16.共犯




「……んっう……」

「……どうした、もう立てないのか」

「……っは……ぁ……」

「……それほどまでに気持ちよかったか……それは良かったな」

「……るさい」


くすくすと俺の髪を撫でとかしながら笑っている男を見上げてそう凄んでみせても、 自分でも分かるくらいに赤くなった顔では何の威圧感も無いだろう。
確かに男の接吻は腰に響くくらい上手いもので、尚更それを認めたくなくて意地を 張ってしまうのだが、その意地すら蕩かすから性質が悪い。
……じゃなくて。


「……なんで何時もお前はいきなりなんだよ」

「その方が楽しめるからに決まっているだろう?」

「……」


この場所に来た瞬間、影から急に手が伸びてきて出会い頭に接吻を交わしてくるものだ から、それに対して文句を言うのは仕方の無い事だろう。
しかし俺の言葉などまるで意に介していないのか、男は俺を抱きしめなおし、その冷たい手で此方の頬に触れてくる。
その外気とはまた違った冷たさにふるりと体が震える。
この男に気がついたら囚われていて、それを問題だと思えない己を最近何となく理解出来るようになった。
不思議な事にあの夏のさざめきは遥か遠くに消え、今はこの路地裏にも陰鬱な空気が満ち満ちている。
その空気こそ、人ならざる俺たちには心地よく、そうして何時しかこの路地裏は密会する為の場所になっていた。


「……」

「……なんだよ」

「……んん?」

「…………」

「……どうした」

「あー……なんだ、……遅れて悪かったよ」

「そうだな」


俺は急に男がこんな事をしてくるものだから言えなかった言葉を紡ぐ。
大体密会する時間は決まっているのだけれど、今日は少し道草を食ってしまったものだから遅くなってしまったのだ。
だが男は分かっていたと言わんばかりに俺の言葉に答え、そうしてやはり俺を抱きしめたまま。
しかし今度はその指先が妙な動きをしているのに気がついた。


「ネロ」

「……仕置きだ」

「腹が減っただけだろうが」

「分かるか」


諌めるような声も気にせず男の指先が俺の衣服の首元を開いて掻き分ける。
まるで始めて男に血を分け与えた時の様だと思って、首元に感じる痛みを耐えるように目を瞑った 中で過去の記憶を思い出していた。



□ □ □



『まだ居るのかよ……!』

『……貴様が呼び寄せたのではないのか』

『そんなわけないだろ』


そんな言葉を男に言いながらお互い飛んできた無数のミサイルを避ける。
幾ら真夜中とはいえこんな重装備のメイドロボが複数体居て暴れまわっていたら誰かしら気がつくだろうに。
散歩の途中で男と出会って闘いになったまでは良い。
だがいきなりあの琥珀特製のロボットが出てくるとは聞いていない。
一体なら倒すのも楽なのだが、複数体で来られると向こうは隊を作る物だからやりにくいし、今日は 男も居る物だからなおさらやり難い。


『敵勢力、未ダ消滅セズ。第三次武器ノ稼動ヲ許可シマス』

『了解』

『了解』

『マタ、作戦ヲC二変更。各自位置ニツイテ下サイ』


俺と男がそんなやりとりをしている最中に残り三体となったメイドロボが再び打ち合わせをしたらしく、 四方に散る。
まだ其処まで手傷を負っているわけでは無いが、いい加減疲れてきたしさっさと帰りたい。
生身のモノと戦うのは心地良いし、幾らでも楽しめるのだが、こんな声も上げない兵器を倒した所で何も 楽しみがないのだ。
もう此処は男に任せておこうかと男を見遣ると男が恨みがましい目つきで此方を見ている。
俺の考えている事がわかったのだろうか。
肩を竦めて男に反応を示してみせると男は飛んできたミサイルを地面に溶ける事で避けた。
それを見ていると急に真横で閃光が走る。


