重い瞼をそっと開け、薄暗闇の中、手探りで男を探す。
すると何かが此方の腕に触れたかと思うと柔らかなベッドの中で男の太い腕に抱き込まれる。
そうして何時ものように何処か人を小馬鹿にしたような口調で男が小さく言葉を紡いだ。
「起きたか」
「……ああ」
男の胸元に顔を押し当てるようにしながら、その声に答える。
そのまま俺の髪に手を当てた男が其処を撫で梳かすのを感じながら、ワイシャツを握りこむと嗅ぎ慣れた男の匂いが直ぐ傍で香った。
そんな中、体を動かした男はベッド脇にある小さなテーブルの上に置かれた照明に手を伸ばし、灯りを点す。
互いに闇に慣れているといっても俺の方の視覚は人間と同程度な為に仄かな明かりがついて漸く確りと男の姿を確認できる。
白銀の短髪が星の如く煌くのを見詰めていると、体をそのまま起き上がらせた男はヘッドボードに背を凭れさせ俺を誘うように此方の片手を取った。
そんな男に応えるように体を起き上がらせ、男の脚の間に体を滑り込ませてから背を預ける。
俺の為に男が用意した寝間着は基本的に全て首元が広く開いていて、今着ているシャツも当然のように首元が開いていた。
血の供給も此処に居る間の契約に含まれているとは云っても、俺から得られる血など、高が知れている。
それでもほぼ毎日のように俺から血を得たがる男は必ずといって良いほど獣のように俺の首筋を舐めるのだ。
―――今のように。
「……おい」
「なんだ」
「俺は起きたばかりなんだが?」
「そうだな。……それがどうかしたか」
「……昨日だって散々くれてやっただろう」
ベロリと俺の首筋を背後から舐め上げてきた男に声を掛けるも大した問題と思っていないのか更に煽るような舐め方をしてくる男に痺れを切らし、顔を動かして男と視線を絡ませる。
俺が嫌だと言っても問答無用で噛み付いてきた頃と比べれば大分躾も上手くいっているのだろうと思うが、其れでも起き抜けから血を吸われるのは面倒極まりなかった。
「そんなに腹が減っているなら出掛けてくれば良いじゃないか。前から期間も開いてるし、そろそろ平気だろう」
「そうもいかない……あの代行者が最近此処一帯に目を光らせているのだ」
「だからって毎日毎日吸われる身にもなれよ。……こっちにも休息は必要なんだよ」
「……」
其処まで軽快なやり取りをしていたというのに不意に黙り込んでしまった男に、妙に不安になってしまう。
何時もならそんな俺の言葉に気にした様子も微塵も見せない癖に、舐めるのを止めて此方を抱きしめる腕に力を込めた男にどうしたものかと考えながら慌てて言葉を紡いだ。
「大体、毎日同じ血ばかり飲んでいたらアンタだって飽きるだろ?」
「……飽きる?」
「そうだよ。大して美味くも無いだろうに、況してや男の血なんて飽きるだろ」
そう囁いた俺の背後でくす、と笑った男に驚いてしまう。
まさか男が笑うとは思っても見なかった所為で今度は俺が黙り込んでいると愉しげな色を宿した声で男は小さく囁いた。
「私はお前の血を飽きたと感じた事など一度も無いぞ」
「……」
「寧ろ常日頃から足りないと思う始末。……一体どう責任を取ってくれるのだ、七夜?」
「そ……んなの俺の所為にするなよ」
俺の耳元に顔を寄せ、軽く口付けた男はその低い声音で言うものだから微かに震える体を押さえ付けながら男の腕に指を這わす。
そのまままるで甘える犬のように肩から首筋にかけて顔を摺り寄せてくる男は軽い音を立てながら何度も接吻をしてくる。
この男は本当に狡猾な男だと日々感じてはいたが、何時も強引な行動ばかり取る癖にどうして強請ってくる時はこんな行動を取るのだろう。
此れでは男を強く拒否する事も出来なければ、何処までも甘やかしてしまいたくなるではないか。
俺は前に向き直りながら男の腕に触れていた腕の片方を動かし、男の髪を撫でてから首元に押し付けるようにしてやる。
「ったく……飲みたいんだろ。今なら止めないから勝手にしろ」
「…………では、お言葉に甘えるとしよう」
嬉しそうに囁いた男は迷い無く俺の首筋に舌を這わせたかと思うと其処に鋭い牙を突きたて、溢れた血を零さないように飲んでいるようだった。
一瞬の痛みの後、湧き上がるような快楽に出そうになる声を抑えながら男の衣服に指先で皺を寄せていると顔を離したらしい男が此方の耳元に顔を寄せ言葉を紡ぐ。
「やはりお前の血は素晴らしい」
「……あっそ。……どうせ俺の良い所は血の味だけだよ」
思わずそんな男の台詞に自分でも拗ねていると思える声で答えてから、自分が発した言葉を思い返し恥ずかしさを感じてしまう。
今の言葉を取り消す事も出来ないのは分かっている為に、どうせなら流して欲しいと思っていたが背後の男は黙り込んだまま再び首元に舌を這わせ傷を消したかと思うと、俺の体を抱く力を強めた。
「……七夜」
「……なんだよ……っ……!」
そのまま腕の片方を動かした男は俺の顎に手を当て、背後に振り向かせたかと思うとその薄く冷たい唇を合わせてくる。
ぬるりと蛇のような舌が中に入ってくるのに抵抗しながらも、結局舌を絡ませると錆びた鉄の香りと共に苦い味が口の中に広がり思わず顔を顰めてしまう。
暫し此方の口腔を弄っていた男は満足したのかその唇を離すと、口端を皮肉げに歪めて笑った。
「勿論、お前の血だから恋しくなるのだ。……分かるだろう」
「はいはい、……全く、自分の血の味がするキスなんて刺激的な体験をさせてくれるのはアンタくらいだよ」
「其れはお前なりの賛辞と受け取って良いのか?」
「……勝手に言ってろ吸血鬼め」
相変わらずにやけ顔の男と視線を合わせているのに堪えられなくなり、顔を前に戻す。
すると俺の肩に顎を乗せるようにした男はその両手で俺の腹をさも愛しげに撫でてくるものだから、俺はわざと男に預けていた体から力を抜いてもっと凭れかけさせる。
此れだから男は性質が悪い、とそんな事を思いながら俺は小さくため息をついたのだった。
-FIN-
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