30.終幕




「……ん……」

「……」

「……なに見てんだよ」


眠ったままの子供を見ているとオレの視線に気がついたのか子供が目を覚まし、掠れた 声でこちらに語りかけてくる。
オレはそれに答える事はせず、寝ぼけている子供の髪をくしゃりと撫でた。
少し寝癖のついた髪は柔らかく、オレの指先を通り抜けていく。
その感覚は心地良く、そのまま何度か撫でていると子供はその灰色の瞳を蕩かせて此方を見てくるのだ。
今までの統計ではあるが寝起きの子供は何時もよりも甘えてくる、というのが最近オレが出した結論だった。


「……」

「……まだ眠そうだな、七夜」

「……アンタが起こしたんだろ」


そう言って小さく欠伸をした子供が此方に手を伸ばしてきて、オレの頬を撫でさすっていく。
白い布団、そうして肌蹴た浴衣の中から見える子供の肌は昨日の夜と何等変わらず艶かしく映った。
朝であろうが夜であろうが、それらに大した意味は無く、どんな時も子供の全てを求めている。
それらは幾ら貪っても変わらないままで、何時までも必要な量ばかりが増えていく。
始めはそれに恐れすら覚えていたのに、この幸福な時間がその考えを肯定するものだから何時しかそんな考えすら忘れてしまった。
いや、忘れてしまえとオレの本能が囁き、そうして子供がそれを求めるものだから自然とそうなってしまったという方が正しいか。


「………」

「……」

「腰が痛い」

「む?……昨日少し無理をさせたか」

「……一応分かってんだな」

「……こちらに寄れ、七夜。擦ってやろう」

「……」


そう言うと少し離れたところに居た子供がそっと此方に近づいてくる。
オレは抱き寄せるようにして片手で腕枕をしながらもう片手で子供の腰を撫でてやった。
そうして胸元に顔を寄せている子供は心地よいのか微かに目を伏せこちらの手の動きにあわせてゆっくりと呼吸を繰り返している。
その様子に思わず口端から笑みが零れ落ち、それが伝わったのか子供が上目遣いで睨みつけてきたが大して恐ろしくも無い。
事実此方に声をかけてきた子供の声は批難しているというよりも拗ねているようにさえ感じた。


「……おい、何笑ってんだ」

「ん?……笑っていないぞ?」

「……いやいや、もう既に顔が笑っている」

「そうか、……そうだな、少し嘘をついた」

「……全く……っ……!?」

「……どうした?」

「……ど、うしたじゃない!……お前、何処触ってんだ!」


そっと腰を撫でていた手をずらして子供の尻を擦っていた指先を布団の中で掴み取られる。
僅かに惜しい気持ちにはなったが、直ぐにその指を絡め取り口元に運ぶ。
オレとは違いほっそりとした指先は何時触れても複雑な感情を呼び起こす。


「……軋間?」

「……」

「……おい」


するりとその指に口付けを落とす。
そうして子供の指の股まで口付けを施し、そのまま往復するように指先に戻る。
それだけで子供の体が小さく反応を示した。
普段はこんな事をすればそれこそ『八つ裂きにしてやる』とでもいう所なのだが、寝起きのせいかそれとも単純に機嫌が良かったのか子供は僅かに荒い息を零してオレを見遣ってくる。
そのような表情をするからこそ、揶揄したくなるというのに子供は一向にそれを学ばないものだからそれがまた狂おしい程に愛おしかった。


「……なんだ、……お前もその気じゃないか」

「……違、う……お前が変な風に触るからだろ!」

「……しかし間違いではないだろう?」

「……ッ……」


そう問いかけ薄く笑って見せると子供は仄かに赤く染まった頬を隠す為か、顔を伏せる。
しかしオレの腕に抱かれている以上そんな事でオレから逃れられる筈も無い。
オレは一旦子供の腕を離してからその体の上に覆いかぶさる。
白い視界の中、散らばる子供の煙掛かった髪が瞳に映る。
そうして子供がそむけていた顔をゆっくりと此方に向け、節目がちなその瞳はしっとりとした色を帯びていた。
……まだ早朝で、昨日も飽きる程貪ったというのに、幾ら貪っても足りないと言わんばかりに子供のこのような表情を見ていると酷く堪らない気持ちになる。
最近では敢えてオレを煽っているのではないかと思うくらいだ。


「……七夜」

「……ッあ、……」

「……」

「……まだ朝だろ……!」

「それは問題なのか?……なぁ、……七夜」

「……」


するりと空いた胸元に手を沿わせ、浮き出た子供の鎖骨を撫でると子供が一瞬強張った 顔をした後、赤く染まった目元をしながら此方を睨みつけてくる。
しかしながら大して恐ろしくも無いその表情を形作っている眉辺りにに顔を寄せ、そのまま瞼を下り鼻、そうして薄い唇を食むように口付けると苛立った様子だった子供はその目元を和らげいつの間にかその感覚に酔うように目を伏せている。
そして音を立てて唇を離すともはや抵抗すら見せない子供が布団の上でくったりとしていた。


「……昨日だっていっぱいしたっていうのに……まだ足りないのかよ」

「……嗚呼、……どうにもお前の事については中々自制が利かなくてな。許せ」

「……あー……もう、良いよ……分かった。アンタがそういう奴だって事はよーく分かってる」

「……」

「……次はもうちょっとゆっくり動けよ……まだ少し腰、痛いんだから」

「……承知した」


そう言って顔を尚更赤く染めた子供に愛しさを感じて、オレは前髪を一度掻き揚げ、 敢えて舌なめずりをしてみせる。
態とらし過ぎたかと思ったが、蕩け始めた子供には充分に威力を与えたらしく、子供が両手を差し伸べてくる。
オレはそれを受け入れるように子供の腕を肩に回させ、その細い首筋を味わう為に唇を寄せた。



-FIN-






戻る