29.押し倒す




目の前の餓鬼が其の目を光らせ、笑う。
そうしてその手には白銀に輝く刃が握られており、それは容赦なくオレの首を圧迫している。
本来ならばすぐにでもこの刃を退けたいのだが、今はそれをする事が出来なかった。
何故ならオレの腕には餓鬼が闘いの中で持ち出した拘束具のようなものが嵌められており、さらにその拘束具はただの拘束具では無く、特殊な力を持っているようで幾ら力を込めてもそれが外れる事は無かった。
また、オレの小屋の近くの森で戦っていたものだから背中の下敷きになっている腕には芝が当たっている 感覚がする。
そして餓鬼はオレの一瞬の隙を突き、オレを引き倒した後、すぐさま馬乗りになったかと思うと そのままオレを殺そうともせずニヤニヤと笑みを浮かべているという状況だ。
餓鬼の瞳にはまるで無抵抗な獣を狩る時のような愉しげで残虐な色が浮かんでいて、そんな瞳に 確かな苛立ちを感じた。
だがそれをわざわざ言う必要も無いのでひたすら上に陣取っている餓鬼に対して睨みつけてやる。
すると餓鬼はより一層愉しそうにその口端を歪め、甘く囁く。


「……そう怖い顔をするなよ……普通の奴だったら泣くぞ?」

「……お前は泣くような餓鬼ではないだろう」

「ハハ、まぁ、当然だけどな……寧ろ俺が、アンタを泣かせてやろうとしてるんだから」

「……」


餓鬼はそう言って軽く舌なめずりをしてみせる。
飢えた獣は、目の前にある獲物に堪えられないのか。
はたまた未だ幼いが故に自身の感情を出すことに恐れが無いのか。
どちらにせよ、余り気分の良い光景では無い。


「……ふふ、どうしてやろうか……もう片目を抉ってみるかな?」

「…………」

「それとも優しく首を裂いてやろうか……迷うな……どうして欲しい?」

「どれも断る」


そう言うと餓鬼が不満そうな顔をして、首を傾げた。
一体どのような反応を求めているというのか。
もしオレが此処で求めている事を告げたとしてもそれを餓鬼がやる筈も無いというのに。
そんな事を考えているとひたりと冷たい刃先が喉元から胸元まで滑っていく。
服を裂かれると後々厄介だな。と内心呟いた。


「……つまらん……もっと愉しませてくれよ」

「……」

「なぁ……紅赤朱ったら……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「はぁ……お前はオレに何を求めているんだ」


暫くの沈黙が過ぎ、オレはついに根負けしてその拗ねたような顔をしている餓鬼に囁いてやる。
後ろにて拘束された腕が微かに痛み始めたが、今はまだそれを引きちぎるのは難しいだろう。
しかしずっと観察していて分かった事がある。
それは餓鬼の気が逸れると拘束具の力が弱まるのだ。
ならば暫し時間稼ぎをしながら餓鬼の気が逸れるのを待つしかない。
まぁ正直な所、拘束されていない脚だけで餓鬼の体をひっくり返す事も出来るのだが、餓鬼はまだ 此方を気にしているようではあるし、殺そうともしない餓鬼の本心を知りたくもなったのだ。
ただの気まぐれといえば能天気な気もするが、それは恐らく餓鬼も同じだろう。
そうしてそんな思考を重ねながら餓鬼を見てみると、先ほどの獣じみた瞳が微かに戸惑いの色を 含んでいて此方も微かに困惑する。
餓鬼はその戸惑いを上手く隠せなかったのか言葉にも滲ませながらそっと呟く。


「…………何って……」

「……」

「そりゃあ、もっと……嫌がるとかさ……」

「他には?」

「他……?……他には……」

「…………」

「もっと何か反応しろよ……つまらないだろ」

「……ほう」


そう言ってやると何がいけなかったのか、苛立った顔をした餓鬼が刃を外す事無くこちらに顔を 近づけてくる。
オレは抵抗しようかとも思ったが、餓鬼が何を考えているのかに少しばかり興味をもってしまった のでそのままにさせた。


