21.殺す


※志→七→軋 志貴がヤンデレ気味



つい最近やっと分かった事がある。
それは俺にとって奴の存在がただの『コピー』では無いという事だ。
そうして奴に抱いていた感情が『憎悪』だけで構成されているのでは無いという事も。
今まで俺は奴に対して抱いていた感情が本当にただの憎しみや苛立ちだけなのだと考えていた。
それは勿論、自分とは異なる自分、即ち自分が本当に見たくない姿を目の前に見せ付けられて いるのだから当然だろう。
だから俺は何度も奴と刃を交えたし、時には奴に対して酷い暴言も吐いた。
そしてそれは憎しみ故の行動で、俺はそこまで好戦的では無かった筈なのに奴に対しては何処までも非道になれた。
しかしある時不意に気がついてしまったのだ。
ただの憎悪だけで俺は奴を認識しているのでは無いという事に。


「……っ……」

「……立てよ」

「……お前……本当に、しつこいな」


目の前で膝をついている七夜に手を伸ばし、髪を掴んで此方に顔を向けさせた。
俺も七夜も体は傷ついていて、赤い血が衣服に滲みているのが分かる。
だが俺は制服姿では無く、普段の私服で、七夜は何時もの制服。
そんな服の違いはあれど、真夜中の公園で同じ顔をした人間が互いに殺し合いをする。
きっと見知らぬ人間が見たならば正気の沙汰では無いと思うだろう。
別に誰に見られたとしても俺も眼下にいる奴も気にもしないだろうが。


「……しつこくて悪かったな」

「悪い……?……思ってもいない事を口にするのは止めろよ」

「……そうか、じゃあ止めておくよ。……一応社交辞令として必要かと思っただけだし」

「……社交辞令、ねぇ……」


訝しげな顔をしている七夜に対して俺は気にせずにその髪を掴んでいた指先の力を一度強める。
すると痛むのか微かに顔を歪めた七夜に俺は気を良くして力を抜き、その髪を撫でてみた。
くしゃりと絡んでくるその髪に、俺は無意識のうちに笑みを浮かべていた。


「……そう不満そうな顔するなよ、ちゃんと止めただろ」

「俺が不満なのは、その所為じゃない」

「?」


言っている意味が良く分からなかった。
だから俺も不満そうな顔をしてみせると七夜が小さくため息を吐いて囁く。


「お前が俺に『関わるな』といったから俺はお前に関わらなくなっただろう」

「……そうだったっけ」

「あれだけ言っていたのに忘れたのか?……随分と壊れているな」

「…………」


七夜の目を見る。その目には俺の事など何とも思っていない事が嫌というほど分かった。
まるで俺が壊れてしまった、もはや気にかける必要の無いものだと眼が訴えている。
月光の元、光を放つその灰色の目が此方の苛立ちを誘う。


「……怒ってるのか」

「…………」

「俺が、色々と言ったから」

「…………」

「それとも、……俺の事は飽きたのか」

「……飽きたって……そういう事じゃないだろ」


俺はその言葉を遮るように七夜の髪を撫でていた指先を離し、七夜を突き飛ばす。
後ろに倒れ掛かった七夜は咄嗟に後ろに手をついて体制を立て直し、すぐに立ち上がって 此方から離れた。


「……」

「……」

「……その目……やっぱり苛つく」

「…………何……」


今までは俺の事を見て、互いに殺し合いをしていた筈だったのに。
俺はその為に奴を作ったし、奴はそれを自分の本能だと分かっていた筈なのに。
何処で間違った?俺が奴を拒否したから?
―――それとも、アイツのせいか。


「……其の目、本当、アイツによく似てるよ」

「…………」


一度ズボンのポケットにしまい込んでいたナイフを取り出し構える。
奴のナイフは俺が飛ばしてしまったから今の七夜は緊張した面持ちで此方を見つめ、素手で構えている。
その様子は本当に必死に見えて目障りだ。
昔はそんな事も無かったのに、どうして俺に殺されるのを嫌がるのだろう。
ぐるぐると思考が安定しない。折角優しくしてあげたのに。
もう俺は奴を拒否したりしないし、アイツより俺の方が奴の事を理解しているのに。


「……お前が幾ら望んだって、アイツには逢えない」

「…………」

「それにアイツはお前のことなんて何とも思ってない」

「……知っている」

「……知ってる?……じゃあ諦めたらどうだ」

「…………」


だがそれに対し七夜は答える事をせず、ただ微かに俯くだけ。
俺が今まで七夜に対してもっていた感情は確かに始めは憎悪だったのかもしれない。
けれど今は違う。今、俺が本当に憎たらしく感じているのは七夜の目の中に居るあの男の影だ。
何事にも醒めていて、俺だけを見ていた七夜がいつの間にか俺の事等気にもしないで奴の影を 追っている。
……その事実が心底、ムカつくのだ。


「……分かった」

「…………志貴……?」

「俺が、お前のアイツを思う気持ちを、『殺して』やるよ」

「!……ッくそが……」


勝手に口元が弧を描く。
そうだ、始めからこうしておくべきだったのだ。
この感情に気がついた時に、七夜を俺の手元に置いておけば良かった。
ただそれが遅くなってしまっただけなのだ。
俺はそっと七夜の居る方向へと脚を踏み出した。



-FIN-






戻る