26.告白




「……かも」

「?」

「……俺、……アンタの事、好きかも」


何時ものような昼下がり。温かな光の中、ふいに隣に居る餓鬼がそう呟いた。
オレはこれまた何時ものように森の中にある巨木に背中をつけ、お気に入りの書籍を 読み込んでいたのだ。
そうして隣に居る餓鬼は何時からかオレの隣に来るようになり、オレはその餓鬼がオレに 危害を加えないのなら置いておいてやるという殆ど意味の無い約束をした。
だから隣でまどろんでいた餓鬼に対し、特に警戒心などを抱くことも無かったのだが。


「……」

「……」


オレは書籍から視線をあげ、隣にいる奴を凝視する。
灰色の瞳とそれと似た髪色の餓鬼の顔が見る見るうちに赤く染まり、じわりとその目が 微かに潤む。
その見た目から恐らく本人も無自覚で考えていた事が声に出てしまったのだろう。
しかし慌てて誤魔化そうとしているのか、急に黙り込んでいた餓鬼が話しだす。


「ち、……違う、今のは……夢、夢を見てて……!」

「…………」

「だから、別にアンタのことじゃないから!」

「……そうか」

「……うん……別に、……アンタの事じゃないからな、本当に……」

「…………」


そこまで強く否定されると妙に苛立つ。それはオレがこの餓鬼に対して抱いている感情から来る物だろうか。
どちらにせよ、そんな林檎のように顔を真っ赤にして嘘だと言われても信じられる訳が無いだろうに。
とりあえず持っていた書籍を芝の上に置いてからオレは薄く笑って片手を餓鬼の方に伸ばす。
……途端に餓鬼の体がビクリと震える。


「……な、に……!」

「いや?……髪に葉がついているから取ってやろうと思ってな」

「……あぁ……そう……か……?」

「どうした?」

「…………」


今の言葉は全くの嘘なのだが、一応体裁として葉をとってやった風にしてから自然に黙り込んでしまった餓鬼の柔らかな髪に手を這わし、そこを梳くように撫でる。
餓鬼は髪を撫でられるとは思ってもいなかったのか驚いたような顔で此方を見遣ってきた。
この餓鬼の事をどう思っているかと聞かれれば、恐らく好いているのだろう。
ただ、この餓鬼がオレの事で焦れたり、オレの事を思い動揺する様は非常に愛らしかった。
これが恋慕の情から来る独占欲や支配欲というのであれば充分に納得できるくらいに。


「…………」

「…………熱でも出たか」

「!?」

「……顔が赤いぞ、七夜」

「出てない……!……」


触るな、と小さく囁いた餓鬼を無視して、その桜色に色づいた頬を擦ってみる。
それを止めるように餓鬼がその細長い指先をオレの手に押し当て引き剥がそうと指をかけてくる。
だがそれには殆ど力は入っておらず、逆に請われているかのようで妙に胸がざわついた。
この餓鬼は普段は冷静さを装っているのだが、時に餓鬼自身も分かっていないだろう子供 らしさを出す物だからその差に心揺らされてしまう。
例えるなら普段は余り反応を示さない猫が気まぐれで甘えてくるかのようなそんな感覚。
甘える事に慣れていないものだからぎこちないそれは、普段から甘える事に長けた者が見せるその反応より余程心惹かれるのだ。


「……からかってんのか……?」

「何がだ?」

「さっき俺があんな事言ったから……」

「……」

「だったら止めてくれ。……本当に寝ぼけてただけなんだから」

「……ほう」


そう言いながらも自分の言葉に傷ついたような顔をする餓鬼を見つめる。
もうこの餓鬼がオレに付きまとい始めて大分経つ。
いい加減この餓鬼の分かりやすい感情を吐露させるのも良いだろう。
大体、人と交わる事の少ないオレが、オレを殺してやろうとしていた人間を何も無しに傍に 置く筈が無いという事にどうして気がつかないのだろうか。


