覇王樹




まだ少し暑さが残ってはいるものの、大分秋に近づいてきた此の頃。
オレは今日も普段と変わらずに町で調達してきた書籍を読んでいた。
その間、オレと共に暮らしている七夜はすぐ傍に寝そべり昼寝をしている。
互いに決まった日課をこなしながらも全くの無干渉では無いこの空間は酷く居心地が良かった。
元々、仇敵だったオレ達が何故こうして人目の無い森の中、寄り添うように暮らしているのか。
其れを周りから疑問視される事は多いが、その明確な理由は自分達でも分からなかった。
何か言葉を使って言い表すならば、ただただ『傍に居たかったから』だろう。
オレは自身の意識が書籍の文面から離れているのを感じながらも、敢えて戻す事をせず横たわっている七夜の浴衣から伸びた足を横目で見やった。
細いが、かと言って細すぎる訳ではなく、程よく筋肉のついたその脹脛は 掌で摩るとまるで陶器のように滑らかで吸い付くような感覚を覚える。
そんな事を思い出していると横たわっていた七夜が体を動かしたのが見え、視線を書籍に戻す。
すると、穏やかな音で七夜が声を掛けてきた。


「茶でも入れようか。そろそろ飲みたくなる頃合だろ?」

「……そうだな、……では頼む」

「おう」


オレの答えに笑って頷いた七夜は立ち上がると足音を立てずに炊事場へと続く障子の方へと歩んでいく。
このやり取りもいつの間にか互いの日課になっていて、まさかこんな『普通』の日常が来るとは思ってもいなかった。
初めて問われた時、どうしてコイツはオレの考えている事が分かったのだろうと驚いたが、七夜曰く自分にしか読み取れない表情があったのだと言っていた。
その言葉を聞いた瞬間、オレは七夜ともうそんなに長い時を一緒に過ごしていたのだと改めて認識し、これから先もずっと傍に居たいと心底願った。
何者にも執着や愛情などという感情を持つわけは無いと思っていたのに、 今はその感情が胸の中にあるのを確りと感じる。
そして開いていた障子の隙間から盆に湯飲みを二つ載せた七夜が障子を閉めながら入ってきた。
そのままオレの隣に座った七夜がオレと自身の前に湯飲みを置く。


「有難う」

「どういたしまして」


オレは手に持っていた書籍を畳に置くと、七夜が入れてくれた茶を飲む為に湯飲みを手に取った。
何時も七夜が入れてくれる茶は丁度良い温度と濃さでオレの好みを熟知している。
美味い茶を啜りながら、七夜を見やると熱いのか吐息で覚ましている姿が見えた。
猫舌なのにオレに合わせて熱い茶を飲みたがる七夜は酷く愛らしい。
そして、薄い唇の隙間から見える赤い舌が艶かしく光るのをどうしても目で追ってしまう。


「……さっきから随分と情熱的な視線を感じるんだが……」

「……ん……?」

「ん?じゃない……誤魔化すなよ」


不意に此方に飛んできた言葉に、曖昧な言葉を返すとくすくすと笑った七夜が伏し目がちに此方を見つめてくる。
―――嗚呼、どうしようもなく触れたい。
オレは手に持った湯飲みを書籍同様、畳張りの床に置いてから、傍に居る七夜に片手を伸ばす。
オレの意図する事が分かったのか笑んだまま湯飲みを置いた七夜が此方に擦り寄ってくる。
近寄ってきた七夜を膝の上に乗せるようにしてからその体を掻き抱いた。
薄い背中を衣服越しに摩り、首元に顔を寄せる。
嗅ぎ慣れた七夜の香りを吸い込み吐息を洩らすとくすぐったかったのか微かに体を振るわせた七夜が此方の髪に指を這わせて撫でてきた。
細い指先に撫でられる感覚は心地よく、もっと先に進んでしまいたくなる。
けれど其れはまだ熱しきれていない理性が邪魔をした。
だがそんなオレの理性を崩すように顔を上げた七夜がその目を細めて間近で囁く。


「……軋間、……キスしよう。……したい」

「……なな……や」

「ん……、……っぅ」


軽い口付けを繰り返され、そのまま唇の上を見つめていた熱くぬめった舌が這うのを感じる。
どうにも一度その気になった七夜はオレが考えるよりも蟲惑的に此方を誘ってくるものだから 大体流されてしまう。
どれだけ僧侶の真似事をしていても、結局目の前に吊られた餌に食らいついてしまうのは羞恥心と共に恍惚感を覚える。
だが欲してしまう事を悪と思いながらも欲しているモノを余すこと無く与えられるのはこの世の中で最も甘美な誘惑であり経験だろう。
もはや噛み付くように口付けてくる七夜の浴衣の裾から手を差し入れ先程まで思いを馳せていた脹脛に触れた。
そのまま、手を動かし隠された太腿に手を添わせる。
すると口付けしていた顔を離した七夜が蕩けた瞳のまま、此方の頬を両手で包んだ。


「もうさ……、……このまましよう。……何か滅茶苦茶したくなっちまった」

「……」

「……ダメ?」

「……お前は本当に可愛いな」

「は……、……その言葉、アンタ以外に言われたら殺してる所だ」


完全に欲情した顔をして物騒な事を言う七夜を見据えながら、煽るように 低く囁く。


「…………オレ以外を殺すのか?」

「……、……その声……腰、に……くるから……」

「……わざとだ」

「……っくそ……早く……!」

「分かった分かった……、そう焦るな。……オレは逃げたりしない」

「軋間」


泣き出しそうな顔をした七夜を抱き上げ、湯飲みを倒さぬようにしながら寝室へと続く襖へと向かう。
此処まで熱烈に求められる事は其処まで無いのだが、最近少し無沙汰だった為に余計に一度火が点くと止められないのかも知れない。
しかし其れはオレも同じで、腕の中に居る七夜の額に口付けてからまだ仄かに明るい寝室へと襖を開けて足を踏み入れた。



-FIN-




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