『……冗談だろ?』


足元に走る一線の焦げはそのまま遠くにある電信柱まで到達している。
レーザーを街中で使うとは、流石にあの秋葉からお叱りを受けると思うのだが、その点はこの メイドロボには関係ないのかもしれない。
しかも今度は背後から飛んできたメイドロボの刃物が俺の首を刈ろうと飛んでくるのを避ける。
そうして避けた先にはミサイルの嵐だ。
流石に何発か食らってしまいそうになるが、それを避け、飛んできた一体の首を逆に刈り取る。
その首を踏みつけて潰してやれば、ばちばちと電気の音が辺りに響いた。
……本当に耳障りな音だ。
しかしこれだけ俺が集中的に狙われるのは男が地面に逃げ込んでしまったからだろう。
俺は苛立ちを隠さないまま、居るであろう男に声をかける。


『居るなら少しは手伝え!この馬鹿死徒が!』

『……失礼な餓鬼だな』


背後の地面から声が響いてくる。
しかし殺しに掛かってこない事から手伝う気はあるらしい。
なので俺は背後にだけ聞こえる声で指示を出す。
残り二体となったメイドロボは時間差攻撃をする為に再び遠くから狙いを定めてくる。
だが男の射程範囲には余裕で収まるだろう。


『お前なら一気に二体の動き位封じられるだろ』

『……まぁな』

『じゃあ頼むぞ』

『合図は』

『……俺が飛び出したら』

『……分かった』


そんな答えで男が満足するとは思っていなかったが、もはや男の動きを信じるしかなかった。
片方が両手を刃に換装して襲い掛かってくるのを援護するように後ろのロボットが此方に狙いを 定めてくる。
もはや此れが最期だと分かっているのだろう。
俺は片足を一旦後ろに引いて、飛んでこようとするものに対し、その足を一歩踏み出した。
瞬間、


『『!?』』


ほぼ同タイミングでメイドロボ二体の動きが止まる。
地面から伸びた影が両手足を拘束しているのだ。
俺はそれを確認しつつその二体の間を駆け抜け、一気にその首を刈り取る。
後ろでごとん、と硬質な音が響いて、その後ぐしゃりと醜い音が聞こえた。
振り返ると姿を現した男が忌々しそうにそのメイドロボの体を潰した音だったらしい。


『……食べないのか?』

『私がこのような物を食べるとでも?』

『アンタだったらなんでも食べそうじゃないか』


そう囁いて笑ってやると男が心外だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
しかし不意に何かに気がついたのか男が靴を鳴らして歩んでくる。
何事かと思って見ていると男の腕が此方に伸びてきて、俺の腕を掴む。
振り解こうとするが、その前に男に声をかけられてしまった。


『何時までも此処に居るのは拙い』

『そうだけど……』

『貴様に協力してやったのだ、それなりの報酬は貰うぞ』

『何……』


だが問答無用と男に腕をつかまれたまま、近くの路地裏の奥まで連れて行かれる。
冷たい手に捕まっていると嫌な気分になるが、仕方なく男についていく事にした。
いざとなれば先ほど使っていた刃物もあるし、殺せはしなくとも黙らせる事は出来るだろう。
そうして気がつけば路地裏の壁に押し付けられ、男を見上げる形になる。
ナイフを出してやろうかと思ったが、その前に男に捕まっていた片手を持ち上げられてしまった。


『……』

『……なんだよ』

『傷ついているな』

『……!?』

『……ふ、……そんなにビクつく事も無いだろう』


其処にあった僅かな擦り傷をベロリと舌で舐め上げられて思わず体が震える。
勿論、気味の悪さからだ。まさか男にこんな事をされるとは思ってもいなかったのだから。
俺は思わずナイフを取り出そうとしたが、其の前にもう片腕も取られ、頭の上で一まとめにされてしまう。
しまったと自分の愚かさを呪えども今さらで、仕方なく目の前の男を睨みつけてみる。
男は低く笑って、開いている方の手で此方の頬を撫でながらそっと囁いてきた。


