05.背中合わせ




奴は俺を映す鏡だ。
ひたすらに自分の見たくない姿を驚く程に映し出してくれる。
しかも喋る機能付きで、酷く高性能。
だから俺は奴を壊そうと躍起になる。
しかし奴を壊そうとすればするほどに俺は奴が遠くなっていくような感覚を覚えて焦れるのだ。
本当ならば離れてくれるのならば俺にとって何の問題も無いはず。
だが実際の距離は離れているのではなく、近づいているからこそ問題で。
この間は殺し合いの最中に手が僅かに触れた。それによって俺と奴の間は確かに離れた。
つい先週は俺が奴の意味の無い言葉に逆上して奴の肩を突き飛ばしてその上に馬乗りになった。
触れた地面と同じように冷たい奴の瞳に俺は確かな恐れを覚えて、奴の目を塞いだ。
……そうして三日前、俺は奴の言葉を紡ぐ唇が鬱陶しくなってそこを塞いだ。
ぞっとするくらいに開かれた目は遠くに感じられて、俺は奴を突き飛ばして逃げた。
そして今日。


「よう、兄弟……この間はよくもやってくれたな?」

「……」

「……だんまりか……まぁ良いさ」

「……」

「……さぁ、殺しあおう」


その言葉を発した瞬間、俺は奴が否応無く俺を殺しに掛かっているのが分かった。
風のような一太刀がこちらの頬を掠める。目視は出来ていたのに体が動かなかった。
だがそれも一瞬で、俺は飛んできた七夜の腹目掛けて蹴りを放つ。
しかし七夜はそんな俺の行動など疾うに読んでいたらしく、簡単にそれを避けてから再び此方に 刃を差し出してくる。
それは俺の胸元を引き裂き、皮膚を少しだけ裂いた。
そこから赤い血が微かに出てくるのが分かる。
俺は自分の不甲斐なさに思わず舌打ちをした。


「……お前、やる気が無いのか?」


そんな俺を見て、殺意よりも苛立ちが先行したのか俺を切り裂いた七夜がそう囁く。
その手に持っている刃は俺の物と全く同じで、唯一違うのはその刃に血がついている事だけ。
俺は自身の胸を押さえ、手に付着した血を見る。
誰も居ない公園にじりじりと音を立てながら光を放っている外灯。
そこに映し出されるのは、全く同じ姿をした人間。


「……は……」

「…………」

「……俺さ、……やっぱりお前の事嫌いだよ」

「いまさらだな」

「……そうだな……本当に、そうだよな」


俺が奴を遠くに感じるのは、俺と奴がまるで鏡のようだからで、さらに遠く感じるのは 俺も奴も互いに向き合う事を拒否しているからだろう。
いや、七夜は俺を殺すという事でこちらを見据えているのかもしれない。
だが俺は違う。自分の恐ろしい姿から目を背けて、いっそ消えてしまえば良いと願っている。
俺だけが鏡から其の目を背けて座り込んでいるのだ。
後ろからは七夜の冷たい指先が伸びてきて、いとも容易く此方の首を絞めてしまうのに。


「…………」

「嫌いなのにさ」

「…………」

「……なんでだろうな」


そう言って俺は両手を広げてみせる。
離れたくない、奴を殺して何が残るのか分からない。
受け入れる事も出来ないくせに、殺してしまうのも恐ろしくて。
勝手だと分かっているのに、俺はそれでもそれを押し付ける事ばかり考えている。
だから三日前に俺は奴を抱きしめたのかもしれなかった。


「……知るかよ……そんな事……」

「…………」

「……ごめん」


自分でも良く分からないまま謝罪の言葉が零れた。
永遠に触れ合う事が叶わないと分かっていて、それでも俺は奴を求める。
そして合わせ鏡の中、何処までも続く螺旋のように、俺は奴を壊したいと願う。
まるで正反対なように思えるその感情は、実は余りにも表裏一体で、俺はそれの区別すら 上手くつけられない程に幼く、そうして奴を狂おしい程に求めている。
終わりは何処にあるのか、それすらも分からないまま。


「……」

「もう大丈夫だ、……さぁ、七夜」

「…………」

「……殺しあおう」


俺は一度体から力を抜いてから、構えを取る。
殺しあう事で離れてしまうなら、それでも構わない。
その分俺は奴を掴んで離さなければ良い。
―――その行為の繰り返しをしていけば、何時か鏡の向こうの奴にまで手が届くと信じて。



-fIN-






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