「……分かった。少し趣向を変えよう」

「……」

「アンタは痛めつけたって愉しくないからな……」

「……」

「ちょっとだけ……気持ち良い事、しようか……軋間」

「!」


流石にその台詞に動揺してしまう自分がいる。
だがしかし餓鬼は本気らしく、先ほどよりも随分か艶めいた瞳で此方を見遣ってくるのが分かった。
そうして脅すように向けられていた刃はまるで撫でるような動きに変わる。
正気かと思えども、その情欲を滲ませながらこちらを見遣ってくる餓鬼に色香を感じてしまった自分も 居て、何もいえなくなってしまう。
そんなオレの逡巡を察知したのか餓鬼がそっと顔を寄せ、耳元でからかうように囁く。


「……あれ、意外とこっちに関してはは初心なのな」

「…………」

「まぁそうか……こんな山奥に一人で篭ってたらこういう事に慣れてなくて当然だよなぁ」

「…………」

「あー……やばい、面白くなってきた……」


そう言いながら餓鬼は首に当てていた刃を一度離し、耳元近くから唇近くまで顔を戻し、そのまま 空いた方の手でオレの頬を撫でる。
そしてくす、と含み笑いをしたかと思うと、オレの唇に餓鬼の唇がそっと触れた。
柔らかく、薄いそれは愉しむように何度もその場に落とされていく。
そして何度目かの口付けの後、不意に唇の上を濡れたものが撫でていくのが分かった。
それに対してオレは迷う事無く唇を開き受け入れてやる。
するとそれが少し意外だったのか戸惑うように差し込まれた餓鬼の舌がゆっくりと口腔に押し入ってくる。
あくまで好きにさせてやる名目なので、そのまま任せてみると、餓鬼が暫し此方を自由に弄った後、 そっと離れた。
オレと餓鬼の間に透明な橋が掛かり、餓鬼の顔は恍惚としている。
そこでオレは自分を拘束しているものが大分弱まっている事に気がつき、恍惚としている餓鬼が正気に 戻る前に拘束を引きちぎった。
そのまま一瞬の猶予も与えず勢いをつけて上に居る餓鬼と体勢を入れ替える。
勿論、両手は一緒に纏めあげ拘束してやった。


「……」

「!!」

「…………随分と好き勝手してくれたな、七夜」

「な、……何で……!」

「……なんだ、そんなに動揺する事も無いだろう?」

「拘束具は完璧な物の筈だぞ!どうやって取ったんだよ!」

「さぁな……?……ところで、……」

「……ッ……!?」


オレは不意にその餓鬼の唇を先ほどと同じように触れ合わせる。
だが今度はオレの方が主導権をとっている事だけが違う所だ。
舌を差し込み小さく熱い口腔を弄り、そのまま舌を絡ませる。
呼吸まで奪うように押さえ込んで犯してやれば、細い体がビクビクと下で震えた。


「……ん、……っむ……」

「……ふ……」

「っぁ……ん……ッは……は……」


離れた瞬間、甘い水音が耳の奥まで響いて酷く心地が良かった。
餓鬼はもはや上手く思考が働いていないのか握っていた刃すら落としてしまっている。
オレは微かにその事に愉悦を覚え、朦朧としている餓鬼の耳元で低く囁いてやる。


「……お前こそ、随分と初心なのだな……こんなに息を荒くして……」

「……ちがう!」

「そうなのか?……その割にははしたない顔をしているではないか」

「……う……」

「そういえば……お前も乗り気だったようだし、オレもお前のその心遣いに甘える事にしよう」

「……?」


自分が攻める事は得意でも攻められるのは慣れていないのか、訳が分かっていない風な餓鬼に向かって オレの意図が分かるように薄く笑う。
餓鬼はそれだけで何かを察知したのか、僅かに逃げようと体を動かしたが、それを留めるように 腰を掴んで固定してやれば抵抗すら出来なくなった餓鬼がこちらを見遣ってくるのみ。
あんなにもオレに対して挑発し興味を持たせ、尚且つ実際に行動を起こしたのだから今更泣き喚いた 所でやめてやるつもりなど毛頭無かった。


「気持ちの良い事を教えてくれるのだろう?……隅から隅まで教えてもらうぞ」

「そん、……ぁ、……な……!」


そう言って餓鬼の首筋を撫でれば餓鬼が堪え切れずに鳴く。
それが呼び水となってオレは腕の動きを確かなものへと変えていった。



-FIN-






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