『礼を貰おうと思っているだけだ、……少し痛むが我慢しろ』

『何するつもりなんだよ』

『ん?力を使った所為か小腹が空いてな』

『……』

『……』

『……だから血を吸わせろってか?』

『あぁ』

『……それって吸血鬼化するんじゃないのか』

『さぁな?』


どうでも良さそうにそう言う男に苛立ちを覚えながらも、恐らく大丈夫なのだろう。
……どうせ俺は人では無いのだし。
そんな事を考えていると男の顔が近づいてきて、そのまま首筋を舐められる。
ゾク、と背中に何か痺れが走ったが、それを気がつかれないように必死で耐えると男が微かに笑った ような気がした。
そのまま喉元に牙が突き立てられる感覚に思わず男の腕に爪を立てて耐えた。
吸われている時の痛みは其処までではないが、ズルズルという水音と、吸われる感覚が気味悪い。


『……』

『っぅ、……く……』

『……』

『……も、……じゅうぶん……だろぉ、が……!』

『…………』

『きい……てんのか……!!』

『……煩い小僧だな』


ずる、と牙が抜かれる感覚が生々しく脳内に響く。
くらくらと揺れる視界に気がつけば、目の前に男の胸があって、自分が抱き寄せられている 事に漸く気がついた。


『……少し飲みすぎたようだな』

『……、……』

『……声も出ない、か』

『貴様……絶対に何時か……殺す……』

『……ほう』


そう言いながらも自分でも情けないと思うほどに男の服にすがり付いているのが分かった。
こうでもしないと上手く立って居られないくらいに眩暈がするからだ。
だったら男から離れて、壁にでも手をついてしまえば良いのだろうが、それは男によって阻まれて しまっている。
―――どうしようも無い状態というのはこういう事を言うのだろうか。


『しかし……』

『……?』


未だぐらついている頭に男の声が押し入ってくる。
それは酷く愉悦を含んでいて、思わず男の顔を見上げると、黒い男は何か含んだ笑みをした 後に、そっと俺を抱き寄せてきた。
俺はそれに何か不安を覚えながらも、どうしようも無いまま男の腕に抱かれていたのだった。



□ □ □



「……おい」

「……っ……」

「何を考えていた、……七夜」

「……知りたいのか?」


口元を俺の血で赤く染めた男がそれを舐め取りながら苛立ったようにそう言う。
俺はそんな男を半ば挑発するように言ってやると、男は昔見たような笑みをしてからベロリと俺の傷口を再び舐め始める。


「……、……い……」


しかも舌先でその傷口を抉ってくるものだから、俺は空いている手で男の頭を一度軽く叩いた。
すると今度は癒すような舐め方に変わったので、そのまま頭に置いた手を男の銀髪に絡ませ、撫でてやる。
まるで大きな犬のようだと思いながらもそんな犬に良いようにされている自分の立場がどのような ものなのかを考えたく無くて、そのまま黙り込んでしまった。
そんな俺に焦れたのか男が俺の名を小さく呼ぶ。そこまで俺の考えていた事が気になるのだろうか。


「七夜」

「……昔の事、思い出してただけだ」

「昔?」

「アンタに始めて血吸われた時の事だよ」

「……あぁ」

「あれからアンタに付き纏われたからな……その所為で今はこんなになっちまった」

「しかし嫌では無いのだろう?」


俺はそれに答える事はせず、男の首辺りに頭を摺り寄せる。
けして温かいわけではないが、それでも確かな温度を感じて、それだけで心地よかった。
こんな風に思う自分が居るとは思っても見なかったというのに、男はそれを引き出したのだから 可笑しなものだと思う。
だがだからこそ、それを面白いと感じるようになったのかもしれなかった。
まだこの感情が男の言う『愛しい』などという感情なのかは分からないが、いつか分かるかもしれない、と そんな事を思う。


「……ネロ」

「……ん?」

「…………」

「どうした」

「……なんでもない」


俺も男も人ならざるモノで、今まで言えぬ様な所業をしてきた。
しかし俺にとって男の今までの所業など何の関係も無いし、問題だとも思えない。
言うならばお互いにこの世界では『共犯者』のようなものに近いのかも知れなかった。


「……ほら」

「?」


肩口に顔を当てていた男が顔をあげ、俺を抱きしめた後、纏っているコートで俺を包む。
俺が再び男を見上げると、やはり男はあの時のように、だが、そこに甘さを内包した笑みでもってそっと笑った。



-FIN-






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