。



□ □ □



腹に突き刺さる男の指の熱さを感じると共に、互いの血の香りに酔いしれる。
最後に放った俺の一撃が男の首元を裂き、男の攻撃が俺の体を貫いた。
痛みは不思議と無く、其れを上回る程の歓喜と、もう終わってしまうのかという 寂寥が脳裏に浮かんでは消えていく。
もはや刃物を持ち続ける事も難しい状態でも、俺は誇りを捨てる事が出来なくて 必死になって指先に力を込めていた。
そんな中、俺は掠れた声で必死に声を出す。


「やべぇ―――コトが終われば塵のように消えるつもりだったってのに」

「……」

「未練が出来ちまったぜ、軋間」


初めて男の名を呼ぶと、俺に刺さった男の指先が微かに揺れた気がした。
その刺激に思わず眉を顰めながらも更に声を掛ける。


「楽しい、楽しすぎだってアンタ。……十何年の人生なんて話にならない」

「……」

「今の二分間の充実には到底及ばない」


そう言いながら刃物を持っていない方の手で男の腕を摩る。
頭から滴り落ちる血の所為で段々と視界が赤く濁っていくのを覚えながら、 其れでも必死に男を感じようとしていた。


「なぁ、そうだろ?なんかもう色々どうでもよくなるくらい、最高の時間だったよな?」


下げていた目を上げ、男に視線を向ける。
鋭く強い隻眼は俺の言葉に戸惑うようにしながらもしっかりと視線が絡んだ。
そして男の首筋から滴り落ちる血に、少し酷な事をしてしまったと思い出す。


「って、悪かった。首を裂かれちゃ声は出ないわな……ああ、クソ……コッチも目が見えなくなってきた。凄い勢いで血が流れてるからなぁ……」

「……」

「くそ、もう少し、もう一秒だけでも続けていたかったが―――この未練が俺達には相応しいんだろうな」


自分の言葉に微かに笑うと、俺と視線を合わせていた男が苦しげな表情をした。
何を言いたいのかは分からないが、其れでもこうして男と命を賭けて戦えただけで 俺は満足だった。


「……ああいや、勿体無いくらい上等か。時間切れで消えるより何倍もマシな最期だ。……人でなしにしては恵まれすぎてる」


ふ、と笑いながら腕に添わせていた手を動かし、男の頬に触れる。


「……全く。地獄に落ちたら、八熱巡りくらいは覚悟しておくとするか……」


段々と苦しくなってくる呼吸と、遠のきそうになる意識にくらくらとし始めたのを 誤魔化すように男の頬を摩った。
すると男が空いた手を俺の背に回し、抱き寄せてくる。
このまま男に凭れ掛かるのは嫌だと思いながらも、結局男に凭れ掛かると、男の 顎先が視界に入った。
こんなにも近くに男が居る事に複雑な感情を覚えながらも、此れで俺は漸く己の 証を遺せたと安堵していた。
しかし不意に男が背を摩っていた腕を動かし、此方の頬を摩ってくる。
その感覚に顔を上げると労わるように額に口付けられ、そのまま唇を合わされた。
男の行為に混乱した俺はもはや執念で持っていた刃を取り落としてしまう。
音も無く落ちたその刃に目を向ける間もなく、ぬるりとした鉄錆の香りがする 舌が唇に捻じ込まれ、荒くなった呼吸が更に速くなった。


「……ん、……っぐ……」

「……」

「……っは……何、……かんがえてんだ……アンタ……」


そうしてすぐさま離れた男の熱に掠れた声でそう囁くと、男は複雑そうな顔を してから柔らかく笑った。
今までこの男と会う為に、幾度も夜を越え、様々な意思を積み上げた。
其れによって其れを壊す鬼であるこの男に出会えるならば、とそう思っていたから。
けれど男はもしかしたら鬼ではなく、菩薩だったのかもしれない。
救済を否定していた俺の前に現れた男は、俺に楽しみを与え、最期に慈愛を与えた。
此れが救いと言わずに何と言うのだろう。
『七夜』の名前を精算したただの亡霊を、認めたのだと声は出ずとも男の目が語っていた。
自分で積み上げたモノを自分で崩す俺のあり方を、男が最期に止めてくれた。
このまま地獄に堕ちたとしても男と共にならば、怖くは無かった。


「そうか……共に、逝ってくれるんだな……軋間」

「……」

「きっと向こうでも、……また戦える……」

「……」

「……それならきっと……」


俺は両の腕で最期まで男の熱を感じていようと確りと男を抱き寄せた。
死が全て終わりな訳では無い。
きっと向こうで俺と男は其れこそ飽きるまで戦い続けるのだろう。
そんな夢を見ながら、俺は男にしがみ付く様にして赤い視界を暗い瞼の裏に閉じ込めた。



-FIN-






戻る