「……っ!?」

「…………」

「………!」

「……、……」

「……ぁ、あ……っふ……」

「…………はぁ……」

「は……っ……っは……はぁ……」


餓鬼の頬に当てていた手を滑らせ、その髪に指を絡ませながら半ば無理矢理顔を寄せる。
そうして驚いている餓鬼を尻目にその狭い口腔に舌を捻じ込んだ。
熱くぬめった口腔を好き勝手に犯してやれば、鼻にかかったような声で目の前の餓鬼が鳴く。
しかし途中で苦しいのか胸を緩く押されたので唇を離してやると、ツ、と透明な糸がひいた。
ぐったりとした餓鬼がこちらの胸にしな垂れかかってくるので支えてやると、ボンヤリと している餓鬼が此方を見遣ってくる。
そんな餓鬼の口端に飲み下しきれなかったのか垂れてしまっている唾液があったので親指の 腹で拭ってやった。
段々と焦点のあっていなかった餓鬼の目に光が戻り、餓鬼は何度か唇を戦慄かせた後、その 真っ赤になった顔を隠すように俺の胸に顔を押し当てる。
それでも耳まで赤くなったその姿は日の光に照らされ、隠せるわけもない。
餓鬼もそれを分かっているのか、誤魔化すように小さなくぐもった声が胸元から聞こえてくる。
しかしその声は若干涙声で逆にオレを煽る結果になっていた。


「……なん……で……」

「……何か問題があるのか?」

「…………だって……」

「ん?」


自分でも驚くくらい柔らかな声で胸元に伏せている餓鬼に囁いてやる。
そうしてその髪を撫でてやると目元を赤く染めた餓鬼が此方を見上げてきた。
やはりこの餓鬼のこのような表情を見るのは、オレだけで良い。
そう思えるほどにその顔は普段の餓鬼からは想像し難いもので。
オレとしてはオレの隣に居る事を許した時点で、此方の感情など筒抜けているのかと思っていたのだが、餓鬼は未だ理解出来ていないようだ。


「……いきなり、…………もしかして、俺が言ったからか?」

「…………」

「俺が言ったから、こういう事して……」

「七夜」


ビク、と餓鬼の体が震える。
幾らオレが無表情で何を考えているか分かりにくいといっても、冗談で男と口付けが 出来るような奴では無いのは、餓鬼の方がよく分かっているだろうに。


「……嫌だったか?」

「……え……?」

「オレは心地が良かったのだが」

「…………」

「……七夜」

「…………もう、嫌だ……なんで急に……」

「……寧ろお前は気がついていると思っていたのだがな」

「…………」


そう言って笑ってやると餓鬼が少し困ったような表情で此方を見遣ってくる。
なのでオレはそんな餓鬼に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「此方を何時殺そうとしてくるか分からない奴をオレが何の意味も無く隣に置いておくと思うか?」

「それは……俺が迫ったから仕方なく、だろ?一応……襲わないって約束もしたし」

「……だからといって俺がそのような優しい奴に見えるのか?」

「…………だって、……アンタ優しいから……」

「…………」


誘導尋問のような事をしようとしたのだが、予想外の答えが返ってきてしまって一瞬面食らう。
まさかオレの事を『優しい』などと形容するなんて思ってもみなかったのだ。
だからオレは一度息をついてハッキリと事実を伝える事にした。


「……お前に先に言われてしまったが……」

「…………」

「……好きだ、七夜」

「…………」

「……大丈夫か?」

「…………」

「……ああ……」


黙ったまま反応を示さない餓鬼にそう問いかけると夢の中にいるかのような声で小さく 返事が返ってきたので一応安心する。
オレとしては何時かオレから言うか、はたまた餓鬼から言われるだろうと思っていたので ある意味予想通りだったのだが、餓鬼はそうでは無かったらしくまだ信じられていないらしい。
オレはそんな呆然としている餓鬼の脇に手を差し入れ、持ち上げると自分の足の間に座らせる。


「っ……!……なんだよ、軋間」

「……いや、本の続きが気になるからな」

「…………」

「それにこうして欲しかったのだろう?」


そう言うと餓鬼の顔に再びサッと赤みが帯びる。
あの言葉を言う前から餓鬼がチラチラと此方に構って欲しそうな視線を送ってきていたのは 分かっていたのだ。
ただそれに気がつかないフリをする事で餓鬼がどのような反応を見せるのか知りたかったのだが、 予想以上に今日は良い日になった。
……これで公然と餓鬼に触れる事が出来る。
今まで我慢していた部分も多くあるので、オレは未だに複雑な顔をしている餓鬼を片手で あやしながら、先ほどの本の続きを開き読み始めた。



-FIN-






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